福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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子どもだけでも避難させてくれないのか   渡利住民の悲痛な叫び

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 10月28日、放射能で汚染された福島市渡利地区の住民らが、「渡利の子どもたちを放射能から守ってほしい」「避難を求める世帯に避難を。避難費用には賠償を」と要求し、東京・霞ヶ関の参議院会館で、政府・原子力災害対策本部を相手にした交渉に臨んだ。

 渡利地区は、福島県庁から1キロも離れていない。阿武隈川を挟んだ対岸。福島駅からでも1・5キロ。そういう都市部の住宅密集地。
 この渡利地区が、放射能によって汚染されている。
 住民らの独自の調査では、9月段階で、南相馬市で適用された子ども・妊婦の特定避難勧奨地点指定基準〔地上50センチの測定で、2マイクロシーベルト/時〕を超える地点が、178地点中の53地点にのぼった。
 ところが、政府が8月下旬から始めた詳細調査は、同地区6千7百世帯のうち、1千世帯余りだけを調査対象とし、しかも、1世帯について2カ所だけを測定するというやり方。そして、その結果は、指定の対象となる世帯が2軒あったが、その2軒が「避難の希望がない」と理由で――本来、指定には住民の意向は関係ないはずだが――、特定避難勧奨地点指定を見送るという決定となった。
 10月8日、この政府決定を説明する渡利地区・住民説明会が行われた。政府は、この説明会を一部の住民にしか通知しなかった。しかし、400人以上の住民が集まり、政府にたいして厳しい意見をぶつけた。説明会は大荒れに荒れ、深夜12時まで5時間かかっても収集がつかなかった。〔説明会の様子は、10月10日付「東京新聞」、10月17日「テレビ朝日・報道ステーション」、10月31日付「週間プレーボーイ」で大きく報道 / 本ブログでも10月14日付で報道〕
 住民らの憤りは収まらず、26日に地元で約90人が参加して市民集会を開催、そして28日には、約20人がバスで上京、県外の人びとと合わせて約300人が、東京・霞ヶ関の参院議員会館に集まった。


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詳細調査をやり直して。なぜできない?


 住民のもっとも端的な要求は、「渡利周辺の特定避難勧奨地点にかんする詳細調査は、一部の世帯についてしか行われていない。詳細調査をやり直してほしい」ということだ。
 ところが、政府の返事は、「この地域ついては、除染をしっかりとやっていく。調査は除染の前に行う」。これをくり返すばかり。
 住民が要求しているのは、「除染をしてくれ」ではない。もちろん除染に反対しているわけでもない。ただ、「国の行った詳細調査には疑義がある」と言っているのだ。そして、「詳細調査をやり直せ」という分かりやすい要求をしているだけだ。
 「詳細調査をなぜ行えないのか」「住民がこれだけ要求しているのに、なぜできないのか」「調査していないところで、充分に高い値が出ている。住民は不安を感じて、調査をやり直してほしいと言っている。それを拒む理由はあるのか」。
 このように住民に詰め寄られても、政府は、頑なに「この地域ついては、除染の方を・・・」とくり返す。
 これをくり返すだけの答弁には無理があり、答弁する官僚も、しばしば言葉に詰まって立ち往生していた。
 渡利全域の詳細調査を行うと、政府にとって不都合な事実が出てきてしまうのか。何を恐れているのか。


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除染はいつ始まる? 


 「では、除染の前に調査するというなら、いつ除染ははじまるのか」と住民が質問。
 すると政府は、「除染の準備ができた段階で」。
 ところが、除染は、仮置き場(除染によって出る汚染された廃棄物を置く場所)が決まらなければ始められない。
 「政府の言いたいことは、《除染の前には調査はやるが、準備が整わないので今はやらない。準備とは仮置き場の受け入れだ。渡利の住民が仮置き場を受け入れないと言えば、調査も永遠にしない。仮置き場を受け入れろ》と言っているようにしか聞こえない」と住民。  
 政府は、「そう聞こえたら申し訳ないが・・・」と弁解するのみ。


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除染の効果にも疑問 


 政府は「とにかく除染」というが、その効果に保証はあるのか。
「除染、除染というけれど、(市が)除染しても(線量は)下がらなかった。直後は下がるが、すぐに元に戻る。
 そういう中を子どもたちは登下校している。本当に子どものことを思って、考えてほしい。自分たちの仕事も大切かも知れない。でもわたしたちはたった一人の命でさえ大切だ。どうかお願いする。考えてほしい」。


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なぜ避難勧奨地点に指定しなかったのか?


