福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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信念は曲げられない  双葉町・井戸川町長の退任

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 2月7日、双葉町役場埼玉支所(埼玉県加須市)で、井戸川双葉町長の退任式が行われた。井戸川町長は、昨年末、町議会からの不信任決議を受け、一旦は辞任を拒否して議会を解散したものの、今年1月23日に、辞意を表明した。

 退任式のあいさつとその後の記者会見において、井戸川町長は、財政再建の取り組みから原発事故による苦難の7年2カ月を振り返った。その中で、被ばく問題、中間貯蔵施設、区域再編、賠償問題などについて、自らの信念を語った。そして、辞任の真意を、「不条理の流れに対して、同調できない」「信念を曲げられない」と述べ、「現実を現実として、より広範囲に訴えていくために、町長職の枠を超えて、双葉町民、郡民、県民のために、行動していきたい」と今後の決意を表明した。
 もっとも双葉町民の意見は様々だ。生活再建が遅々として進まない中で、「国に抵抗するより、早く賠償を」という苛立ちの声もある。また、町長の主張を極端と見る向きもある。
 井戸川町長は、町民の健康と町の将来を考えて、信念を貫いてきた。その信念は、原発事故によって故郷を奪われ、避難生活を強いられるという苦難と、原子力ムラの中にあった双葉町のあり方への反省から生まれたものだった。寝る間も惜しんで本を読み、資料に目を通して、原発事故と被ばくと健康被害の真実をつかもうと努力していた町長の姿を、近くにいた町職員は見ていた。
 国と東京電力を相手に、不条理を告発し、信念を貫こうとする井戸川氏の存在は、これまでもこれからも、双葉町と福島県にとって必要な存在だろう。

 以下は、町長の退任式でのあいさつ、記者会見での発言、懇談での会話を再構成したもの。また、昨年3月に行ったインタビューを、本記事に続けて再度掲載した。合わせて読んでいただきたい。


★この間の経過★
11/28井戸川町長、佐藤知事・双葉郡町村長との協議会を欠席
12/10町長、双葉地方町村会・会長を辞任
12/20双葉町議会、町長に対する不信任決議案・可決
12/26町長、町議会を解散
 1/23町長、辞職を表明
 2/4町議選、開票
 2/7町長、退任式




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




【Ⅰ】 財政再建から原発事故



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(町職員約50人が集まって、午前9時から退任式が行われた)



肉がないから痛くて


 ちょうど7年と2カ月です。平成17年(2005)の12月8日、町長になって初登庁いたしました。
 いろいろ課題を抱えた中での始まりでした。覚悟の上で、飛び込みましたが、やはり、入ってみると、大変な内容になっておりました。
 平成19年(2007)には、双葉町の予算を組むことが困難でした。もう、その困難さというのは、たとえて言えば、普通にすわっていることができなかったですよ。お尻に肉がなかったんです。肉がないから、座っていられないんですね、痛くて。だから体を、しゅっちゅう斜めにして、斜めにしてという感じでした。〔※〕
 これは、誰かの所為ということではなく、やはり町全体として反省すべきことだと思いました。ただ、「大変だ。厳しい」と言っていたら、町全体が暗くなってしまう。だから、それは、言わないで来ました。引き受けたわけですから。
 困難な中にも、努力をすると前が開けてきました。特段の能力がなくても、誠意を持って努力する。これに尽きると思います。 あの苦しみを何とか乗り越えて、日本一の町をつくろうといろんな施策をやり、原発に全部、依存するんじゃなくて、町民力を高めてやっていきたいという思いがあって、頑張りぬいたんですね。

〔※ 双葉町の財政は、原発立地による税収や交付金に依存してきたが、慢性的な財政危機に陥り、09年9月には早期健全化団体に転落。事業を止めるなど、歳出を厳しく見直して、10年度決算で財政健全化団体から外れた〕


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(様々な思いが込み上げてか、うっすらと涙ぐむ。退任式で)



「壊れないで」と祈るも


 あの苦しい財政再建を何とか乗り切って、「やれやれ、双葉町も段々いい方向に来たな」というときに、この事故の発生でした。
 地震の最中、本当に早く収まることを祈っておりました。「原発がダメになる。壊れる」。あの揺れ方に、そう思いました。「壊れないでくれ」と祈っておりましたけれども、残念ながら、壊れてしまいました。
 その後、今日まで、海図のない航海に出ました。日本全体が混乱の最中にあったにしても、いくらかでも道標があれば、このような思いをしなくても済んだと、そんな風に思います。



