福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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【論考】被災から3年 「福島の復興」とは? ―南相馬市長選と住民の選択


scs001.jpg(小高駅から望む駅通り。南相馬市小高区)



 地震、津波、そして原子力災害の直撃を受けた南相馬市。今なお災害は継続し、問題は山積みだ。その南相馬市で、災害から3年を前にして市長選が行われた。
 1月19日の投票の結果、現職の桜井勝延氏が、前市長の渡辺一成(いっせい)氏、前市議会議長の横山元栄(もとえ)氏を破って再選された。

 当 17,123  桜井 勝延 58 
   1,985  渡辺 一成 70
    5,367  横山 元栄 65

(当日有権者数5万3943人 投票率62.82%)


scs002.jpg



▼「復興の加速」の争点化


 主要メディアは、この結果について、「脱原発候補が再選」「市政継続を市民が選択」と報じた。しかし、この選挙は、それほど単純な構図ではなかった。被災地の現状の複雑さというだけではない。
 国の側から「復興の加速」という大きな力が働いていた。
 そして、そういう力の下で、「復興の遅れ」「復興の加速」という問題が市長選の争点とされた。
 選挙戦における論戦の構図は端的に描けば次のようなものだった。ともに自民党系である横山、渡辺の両氏が、「復旧・復興の遅れ」は「桜井市政の責任」であるとし、「復興の加速」のために「トップの交代」と「中央とのパイプの回復」が必要だと訴えた。それに対して、現職の桜井氏が、「復旧・復興の遅れ」は「国・東電の責任」とし、「国・東電とたたかう」と応戦した。
 国の言う「復興の加速」とは何か。「復興」も「加速」もそれ自身、誰しもが望んでいる事柄だ。が、国が「復興の加速」と言うとき、それは、<被災者の切り捨てと復興の名を借りた開発政策>という意味になる。
 国の「復興の加速」に対して住民はどうするのか――。南相馬市長選では、住民の選択は別れた。選挙自体は終わっているが、その攻防の決着はついていない。住民の間の論議も決着していない。
 そこで、選挙戦を振り返りながら、国の政策の内容や、この選挙の争点、住民の選択を検証し、課題と展望について考えてみたい。
 なお、できるだけ地元住民の論議に沿うものにするため、選挙の子細な議論にも言及している。福島の外の読者には分かりにくい面もあるかもしれないが、主要メディアが報じないリアルな被災地の姿でもある。長文になるが、ぜひ読んでいただきたい。

〔構成〕

【Ⅰ】 「復旧復興の遅れ」の現状
【Ⅱ】 帰還促進の徹底――国の加速化方針
【Ⅲ】 被災者切り捨てと開発依存――選挙戦に即して
   〔1〕 除染と産業政策に傾斜――渡辺氏の「加速」
   〔2〕 公共事業と企業誘致――誰のため復興か?
   〔3〕 「中央とのパイプ」――金による支配
   〔4〕 桜井氏は「脱原発」か?
【Ⅳ】 別れた住民の選択
【Ⅴ】 「除染して復興」方針の見直しを
【Ⅵ】 中央依存・開発依存を超えて――新しい方向の模索




         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




【Ⅰ】「復旧復興の遅れ」の現状




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(津波被害の大きかった小高区村上/2013年12月)



▼避難1万5千人 仮設・借上げ1万1千人 震災関連死437人


 南相馬市(震災前人口 約7万2千人)では、震災から3年を迎える現在も、約1万5千人が市外に避難を継続し、また約7千人が市外・県外に転出している。
 現在の市内居住者は約4万7千人だが、そのうち約5千人が仮設住宅、約6千人が借上げ住宅などに居住している。
 なお、南相馬市では、震災・津波による流失・全壊の家屋が1227戸。原子力災害によって避難区域とされた住民が約1万3千人。津波などによる直接死が525人、震災関連死が437人〔昨年11月末時点〕。
 震災関連死は県内では群を抜いて多い。原因は一概には言えないが、先行きが見ない不安と仮設住宅などでのストレスがあり、そういう中での精神的肉体的な疲労と既往症の悪化などが関わっている。
 復興住宅は県の事業として350戸建設中だが、入居できるのは2015年末と2年近く先だ。
 以上の簡単な数字を見ただけでも、震災とくに原子力災害が依然として継続している状況がわかる。


