福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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厳冬の飯舘村



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 牛のいない牛舎が、雪の中に、ひっそりと立っていた。
 

 1月末の飯舘村。
 この日の最高気温-2度、最低気温-7度。
          


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 スズメの群れが、寒さに耐えていた。



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 大きなビニールハウスも、無残な姿で、吹雪にさらされていた。
 



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 村内の道路は、除雪されていた。
 見守り隊が巡回したり、避難先から戻ってくる村民が使うからだ。

 落選中の元議員の看板があった。
 「さあやるぞ。国家・国民のための政治」と標語が。
 現実を前にすると、空々しく、虚しい言葉だ。



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 シャムだろうか、ネコが横切った。



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 飯舘村は、阿武隈山地の北部に位置し、 標高400~600メートルぐらいの高原になっている。
 地域としては浜通りに入るが、海はない。
 海に面している隣の南相馬市に比べると、かなり積雪の多いところだ。

 雪が多いだけではない。
 夏には、しばしば、やませが吹いて冷害に襲われてきた。稲作などが大きな打撃を受けてきた歴史がある。
 そこから、複合型の農業に取り組んできた。タバコ、山菜、シイタケの原木、さらに、40年ほど前から和牛の生産に力を入れてきた。和牛は、飯舘牛というブランドにまで育ってきた。

 だが、飯舘牛の成功だけではない。
 飯館村は、もともと、福島県内でも所得の低い地域だった。そして、都会への人口流出も進んだ。
 それにたいして何とかしようという取り組みが、この20年来、進んできた。それは、都会的な豊かさを後追いすることではなかった。「田舎」で受け継がれてきた生産や生活の価値を、再発見し再評価しようというものだった。大量消費文明の豊かさにたいして、人間らしい豊かさを追求する価値観の転換だった。
 そういう取り組みの成果も上がってきた。

 そういったもののすべてを一瞬にして根こそぎにしたのが、皮肉にも、大量消費文明が行き着いた末の原発事故であった。
 
 
 

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 飯舘村の中に、まだ、牛と馬がいた。
 
 警戒区域に取り残された牛馬を保護する活動などで知られる細川牧場。
 白い息を吐きながら、干し草を食んでいた。
 


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 細川牧場を過ぎて、しばらく走ると、伊達市に入った。
 この季節になっても、柿の実が、枝に残っていた。
 豊作だったが、収穫されなかったためだ。

 不思議なのは、カラスやヒヨドリたちも、口を付けないことだ。
 放射性物質にたいするセンサーでもあるのだろうか。
 


 その後、伊達市をしばらく走り、福島市に入る少し手前で飯舘村・前田地区の村民が避難をしている仮設住宅を訪ねた。
 ここは、このブログでも紹介した長谷川健一さんが区長を務めるところでもある。

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 「飯舘村の雪はどれくらいだった?」
 仮設で出会った村民にきかれた。
 村の様子を気にかけているようだった。

 左から、庄司さんと、佐藤さん夫妻。
 庄司さんも、佐藤さんも、農民だ。
 近くに畑を借りて、野菜を作っているという。
 土をいじるのが、根っから好きなのだ。 


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 飯舘村の今後について、庄司さん(76)に聞いてみた。

 「村長は、『5年で帰る』とか言っているけどね。
  無理だろう。
  除染? 
 そんなもん、ゼネコンのためだ。利権だよ」

 「私らが議論しているのはね、一旦、『新天地』に移って、そこで30年ぐらい暮らそうということ。
 そして、そのうち放射能が減ってきたら、若い人たちが、また、飯舘村に戻るということだよ」

 
 世代を超えた計画を語ってくれた。
 とてつもない苦難の中にいる。にもかかわらず、途方に暮れるでもなく、愚痴をいうでもない。目先のことを追求するのではなく、射程の長い議論を、村民同士で冷静に行っている。
 このことに驚かされるとともに、こういう形で、飯舘村の村民が取り組んできた運動の精神が、未曽有の苦難にも立ち向かう中で、発揮されているのだと思った。
 




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  1. 2012/02/03(金) 14:03:43|
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  1. 2012/02/22(水) 10:25:51 |
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