福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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東電幹部に厳正処罰を         福島県民が集団で告訴・告発   



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 6月11日、福島第一原発事故の刑事責任の追及と厳正な処罰を求め、福島県の住民1324人が、福島地方検察庁に告訴・告発状を提出した。
 告訴団の団長・武藤類子さん、副団長の佐藤和良さん、弁護団の河合弘之さん、保田行雄さんらとともに200人が提出行動に参加、その後、福島市内で記者会見と集会を行った。



 
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被ばくは傷害罪


 告訴・告発の対象は、原子力安全・保安院や東京電力の幹部ら33人と、法人としての東京電力。
 容疑は、<事故を防ぐ注意義務を怠って、原発事故を引き起こし、放射性物質をまき散らし、被ばくという傷害を負わせた>というもの。該当する法律は、業務上過失致死傷罪および公害罪の2つ。




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責任者を裁きの場へ


 告訴・告発された33名は、「被告訴・被告発人目録」に列挙された。それは以下の通り。

◇東京電力: 勝俣会長、(つづみ)副社長、西澤社長、相澤副社長、小森常務取締役、清水前取締役社長、藤原監査役会会長、武藤前取締役副社長、武黒元副社長、田村元会長、服部元副社長、元社長、荒木元会長、榎本元副社長、吉田前第一原発所長

◇原子力安全委員会: 班目委員長、久木田委員長代理、久住委員、小山田委員、代谷委員、鈴木前委員長、衣笠専門委員

◇原子力安全・保安院: 寺坂院長、松永元院長(現経済産業省事務次官)、広瀬元院長(現内閣参与)

◇原子力委員会: 近藤委員長

◇文部科学省: 板東前生涯学習政策局長、山中前初等中等教育局長、合田前科学技術政策局長、布村前スポーツ青少年局長

◇放射線専門医: 山下福島県放射線健康リスク管理アドバイザー・福島県立医大副学長、神谷福島県放射線健康リスク管理アドバイザー・福島県立医大副学長、高村福島県放射線健康リスク管理アドバイザー

 いずれも、原発事故の発生と住民の被ばくに重大な責任のある者ばかり。ところが、その責任者たちが、のうのうとしている。その者たちを裁きの場に引き出す行動が始まった。

 なお、菅前首相などの政治家が告訴・告発の対象になっていない。この点について、弁護団は、「範囲を広げすぎて、法的な責任があいまいにならないようにするため」と説明している。
 また、福島県の佐藤雄平知事については、告訴・告発を検討していると述べた。

 


1324人の告訴団


 福島原発告訴団は、原発事故から1年を経た今年の3月16日に設立された。それから3か月を経て、1324人の福島県民が告訴団に加わった。
 「事故により、日常を奪われ、人権を踏みにじられた者たちが、力を合わせ、怒りの声を上げました」と、「告訴団・告訴声明」が言う通り、被害を受けた当事者が、ついに立ち上がった。
 また、「告訴へと一歩踏み出すことはとても勇気のいることでした」と「告訴声明」は言う。昨年12月の野田首相の「収束宣言」をもって、原発事故も被害も終わったものとされ、被災者の棄民が行われようとしている。被害を訴え、賠償を求め、責任を問うことを諦めさせる重苦しさの中にある。
 このような状況を跳ね返して、「怯むことなくこの事故の責任を問う」(告訴声明)という行動が始まった。




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 この日の集会では、10人の人びと〔上掲写真〕が、自らの訴状を読み上げた。一人ひとりが、自らの受けた被害と苦しみを告発した。涙でたびたび言葉に詰まっていた。
 その一人、二本松市の佐久間章子さん(55)が読み上げた告訴・告発状を紹介する。


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〔以下、二本松市の佐久間章子さんの発言〕 

 私は、福島県二本松市において、妹の野菜出荷を手伝うかたわら、畑を借りて家庭菜園で無農薬野菜やガーデニングを趣味としておりました。野菜は県外に住む息子に送り、また、近所に分けて食べていただくなど、充実した毎日を送っておりました。

 原発事故により、大量の放射性物質が降りました。親族が測定器を持っていて、測定結果を知らせてくれました。3月15日13時10分、外は100マイクロシーベルト(毎時)だというのです。18時30分、「家の中でも20マイクロシーベルトある。決して外に出ないように」と連絡がありました。
 すぐに県や政府に、「避難命令を出してほしい」とお願いしました。
 測定器は、親族が東京大学の教授に取り寄せていただいたもので、校正はしてある確かなものです。
 政府の返事は、「お金がないから、避難はさせません」というものでした。
 16日には雪が降りました。雪はサーベイメーター(測定器)を近づけると、80マイクロシーベルトありました。
 16日正午、数値はさらに高くなったのです。17日、私の家の台所を測定してもらうと、20マイクロシーベルトありました。そこでは、断水のために汲んできた水を使い、食事をしていたのです。
 しかし、テレビから流れる枝野大臣の口からは、「ただちに健康に影響はない」の言葉だけでした。ヨウ素剤の存在も知らず、SPEEDIの情報も消されていることを知らずに、無用の被ばくをし続けたのです。2012年5月になっても、私の家の庭は、いまだガンマ線だけで1.7マイクロシーベルトを超す高い線量を測定し、家の中は0.4マイクロシーベルトを計測しています。
 借りた畑を耕作することもできず、花でいっぱいだった庭は、雑草で見る影もありません。2012年3月、二本松市の土壌汚染の結果を知りました。測定点は私の家から300メートル離れたところで、51万3,500ベクレル(キロ当たり)、その近くの川底からは、3,700ベクレルのセシウムが検出されています。
 私は当時、仕事に行く主人を残し、避難をすることはできませんでした。避難命令さえ出してもらえれば、主人も仕事に行くこともなく、避難もでき、県民も無用の被ばくを避けられたはずです。
 事故当時、危険を知らされなかった若いお母さんが、乳母車に赤ちゃんを乗せて歩く姿に、胸が張り裂ける思いでした。
 農家の人たちも、被ばくしながら、農業をしたのです。収穫をした物が本当に食べられる物なのかもわからず、不安で食べることもできませんでした。

