福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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南相馬市 新たに「特定避難勧奨地点」の指定

 8月3日、政府・原子力災害現地対策本部が、南相馬市で65地点・72世帯を「特定避難勧奨地点」に指定したと発表。報道によれば、今回の指定の対象となったのは、いずれも18歳以下の子どもがいる世帯。
 4日、32世帯が指定を受けた南相馬市原町区馬場で話を聞いた。

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(南相馬市原町区馬場の羽根田さんの畑には、作物の代わりにヒマワリが)


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「南相馬がどうなるか、国にとってはどうでもいいのか」


線量計が振り切れる

 「最初、市役所から借りた線量計は、10マイクロシーベルト/時まで。振り切って測れないんだから。
 それで別ので測ったら、雨どいの下で50マイクロシーベルト/時。
 それから、庭のビワの実は500ベクレル/kg。食べたけどね」


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(自宅の玄関先を指さす羽根田さん)

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(線量の極めて高い雨どいの下。地面に鉄板が置いてあるのは「少しは線量がさがるのではと思って」)


 そう語るのは、羽根田正晴さん(62)。
 羽根田さんも、「測るまで、飯舘村のことも他人事。でも自分で測ってびっくりした」
 50マイクロシーベルト/時とは、単純計算をすれば、避難の基準である累積被ばく量20ミリシーベルトを、およそ17日間で超えてしまう。3カ月で100ミリシーベルトをも超えてしまう。ある程度の誤差はあるだろうし、雨どいの下という限られた場所であるとはいえ、危険極まりない線量であることは間違いない。
 また、果実の500ベクレル/kgの方は、ウクライナの基準値70ベクレル/kgの7倍。ものすごく基準の高い日本でも500ベクレル/kgが暫定基準値で、危険な数字だ。
 雨どいの方は、その後の何度かの大雨で、線量はかなり下がっているとのことだ。


室内でも1・8マイクロシーベルト/時

 しかし、国は、この地域の放射線量の測定になかなか来なかった。ようやく4カ月後の7月18日になって、原子力災害現地対策本部が測りに来た。
 結果を通知する書類を見せてくれた。

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 庭先・地上50cmで5回測定した平均値が、5・5マイクロシーベルト/時。
 玄関先・地上50cmで5回測定した平均値が、2・2マイクロシーベルト/時。
 測る場所の選び方や平均を取っている点など、測り方には問題があるが、それでもこの数字だ。
 5・5マイクロシーベルト/時は、馬場で一番高い数字とのことだ。
 さらに、屋内の測定も要求し、1階が1・6マイクロシーベルト/時。2階が1・8マイクロシーベルト/時。
 2階の方が高い。屋根から来ているのだろう。トタン屋根が錆びていて、そこに放射性物質がこびりついて、雨でもなかなか流れない。
 1階より2階の方が安全だろうと寝る場所を変えたが、2階の方がかえって高かった。いずれにせよ、室内でこれだけ高いのは異常だ。


3月11日は原発の中で

 羽根田さんの家は、ここで15代続く農家だが、羽根田さん自身は、3月まで東電の下請けで働く原発労働者だった。
 3月11日は、福島第一原発5号機にいた。5号機は定期点検で停止中。羽根田さんは、冷却装置の2つのモーターのうちの1つを点検していた。
 「地震が起こって、すぐにECCS(緊急炉心冷却装置)が作動したので、大丈夫だと思って外に出た。そしてこっちに帰ってきたら、町も家もぐちゃぐちゃ」
 羽根田さんは、これまでの原発内の作業で、「10ミリシーベルトを超えたのは2度だけ」。10ミリシーベルトを超えるとどうなるかというと、「原発の作業はクビ。何の保障もない。しようがないから火力(南相馬市にある東北電力・原町火力発電所)に回わる」
 さらに、累積被ばく線量が多くなって、法律の規定する限度(年間50ミリシーベルト、5年100ミリシーベルト)を超えてしまうと、「名前を変える」。どういうことかというと「養子になったり、結婚したりで、名前を変えて、新しい手帳を手に入れる」。そうやって限度を超えて被ばくしてでも、無理して働くことが当たり前だったという。
 息子さん(23)も、一時期、福島第二原発で働き、いまは火力の方にいる。
 「(息子は、福島第二原発にいたときに)7ミリ、喰った。今のところ、体調はいいようだけど、心配は心配」


