福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

帰りたい 帰れない 帰らない ―― 飯舘村民の苦悩


anz001.jpg
〔「帰還困難区域」とされた飯舘村長泥地区は、7月17日、バリケードで封鎖された。長泥地区で除染作業を行う奥村組の作業員が、ゲート開閉のために配置されていた。線量計は、毎時6.21マイクロシーベルトを示していた〕





 原発事故から1年半を迎える飯舘村の現状をレポートする。
 飯舘村小宮地区から伊達市内の仮設住宅に避難している安齋徹さん(65)に、村を案内していただきながら、お話をうかがった。

 飯舘村を扱った映像やレポートは多々ある。が、安齋さんは言う。「取材はたくさん来るけど、表面しか捉えていない。『飯舘村はきれいで、だけどそこに住めなくなって、涙を流していました』――こういう話はもういいの。住民の心の中を、先の見えない不安感を取材して下さい」
 国と村は、避難区域の再編を進めている。そして、菅野村長は、「除染して、2年で帰村する」という方針を推し進めている。しかし、少なからぬ住民は、「戻れるものなら戻りたい。だけど戻れるような状態じゃない。それなのに、いやでも戻されるのではないか。仮設住宅も追い出され、賠償も打ち切られるのではないか」。そういう不安に苛まれている。
 安齋さんは、歯に衣着せぬ言葉で国や東電に怒りをぶつけ、また、返す刀で村長を批判する。もちろん安齋さんの意見・見方がすべてではない。住民の意見は様々に分かれている。しかし、安齋さんの言葉を通して、闘いたいのになかなか闘いにならないもどかしい思いが伝わってくる。そうした中でも、新しい方向をなんとか切り開こうと格闘する村民たちの姿を感じ取ることができる。



      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

出稼ぎの村で



anz00202.jpg

〔写真上は、小宮地区にある安齋さんの自宅。写真下は、伊達市内の仮設住宅で話をする安齋さん〕

anz00203.jpg




 若く見られるけど、22年(1947)生まれですよ。親が飯舘生まれで、東京で養子に入って、戦後、飯舘に戻ってきました。開拓者ですね。 自分はこっちで生まれたの。兄さんは東京で。あの頃は貧しかった。食べ物も満足に確保できないような状態でした。
 親は林業、山仕事、炭焼き。炭があまり売れなくなって、それから出稼ぎ。親が出稼ぎに行き出したのは、自分が中学校を終わってからかな。山仕事があんまり芳しくなくなって、出稼ぎの方がお金取れるからって。そして、おやじが出稼ぎをやめて、今度は自分が出た。自分も出稼ぎで、だいぶ家を開けていましたよ。
 飯舘とかでは、みんなそうですよ。飯舘でも一時期、出稼ぎに出る人がかなり多かったです。

◇独り身

 でも出稼ぎに行ってたら、家も自分も駄目になるということで、それで、葉タバコの生産をやったんですよ。
 ところが、ちょうどその頃、葉タバコをやる農家が増えて、専売公社が減らそうとした時期。時期が悪かった。専売公社から、「金を払うからやめて下さい」って言われてやめたの。
 それから、また出稼ぎしたり、重機に乗ったり。東京や伊豆、伊豆の方が多かったかな。宅地造成とか道路工事とか。それが終わって、原町の建設会社に行ったり。
 出稼ぎしているときは、いやもう出っ放しですよ。盆正月に帰るぐらい。そうやって出ていたんで、それが祟っていまも独り身。そういう人、多いじゃないかな。自分だけじゃないですよ。

◇トマトで金賞

 で、タバコやめてから、野菜作りをやったんですよ。飯舘で、野菜専門で食べるって言ったら、かなり厳しいですよ。
 東京の方に出してみるけど、規格が厳しくて。トマトとか大根とか作ったんですけど、他所からドンとくると、もう飯舘村のは買い叩かれました。
 大阪の花博の頃はトマトを作っていたの。低農薬・無農薬で。花博に出して、何か知らないけど、協会から金賞をもらって。でも2~3年作ってやめました。
 評価されても、商品としては行かないんです。病気にもなるし、気候変動もあるし。トマトは作業は一番楽でしたよ。でも病気に弱くてね。


anz003.jpg
〔トマトを栽培していたハウス。奥行きが74メートルあるという。台風でビニールが飛んだら一気に雑草が生い茂ってしまった。手前の稲刈り用コンバインも汚染で使えないし売ることもできない。安齋さんは、「悲しいねえ」という言葉を何度も繰り返した〕


◇全部、ぱあ

 それもやめて、また、外の仕事に出ていたんだけど、8年ぐらい前かな、国の助成でグリーンツーリズムということで、その講習を受けて、7年半か8年近くやっていました。
 それから、一昨年、水田も始めました。3町歩ぐらいつくると、自分ひとりで生活するには間に合うから。水田やって、キノコ採ったり、山菜とったりして。お金なくても、そうやって暮らしていけるから。
 そうやっていたところに、原発。それで全部、ぱあ。