 この大汚染の原因と、被ばくから国民を守らなかった犯罪について、被告人を調べていただきたいと強く望みます。


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被害者の運動で原子力ムラ うち破ろう


 いわき市議で、告訴団の副団長を努める佐藤和良さんが、集会をまとめる発言。
 佐藤さんは、①被ばくは傷害だ、②被害者の運動が社会を変える、③告訴のたたかいが、再稼働に突き進む原子力ムラを打ち破る、④被害者の再生なくして福島の復興はない、――と告訴・告発の運動の意義を提起した。


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〔以下は、いわき市議の佐藤和良さんの発言〕

◇被ばくは傷害

 3月11日から3月15日、最初のプルーム〔放射能を含んだ雲〕が来て、初期被ばくをしました。3月21日、22日の2回目のプルームが来ました。雨も降りました。残念ながら、しっかり被ばくをしました。
 そのことは、「傷害なんだ」ということを、今日は、きちんとはっきりさせようということで、福島地方検察庁に、告訴しました。

◇被害者の運動こそ

 社会を変えていくのは、被害者の運動です。残念ながら、被害者の運動がチェルノブイリでも一番、大きな役割を果たしました。先日、ウクライナに行ってまいりました。ウクライナの被災者支援法というのがどうやってできたのか。あるいはベラルーシ、ロシアの被災者支援法はどうやってできたのか。
 それは、ひとつは、リクビダートルという、事故の処理をして大量に被ばくした労働者たちの運動です。それと、被災地で一人ひとりが声を挙げていく。その運動の力で、被災者支援法という形で、社会保障制度(をかちとり)、国家が被災者を、被ばく者をきちんと支援している。
 今日の福島市内の状況はどうでしょうか? 0.7とか0.8マイクロシーベルト/時というのが(空間線量の)平均で、お山(信夫山)の下に行ったら1マイクロシーベルトを超しちゃって、検察庁の内部だって、「敷地内は1マイクロを超すところがあるんですよ」と先ほど、事務官の方が言っていました。そんなところで生活している。
 これは、ウクライナで言えば、第2ゾーン=強制移住地域ですよ。
 いま日本で、私たちは、(ウクライナの基準で言えば)強制移住地域で、暮らさざるを得ないのですよ。こういうところで、私たち被害者が声を挙げていくということが、日本を変える、歴史を変える、その力になると、私は確信いたしました。

◇原子力ムラの解体へ

 そして、それ以外に、結局、原子力ムラを変える手立てはないと思います。
 東海第二原発の廃炉を求めている東海村の村上村長は言っています。「原子力ムラは、戦前の軍部と同じだ」。この軍部は勝手に解体しません。
 戦前は、民衆運動も弱かった。そして、結局、アメリカや、中国やアジアの勢力によって、日本が敗戦ということで、軍部の解体に追い込まれました。
 今日、どうでしょうか? 私たち日本の国民の民衆運動はどうでしょうか? かなり厳しいですね。しかし原子力ムラが、大飯の再稼働をはじめ、もう一度、巻き返しを図ってきています。
 原子力ムラは解体していません。依然として強大です。これを打ち破るのが、私たちの告訴のたたかいだと思います。

◇被害者の再生のために

 そして、結局、それは、私たち一人ひとりの蘇りのためだと思います。
本当にこんな被ばくをして、放射線が、あるいは、放射性物質が体内にみなさん、入っていますよ。私も入っています。そして、そこで、生きていく、蘇っていく。
 「福島再生」とか「復興」とかいろいろ言うけれど、私たち一人ひとりの人間の再生・復興なくして、福島の復興・再生ということはないと思います。一人ひとりの復興こそ、私たち告訴団の願いだと思います。頑張りましょう。


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地検の包囲へ


 この日の告訴・告発状の提出は、大きな目標に向かう第一歩だ。
 告訴団は、さらに告訴・告発人を募り、第二次・第三次の告訴・告発の手続きを続けるとしている。また、署名などを集めて、福島地検を被害者住民の声で取り囲もうと訴えている。  (了)







  
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  1. 2012/06/21(木) 09:03:35|
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  1. 2012/06/21(木) 18:24:29 |
  2. |
  3. #
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私も、告訴をしたいです。同じ思いの人はたくさんいます。
  1. 2012/06/21(木) 23:23:51 |
  2. URL |
  3. 浪江町川添住民 #yZxzlliU
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  1. 2012/07/03(火) 11:41:17 |
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  1. 2012/07/25(水) 18:51:21 |
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