東電に反省なし


 よもや、埼玉の地で、最後(退任)を迎えるとは予想だにしませんでした。
「原発事故は起こらない」と国・東電は繰り返し言い、それを何回も何回も確認して参いました。しかし、事故は起きました。これは、「起きてしまった」のではなく、「起こされてしまった」のです。「完全に騙されていた」と私は思っております。
 2006年の津波対策をやらなかったことが、引き金だと思います。〔※〕
 事故は、起きてしまいました。不幸にも起きてしまいました。
事故後の対応は、「東京電力という会社の正体を出したな」と思っております。
 人権無視、責任回避。事故対応についても、賠償についても、「被害を与えてしまった」という反省の様子や、あの平和な双葉町を住めない町にしてしまったことへのお詫びということが、感じられません。むしろ「まだまだ隠ぺいしているな」とさえ思えるわけです。

〔※ 東京電力は、04年のスマトラ沖大津波を受けて、06年、巨大津波に襲われた際の被害想定や対策費を見積もっていた。また、08年にも、同様の試算をしていた。しかし、いずれも、津波対策の強化は行わないと決定した〕



原因者は健在


 本来なら、事故の原因者が、私より先に職を辞して、反省をしなければならないのに、未だに多くの方が在職しております。
 避難のやり方も、救済の仕方も十分でない中で、町民は、本当に日々、喘いでおります。あの状況を原因者は体験しているのでしょうか。一時、体験したとしても、それは、全部を体験したわけではありません。われわれはすべてをなくしたわけであります。
 ところが、事故を起こした加害者が辞めないで、被害者である私が辞めるんですよ。原因者は、ピンピンしてますよ。
 このことは、やっぱり大きな意味を持っていると私は思っているんです。こういうことが、日本社会で容認されるとすれば、とんでもないことです。私は、身をもって、このことを世の中に訴えていきたいと思っています。


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(最後の仕事。書類に判子をつく。町長室で)

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(すでに外していた町長のバッチを取り出し、「こういうものが欲しくて仕方がない人もいるんだね。その気持ちがわかんないよ」と。気の措けない関係者との懇談で)




【Ⅱ】 不条理に抗して



 辞職の理由ですが、やはり、私は、今の流れに対して、同調していくことができないと思ったことでしょう。



安全が確保されてない


 まず、この事故は、福島県の双葉地方の事故ではありません。地球規模の事故だと私は思っております。にもかかわらず、もう終わったかのような雰囲気すら作られようとしております。しかし現実はレベル7のまま、今も放射能を出し続けています。
 私は、大きな責任を背負いながら、町長をやっていました。町が続くことも、子孫が繁栄することも、私の責任であります。
 しかし、今、子孫の繁栄が担保されていない。中間貯蔵施設の問題、避難基準の20ミリシーベルトの問題、今も放射能を出し続けている問題。国に「いつになったら安全なのか」と問い合わせても何も答えない。そういう危険な中に、町民を戻すわけにはいきません。
 復興という名の下に、避難した町民・県民を帰還させようという政策に、私は反対であります。むしろまだまだ避難が足りないと、もっともっと避難させなければならなかったという思いであります。
そんな思いから、私は、意を決して、ジュネーブに赴いて、国連人権理事会にこの不条理を訴えました。〔※〕
 将来の子どもたちのことを思って、同調者のいない中、独断でやりました。「福島県内が危険だ」と叫ぶ首長は、私しかいません。私は、あえてこの役をやろうと、自分自身で決めております。

〔※ 井戸川町長は、昨年10月、国連人権理事会で日本の人権状況を審査する会合が開かれるのを前に、ジュネーブの国連欧州本部で、NGO主催の会合に出席、原発事故による住民の被ばく状況と国・東電の事故対応の問題を訴えた〕



20ミリ基準


 私は、以前から、「一般公衆の被ばく限度は1ミリシーベルトだ」と言い続けてきました。「20ミリシーベルトでいいよ」という議論とは、相容れることはできません。
 いま福島県内では、「安心教育」、つまり「安全じゃない安心教育」が徹底されています。そういう教育の危険さをひしひしと感じています。
 したがって、わが町民についても、その安全の知識を深めていく必要がある。1ミリシーベルトという原理原則を、深めていく、広めていく、知ってもらう。この取り組みを今後とも続けて行かなければならないと思っています。
 また、放射線の作業に従事する方には管理区域の基準があるわけだから、同じように、住民に対しても基準を設定して、安全を確保する必要があります。
 私の考えから言うと、今の福島県には住めません。