 政府の詳細調査は限定的なものだったが、それでも特定避難勧奨地点の指定対象となる世帯が2軒あった。ところが、政府はその指定も見送った。
 「指定を見送ったのはどういった判断基準によるのか」と住民が問う。
 政府は、「2世帯とも避難を希望しなかったため。また、地域の端に位置しているから」。
 この答弁にたいして、住民が次々と批判する。
 まず、「避難の希望がない」について、「原子力災害対策本部の6月16日付文書〔※文末資料参照〕に示された手続きと違う」と批判。
 「あなた方が決めた手続きでは、まず国が指定をおこない、その上で、当該世帯が避難するかどうかを判断するという順序ではないのか。6月16日付文書にはそう書いてある。ところが、福島市については、この順序で行われていない。恣意的な運用ではないか。
 では、伊達市では、各世帯に避難の意向をきいているのか。伊達市できいていないとすれば、福島市だけ違うやり方をするのはなぜか」。
 政府は「伊達市で聞いたかどうかはわからない。・・・」
 分からないはずがない。基本的な手続きの問題なのだから。官僚は答弁に窮し、うろたえて顔を見合わせる。
 次に、「避難を希望しない」とされた2軒のうちの1軒の事情が住民から明らかに。その1軒はお寺で、檀家さんをたくさん抱えている。だから避難したくとも、避難できない。そういう事情なのだと住民が証言。
 「避難を希望しない」という指定見送りの理由の恣意性が浮き彫りになる。
 そして、住民が、「『地域の端だから指定しない』というが、そのような判断基準も、6月16日付文書には書かれていない」。たしかにそんなことは書かれていない。
 追い打ちをかけて、住民が、「『地域の端』というけど、渡利地区は、福島県庁から直線距離で1キロ、JR福島駅から1・5キロ。福島県の行政・経済の中心。われわれにとっては中心。認識が違う」と憤りを露わにする。


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南相馬市と二重基準ではないか?


 さらに、住民が強く不信を抱いているのは、「南相馬市において採用されている、子ども・妊婦の避難基準〔地上50センチの測定で2マイクロシーベルト/時〕が、なぜ福島市において適用されていないのか」ということだ。
 国は、南相馬市や伊達市では、年間被ばく線量が、20ミリシーベルトを超えなくても、子どもや妊婦がいる世帯について、上述のような基準で特定避難勧奨地点指定の対象にしている。ところが、渡利地区には、この基準が適用されていない。なぜなのか?
 「国としては、あくまで1メートル高で、年20ミリシーベルトを基準としている。その上で、地上1メートルの測定で3マイクロシーベルト/時以上の地点の近傍について、家族構成なども踏まえた参照基準として、『50センチ、2マイクロシーベルト/時』とした」という。
 つまり、3マイクロシーベルト/時を超える地点がなければ、そもそも、子どもや妊婦といった、放射線にたいする感受性が高く、優先的に避難などを検討しなければならない人びとのことが、検討の対象にすらならないということを言っている。
 


地上50センチで5・4マイクロ 


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 住民が、具体的に、「政府の測定でも、地上50センチで5・4マイクロシーベルト/時を記録した世帯があった。この世帯について、どのような検討がなされたのか。指定しなかったのはなぜか」と、政府・現地対策本部が測定を行った際に手渡された記録紙〔写真上 右端の枠内に5・4の記載〕を示しながら迫る。
 政府は、「その世帯は、地上1メートルでは2・2マイクロシーベルト/時だった。(だから検討の対象にならない。)地上50センチはあくまでも参照基準」と言って逃げようとする。
 しかし、「地上50センチはあくまでも参照基準」というが、現に5・4マイクロシーベルト/時という高い数字が出ている。しかも、「子どもの背丈を考えたら、50センチの高さの線量の方が重要だ」と住民が反論。
 これに政府は、何にも答えることができない。
 さらに、「国の詳細調査で、地上50センチで2マイクロシーベルト/時を超える世帯は何世帯あったか。そのうち、子どものいる世帯は何世帯か」と問う。
 政府は、2マイクロを超える世帯については、「渡利で162世帯、小倉寺で118世帯、南向台で29世帯」と答えるが、子どものいる世帯については、「把握していない」。
 これにたいして、「《子ども妊婦に配慮》というが、一体どこが配慮しているのか。全然そうなっていないではないか」。「南相馬の子どもと福島市の子どもとで、放射線にたいする感受性に差があるとでもいうのか。うちの子どもは、耐性が強いとでもいうのか」。
 住民の怒号がやまない。