赤錆色の大気



 去年の3月11日は、山の高いところにいたんですけど、これだけの地震が来たら、もうこれは完全に原発が事故をおこすと思いました。そう。すぐに原発事故に結びつきました。
 だって、東電というのは、佐藤栄佐久さん(1988年-2006年福島県知事)の頃から、≪嘘をつく、隠す、脅す≫というのを繰り返していましたから。自分たちは、前から言ってましたよ、「東電は、いずれ大きな事故を起こすよ」って。
 家に帰って、すぐに水を確保しました。妹と猫と自分のと。
そして次の日、ドン。水素爆発。このときに一時的でもいいから、緊急避難させてくれていたら、これほど被ばくをしなくて済んだのに。

◇避難者に炊き出し

 経済産業省が、ずっと、「飯舘は安全だから避難しなくていい」と言ってました。しかし、それに輪をかけて、村長が、住民を飯舘に止めておいた。そこでまた被ばくをしているわけです。村長の悪口を言うんじゃないけど。
 小高や原町の人も、飯舘に避難してきました。それで自分らが炊き出しをしていたんです。放射能を浴びながら。
 だけど、村長は、線量が高いのを分かっていたはずですよ。村長は、飯舘に入ってきたジャーナリストや今中先生(京大助教)から、数字を聞いてたわけだから。今中先生は、村長に「避難した方がいい」という話をしたけど、村長は「マスコミには言わないでくれ」って、押さえようとしたんですよ。
 本来なら、避難してきた人に、「飯舘は線量が高いから、別のところに行って下さい」と言うでしょう。
 避難の人たちも、事態がだんだんわかってきたらびっくりして、違うところに避難していきました。2回、3回、4回と避難場所を転々とするようになってしまったのもこういう事情なのです。

◇焼けた金属臭・黒い雪

 自分の家は、飯舘村でもちょっと標高の高いところなんですよ。あのときは風がなくて、家から見ると、もう雲海みたいになって、大気が赤錆みたいな色をしていましたよ。そして、金属の焼けた臭いがして。
 14日は家にいて3号機が爆発したのをテレビで見ていたんですけど、直に音が聞こえましたよ。ドーンと2回。かなり大きい音でしたよ。
 それが、15日の朝には、飯舘に黒い雪となって落ち着てきました。薄っすら黒い色。自分だけじゃない、飯舘で気がついている人は見ていますよ。
 だから、あのとき避難させていただければ、何も3号機の爆発の影響を体に受けなくても済んだわけです。


anz004.jpg
〔安齋さんの家の前は緩やかな谷が広がっている。あの日、この谷が錆色の雲海で埋まった。この1年半の流れを知らないと、「美しい里山の風景」に見えてしまうだろう〕


◇体調にも異変が

 自分は、3月29日から、相馬の方で、遺体捜索に行きました。2カ月間。
 それで、朝6時から夕方6時まで家にいなかったから、ずっと飯舘にいた人よりは被ばくしていないかもしれない。24時間のうち、12時間は家にいなかったから。
 実際、仕事にいって、帰ってくると腹の調子がいいの。で、一晩、家に泊まると、朝はもう腹が下る。また、向こうで仕事していると落ち着くの。その繰り返し。家の中で、4~6マイクロシーベルト(毎時)、家の周りでは7マイクロシーベルト(毎時)ありましたから。
 5月末で遺体捜索の仕事が終わって、6月26日にようやく自治研修センター(福島市内)に避難しました。

◇山下教授の罪

 飯舘村は、まとまって避難ということはしなかったですね。その頃、まだまだ飯舘に残っている人はいましたよ。
 それには、山下さん(現・福島医大副学長)の影響もありますよ。「100ミリシーベルトまで大丈夫ですよ」と宣伝していったわけですから。あのとき、そういう先生が、「飯舘は危険だから避難しなさい」といってくれていたら、飯舘住民は、ほとんど避難しましたよ。
 「100ミリシーベルトまで大丈夫。戸を開けていいし、洗濯物も外に干していい。子どもを外で遊ばしてもいい」って。そのころ、本当に、子どもは外で遊んでいたんですよ。
 だから、自分の口から言わせると、「自分たちを殺すのか」って。傷害罪ですよ。
 山下さんの影響が大きかったですよ。
 国の方針として、「飯舘村は避難させない」というのがあったということでしょう。最終的には、IAEAから「ダメだ」と言われて、計画的避難区域になったけど、遅いです。
 だから、自分たちがいま話しているのは、「飯舘住民は、あの高放射線のところで、研究材料にされたんだ」って。そう言ってますよ。