どこにも行かないよ

 南相馬市は、3分の1が警戒区域、3分の1が緊急時避難準備区域、さらに西側には計画的避難区域がある。そして、新たに特定避難勧奨地点が指定される一方で、緊急時避難準備区域については「8月末にも解除か」といわれている。
 こういう状況についてどうかとたずねると、
「病院とか早く元に戻ってほしい。だから町の方の解除はいい。だけど、山の方は、解除どころじゃない。同心円で、解除されたらたまらない。おかしい。こっちは線量が高いんだから」
 そして、避難ということになったら、どうするかという問いには、
「避難するっていっても、10年、20年、戻って来れなければ・・・。子どもどころか孫の代でも戻れなくなる。だから、どこにも行かないよ」
 そして、やり場のない思いを次のように述べた。
 「津波で死んだ人もいるから、それを考えたら、命があるだけでも・・・。
 しかしひどいね、先が見えないから。南相馬がどうなるかなんて、国にとってはどうでもいいのか。おれらは使い捨てだ」


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「たたかわなかったら何もできない」


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(自宅で、線量計を手に、話をしてくれる滝沢さん)


何をいまさら

 羽根田さんの隣の滝沢昇司さん(44)を訪ねた。
 滝沢さんは、特定避難勧奨地点の指定については、「何をいまさら。ドカーンとなったときの方がよっぽど逃げなければいけなかったのよ」と突き放す。
 羽根田さんもそうだが、滝沢さんも、当初は、国や県の発表する放射線量の数値が自分の住む地域の数値だと思っていた。が、自分で線量計を手に入れて測ってみると、全然違う。このことに愕然とし、怒っている。
「南相馬市の数値として発表されているのは、(福島県庁南相馬)合同庁舎のところで測っていて、全然低い。それがここの数値だと思いこんでいた。福島市や郡山市より低いから、避難に値しないと思っていた。
 ところが線量計で測ってみたら、『あれ?! びっくり! 何だこりゃ~』となるわけね。4月17日に線量計を買って、常時携帯して、積算被ばく量が2・3ミリシーベルト。3月12日から測っていたら、もっとすごい数値になっていただろうね」
 現在の合同庁舎の数値と原町区馬場の数値の比較から、3月下旬当時の原町区馬場の数値を推定してみると、45マイクロシーベルト/時になるという。
 3月12日から4月にかけて、もっとも放射線量の高い時期に、その事実を知らせず、住民をそこに放置したことは、取り返しのつかない大きな問題なのだ。
 滝沢さんの家では、高校生の息子さんと中学生の娘さんがおり、娘さんの方は、連れ合いの実家の方に避難している。


除染は国の責任

 南相馬市は、行政が率先して除染にとり組んでいる。
 滝沢さんは、それを評価した上で、国の責任を問うている。
 「除染なんか、自分でもできるよ。高圧洗浄機もあるし、ユンボもあるから、表土をひっぱがすのも自分でできる。だけど、なんで国が責任をもたないんだ。基本は国だと思うよ。『末端の行政にお任せします』というのが気に入らない。おかしいべ。
 南相馬なんか、3分の1が強制避難、3分の1が避難準備で、みんな県外に出ていて、税収なんかないんだから。復旧の目途さえ立たない。そのうえ除染まで自分でやれというのがおかしい」


この気持ち、分かるか?