 
▼小高など避難区域の復旧


 原発から20キロ圏内にかかった小高などの避難区域からは、約1万3千人が強制的に避難している。
 市は、国の意向に沿う形で、昨年末に、「2016年4月の避難解除」を決めた。
早期帰還を望む住民は、この決定を好意的に受け止めているが、実際は簡単ではない。
 電気・水道はほぼ復旧したが、道路は遅れている。津波で壊れた道路の復旧率は昨年末時点で5.7%、地震で壊れた道路の復旧率は25%。事業所の再開を届け出たのは、区域内約400事業所のうち、今年1月中旬で49件。市では、商店などの再開が進むように補助金制度を作るという。また今年4月から市立小高病院で一部外来の再開をする。しかし、後述するように除染が大幅に遅れている。また、倒壊家屋の解体、がれきの撤去と処理、集団移転の問題など、課題は多い。

◇「戻らない」31% 
 一方、20ミリシーベルト基準による避難解除に納得していない住民は少なくない。また、賠償がしっかり行われないまま解除になって賠償が打ち切られるのではという不安がある。さらに、地震・津波被害のなかった住宅の多くが、避難で長期不在だったため、カビ、ネズミ、イノシシなどによって激しく傷み、もはや住める状態にないという問題も深刻だ。
 そして、やはり被ばくと健康被害への危惧は大きい。住民の意向調査〔昨年8~9月 市・復興庁による〕では、「戻る」24.1%、「戻らない」31.1%と、「戻らない」の方が多いという結果が出ている。また、「戻らない」理由の最多は、「放射能への不安」42.8%だった。とくに若い人ほど、「戻らない」の割合が高く、また、「放射能への不安」の割合も高い。



▼除染の遅れ


 20キロ圏内の除染は国・環境省の直轄事業、その外の除染は市が行なっている。いずれも当初の計画から大幅に遅れている。
 国が、2012年4月に策定した除染計画では、除染の実施期間は2014年3月末までとされ、小高区の場合、概ね2012年度に同区中央部、2013年度に同区東部と西部で実施する予定だった。しかし、業者が決まったのが昨年6月、実際に除染が始まったのは、公共施設が昨年8月、住宅については昨年11月という遅さ。予定より1年以上遅れている。
 市の方は、2011年11月に策定した除染計画で、2013年度中に完了予定だったが、こちらも作業は大幅に遅れ、昨年1月に計画を変更し、目標を2015年3月に延長。しかし、昨年末時点での進捗は約11%。市は目標を2017年3月に再度延長した。
 この遅れを象徴とする事態として、国においては、2012年度の決算で、除染費用の67.9%、(被災地全体の復興費でも35.2%)が未執行となった。また、市でも、2012年度の決算で、除染や住宅再建などで使い残しが発生し、6割が執行できなった。
 遅れの原因について、国も市も、仮置き場設置や除染の同意取得に時間がかかっているからとしている。国の場合、仮置き場、除染のいずれも同意取得が3割にとどまっている。市の方は、仮置き場の予定が21カ所、そのうち搬入しているのは10カ所で、6カ所は地元の同意を得られていない。
 なお、「復旧・復興に最も必要なものは?」という問いに、38%の住民が「除染」と答えている〔1月19日、NHKによる出口調査〕。と同時に、「成果の上がらない除染に金を使うよりも、その金を、移住して生活再建をする人の支援に使った方がずっと有効ではないか」という声も少なくない。


scs007.jpg 
(除染作業中の市立小高病院)



▼賠償の遅れと格差、打ち切り


 避難区域の住宅・宅地の賠償の手続きは一応進められているが、田畑や山林の財物賠償は、いまだ基準すら示されず、開始の目途も立っていない。
 避難を強いられた住民は、生活再建の資金を、補償ではなく賠償に頼らざるを得ない仕組みになっており、賠償の遅れが生活再建の遅れに直結している。しかも、住宅・宅地の賠償額が、移住先で新しい住宅を取得できる額にならないなどの例が多い。賠償自体が、「戻らない」選択をできるだけさせない仕組みになっていると言わざるを得ない。