 
頭から塩かぶせてやっから



anz005.jpg
〔伊達市伏黒のグラウンドに建てられた仮設住宅。以前に本サイトで紹介した長谷川健一さんもここで避難生活を送る〕


 仮設に入ったのは、昨年の8月1日から。ここは、飯舘の13行政区(全部で20行政区)の人が、最後にバラバラと集まってきたところ。
 家賃はありません。電気・ガス・水道は自分持ちです。
 ただ、寝れない。寝れないのは、夜、パトロールやっていて、日中に寝ようとして、寝られなかった。それがずっと続いて。ちょっと寝て、目が覚めて、という感じ。それで、肝臓が要注意。酒も飲まないのに。たぶんストレスですよ。それに心臓がちょっと肥大。
 パトロールは、車で自分の地区を回ります。1晩で2回、2人組で。1回まわるのに2時間半。それに、往復で各1時間。結局、7時間運転することになる。だから結構、へとへとになる。それを一日おき。30日あれば15日。
 パトロールに1晩出て7千円。あと通勤費、あと自分は車をだしてますから、それが2千円。それが主な収入です。

◇飯舘住民は人間ですか?

 自分は、東電の慰謝料(月10万円)の同意書に、ハンコ押してないです。東電からは仮払金(105万円)だけ。後は皆さんからもらった義捐金。
 それで役場から電話きたの。「安齋さん、(慰謝料の)同意書にハンコつきましたか?」。「何、語ってんの」って。「『賠償は個人でやれ』っていう役場の話だったのに、なんで役場が電話よこすの」。30分ぐらい話をしたかな。「貴重な話、ありがとうございます」だって。
 東電の本店からも3回ぐらい電話きたよ。「同意書にハンコ押して下さい」。コテンコテンにやってやった。「東電は、頭からウソをついているんだから、ハンコつかない」と。「では、伺っていいですか」って、「来んなら来たらいいよ。頭から塩かぶせてやっから」って。村民の怒りを代弁しているから。
 で、東電の人が3人きたの。「ハンコをついてほしい」と。「あんたら、全然、反省してないだろ」って。「すいません。すいません」て言うけど、「すいません」って言うだけでいいわけだから、あの人たちは。「今、ミサイル持ってたら、東電に全部、ぶち込んでやる」って。暴力はいけないけど、住民は、それくらい怒っているんだって。
 この間は、経産省の人にも、自分から訊いてみたの。
 「飯舘の人間は日本人ですか?違いますよね。人間でもないですよね。自分たちは、経産省が、『飯舘は安全だから避難しなくていい』って、それでずっといて。自分たちは、もう研究材料に売り飛ばされた人間だから、モルモットでしょ。人間じゃないでしょ」って。
 経産省の人、黙ってた、下向いて。「そう言われてもしょうがない」という自覚があるんでしょう。




住民の側にいない



anz006.jpg
〔頭を下げているのは福山官房副長官(当時)。左端が菅野村長。飯舘村内 2011年4月〕


 村長の悪口を言うんじゃないんですよ。ただ、原発事故の中で、住民の側を全然向いていないし、住民の意見も聞いてくれない。住民の意見は国には伝えないし、国の考えも自分らには届いていない。
 菅野村長は、今年で16年目ですけど、「14年間で、自分は村をこれだけにしてきた」ということが頭にあるわけ。それは自分たちも評価しているの。いままであれだけの村にしてきたことは。出稼ぎはたしかに減りました。それは評価しているんです。
 ただ、3月12日以降の村長は、もう住民の側にはいないと。

◇村長、こっちに来なさい

 事故の後、村長の周りに、経産省とかの役人が張り付いています。
 経産省の人は、村長に「放射線が大変だ」とか余計なことを言わせないためにいるわけでしょう。自分たちはそうとっていますよ。いまも経産省の人間が張り付いていますよ。前の人と変わったけど。仮置き場の説明会のときも、ピタッと村長についていますから。
 だから、説明会の場で、そのことを問題にした人がいます。「村長、こっち(住民の側の席に)に来なさい。何でそっちに(官僚といっしょに並んで)いるの?こっちに来なさい」って。でも、来ない。
 村長は、飯舘の村長だけど、住民の村長じゃないんです。
 清水社長が、飯舘に来たとき、ニコニコして迎えていた。「あの時点から変わりましたね」って言う人がいる。なんで加害者にニコニコするのか。そこが理解できない。普通ならこれだけの苦痛を住民に与えているわけだから、ノコノコやってきたら、突っぱねるのが村長と言うもんでしょ。逆に迎えに行っているんだから。理解できない。

◇何を守りたいのか

 村長とその取り巻きの人びとの意見だけが通っている。住民の声は、村長が押さえられてしまう。村の情報を出したくないの、村長は。それで、自分がそっちこっち行って発信していることがすべてにしたい。国にたいしていい子にしている。
 だから、その分、住民にはひどいの。自分みたいに、外にしゃべる者は、村長にしてみれば許せないわけ。
 村長は何を守りたいのかって。うーん、自分が仕切っている村を守りたいのであって、住民を守るのとは違いますね。村長は、自分がつくってきた村だという自負があります。自分がつくってきた村、その村のステータスを守りたい。そういうことでしょう。