■悔しい・泣いた・でも諦めない 


 2時間近くにわたる政府との交渉を終えて、引き続きその場で、事後集会が行われた。渡利を朝7時に出発しバスを仕立ててやってきた住民が次々と発言した。
 いくつかの発言を紹介する。


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○菅野吉広さん (写真上 渡利小学校の親たちでつくる「渡利の子どもたちを守る会」)
 ひとつでも何かおみやげを持って帰りたいと思って、福島を出てきた。
 でも、途中、恥ずかしながら、泣いていた。なんで泣いていたかというと、何も変わっていない国の考え方、これを非常に悔しく思った。
 官僚の答弁の中に、自分も親だという話があったが、親だったら、もう少し考えてくれても良かったのではないか。
 これからも、国とこういう交渉を続けていく。これからもよろしくお願いします。
 
○(女性・母親)  ここしか頼るところがないから、だからお願いだと思って、ここに来て聞くんだけど、全然、答えになっていない。ほんとに残念に思う。
 これから渡利に帰って、子どもたちを学校にやったりするけど、本当に諦めないで、みなさんの知恵も借りて、どうやっていったらいいのかを考えていきたい。

○(若い男性・父親)  僕は、7歳の娘がいる。移住するかどうかずっと妻と相談して、今日まできた。渡利は線量が高くて、子どもたちはマスクをして通っているし、半年以上、外で遊んでいない。先日も、娘が、「パパ、自転車、乗りたい」と言う。「まだ放射能があるからね。ごめんね」と言った。自転車も一輪車も半年以上、物置に入って埃を被っている。その中で子どもたちは過ごしている。
 うちの娘も、他の子どもたちも、何とか救いたい、守りたいと思って、今日はやってきた。
 僕たちの願いが、政府の固い頭を柔らかくしてくれるといいと願っている。

○(若い女性)  政府交渉は、5月のとき以来、2回目。そのときも、「何だろう、このもやもやした思いは」、と思っていた。今回も「どうかなあ」と思いながら、1コでも2コでも持ち帰りたいと思ってきた。やっぱり、「あ~あ」と思った。
 そんなにまで福島市を特定避難勧奨地点にしたくないのかという印象をもった。福島県の県庁所在地だからなのか。そういうことまで考えてしまった。
 特定避難勧奨地点にならなければ、子どものことも考えられないというのは、摩訶不思議な考え方。すごく憤りを覚えた。
 やはり、南相馬の子どもと福島市の子どもがどこが違うのか。子どもに差別はないと言ってたけど、差別しているではないか。そう思ってしまう。
 
○(男性・父親)  親自体が、残念ながら、「安全だ」「危険だ」と割れているというのが現実としてある。それが、乗り越えられない。なぜかというと、20ミリシーベルト/年以下でどっから安全かがはっきりしないから。つまり安全とは言えないから。
 ところが、情報に格差があって、「安全と国が言っているんだから、安全だろう」という人もいる。それでも、情報をなんとか共有して、こういうところまできた。
 福島をひとつにして、子どもと妊婦をとにかく何とか今の被ばく状態から逃がそうというところに来ている。
 政治も何も乗り越えて、やろうよといって今日、この場がもたれている。


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○中手聖一さん (写真上 「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表世話人であると同時に、渡利で働いて30年、渡利に住んで10年)
 今日、交渉したのは、経産省。これはほんとにひどい。
 4月、文科省が、「子ども20ミリシーベルト通知」というのを出してきて、この問題を一生懸命やった。当初は「学校の除染もいらない」とブレーキをかけていたが、いろいろ進展して、子ども20ミリシーベルト基準というのを文科省に撤回させた。
 だけど、今日のは、「新たな20ミリシーベルト」問題だ。これは。「経産省の20ミリシーベルト」問題だ。
 今日はっきりと分かったのは、経産省は、子どもに20ミリシーベルト/年を被ばくさせるということだ。とんでもないことだ。決して諦めるわけにはいかない。
 力を合わせて、絶対にこれを撤回させて、渡利の子どもを守りたい。
 


