福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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震災後、5回目の野馬追


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 相馬氏の遠祖とされる平将門。その将門の軍事訓練が起源とされる相馬野馬追。1日目に出陣、2日目に行列、甲冑競馬、神旗争奪戦などがあり、3日目、最終日の
7月27日、相馬小高神社境内で、野馬懸(のまかけ)が行われた。


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 野馬懸は馬を捕まえ、贄(にえ)として、相馬氏の氏神である妙見(みょうけん)に献ずる神事。
 馬を贄にするのは古代の儀式であり、共同体の秩序維持を目的としたと思われる。
 古代の記録や遺跡の出土品などにも見える。平安時代以降は木製の板に描いた絵馬(えま)となり、今でも寺社への祈願の際に奉納するなどポピュラーだ。
 野馬懸は、古代の儀式の形を残している。
 

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 神社境内に設けられた矢来(やらい)に馬を追い込む。
 暴れる馬に、白装束の御小人(おとびと)たちが素手で跳びかかる。


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 ときに荒馬に振り落とされる御小人も。
 

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 そこに御神水(おみたらし)がかけられると蘇生する。


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 野馬追には、相馬藩時代の行政区分に従い、宇多郷、北郷、中ノ郷、小高郷、標葉(しねは)郷の五つの郷が、それぞれの行列をなして合流する。宇多郷は現在の相馬市、北郷は南相馬市鹿島区、中ノ郷は同原町区、小高郷は同小高区、そして標葉郷は浪江町、双葉町、大熊町。
 いずれも、東日本大震災と原発事故によって被害を受けた地域。小高郷や標葉郷は現在も避難区域だ。

 そうした中、震災後で5回目の今年、参加騎馬は総勢450騎。標葉郷も45騎が避難先から参加した。
 そして、3日間の観覧者数が20万人超。地域の住民、避難先から参加した住民、復旧・復興に関わる人びと、全国からの観光客、外国人の姿もあった。

 野馬追とともに浜通りの梅雨が明け、夏本番がやってきた。 (了)



 

 










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  1. 2015/07/29(水) 15:00:00|
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