「2年で帰村」方針の是非



 村長は、「除染して、2年で戻る」といっています。実際はうまくいっていないんですけど。でも、この前の議会でも、「2年で戻す」と言っています。「国が帰村宣言を出さなくても、私は出します」とまで言ってます。そして、「復興住宅は福島市内には作りません」とも。
 去年は、もう「戻らない者は面倒を見ない」とまで言っていたんですよ。今は、一応、「戻りたくても戻れない人にも手は差し伸べます」と言ってますけど、またどう変わるかわからないですよ。

◇住民の不安

 だから、住民が、いま一番心配しているのは、2年後に、「除染をしました」と、それで帰れる状況になっていなくても、仮設とか借り上げが打ち切りにされるのではないかということなんです。
 そうすると、子どもさんがいる人など、5万、6万といったお金は払えないから、泣く泣く帰るしかない。で、子どもを連れて帰れば、また、被ばくする。だから、とくに若い人は、帰る気になんない。
 でも、こういうことをやられるんじゃないかって、それが頭にあるから、それがまたストレスになってしまうわけです。
 この前、国の人が来ていたので言いました。「飯舘村は、5年10年では帰れません――国からそう話してもらえれば、住民はかなり楽になりますよ」って。自分たちとしては、30年なら30年、国に借り上げてもらうとして、飯舘をあれ以上かき回してほしくない。そのままそっとしておいてほしい。
 でも、村長は、もう「帰す、帰す」の一辺倒。
 無理に帰せば、自分で命を絶つ人が出ますよ。そのとき、誰が、責任取るんですか。

◇住民アンケートが示すもの

 村(当局)のアンケートでは「帰村しない」が33%。この結果をもって、村は、「60%は帰村を求めている」という話にしている。このやり方は汚いな。
 (住民有志の)「新天地を求める会」でやったアンケートでは、「帰村しない」が49%。それに「除染の結果を見て1ミリシーベルト以下になれば」を選択した人もいある。1ミリシーベルトには50年経ってもなんないから。だから、結局、70%は「帰村しない」ということ。
  〔2つのアンケート結果の詳細は以下に掲載〕
 


「新天地を求める会」アンケートおよび飯舘村アンケートの結果

★「新天地を求める会」アンケート結果(一部抜粋)
  〔4月下旬に全世帯を対象に実施、576通の回答〕

 〇帰村の意思について
 ・今すぐにも帰還したい・・・・・・・・・・・・・・・・38人( 6.6%)
 ・帰還するつもりはない・・・・・・・・・・・・・・・283人(49.1%)
 ・国(村)が安全宣言すれば帰還したい・・・・78人(13.5%)
 ・宅地が年1mSv以下になれば・・・・・・・・・・36人( 6.3%)
 ・宅地と農地が年1mSv以下になれば・・・・37人( 6.4%)
 ・村全体が年1mSv以下になれば・・・・・・・・51人( 8.9%)
  (以下省略)

 〇「帰還するつもりはない」と答えた人の理由について
 

 ・除染が困難・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・234人
 ・原発事故の収束に期待できない・・・・・・・・・173人
 ・健康問題が不安・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・160人
 ・子どもや孫は帰せない・・・・・・・・・・・・・・・・・178人
 ・帰還しても仕事がない・・・・・・・・・・・・・・・・・142人
 ・帰還しても農業ができない・・・・・・・・・・・・・・191人
 ・国(村)が安全と言っても信用できない・・・・210人
 ・帰還しても生活インフラが整っていない・・・・142人

  (複数回答)

 〇「除染によって住めるようになると思うか」について
  ・住めるようになる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32人( 5.6%)
 ・住めるようにならない・・・・・・・・・・・・・・・・362人(62.8%)
 ・分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・155人(26.9%)
 ・無回答・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27人( 4.7%)

                

 ★飯舘村アンケート結果(一部抜粋)
   〔5月下旬に実施 1788通の回答〕
 
 〇帰村の意思について
 ・避難解除されれば帰りたい・・・・・・・・・・・・・・12.0%
 ・解除されてもすぐには帰れないが
                  いずれは帰る・・・・・45.5%
   ・帰るつもりはない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33.1%


 〇除染の効果について
  ・大いに期待している ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5.2%
 ・一定程度期待している ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5.5%
 ・実施してみないとわからない・・・・・・・・・・・・・・・19.7%
 ・あまり期待できないがやってほしい・・・・・・・・・・20.6%
 ・あまり期待できない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22.0%
 ・全く期待できない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22.1%




