福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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全村避難から約5カ月  飯舘村の現在    

 

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 10月の飯舘村。小高い山々、その間に広がる田畑。
 たびたび冷害に襲われながら、米と野菜と牛と花の複合経営に取り込み、豊かな村をつくってきた。


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 しかし、いま一面に広がるのは、耕作の断念を余儀なくされ、荒れ果てた田畑だ。
 いうまでもなく放射能汚染のためだ。



雨どいの下 100ミリ


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 10月11日、短時間だが、「愛する飯舘村を還せ!! プロジェクト」の佐藤健太さんに、飯舘村を案内してもらう機会があった。
 佐藤さんのご自宅を見せてもらった。

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 佐藤さんは今、福島市内に避難を余儀なくされている。
 飯舘村の自宅には、3匹の犬たちが。大喜びで出迎えてくれた。イノシシの猟犬だそうだ。福島市内から、お父さんと交代で、餌を与えに通っている。

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 家の雨どいの下の放射線量を測定した。
 見えにくい写真だが、102マイクロシーベルト/時と表示されている。
 誤作動ではない。これが10月11日現在の数値。
 事故以前だったら、原発の中で、かなり厳しく管理されたところにしか、こんな線量はなかった。それがいま目の間にある。3月には同じところで、300マイクロシーベルト/時を超えていたという。
 ここに8日間いるだけで、被ばく線量は20ミリシーベルトを、40日間で100ミリシーベルトを超える。しかもそれは、外部被ばくだけの話だ。
 
 3月11日、地震で飯舘村も大きく揺れ、電気も携帯電話も止まった。その後、沿岸部からの避難者が、飯舘村にぞくぞくやってきた。避難所が開設され、村民が総出で、救護・支援にあたった。佐藤さんも「助けられる。助けないと」という思いで、消防団の一員として奮闘したという。
 ところが、避難者の多くは、津波被害よりも、原発事故からの避難だった。そして、飯舘村から、さらに西へ避難していった。それを見て、すごく不安になったという。
 14日に3号機、15日に2号機・4号機が爆発。南相馬市から川俣町の方に抜ける県道12号線が、避難の車で大混雑していた。
 このとき、佐藤さんを始め、飯舘村にいた人びとは、大量に放射能を浴びていた。
 ただ、そのときは知識もなく、放射能のことは漠然としか分からない。線量計で村内を測定し数値も出たが、その数値の意味が分からなかった。だから、不安に駆られながらも、「まさか、飯舘村まで避難することにはならないだろう」と思っていたという。
 その後、長崎大の山下教授など、権威といわれる先生たちが次々と村にやってきて話をしていった。「安全です。子どもも問題はない」と。

 ところが、4月に入って、一転、飯舘村を計画的避難区域に指定するという話になった。
 その転換の背後には、日本政府にたいするIAEAの働きかけがあったらしい。IAEAに言われるまで、国は、飯舘村の村民を避難させるつもりはなかったのだ。
 国は、放射能拡散の予測もしていたし、実際に現地に来て放射線量の測定も行っていた。だから、福島第一原発から北西方向に位置する飯舘村に放射能雲が流れて、村民らが被ばくしていることも分かっていたはずだ。
 どころが、そのことを村民には知らせなかった。知らせないどころか、「安全です」という言葉で言いくるめようとしていた。
 佐藤さんは、「あの『安全だ』という話は何だったんだ」という憤りを禁じ得ないという。



山下教授と経産省の官僚


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(飯舘村役場。現在、役場機能は福島市飯野町に移っている)

 村役場に災害対策本部が設置された。その本部長は菅野村長だったが、山下教授や経産省からきた30代の官僚が、村長を常に取り囲むようにしていたという。
 私たちは、テレビで、苦悩する菅野村長の姿を何度も見てきた。しかし、そのテレビに映らないところで、山下教授や官僚が、村長を取り囲んでいた。
 緊急事態に際して、村長をサポートするという名目だろうが、それだけでないことは想像に難くない。

 山下教授は今はいないが、この官僚は今も役場にいるそうだ。
 この官僚について、比較的最近のエピソードを、佐藤さんが話してくれた。
 「おしどり」という2人組のお笑い芸人がいる。彼らは、原発事故以降、反原発デモに参加するとともに、政府や東電の記者会見に足を運び、それをネタにエッジの利いたしゃべりで注目されている。そのため広告代理店に睨まれ、担当するテレビ番組が打ち切りになったという。そんなおしどりと佐藤さんら飯舘村の青年の間に交流が生まれた。
 ところが、この官僚が、佐藤さんにたいして、「おしどりと付き合うな」という趣旨のことを言ってきたという。