■国は何を守りたいのか


 「国は、子どもたちを守る気がありますか。それとも東京電力さんを守るのですか」。こういう鋭い声が飛んだ。
 この交渉の場にいてはっきりと感じられたことは、国が守ろうとしているのは、東京電力であり、核政策と原子力産業という国策だ。あるいは福島県という行政機構だ。あるいは、原発事故と放射能汚染という国策の破綻を取り繕う政策だ。そのためには、住民の生命の安全よりも、国益を優先させるということだ。そこにあるのは、国策のため、放射能の中に棄民する政策だ。そうとしか思えない。
 住民のみなさんは、10月8日の現地対策本部と福島市を相手にした住民説明会で憤り、政府に直接、訴えれば、何かしらの応答があるものと、わずかの期待をもって東京にやってきた。その住民にたいする政府の対応、経産省の官僚たちの姿勢は、「とにかく除染」「避難はさせない」「再調査もやらない」「子ども・妊婦基準も適用しない」。一切、受けつけないという態度だ。
 なぜそのくらいのことが認められないのか。なぜそこまで頑ななのだ。それが国益・国策というものなのか。
 事後集会で住民が、口々にその悔しさ、無念さを語った。この人びとになぜこれほどまでの思いをさせなければならないのか。この国は一体誰のものなのか。本当に身につまされるし、許せない。
 しかし、住民のみなさんは、「諦めない」と、自分に言い聞かせるように語っている。いや子どもたちのことを思うと、「諦めようにも、諦められない」のだ。


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(10月26日 渡利・市民集会)


 
押し返している 


 この場にいて、もうひとつ感じたことがある。
 それは、住民が、政府にたいして訴え、政府の答弁に反論していく中で、少しずつ押し返していることだ。
 たしかに、政府は、官僚答弁をくり返していたが、決して官僚に言われっぱなしではなかった。
 住民の鋭い追及の前に、官僚たちがたびたび答えに窮し、立ち往生していた。
 国益を守る装置である官僚たちが、住民の必死の訴えによって、押し返されている。
 中手聖一さんが、交渉に先立つ26日の市民集会で、次のように訴えていた。
 「役人たちの政策決定を変えるということは、大変、骨の折れることだ。しかし、役人たちが、『渡利の人たちは本気だな。このままにしていたら、エライことになるな』と思ったとき、役人の方から、『そろそろ手を打たなければ』となる」。


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(10月26日 渡利・市民集会)


 
渡利の問題は全国の問題


 今回の交渉では、全国から集まった約300人が、住民とともに声をあげた。
 このような声の大きさと広がりがもっと必要だろう。「子どもたちを守れ」「避難を求める住民に避難を。避難費用には賠償を」と、全国から、声をあげてほしい。 
 渡利の問題は、一部地域の問題ではない。たしかに住民は6千7百世帯、交渉にやってきたのは約20人。しかし、この住民が直面している問題は、放射能汚染をめぐる国策、国策のために棄民する政策とのもっとも鋭い対決点だ。
 そして、ここには、戦後日本が進めてきた地方にたいする植民地支配ともいうべき差別が貫かれている。戦後日本は、沖縄に基地を押しつけ、福島に原発を押しつけて成り立ってきた。  
 沖縄の人びとが、「基地は本土に持って行け」と突きつけている。ずっと黙って耐えてきた福島の人びとから、「原発は東京に持って帰れ」「送電線を切ってやりたい」「放射性廃棄物は東京で処分しろ」という声もあがり始めている。
 この訴えには、戦後日本のあり方にたいする根本的な告発がある。本土に住み、都市に暮らしてきた人びとにとって、それは、厳しい突きつけを孕むだろう。それを受け止めて、沖縄の問題、福島の問題を自らの問題として考え始めることが、日本全体の大きな変革への一歩になるのだ思う。


 





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【※文末資料】 原子力災害対策本部 6月16日付文書
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 
事故発生後1年間の積算線量が20mSvを超えると推定される特定の地点への対応について
                             
                     平成23年6月16日
                         原子力災害対策本部

1. 年間20mSv超線量地点に対する政府としての対応

・計画的避難区域及び警戒区域の外であって、計画的避難区域とするほどの地域的な広がりが見られない一部の地域で事故発生後1年間の積算線量が20mSvを超えると推定される空間線量率が続いている地点が複数存在している。

・当該地点については、そこを離れればより低い線量であることから、必ずしも生活全般を通じて年間20mSvを超える懸念は少ない。年間20mSvがICRP等が示す参考レベルの範囲で最も低い数値を採用していることを踏まえれば、線量の高い地域が面的に広がっている計画的避難区域とは異なり、安全性の観点から政府として一律に避難を指示したり、産業活動を規制すべき状況にはない。