◇帰っても
 

 自分は、「除染して帰る」という人には、「どんどん帰ったらいいよ」と言っている。ただ、「帰って半年で、賠償金も打ち切られて、家族を抱えて、あーって言っても、遅いよ」って。「自分で首つって、命絶つ人、どんどん増えていくよ」って。
 いまはお金(慰謝料)もらっているからいいけど。帰ったら、それがなくなるの。家もダメだし。500万、600万もらっても、家は直せない。

◇3,224億円

anz007.jpg
〔小宮地区で行わている除染の実証実験。建設会社のフジタが受注している。実証実験というが10ヘクタールと大規模〕


 それから、除染に3,224億円ですよ。飯舘だけで。
 それだけお金を使って除染しても、効果はないし、ほとんどゼネコンに行ってしまう。ゼネコンも、適当にやってますよ。
 なら、飯舘は1700戸だから、1戸当たり5千万円になるけど、たとえば「国で代替地を見つけるから、その『新天地』で30年なら30年くらいやって下さい」という方がよっぽど現実的。
 自分たちは、お金ほしいんでもなんでもない。除染だなんだとお金を垂れ流すくらいなら、その金で代替地をピチッとやってもらった方がいいと言っているのですよ。
 飯舘には、1週間に1回、2回帰って、家の片づけするとか、それぐらいはできるわけだから。
 そう、こういう意見はたくさんあるんだけれども、取り上げてくれない。村長は。ただただ「村に帰す」というだけ。

◇新天地の青写真

 その「新天地」については、糸長先生らの提案(※)で、青写真もできていますよ。
 例えば、100軒がまとまらなくてもいい。10軒でも、20軒でもまとまってそこに行きましょうという話になれば、ここに家を建てて、緑のある住宅にして、その辺に農地をつくってもらって。お年寄りには、そこで野菜を作ったり、田圃を作ったりしてもらって、そこで住民のつながりもできる。
 それで、少しでもお金になったら、喜ぶよ。そういう風にやりたいの、本当は。新天地を求めて。
 お金じゃなくて、農家の人は、土を触りたいの。小さい子どもが、外に出たときに、走り回って、転んでってするように、それと同じですよ。
 だから、3200億円を除染にかけるんじゃなくて、「30年なら30年帰れないけど、飯館の住民の皆さん、 これで『新天地』を作って下さい」ってやれば、それでかなり精神的苦痛は取れますよ。



※ 糸長浩司さんは日大教授で、自然と調和した暮らしを提言する環境建築家。この20年来、飯舘村でエコロジカルな村づくりを支援してきた。事故後、飯舘村の後方支援チームを組織し汚染対策に取り組むとともに、「分村建設」を提案している。以下、新聞紙上に掲載された糸長さんの「分村建設」の提案。
・「避難者が30年、50年安心して暮らせる場所を作って、そこで一世代二世代暮らす。そのうちに放射能が減ってくれば、戻ることを考える。2つの場所に村があったっておかしくない」
・「暮らしと生業の両立した、小さくてもよい、もう一つの飯舘分村(新村)を建設し長期的な避難生活を支えたい。集落単位での分村を数か所建設してもよい。共同の農場や工場、市場に、祭りの場や交流市場などがあると良い。
除染しながらの居住は厳しい。村人は子どもたちの将来を考えて分村建設の法的整備を含めた『原発災害復興二拠点居住権』(仮)を獲得したい」







区域再編・賠償・仮置き場



anz008.gif 

〔飯舘村は、昨年4月に計画的避難区域とされたが、この7月に、「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の3区分に再編された〕



anz009.jpg
〔作業員の方は、福島市内から通いで、朝7時から18時まで、交代でゲートの開閉に従事しているとのこと。線量は、アスファルト上で6~9マイクロシーベルト、側溝では30~100マイクロシーベルトという作業環境だ〕


◇住民分断と棄民

 国は、区域再編でも、いかに賠償金を少なくするか、払う期間を短くするかということばかり。国は、この事故から早く手を引こう、手を引こうとしている。
 東電だって、「これくらいの金やるから、もう何も言いうな」と。そういう風にしか見えないんです。新聞によれば、東電は、「帰宅困難区域をどんどんどんどん小さくしたんで、4千500億円ものお金が浮きました」って言っているそうですよ。
 それで、「ちょっとくらいの被ばくは、我慢しろ」と。捨てられたのと同じですね。国のやっていることは棄民という言葉そのもの。

◇同じ被害で賠償に差

 賠償の話になると、帰還困難区域の長泥地区の場合は1千万円、自分たちの小宮地区は、居住制限区域で半分の5百万円、避難指示解除準備区域はその半分。
 これは必ずもめ事起こりますよ。同じ被害なのに、3分割して賠償額で差をつけるというんだもの。居住制限区域の人も、帰還困難区域の人も、同じように1年以上避難しているんですよ。家が痛むのは同じですから。なんで飯舘、全部一律にしないの。
 蕨平(わらびだいら)地区は、「帰還困難区域にして下さい」っていっていたのに、そうならなかった。結局、受け付けなかったのは誰かといえば、村長でしょ。
 帰還困難区域を大きくすれば、それだけ帰る人が少なくなるという考え方。村長は、「帰還困難区域をできるだけ小さくしてほしい」と。そういう話です。
 これは、もめ事起きるよ、「こういう風にしたのは誰だ?」って。

