福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ヒロシマとフクシマが出会った

 7月24日、福島市内で、「座談会 ヒロシマ&フクシマ ― つながって、未来へ」という企画が、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の主催でおこなわれた。
 ヒロシマの被ばく者と、フクシマで新たな被ばく者とさせられた人びとが、つながりを求めて語り合った。

CIMG2201_convert_20110726090605.jpg

CIMG2200_convert_20110726090455.jpg

 ヒロシマからは、被ばく当時、9カ月と5歳だった被ばく1世と、父親が被ばく者である被ばく2世の方々。〔写真上〕
 フクシマからは、小さな子ども抱える30代の父親と母親たち。〔写真下〕
 ヒロシマの人びとからは、黒い雨の恐怖と外傷のない人たちの大量死、自分たちが受けた被害の現実を語ることさえ禁圧されたプレスコード、何年後、何十年後にガンや白血病で亡くなり、あるいは原因不明の体調不良に苛まれる原爆症の恐怖と苦しみ、「金じゃない。元の体に戻してほしいだけだ」と訴え、被ばく者認定を求めた闘いなどが語られた。
 フクシマの人びとからは、自分たちが新たな被ばく者なのだということをどう受け入れるのか、政府が「ただちに影響はない」と宣伝し「避難するなら勝手に」と言われる中で、被ばくの影響がいったいこれからどう出てくるのか、とりわけ子どもたちを守るにはどうしたらいいのか、という不安と葛藤が語られた。また、フクシマの人びとは、ヒロシマの人びとの話に聞き入り、その現実と経験を学んで、いま自分たちが直面している現実を対象化しようとしていた。
 ヒロシマの人びともまた、フクシマの人びとが直面している現実に向き合うことを通して、ヒロシマとは何であったかということを改めてつかみ直そうとしていた。そして、反核の想いの中に、原発という問題が欠落していたという反省を痛苦に語った。

 《核と人類は相容れない》。このことを身をもって告発しているヒロシマとフクシマ。そのヒロシマとフクシマがつながることを通して、未来を拓く力が生まれるのではないか。そういう討論だった。
 討論の最後に、フクシマの父親が次のように語った。
「原発があるのに他人事のようだった。このことに痛恨の反省が、私にはある。
 だけど、私たちもいま被ばく者の列に加わった。そのことで、『核の平和利用』ということがありえるのかということが突きつけれた。『核は平和利用に限る』という考えがこれまでの反核運動の中にもあったと思うが、そんなことはあり得ない。
 ヒロシマの皆さんに学び、つながって、次世代に恥ずかしくない生き方をしたい」。
スポンサーサイト

テーマ:東北関東大震災 - ジャンル:ブログ

  1. 2011/07/26(火) 09:12:51|
  2. ヒロシマ・フクシマ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
<<4カ月後の一時帰宅 | ホーム | 「避難の権利」を要求  福島県民が対政府交渉>>

コメント

被曝者…

ヒロシマもフクシマも、同じなんですね。
ヒロシマは、センソウという国策によって、ゲンパツも、国の政策によって、強引に持ち込まれたって、本で読みました。いったい誰のための国なのかと思ってしまいます。
ゲンパツの放射能にさらされているすべての人にクニとトウデンの負担による避難と生活の保障を!
 そして、すべての被爆者とその子孫に、継続的で十分な検査と医療を完全に保障すると、今すぐクニは約束すべきだと思いました。
  1. 2011/07/26(火) 22:42:18 |
  2. URL |
  3. とうこ #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://fukushima20110311.blog.fc2.com/tb.php/12-e3d5639a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。