◇賠償で格差
 さらに、南相馬市の独特の事情も加わる。南相馬市は、国の避難指示により、原発から20キロ圏内、20~30キロ圏内、30キロ圏外に分断され、警戒区域、緊急時避難準備区域、計画的避難区域、特定避難勧奨地点の全部が設定された。
 住民は、同じように危険にさらされ、被ばくし、避難したのに、国の線引きによって、賠償などで格差が生じ、住民の間に軋轢や分断が引き起こされてしまっている。
 市は、国と東京電力に是正を求めているが動きはない。

◇帰還と賠償
 さらに、後述するように、昨年末の政府「復興加速化方針」や原賠審「中間指針第4追補」では、帰還困難区域の移住については賠償で支援するが、それ以外の避難区域については、帰還する住民には支援するが、帰還しないで移住する住民には支援しないという方向を打ち出している。

◇賠償の打ち切り
 賠償の打ち切りが始まっている。
 ひとつは、就労不能に伴う損害賠償が今年2月で打ち切りとなる。避難区域設定によって職を失った住民、勤め先が休業・廃業になった住民などが対象。企業が依然として事業再開できない状況、また働きたくても年齢や職種などの条件で新しい職場が簡単に見つからない状況がある中で、賠償打ち切りは、被災者をさらに追い詰めるものになっている。〔※〕
 〔※「賠償があるから働こうとしない」という言葉が被災者の間でも言われているが、実態を見る必要がある。求人倍率は後述のように高いが、実態は小売業・サービス業などのパート・アルバイトと建設・除染など。長期に安定して働ける職業は少ない。時給も上昇はしているが、そもそも福島県の最低賃金が675円とその低さの方が問題だろう〕 
 いまひとつは、避難区域設定などで被害を受けた企業に賠償が行われているが、原町区が該当する旧緊急時避難準備区域で休業中の事業所への賠償を来年2月で打ち切るなど、賠償の縮小・打ち切りが打ち出されている。賠償の打ち切りによって、経営が立ち行かなくなる企業は一気に増えることも予想される。




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(小高区から避難した住民が多く暮らす原町牛越応急仮設住宅)

▼急激な人口減少


 さらに、南相馬市の人口の急激な減少が様々な影響を及ぼしている。
 2011年3月時点の人口が7万2千人だったが、今年1月現在、4万7千人。避難や転出、死亡で約2万5千人が減少。
 とくに子どもと子育て世代の減少が顕著だ。0~14歳の人口が震災前に比べて22.3%減、20~34歳では24.7%減。65歳以上が占める割合である高齢化率は29.3%、2011年3月時点より3.4%上昇。市内居住者に限れば、高齢化率は33.1%だ。
 人口減少の影響は、直接は商圏の縮小や人手不足となっている。さらに市の将来の存続の危機にもなっている。



▼経済・産業の衰退


◇農業と製造業への打撃
 南相馬市の基幹産業は、農業と製造業。それが大きな被害を受けている。
 農業は、作付け制限・自粛が続いている。稲作は、一部の試験栽培を除いてやっていない。
 製造業を含めた事業所は、災害前に比べて約3割の減少。それに伴って従業員数も約3割の減少。
 地域経済は著しく衰退している。

◇商圏の縮小
 南相馬市は、災害以前、相双地域(相馬と双葉の両地域)の人口約14万人を商圏としていた。しかし、双葉郡のほとんどや飯舘村が避難区域とされ住民はいない。そして、その相双地域の北端に位置する南相馬市も人口減少に陥っている。

◇売り上げ減と人手不足
商圏の縮小によって生じている問題は、売り上げ減と人手不足だ。売上の減少について、原町の事業所の実態調査〔昨年9月調査 原町商工会議所〕の結果は以下のようだ。【*1】
・卸売業、小売業、サービス業で2012年、13年と回復傾向にあるが、10年9月の6~8割程度
・建設業では、飛び抜けて伸びが大きい1社を除くと、昨年より売り上げは減少
・製造業では、今年も昨年とほとんど変化がなく、10年9月の8割弱