◇小宮地区・仮置き場
 
 飯舘村は、もともと行政区ごとのまとまりがあって、区長さんが頑張ってるところもあるけど、小宮地区の場合は、総会のときぐらいしか人が集まんない。隣の北前田地区は、どんどん話をやったりしているけど。
 これから区域再編のこととか、除染の説明とかをしなければいけないよ。
 仮置き場の設置については、小宮地区の人は、ほとんど賛成していないです。いえば5~6人が同意しているぐらいです。
 そもそも地区住民の声は全然聞いていないです。3回目の説明会のとき、「あとは議会で決めますから」って。住民への説明はアリバイ。それをいつの間にか「住民の同意を得ました。誰一人反対している人はいません」って。とんでもない話です。


anz0101.jpg
〔除染の実証実験で出た放射性廃棄物がどんどん運び込まれ、うずたかく積まれている。ここは小宮地区にある飯舘村の一般ごみの処理施設。ただしここは仮置き場ではない。看板にあるように「仮仮置き場」〕




住民の気持ちは重い



 自分たちは被ばくさせられたと。で、賠償金も精神的慰謝料の10万円。でも、「もういいよ」という人がいるの。納得しているのか、あきらめなのか。
 本当は、集団で訴訟を起こせばいいですけど。
 自分たちは、いま裁判を起こしている。東電に慰謝料を請求する裁判。〔※〕
 現在の慰謝料は1人月額10万円の低さ。それに、加害者の東電が全然反省していない。東電は全然、反省していないですよ。だから「懲罰的慰謝料」も請求します。
 でも、この裁判のことがテレビに流れたら、「金儲けだろう」って、飯舘住民に言われて。そんなんじゃない。自分たちが裁判に訴えたのは、飯舘住民の人が、1人でも2人でも、加わってくれればいいと。いま26人ぐらい。最初は14人ぐらい。これは100人、500人になったら、力になるんだけど。



※ 当初、今年3月30日に、飯舘村の5世帯14人が東京電力に総額2億6488万円の慰謝料を求める訴えを東京地裁に起こした。その後、数世帯が加わっている。原告代表は岡本易さん(77)。岡本さんは次のように訴える。
「原発事故から1年以上経ち、収束作業や賠償が何となく進んでいますが、私は過ちを犯した人の責任が見過ごされていると思うんです。このまま推移したら、責任の所在が曖昧なまま収束作業も賠償も終え、誰が悪かったのかが見えなくなってしまう。本来対峙すべきは『原子力ムラ』の住人すべてでしょうが、全部を相手にすると決着がいつになるか分からない。ならば相手を絞ろうと被告は東電のみとし、請求も慰謝料一本にしたのです。巨大な壁と闘うことになるが、針の大きさでいいから風穴を開けて、東電に『自分たちが悪かった』と思い知らせたい」




◇東北人の気質か

 住民の気持ちが重いのはなぜか。うーん。
 東北の人は、おとなし過ぎると言われけど、たぶん日本人は徳川時代にお上にはもう何も言えなかった。そしてずっと馴らされてきた民族で、政府にモノを言ってもしようがない。そのあきらめムードがたぶん強い。
 福島県から出ると、「もっと声をあげなきゃだめでしょう。飯舘の人はおとなし過ぎる」って言われるけど、「もう怒ったら大変なことになりますよ」って言ってるんだけど。

◇東京の人の気持ちとは

 東京では、何万人が官邸前に集まったと言っているけど。ちょっと気持ちが違う気がします。
 この間、東京に行ったとき、この福島原発の電気を東京で使っていることを分かんない人がいました。「福島原発の電気を、福島県でひとつも使っていませんよ」っていったら、「えっ?!」って。「東京都民が使っている電気なんですよ」って。「だから、東京都民にも責任はありますよ。だから、都民の人はもっともっと声をあげて下さい」って。
 でも、原発事故をもろに受けた私たちにとっては、10万、20万のデモはやはり力強いですよ。それがもっともっと大きくなって行けば、政府も動かざるをえなくなるし、東電もウソはつけないし、だから、もっともっと大きくして行かないと。