 どれも飯舘村をめぐるほんの一断面に過ぎないが、ここから、国・官僚や山下教授らが、原発事故に際して何を考えたかが垣間見える。
 彼らが、原発事故発生で心配したのは、住民の被ばくではなく、国の秩序が揺らぐこと。そして、国の秩序を守るためなら、住民がいくら被ばくしても仕方がないと判断した。そうとしか思えない。そのためなら、放射能が降り注いでいても「安全です」と言うし、役場に乗り込んで村長をコントロールするし、言論にも介入するということなのか。



村のつながりと村民の健康


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 上の写真は、村役場前に設置されている線量計。
 菅野村長は、この線量計に表示される数値が高いことを嫌って、あるとき、スイッチを消すように指示したという。
 菅野村長自身は、全村避難に反対していた。もちろん国・官僚や山下教授に、単純に同調したわけではない。菅野村長は、村長なりに考え、避難によって、村のつながりが壊れてしまうことを恐れた。
 たしかに村のつながりは大切だ。しかし、これだけの放射能が降り注いでいる中で、村民の健康よりも村のつながり、という話にはならない。
 佐藤さんらは、山下教授や官僚たちにたいする厳しい見方とは違うが、村長の姿勢にも疑問を呈していた。

 ところで、放射線量に関して言えば、役場前に表示されている数値は、これでも低い方だ。
 上述した佐藤さんの自宅のように、公式の測定に出てこないが、高線量の場所がいたるところに存在している。
 また、文科省の公式の測定でさえも、たとえば、長泥地区のアスファルト上で、10マイクロシーベルト/時前後の数値だ。

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(長泥地区に設置されている文科省のモニタリングポスト)

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(地区の掲示板に掲示された空間線量。毎日、10時頃に数値が貼り出される。この写真を撮影したのは16日で、13日から16日の数値が出されていた)



高線量下でも工場が操業

 
 震災前6千人余がいた村民は、いま現在その大半が避難。村内に残っているのは、約200人。特別養護老人ホームなどにもお年寄りがいる。
 しかし、実は、昼間は、8社の企業の工場などが操業している。また見守り隊が350人ぐらいいる。昼間の人口は1000人を超えると思われる。

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 上の写真は、菊池製作所という東京に本社のある精密加工の工場。カメラの電子部品などの加工をしている。村の中にいくつか工場があり、約250人が勤務。
 村の外に避難している若い人たちが、昼間だけ出勤してくる。
 従業員には、線量計が持たされている。しかし、これには、問題がある。
 ひとつは、線量計をつけているのは、工場にいるときだけということ。
 いうまでもなく、被ばくするのは、工場にいる間に限ったことではない。福島市内に避難している人も、そこで被ばくしているし、通勤の過程も被ばくしている。しかし、会社は、そのことを関知しようとしない。
 もうひとつは、積算の被ばく量が20ミリシーベルトを超えた段階で解雇されるということ。
 放射線管理区域でもないのだから、20ミリシーベルトどころか、年間で1ミリシーベルト以上の被ばくは法律上、許されない。しかも、そういう環境で働かせておいて、20ミリシーベルトを超えたらと解雇というのは、二重に不当だ。ここには、原発の作業員の雇用実態と同じ問題がある。
 福島県の最低賃金が低い(657円 10月現在)上に、原発事故と全村避難という困難の中で、こういうことがまかり通っている。



健康生活手帳のとり組み


 佐藤さんらは、いま、村民にたいする「健康生活手帳」というとり組みを始めている。
 3月の原発事故以降、それぞれの村民が、「いつ、どこで、何をしていたか」を記録しておく作業だ。
 3月、あの放射能が降り注いでいるとき、何も知らされずに、その下にいた。全員が被ばくをさせられた。「あってはならないことだが」と前置きしつつ、健康被害が出る可能性も否定はできない。そのとき、どうやってたたかうか。
 幾多の公害訴訟がそうであったように、その被害と原発事故との因果関係を立証することは容易ではない。それをいいことに、国や東電は、被害者をどんどん切り捨てる。そういうことが容易に予想される。
 だから、佐藤さんらは、もしもそういうことが起こったときのために、たたかうための武器として、「健康生活手帳」をつくり、村民に記録を呼びかけている。
 そして、「健康生活手帳」に記録するという作業を家族や仲間同士で行うことで、全村避難で失われた村民同士のつながりを、回復するきっかけにもなればと期待している。
 