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(廊下で、町職員の労苦をねぎらい、あいさつを交わす)



いわき移転問題


 そういう考えを持っていながら、議会の圧力で、役場機能をいわき(いわき市東田町 あずまたまち)に移すことを決定しましたが、このことを今は反省しております。
 「放射能の量がひどいな」という思いが元々あったのですが、ある報道番組を見て、「やっぱりそうだ。現実はそうなんだ」と思いを強くしました。
 子どもたちを被ばくさせないように、ここ(埼玉県)まで離しました。しかし、役場をいわきに移すことによって、その思いが崩れてしまう。私としては、納得できないものであります。



中間貯蔵施設と区域再編


 それから、中間貯蔵施設の問題です。
 町議会の不信任決議の内容に、「双葉町は、双葉郡の他の町村と協調して行かなければならない」とありますが、「双葉町の復興のために、中間貯蔵施設は認めなければならない」という議会と、私は、相容れることはできません。
 何の約束もない中で、受け入れるかどうかの議論もないままで、国や県が、「双葉町に中間貯蔵施設を造れ」ということの不条理さをずっと訴えてきました。
 「30年で持ち出す」ということについて、誰も明確な話をしません。福島県からも回答はありません。「双葉町が住めなくなることについて、どう思いますか」という質問もしましたけど、明確な答えがありません。
 それから避難区域の見直しです。
 避難するときは、われわれは無条件で避難させられたんですが、帰還となると、いろいろと条件が出てきております。避難区域の見直しが、われわれ被害者のいない所で行われていることについて、どうしても納得できないものがあります。



「仮の町」


 町民は、非常に困難な環境に置かれ、苦しんでおります。一刻も早く、この苦しみから、脱出させたいという思いで、2011年5月頃には、「仮の町」の構想をまとめました。しかし、合意を形成するに当たっては、非常に難しいという風に思いました。前例のないことですから。
 避難を指示・命令した国が、避難によって困らないようにしてくれれば問題もなかったのですが、そうではなかったので、町民は、今のことで精一杯で、町の将来のことまで考えるに至らない状態です。今の生活の困窮ですね。その意識の方が強いと感じております。
 ただ、子どもたちの意見を見ますと、「どうしてもふるさと双葉に帰りたい」という意見が多いようであります。やはり「まとまりたい」という意向が強いようです。
 商店を再開するにしても、全く見知らぬところでやるよりは、町民をお客さんにした方がいいという気持ちが出て来ると思うんですね。時間が経つと「やっぱり、まとまるところがほしいなあ」となると私は思っています。
 そういうことで、私は、とりあえず、まとまることを進めたかったんですけども、まだまだ、宣伝、説得が足りなかったと思います。


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(町民、職員、さらに多数の報道陣が見送りに集まった)



賠償問題


 町民のみなさんの声は、「賠償問題を進めろ」ということでした。「早く避難区域の見直しを決めて早く進めろ」ということが圧倒的に多かったと思います。
 これは、いま政府の方とも話を詰めまして、だいだいいい線まで来ていると私は思っておりますので、新しい議会の下に、それを説明を聞いて、納得していけば、早い段階で、町民にはお知らせできると思います。いろいろお叱りをうけましたけど、納得できるものになってくると思います。
 ただ、国・東電から示された賠償をとにかく求めるという姿勢について、私は、「非常に危険だな」と思っています。自分たちで築くべき賠償というのもあるはずです。
 いま、東電の財物賠償でもって、新しい土地と家を求めるという動きがあります。これは、賠償のあり方として、私は、間違っていると思います。財物賠償はあくまでも財物賠償です。
 「賠償を進めるために、区域の見直しをやるんだ」ということが言われます。が、区域の見直しによって、不利益を被る町民が発生するのです。私は非常に懸念を持っております。
 区域の見直しと賠償を切り離すことができればと思うんですけど、いま一緒にされています。



旧騎西高校の避難所


 騎西高校〔※1〕のあり方については、当初から、納得している人はいません。
 国には、「いつまでも置いておかない方がいいんじゃないですか。早く何とかしていただきたい」と言ってきました。
 国は、交通事故の事例をもって、賠償を行っていると言いますね。でもね、交通事故を起こせば、代車を用意しますよね。それで「とりあえずの不便さを解消して下さい」と言いますよね。それは加害者の側が用意するんですよ。今回、ちょっとおかしいのは、災害救助法〔※2〕で対応していることなのです。それで満足できるわけがないんです。満足していると思われたら困るんです。「一刻も早く代車を用意してもらいたい」と国にお願いをしてきましたが、依然として、騎西高校に置かれている状態なんですね。
 いわき辺りに行くと、町民から、「町長が騎西高校に置いている」と言われますが、そうじゃないんですよ。「代車を用意して下さい」ということを言っているんです。新車はまだいいです。双葉町はまだ新車を買う段階ではありませんから。やがて買える段階になったら、賠償金を使って新車を求めるのが、帰還のプロセスかなという風に思っております。