anz011.jpg
〔小宮地区の住民が、「放射性廃棄物の仮置き場はいらない」と自宅前に貼り出した〕


◇水俣に学ぶ

 この前、水俣に行ってきたんですよ。いやー、これは、学ぶべきものがありますね。原発事故と同じ。
 水俣で感じたことは、まず、国・県・行政が、最初に患者さんが出たときに、手を打っておけば、200万人以上も被害を受けることはなかった。
 そして、患者さんが出て、病院に入院させたら、漁業組合長が病院から連れ出したって。なんでって、魚が売れなくなるから。それで、どんどん増えて行ってしまった。だから、いま「風評被害」だとかいってごまかしてしまうのといっしょ。
 それに、飯舘で除染をやっているのもいっしょ。海に杭を打って、そこに汚染土を入れて、上に土をかぶせて、建物を建てて。だけど、中の物が漏れているんですよ。
 資料館にも案内してもらったけど、水俣は、55年、60年近くなりますけど、「ああ、これが原発事故の将来、こうなるのかな」と。
 水俣の人は、何十年も苦しんでたたかっているので、福島・飯舘の人より、こっちのことを本当に心配しています。
 だから、福島・飯舘の人も、もっともっと立ち上がんなきゃだめなんですけど。まあ、水俣の人達も、1年や2年の話ではないからね。5年10年かかってようやく、という感じだから。だから、福島もこれから。これから声をあげなくちゃ、完全に潰されますよ、自分たちも。




だんだん牙をむく



 自分は、3・11以前は、何かするなんて、なかったですよ。ごく普通の村民ですよ。
 最初は、えーと、昨年4月の「負げねど飯舘 !!」の村民決起集会、あれからです。
 そして、避難で福島市に行ってちょっと活動して。
「これだけ大きな事故が起きたから、何かグループを作って、住民と、行政・東電・国の間に立たないとだめですよ」って話していたんですよ。それが、「愛する飯舘を還せプロジェクト 負げねど飯舘 !!」の始まり。
「負げねど飯舘!!」は、いまは村長にちょっと頭を押さえられたような感じなっているけど、「負げねど飯舘!!」が、あのままの状態で来れば、また、変わっていましたよ。
 
◇気付き始めた

 村の職員も、最近、ちょっとこっちにきているかな。少し住民寄りになってきたかな。村長も、だんだん、裸の大様になりつつある。
 いままで村長がやりたい放題をやってきたけど、今回、区域再編でも、除染でも、もう、住民からコテンコテンにやられているから。とにかく国のいうことを聞いていれば、なんとかなるということがこの1年で、ガタガタになっているからね。それで住民も牙をむき始めているから。自分は、剥きっぱなしだけど。
飯舘の人はなかなか立ち上がらないと言ったけど、だんだん変わってきている。だんだん気づき始めている。住民が気付き始めたというのが大事ですよ。これが、どんどん大きくなって、牙をむいていけば、いかに村長でも、国の言いなりではいかなくなるからね。
 今は、まだクスぶっている段階だけど、そのうち火がつきますよ。

◇10月に村長選

「帰る」「帰らない」で、村は二分される。そう見ているよ。3区分と賠償問題になったとき、やっぱりもめる。今度は、「村長、何、勝手なことした」となる。椅子でもなんでも飛んでくるような話になるよ。
 村長は、「村では、一律にするようにしてますけど・・・」と言って逃げようとするけど、そうはなんない。
 ただ、10月に村長選があるけど、これは、菅野村長の再選だな。
 菅野村長が再選されても、これからどんどん問題出てくるわけで、それをどんどん突っ込んでいけばいいと思っている。
 あと、来年、議員を変える。いまの悪い議員は全員取り換える。
 

anz01201.jpg
〔猫がニャーニャーと人恋しそうに近づいてきた。飼い主が避難しているために腹を空かしている。安齋さんを待っていたようだ。安齋さんは、そういう猫たちに餌を運ぶということもやっている〕


◇住民の心の中を見て

 テレビも新聞も取材に来るけど、表面しか捉えていない。NHKにも抗議したんです。
 「表面の話はもういいから。裏で苦しんでいる人がたくさんいるんですよ」って。そしたら、「貴重なご意見、ありがとうございました」で終わり。
 裏を取材して下さい。住民の心の中を。「飯舘村はきれいで、だけどそこに住めなくなって、涙を流していました・・・」。こういう話はもういいの。
 「2年後にはいやでも戻されるんじゃないか」とか、「仮設にもいられなくなるかも知れない」とか、先の見えない不安感。
 津波の被害と違う。津波の被害は、全部なくなってしまったけど、これから前に向かって進もうというものが見える。けれど、飯舘は見えない。
 この苦痛を、全国の人にわかってほしいですね。「金くれ」って言っているんじゃなくて、「この苦痛を取り除いてくれ」って言っているのですね。 (了)







◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



◆追記◆

 
 上のレポートをアップした後、飯舘村が、5日の行政区長会議で、住民帰還の見込み時期の案を示したという報道があった。『福島民報』(9月6日付)1面の報道を以下に転載する。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


飯舘、27年から段階帰還 
          村見通し 「除染踏まえ最終判断」


                  帰還困難・長泥 29年3月以降



 東京電力福島第一原発事故で全村避難が続く飯舘村は5日、住民帰還の見通しを示した。全住民が避難する自治体で帰還見通しを示すのは初めて。避難指示解除準備区域と居住制限区域の一部の合わせて16行政区は、原発事故から4年を経過した平成27年3月以降とした。ただ、村は国直轄で行われる除染の結果などを踏まえ、最終判断するとしており、帰還が計画通りに進むかは流動的だ。

