福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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「事故は終わった?復興している?これを見てほしい」 ――浪江町住民

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 散乱する靴。靴たちが救いを求めて這い出してきているように見える。
 浪江中学校の玄関。3年余りこのままだ。 


  不自然な静けさ


 浪江町の柴口正武さんに案内をしていただいた。(写真下 6月上旬)
 柴口さんは中学校の先生。浪江町に自宅がある。現在は、相馬市内で避難生活を送る。


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 浪江駅前のロータリーでまずお話を伺う。

  ――  静かですね。
 柴口さん:ひとけが全くなくて、音がないのがなんか不自然でしょう。
 あっ、いま、野鳥の声がしましたね。震災前だったら、駅前でそんなことはあり得なかった。野鳥の声がするなんて。

 駅前の線量は毎時0.48マイクロシーベルト

 
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 駅の反対側には体育館が(写真上)。2011年4月、開業予定だったという。

 柴口さん:中学校ではね、体育館のオープンを楽しみにしていたんですよ。スポーツ大会とかいろいろできるねって。

 しかし開業を目前に地震、そして原発事故。地震に対しては堅牢で、外壁や窓も壊れていないが、一回も使われないままだ。


  「もう、ここには帰れない・・・」

 
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 柴口さんのご両親が暮らしていた家を見せていただいた。
 駅から南にほどない住宅街の一軒家。今は生い茂る草木に覆われているが、灯篭があり、茶室があり、住んでいた人の思いが偲ばれる庭だった。


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 家の中まで入った。すると・・・


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 地震で飛び出した食器が散らばったまま。
 この辺りは海から4キロ以上離れているが、川が近く、津波がここまで押し寄せる危険があるということで、すぐに避難の指示が出されたという。
 ご両親は直ちに近くの浪江中学校に避難。それから原発事故が起こり、バスでさらに避難。そして3年余りの歳月が・・・。
 畳は腐り、ネズミなどの小動物がかじった跡、そして散らばる糞・・・。

 柴口さん:この状態を見て、母親は、もう、ここには帰れないって、そう言ってました。ショックだったと思います。

 家の前の線量が、1.0マイクロシーベルトを超えていた。

  ――  除染はこれからですよね?
 柴口さん:いや、この一角は、モデル除染ということで早くにやってもらったんですが・・・。


  学校がホットスポット


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 浪江中学校の校庭。車が、草に埋もれている。
 車を置いてバスで避難を余技なくされた人のものだろう。


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 浪江中学校は周辺に比べても線量が高い。
 校庭で3マイクロシーベルト以上。玄関前の側溝は6~9マイクロシーベルト。


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 線量が高いこともあり、散乱した靴の片付けもままならないという。
      
 柴口さん:今日、ご案内したのは、この状態を見てもらいたかったからなんです。「復興している」とか、「事故は終わった」というけど、それが本当なのかを。

 政府は、川内原発を皮切りに原発の再稼働と原子力依存の政策を進めようとしている。しかし、この現実から目を背けたままでは、同じ悲劇を繰り返すことになる。


以上




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テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2014/10/30(木) 16:00:00|
  2. 浪江町
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