〔※1 埼玉県加須市の閉校となった高校の校舎。避難所として、当初約1400人、現在約140人の町民が生活している〕

〔※2 災害救助法は、災害発生時に、応急的な救助、食料や水の提供、救急医療などの実施を目的とする法律。あくまでも応急的な対応であって、原発事故による避難の長期化と深刻な汚染ということに対応していない。まだ、原発事故は、自然災害ではなく原因者・加害者が存在するという点でも、性格が違う〕


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(退任を惜しむ声に町長は、「まだまだこれからだから。何も終わってないよ。頑張ろうよ。一緒にいるよ。子どものため、町のためには、まだまだやることはたくさんあるから」と答えていた)



町議会の解散


 それから、なぜ町議会を解散したかですね。
 私が聞き及ぶ町民の意見は、私に対するよりも、議会に対する厳しい意見でした。議会を解散したのは、あれだけ厳しい意見があることも踏まえて、町民のみなさんに判断をしていただきたかったわけです。
 町議会を解散した上で、自分も辞職したことについて、いろんな意見があるのは存じております。解散したときに候補者の擁立も考えましたが、それがうまくいかなかったということもありますね。それから、自分のやりたいことができないだろうと思いました。引き続き町政を担っていく態勢ではないと判断しました。

◇正面から政策論議を
 町の執行部と議会とが談合してたらいけないんです。執行部と議会が談合したらなんでもできてしまう。密室で。それがあったから、町の財政が、あんなにおかしくなってしまったわけです。それを踏まえて、私は絶対に談合をやらないようにしてきました。
 議場で正面から議論するのが当たり前で、そのための議場なのです。だけど、一般質問をする議員の方が、本当の政策論議ができない。「政策論議をしてくれればいいなあ」と思っていたんだけど、裏での談合の方が大きな影響力があって、議場ではなんか小さな話しかできない。日本の議会制民主主義の根幹から直さないといけない。そう思っていたから、信念を曲げない。議会にすり寄っていくことはしなかったんです。
 痩せても枯れても、井戸川は、こんなちっちゃな井戸川だけれども、心まで売るつもりはないですから。信念を曲げるつもりはありません。
 だから、私のことが、「邪魔で困る」という人はいっぱいいたと思いますよ。



 
【Ⅲ】 より広範囲に訴えるために



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 私なりに、不条理な部分とたたかってまいりました。町長職を続けることによって、事故のわい小化とともに、このたたかいもわい小化されてしまうことを、私は恐れました。 
 現実を現実として訴えていくため、より広範囲に訴えていくために、町長職をやっていることは不都合だと考えました。
 この事故の正しい歴史を残すために、まだまだやりたいことがあります。今後は、要請があればいろんなところで語って、希望を述べて行きたいと思っています。そういう道が待っているようであります。双葉町民、郡民、県民のために、力を発揮できればという思いで、双葉町の枠を外れるために、辞職を決意したわけであります。
 私は、財政再建のために、「とにかく町を潰せない」と町長になることを決意しました。途中でとんでもない事故に遭遇して、今度は、町民の健康のため、子孫繁栄のために、頑張っていきたいと考えております。

(了)




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テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2013/02/15(金) 15:40:00|
  2. 双葉町
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<原発事故  そのとき病院が直面した現実   ――ある医療従事者の体験 | ホーム | 【再掲】 井戸川双葉町長インタビュー(2012.3.6)>>

コメント

うん。

一度遠くから拝んだことがあるが、なかなかいい町長さんだ。
こういうかたもいるんだ。
――もしかしたら何とかなるかもしれない。
  1. 2013/02/15(金) 17:31:40 |
  2. URL |
  3. 田中洌 #mQop/nM.
  4. [ 編集 ]

花も木も綺麗な海もあるのは地球だけだ


レイチェルカーソンの本にもあるように

人間が地球を汚したり
次の世代 子供や孫の世代のためにも
原発をやめて
太陽光や水力やとにかく原発ではなくて
ほかの発電 地球に優しい発電にするべき
  1. 2013/02/20(水) 16:04:32 |
  2. URL |
  3. #-
  4. [ 編集 ]

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