福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

「地域を分断された」  伊達市民1000人が申し立て 



130205dts001.jpg




 「特定避難勧奨地点の指定によって、地域が分断された」。
 特定避難勧奨地点の指定を受けなかった伊達市の住民約1000人が、2月5日、国にたいして慰謝料の支払いを求め、政府の原子力損害賠償紛争センターに裁判外紛争解決手続き(ADR)の申し立てを行った。同日、福島県庁内で住民代表と弁護団が記者会見を行った。
 申し立てを行ったのは、伊達市霊山町(りょうぜんまち)の上小国(かみおぐに)、下小国(しもおぐに)、石田坂ノ上、石田八木平(やぎへい)、同市月舘町(つきだてまち)の相葭(あいよし)の各地区から合わせて323世帯、991人。地域の約9割が参加。一度に千人規模の申し立てを行うのはこれがはじめて。



飯舘村の隣


 伊達市の上記地域は、全村避難をしている飯舘村が山ひとつ隔てて南東側に隣接する中山間地域。主要産業は、稲作、シイタケ、干し柿、モモ、リンゴなど。また西隣には福島市内でも放射線量の高い渡利地区があり、その向こうに阿武隈川を挟んで福島県庁がある。


130205dts005.jpg


130205dts007.jpg
〔月舘町付近 昨年1月撮影〕


 2011年3月15日、原発事故によって放出された放射能が、この一帯に降り注いだ。
 3月15日、月舘町布川(ぬのかわ)で毎時60マイクロシーベルトを記録、同日、飯舘村では毎時100マイクロシーベルトを超えていた(広河隆一『暴走する原発』)。



避難勧奨地点


 2011年4月になって、飯館村は避難区域に指定。伊達市の上記の地域は、6月になって、「特定避難勧奨地点」という指定が順次行われていった。
 特定避難勧奨地点とは、年間の積算放射線量が20ミリシーベルトを超えると推定される場所を住居単位で指定する制度。「地点」というとおり、地域ではなく住居単位での指定。また、「勧奨」というとおり、強制ではなく勧めるというもの。伊達市では、128世帯がこの指定を受けた。〔※〕
 しかし、放射能汚染は、隣りの飯舘村がそうであるように、地域全体に広がっている。にもかかわらず、線量の高い地点だけを選ぶという指定の仕方は、放射能汚染の実情からも、住民が地域全体を生活圏としている実態からも、ずれたものだった。
 〔※なお昨年12月、住民に何の説明もなく、特定避難勧奨地点の指定解除が行われた〕


130205dts002.jpg



電事連が測定


 2011年6月、指定のための空間線量の測定が行われた。電気事業連合会の職員が各戸を訪問、玄関と庭先の2地点で測定を行ったという。この測定にも問題があったと住民は指摘する。
 まず、測定地点が、玄関と庭先の2地点という問題。住居の中でも空間線量の低いところだ。屋根、雨樋、軒下、庭の窪地など、放射性物質がたまりやすく、線量の高いところは測定地点から外されていた。これでは、その住居の汚染状況を把握することはできない。
 しかも、住民が、現場で測定結果を聞かされて「ひゃー、高いなあ」と驚くと、測定した職員が「じゃあ、まけときますよ」と。住民が証言している。「まける」とは空間線量を実測値よりも低く記録するという意味だ。
 そもそも電気事業連合会とは、10電力会社によって構成される団体。実際に測定するのも全国から派遣されてきた電力会社の社員。つまり放射能汚染の原因者・加害者が、被害状況を調べているわけだ。「泥棒が警察官をやるようなもの」と住民は憤る。



隣同士でも

 
 特定避難勧奨地点指定の一番の問題は、隣同士の家でも、一方が指定を受け、他方が受けないという事態が発生したことだろう。
 指定を受けた世帯は、医療費や税金の免除、さらに東電から慰謝料として1人月10万円が支給される。指定を受けなかった世帯は、避難をしても全部、自己負担。この差は大きい。
 隣り同士で同じように被害を受けているのに、こういう差がつくられたことによって、何十年も仲良く暮らしていた住民同士が感情的に引き裂かれ、対立させられていった。
 住民は、次のように訴える。
 「原発事故による被害は、健康被害だけではない。地域の人間関係を根こそぎ破壊する恐ろしさがある」。そして、「この分断を作ったのは、国だ」


130205dts003.jpg



県庁所在地の死守


 国がどうしてこういうことをやったのか、明確な説明はない。
 しかし、住民らは、次のように見ている。
 「汚染状況からすれば、伊達市のこの地域は、双葉郡や飯舘村のように避難区域とすべきだった。しかし、伊達市を避難区域にしたら、隣の福島市も問題になる。伊達市で何とか食い止める必要があったということではないか」
 福島市は福島第一原発から約60キロの県庁所在地、東北道や新幹線が通る要衝。避難を要するレベルの放射能が、そこまで押し寄せていた。原発事故の被害の大きさ、深刻さを物語っている。
 ところが、国としては、福島市まで避難という事態を何としても避けたかったのだろう。伊達市については特定避難勧奨地点の指定にとどめ、住民が指定と避難を求めた福島市渡利地区については、指定を頑なに拒んだ。
 また、伊達市の指定を巡っては、伊達市長が一役買っている。
2011年6月に文科省から、「伊達市に年間20ミリシーベルトを超える地点がある」との連絡を受けた仁志田市長は、「たまたまでしょう」と意に介さず、国に対して、計画的避難地域の指定を断ったという。