 滝沢さんの生業は、乳牛を育てる酪農。現在は41頭。そのうち、育成牛(子牛)8頭は避難させている。41頭という数は、この辺では「まあ多い方」だそうだ。
 そして、「乳牛は先頭きって、出荷停止をくらっている」。3月14日から6月9日まで約3カ月。
 その間、滝沢さんは、毎日、牛乳を搾っては、それを畑に捨てるということを繰りかえした。それは酪農家にとって、とても辛い作業だった。
 「この気持ち、分かる? この精神的苦痛を賠償してほしいよ」

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原乳の検査を

 出荷停止の解除に至るまでの過程も、簡単ではなかった。
 滝沢さんは、原乳の検査をやる必要があると思っていたが、金がかかるので、収入がない状態では難しい。無理かと思っていたところで、以前から知っている大阪の会社から、測定費用の支援の話が来た。
 測ってみると、1回目の4月6日には、やはりヨウ素もセシウムも出ていた。2回目、4月26日には出なかった。
 県は、そもそも30キロ圏内だからということで、モニタリングさえもしない。県に電話したりして、「原乳のモニタリングをやってくれ」と、しつこく要求した。
 もちろん滝沢さんは、汚染したものは一切出したくない。しかし検査もしないでダメだというのは納得できない。
「やらないことにはわかんない。検査しないとダメ。しばらくたたかった。5月16日の会合でも、自主的にやった検査結果を叩きつけてやった。たたかわなかったら、いつまで経っても出荷できないもの」


草が使えない

 6月10日から出荷停止が解除になった。
 「よかった。よかったけど、草が使えない。牧草は作っているけど使えない」
 牧草が放射能で汚染されているのだ。牧草を作っていた畑の土壌を検査に出した。その結果は5000~6500ベクレル/kg。牧草の基準値は、ヨウ素で1kg当たり70ベクレル、セシウムで300ベクレル。結果は、基準値をはるかに超えている。
 仕方がないので、輸入の牧草を購入した。
 これまで自前の牧草でやったいたのを、購入飼料に切り変えたら、採算が合わなくなった。
 「『賠償します』といっているけど、それは自前で作っていた草の分の賠償。しかも仮払いで半額が出ているだけ。
 全部、購入飼料でやったら、草代だけで年間1千万円かかる。
 草は、これまでほとんど費用がかかっていない。土地代と肥やし代と機械代、それに、それを操るおれの人件費ぐらい。
 売った乳代にたいして、購入飼料費がどれだけかかっているかというのを『乳飼比』というんだけど、いままでは乳飼比が23%以内に収まっているんだけど、いまは55%ぐらい行っている。これでは、全くの赤字。他のコストがあるからね」
 話しを聞いていても、滝沢さんは、研究熱心だし、数字にも強いし、経営的にも努力をしていることがわかる。その滝沢さんでも、購入飼料に代えたら、経営が成り立たなくなるのだ。

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(オーストラリアからの支援の牧草)

 そういう中で、オーストラリアから、被災した酪農家を支援するために、牧草が届けられたという。
 「今月は支援物資をつかえば、利益が出せる。ありがたい。でも、これで2週間から20日ぐらい」


強い闘志 

 「国の言うことも信用できない。学者の言うことも信用できない。自分で勉強する以外に何にもできない。そして、たたかわなかったら何もできない」
 滝沢さんの言葉には、強い闘志がにじんでいる。
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テーマ:東北関東大震災 - ジャンル:ブログ

  1. 2011/08/14(日) 00:58:31|
  2. 南相馬市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

あれから三年たちますが以前と変わらないですか?原発事故がなかったらなと今でも思う事がありますが当時の原発内もすごく大変だったんですね!!日本はただでさえ資源が少ないのにこれ以上とられたらなんにもないですよね。もっと被災地被災者に目を向けてほしいですよね!!
  1. 2014/09/06(土) 14:49:46 |
  2. URL |
  3. くにりん #-
  4. [ 編集 ]

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