 佐藤さんは29歳、「飯舘生まれ、飯舘育ちの生粋のビレッジボーイ」という好青年。
 その佐藤さんのお話を聞いていて、佐藤さんら飯舘村の村民が、とてつもなく大きな困難の前に悪戦苦闘しているように感じた。
 放射能を浴びさせられるという、想像もしなかった事態。そして、ひとつの村がバラバラにされてしまうという事態。国や東電は、その苦しみや痛みを全く意に介していない。
 そういう国や東電と対峙し、必死に声をあげ、抗議している。
  飯舘村の現状と困難を、私たちはまだほとんど共有できていないと感じた。




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テーマ:東北関東大震災 - ジャンル:ブログ

  1. 2011/10/17(月) 15:14:15|
  2. 飯舘村
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
<<住民が東電を追及   川俣町 | ホーム | 福島市・渡利地区の避難指定を見送り   住民が強く反発>>

コメント

我が故郷も同じです。



ハグバイさん、いつも貴ブログ拝読させていただいております。
最新記事の川俣町での住民集会も読ませていただき、
どちらにコメントをUPしよか迷っておりましたが・・・・・、
私の立場と重なる飯館村の方へ。



村民の繋がり・・・・。
確かにそれは大事なことかもしれません。また、これまでの飯館村への愛着は
同地域に生きていた者として充分理解は出来ます。
(私、警戒区域の楢葉町より関東地区某所への避難者です。何度か一時帰宅で楢葉町へ
戻っていますので、飯館村の状況と同じく荒れた地元の状況を目の当たりにしております。)

しかし、この状況において、飯館村の菅野村長、ほか双葉郡各自治体の首長の
「○年後の全村民の帰還を目指す!」のスローガンは、国や東電の思う壺だと思います。
飯館村の繋がり以前に、各人間の尊厳が守られてこその飯館村。
究極は・・・・・・、個々の人間の生活の救済。
まず「飯館村ありき」という思考を脱却しないと、村社会思想を切り離さないと、
活路は見出せないのではないでしょうかね。

国や東電と戦い(多くの場合、勝利の結果は賠償額で決まるのかもしれませんが。)、
その後、有志でもって新生飯館村を再建するか、または、それぞれの新天地を求めるのか。
理想論を語っても、究極は個人の生活の見通し(=金銭面の合意)なくしては飯館村で
生活をしていくことは困難だと思います。それは、我が故郷の楢葉町も。。。

村民一丸の意向があるのなら・・・・・・、願わくば、今、この時点で、国・東電に対し、
「戦うこと」で一致団結してほしい、決して「帰還ありき、住民自らの除染」でもって妥協して
欲しくないと思います。
再度言いますが、飯館村村民の望郷の念は理解できます。しかし、高線量の現実を前にし、
除染をしたところで、たかがしれています。一時、ある場所の線量がさがることはあるでしょう。
しかし、原発そのものが不安定で、今現在も放射性物質は放出されています。
いたちごっこの除染は、いたずらに放射性物質の拡散をさらに広げるばかりでしょう。

飯館村に限らず、双葉郡各自治体が主導になって除染をすればするほど、
それは国や東電から「丸投げ」にされ、広野町や川内村や南相馬の緊急時避難準備区域のように
「さあ、避難区域解除します。どうぞお帰りください。あとは、皆さんで復興してください。」になります。
避難解除されても、水道水のモニタリングもあやふやなままです。
阿武隈山系が高濃度で汚染されている事実を考えれば、今は表ざたになっていないだけで、
やがて水の問題が大問題になるのは目に見えています。

この事故の責任の所在を明確にするために、自治体として声を上げること。
飯館村だけの問題ではなく、双葉郡各自治体が単独で動くのではなく、双葉郡、浜通り、
いや、福島県が一丸となって国・東電に怒りの抗議をしなければ踏み潰されていく。。。


まとまらないコメント、申し訳ありません。







  1. 2011/10/25(火) 21:37:19 |
  2. URL |
  3. しじみ #li0o0JWM
  4. [ 編集 ]

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