 村は福島市の村飯野出張所で開かれた行政区長会議で、住民帰還の見込み時期の案として説明した。
 避難指示解除準備区域の4行政区と居住制限区域の12行政区が同じ時期の帰還を目指す一方、居住制限区域であっても比較的放射線量の高い村南部の比曽、前田八和木、蕨平の3行政区は事故から5年後の28年3月以降の帰還とした。帰還困難区域の長泥行政区は平成29年3月以降。
 帰還を実現するためには迅速で効果的な除染が求められる。しかし、村内の除染の開始時期が当初の8月下旬から今月上旬にずれ込んでいるのをはじめ、汚染廃棄物の仮置き場が一部決まらないなど課題は山積している。
 村は「村民の生活再建を急ぐ上で、(帰還時期によって異なる)財物賠償額を確定させるのが重要」と判断し、帰還時期の見通しを示した。ただ、居住制限区域の中で帰還時期に差が生じることで、住民理解を得られるかは不透明だ。
 村は今後、住民との懇談会で意見を聞き、国に最終案を報告する。国は村の報告を踏まえて避難区域の解除時期を決定するが、除染の進捗(しんちょく)状況によっては村の案より遅くなることもあるという。
 国は帰還困難区域について設定から5年後、避難指示解除準備と居住制限の両区域については数年後の解除を想定している。











関連記事
スポンサーサイト

テーマ:東北関東大震災 - ジャンル:ブログ

  1. 2012/09/05(水) 19:24:10|
  2. 飯舘村
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<原子力ムラにくさびを   第二次告訴へ全国集会 | ホーム | 「故郷を返せ」「ただちに原発ゼロを」     福島・意見聴取会>>

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2012/09/10(月) 21:16:23 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

いつも、深く掘り下げた記事をありがとうございます。
今までの様々な記事もそうですが、今回の安齋さんのインタビューにも、心を打たれました。

国のやり方に、人々が簡単に諦めたり、大人しく泣き寝入りするだけでは、日本にはいつまでたっても本当の民主主義は確立しません。民が「主」である国にはなりません。怒って、訴えて、事故の責任ある者達に罪を自覚させ、しっかり反省させなければ、また同じ事が起こります。被害者は分断されて、スズメの涙で黙らせられたとなれば、電力会社は、安全性なんかいい加減でも国がまた同じように守ってくれると思うでしょう。電力会社に限らず、日本のすべての事業者が、人々の安全や健康よりも、金儲けの方が大事、何かあっても、大して賠償しなくていいんだよ、この国じゃ、とさらに思い込むことになるでしょう。

是非是非、安齋さん達に頑張って頂きたい。裁判でも勝利出来ますように。

私は、個々人の動機が、「金目当て」で、何が悪い?!と思います。自分達の生活と未来が、根こそぎにされたのです。スズメの涙ではない妥当な額を要求して当然です。皆が、もっとよこせと言い、それを支払わせる必要があると思います。多額の賠償を支払わせれば、原子力ムラ住民は「原子力が一番安い」等と、バカな事をいつまでも言っていられなくなるでしょう。

自分達の事業活動の結果、人の健康や生活に多大な害を及ぼしたら、それ相応の責任をきちんと取らされる、それがどんな大企業であっても、刑事責任も含めて、責任をしっかり取らせる世の中にしなければ、日本はいつまでたっても未開の国です。(大体何故、東電や原子力ムラの面々の誰一人、いまだに逮捕されず、皆偉そうにしているのでしょう?) 

何の情報も与えず住民を被曝させ、ようやく避難させても、今度は、出来ない「除染」で、無理やり「安全宣言」して、スズメの涙で帰村させて、人体実験を続けながら、「福島の事故は大したことなかった」事にしたい、腐ったこの国の対応は、チェルノブイリ事故時のソ連よりひどいです。飯館に限らず、汚染のひどい地域の方は、避難してもしなくても、みんな何らかの賠償、補償が充分あってしかるべきだと思います。それを皆で大きい声を出して要求していくことが、世直しにもつながって行くと思います。

誰かが、チェルノブイリ事故がソ連崩壊の引き金になったと書いていましたが、だったら、福島事故が、腐った日本の崩壊、より民が主な国への転換の引き金にもなり得るでしょう。でも、黙っていては始まらない。

勿論、司法も腐ってますから裁判は簡単ではないでしょうけど、でもまず声を上げなければ。
安齋さん達の気概ある行動を、応援したいと思います。
  1. 2012/09/17(月) 04:25:43 |
  2. URL |
  3. 笹 #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://fukushima20110311.blog.fc2.com/tb.php/66-474ab0d6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。