「分断を作ったのは国だ」


 住民らは、今回の申し立てを一年間かけて準備した。そして、放射能汚染によって様々な損害を受けているが、今回の申し立てでは慰謝料の一点に絞ったという。それは、できるだけ広範な人びとに参加してほしいと考えからだ。こうして300世帯、1000人規模の集団申し立てとなった。この申し立てを地域の繋がりを再生するきっかけにしたいとしている。
 原発立地地域と中通り、避難区域の指定と非指定、自主避難者と県内在住者、避難者と受入側の市民、仮設住宅と借り上げ住宅・・・。同じ福島の中で、幾重もの分断がある。そしてそのことが、国や東電に抗議し要求することを困難にしてきた。
 原発事故からもうすぐ2年、今回の申し立ては、その壁を突き破ろうとする試みだ。


130205dts004.jpg



〔5日の記者会見には、申立人の代表者が9人、弁護団が4人、参加した。以下に、申立人の一人である小国地区復興委員会副委員長・直江市治さんの発言要旨を紹介する〕



       ◇       ◇       ◇       ◇      



地域が完全に壊された


130205dts006.jpg

  小国地区復興委員会・副委員長 直江市治さん (なおえ・いちじ)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 避難勧奨地点になってからの地域の問題点についてお話ししたいと思います。
避難勧奨地点ということで、面でなく点で指定されました。そのために地域のコミュニティが、全くもうズタズタになっています。
 指定された家には、いろんな税制面の免除があり、月10万の賠償があります。
 隣りの家が指定されて、自分の家が指定されないとなれば、その差は大きいですよ。いままで、毎日いっしょに酒を飲んでいた人同士でも、酒を飲まなくなってしまう。
 この地域は中山間地で、集落でまとまって行動してきました。小国地区というのは、農業協同組合の発祥の地なんですよ。昔から集落で仲良くやってきて地域なわけです。
 それが、今は、秋のお祭りも、地域のいろんな催し物も、一切、できなくなりました。やろうとしても、指定された方と、されなかった方がおりまして、いくらやろうとしてもできない。地域はもう完全に壊されました。

◇まぎれもなく国

 一旦、地域が分断されますと、これを元に戻すというのは、並大抵の努力では戻りません。一遍、できた溝というのは、なかなか元に戻すのは困難なんです。
 勧奨地点になった方々も、実は、かわいそうなんです。彼らが手を挙げて、「ウチを指定してくれ」と言ったわけではありません。一方的に指定されたために、彼らとしては、ちょっと後ろめたさが出てしまった。勧奨地点になった方も、ならなかった方も、本当に厳しい状況に置かれているのが実情です。本当に、何でこんなことにしたのか。
 誰が壊したのかといえば、われわれとしては、「国が壊した」という認識でいます。一方的に分断したのは、まぎれもなく国です。

◇再生に向かって

 「地点ではなく、地域にしてくれ。避難勧奨地域にしてくれ」という要請をしてきました。われわれ小国地区の住民は、バス3台、130人が国の方に抗議に参りました。それを一向に聞き入れていただけませんでした。
 そこで、申し立てという手段を取らざるを得なかったのです。「勧奨地点と同等の補償をしていただきたい」。そういうことで、今回、われわれは立ち上がったわけなんです。
 「われわれに共通する補償はなんだ」と言ったとき、「精神的苦痛」の一本で行こうということで決めたんです。たしかに、財物賠償もあります。個々の問題を挙げたら全部違うわけだから。だからそれはやらない。今回は、全部、平等に精神的苦痛一本で行くということに決めて、スタートしたわけです。
 コミュニティを再生するのは、かなり難しい。賠償をしてもらったから、すぐに元に戻るとはならないと思いますけれど、いまちょうど春に向かっていくように、ひとつひとつ解決していくしかない。今回の申し立てが最終的にどういう結果になるかわかりませんが、われわれも、いままでのような地域にする努力をしていけば、時間はかかるかもしれないですけど、元に戻るのではないかと思っています。

(了)




 
関連記事
スポンサーサイト

テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2013/02/08(金) 23:46:32|
  2. 告訴/賠償/ADR申立
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<【再掲】 井戸川双葉町長インタビュー(2012.3.6) | ホーム | 除染の現場から  ある親方の証言>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://fukushima20110311.blog.fc2.com/tb.php/76-824caa23
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。