 
 大半の企業が売り上げを回復できていない。
 また、人手不足の深刻だ。相双地域の昨年11月時点の有効求人倍率は2.69倍で県内最高。
 企業が事業を再開し、募集をかけても一向に決まらないなど、事業展開に支障を来している。若い世代が避難しており、介護や医療といった職場が極端な人手不足に陥っている。

 ここまで「復旧・復興の遅れ」の現状・実態を見て来た。
 復興という以前の復旧すらいまだ遠く、被災者の生活再建が進展していない。時間がたつにつれ、深刻さが増している現状が見えてくる。
 そこで次に、国がこの現状に対してどうしようとしているのか。そして、市長選での「復興の加速」という訴えの内容はどうなのかを見てみたい。

 

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(人通りは少ないが交通量はある。原町駅付近)




【Ⅱ】帰還促進の徹底
    ――国の加速化方針




 安倍政権になって以降、与党の自民党・公明党による3回の提言、および原子力規制委員会、原子力損害賠償紛争審査会などの方針などが出され、それらを受けて、政府が、「原子力災害からの福島の復興・再生を一層加速させるため、政府としての大きな方向性を示す」として、「福島復興加速化方針」を昨年12月に閣議決定した。
 「福島復興加速化方針」の要点を列挙すれば以下のようになる。

① 20ミリシーベルト基準で避難を解除し、帰還を促進する
② 帰還困難区域については移住費用を支援。帰還困難区域以外は「戻る」選択には賠償追加で支援。帰還困難区域以外で「戻らない」選択には支援しない。〔※〕
③ 除染一辺倒から、除染・インフラ整備・汚染水対策・廃炉を「大きな公共事業」とし、税金を投入する。
④ 健康不安対策は、個人線量計とリスクコミュニケーション。健康被害はないというのが前提
⑤ 帰還促進で賠償を抑制。さらに追加除染費、中間貯蔵施設建設費に税金を投入する。
⑥ 自治体に新たな交付金。帰還促
進が目的

〔※年末の原賠審指針は、帰還困難区域以外でも「戻らない」選択が合理的と認められる者について一定の支援策を示した〕



▼20ミリシーベルトで帰還促進


 「福島復興加速化方針」の報道では、「全員帰還からの方針転換」「住民の判断の尊重」とされたが、内容を読むと全く違う。方針の主眼は、<東電の救済><原発の再稼働>、そして、そのための<20ミリシーベルト基準での帰還促進>である。
 しかし、それは、住民の意志に全く反している。79%という住民の大多数が「放射線への不安を感じている」と答えている〔1月19日、市長選でのNHK出口調査〕。また、小高区など避難区域の住民の31.1%が「戻らない」と答え、その理由の最多が、「放射能への不安」42.8%だった〔昨年8~9月 市・復興庁による住民意向調査〕。
 また、あえていえば、国が依拠するところの「国際的合意」でさえ、低線量被ばくによる健康影響を否定はしていない。
 にもかかわらず、なぜ20ミリシーベルト基準での帰還促進なのか。



▼東電救済・原発再稼働のため


 その理由も、「福島復興加速化方針」から読み取ることができる。
端的に言えば、まず、<東京電力の救済>だろう。東京電力が、賠償費用や除染費用で音を挙げている。東京電力に資金を出している銀行や大株主も救済を要求する。だから、賠償を抑制し、除染や収束・廃炉に税金を投入することで、東京電力の負担を軽減しようというのだ。
 また、<原発の再稼働>もある。賠償が膨れ上がったり、避難住民が膨大になるのは、原発再稼働の足かせなのだ。だから、原発事故の被害規模をできるだけ小さく抑え込み<復興している>としたいのだ。アベノミクス、国土強靭化、東京オリンピックといった経済成長戦略に舵を切りたい、だから<福島の原子力災害問題への関わりは早く終わりにしたい>という意図も滲む。
 そして、自治体も、本来は住民に近い立場にあるはずだが、<住民が戻らないことは税収減>、<国の意向に従わないと自治体が成り立たない>と考え、国の帰還促進政策に追随する。
 つまり、住民の命や健康や生活よりも、東電や銀行、原発や経済の利害の方を優先して、<20ミリシーベルト基準での帰還促進>が方針化されていると見る方が妥当だろう。1ミリにするか、5ミリなのか、20ミリなのかは、いわば金勘定の問題なのだ。「福島復興加速化方針」は、その言葉の上では「福島の復興・再生のため」とあるが、その中身は真逆、経済成長戦略のための「命と健康の切り捨て」の方針と言っていい。