・他方で、こうした状況に不安を感じる住民がいることは当然であり、また、生活形態によっては、年間20mSvを超える可能性も否定できないことから、政府として対応を行うことも重要。このため、当該地点を「特定避難勧奨地点」とし、そこに居住する住民に対して、注意を喚起し、避難を支援、促進する必要がある。

2. 仕組み

・当該地点は一律に避難を求めるほどの危険性はなく、今般の対応は住民に対する注意の喚起と支援表明である。他方で、地点近辺の住民の安全・安心の確保に万全を期す観点から、政府として対応を行う地点を特定し、この地点に対してしっかりと対策を講じていくことを対外的にも明確にしていく。

<具体的な仕組み>

(1) 文部科学省は、当該地点近傍のより詳細なモニタリングを行い、その結果年間20mSvを超えると推定される空間線量率が測定されれば、現地対策本部を通じ、速やかに福島県知事及び関係市町村長に連絡。

(2) 現地対策本部、福島県、関係市町村で協議し、除染が容易でない年間20mSvを超える地点を「特定避難勧奨地点」として住居単位で特定。現地対策本部長が、当該市町村に、文書で通知。

(3) 市町村は、「特定避難勧奨地点」に該当する住居に対して、例えば、モニタリングの結果、放射線の影響、活用できる支援措置、説明会の日程等についての説明資料を添付して、個別に通知。市町村は、避難した世帯に被災証明を発行。
特に、妊婦や子供のいる家庭等の避難を促していただけるよう、自治体と相談していく。

(4) モニタリングを定期的に実施し、その結果に基づき、現地対策本部、福島県、関係市町村で協議し、解除は柔軟に行うこととする。

(注)今回は、例えば、対象地点に、50世帯あり、このうち20世帯が生活形態や家族形態を考え、避難を希望するという事態に対応。残る30世帯は、避難を求められるものではない。

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テーマ:東北関東大震災 - ジャンル:ブログ

  1. 2011/11/01(火) 16:24:47|
  2. 渡利地区
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

政府は国民の見殺しを決めたようです。

■本当に酷い話です。どのような見え透いた嘘をついてでも、政府は高汚染地域の人たちに補償したくないようですね。

また、子供だけを避難させたとしても、それは、国として「その地域の危険性」を認め、「強制避難させた事」を認めたことになるので、賠償問題から、それも断固としてしたくないのでしょう。


●ところで、今回の記事中で、一点だけ気になったので、記します。
下記の部分ですが、↓

>ずっと黙って耐えてきた福島の人びとから、「原発は東京に持って帰れ」

>「送電線を切ってやりたい」「放射性廃棄物は東京で処分しろ」という声もあがり始めている。

●この声が本当に福島で上がっているのであれば、少し懸念があります。

既にネット上では、ある程度常識化したことですが、

1-第一に、都市部の人たちは、自分たちの意志で発電元(発電法)を選択は出来ませんでした(つまり同じ東電詐欺の被害者です)。

もしも原発の危険性や、それが普通に通常営業している時ですら、被曝労働者を使い捨てにしていることを
私たち全員が認識していたらば、原発の電力を都市部の人たちも拒否していました。

しかし、戦後政策の中では、それを拒否する選択肢そのものがありませんでした。

従いまして、都市部に対して、このような(ある種、屈折した極論をもった)形で、福島の方が敵視をしてしまうと、
そこには、無意味な対立が生まれます。

2-第二に、今日では、いろいろな情報によって、原発問題は、一方的に福島の人たち(あるいは原発立地の人々)が被害者であるのではなく、

やはり、そこには過去に、反原発の声や村の少数派の人たちを、村ぐるみ、議員ぐるみで叩き潰したりして、そうやって原発が地元にもたらす「利権に依存した」という面も無視できないからです。

ですから、もしも福島の人たちに限らず、原発がある地域の人たちが、その電力によって暮らしている他の地域の人たちに敵意を向けると、一致団結しなければならないこの時期に、無益な対立が起きます。


それは「お互いの言い分」がありますし、どちらの言い分にも理がありますので、
そうした、都会批判の風潮が福島に起きることは、出来るかぎり避けたほうが賢明だと、私個人は思いますので、もしも可能でしたらば、皆様にそうお伝えください。

敬具

鈴木
  1. 2011/11/02(水) 07:40:40 |
  2. URL |
  3. 鈴木崩残 #HSo7gLBY
  4. [ 編集 ]

ある地域は守られ、ある地域は守られない。
割に合った対応がされていない。
  1. 2011/11/14(月) 21:30:31 |
  2. URL |
  3. 取り残された福島県民 #P/yuRyQg
  4. [ 編集 ]

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