▼「加速」というキーワード


 震災から1カ月の2011年4月、当時の民主党政権の下で、政府・復興構想会議が、「未来に向けら創造的復興を目指していく」と提言した。「創造的復興」とは、財界の要請を受けた言葉であり、経済成長戦略に沿った復興という含意である。
 が、自民党政権にしてみれば、民主党政権のやり方では不徹底だった。そこから、経済成長戦略への徹底を転換的にはっきりさせるという意図で「加速」とうち出したのだ。
中央の経済団体である経済同友会は、やはり「加速」を強調し、復興交付金の使い道を、企業誘致や農地集約化など産業分野の方に移せという意見書をまとめている。〔2013年10月7日 意見書〕
 こうした流れに沿って、福島県は、「投資促進・雇用創出を図る」として、「ふくしま産業復興投資促進特区」を進めている。
 そして、以下で見るように、南相馬市長選で主に横山、渡辺両氏が掲げた政策も、この流れに沿うものだ。




【Ⅲ】被災者切り捨てと開発依存
    ――選挙戦に即して





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(原町青年会議所主催の公開討論会に臨む候補者。
            左から、桜井、横山、渡辺の三氏)


〔1〕除染と産業政策に傾斜
      ――渡辺氏の「加速」



 「行政の対応が鈍く、復興は遅々として進まない」「南相馬市を建て直し、復興を加速させる」「復旧復興を加速し、人口減少を食い止める」。渡辺氏は出馬表明に当たってこのように桜井市政を批判し、「復興の加速」を訴えた。その政策はどういう中身だろうか。政策としてまとまりのある渡辺氏の政策について以下の〔1〕~〔3〕で、また桜井氏については〔4〕で検討したい。

 渡辺氏の主な政策はおおむね次のようだ。


★〔渡辺氏の主な政策〕
   ・除染のスピードアップ
  ・農業生産法人設立や企業誘致などの産業政策
  ・医療・教育・子育て支援の充実
  ・復興の起爆剤としての火力発電所誘致
  ・メインスローガンとして「復旧・復興を加速し、人口減少を止める」
  ・中央との
パイプの回復


▼厳しい問題に具体性なし


 渡辺氏の政策には、小高区などから避難している住民の問題、仮設住宅で苦しんでいる現実、被ばくと健康被害を危惧する実態など、一番、厳しい問題に関して具体性がない。関心が薄く、政策の重心をそこには置いていないことが見て取れる。
 賠償問題について若干発言があるが、国が打ち切りに踏み出していることには触れずに、「中央とのパイプの回復」ができれば賠償問題も前に進むかのような言いぶりが目立つ。



▼除染ですべての問題が解決か


 渡辺氏は、「復興の遅れ」の原因は「除染の遅れ」だとして、「除染のスピードアップ」がすべてを解決するというところに話を収れんさせてしまっている。
 そもそも、除染には限界がある。「移染」でしかない。広大な山林が手つかず。目標1ミリシーベルトには程遠い。最終処分場をどうするかを誤魔化しながら、仮置き場や中間貯蔵施設への同意を迫る。こういう矛盾に目をつぶって、除染が進めばすべての問題が解決するかのように言う。これはおかしい。
 汚染の実態があり、住民の意向や選択がある。多数の住民が「放射線への不安」を訴え、あるいは帰還を希望していない事実がある。そうであるにもかかわらず、「除染して帰還」という方向でしか問題を立てていない。



▼国の方針と合致


 渡辺氏は、「復旧・復興を加速し、人口減少を止める」をメインスローガンにすえている。その「復興」の主要な内容は産業政策になっている。そして、「復興の起爆剤」が火力発電所の誘致だとしている。
 つまり、渡辺氏が「復旧・復興の遅れ」で問題にしているのは、<産業政策が展開できていない>なのだ。
 この意識は、国の加速化方針や財界の求める加速化と全く合致している。



〔2〕公共事業と企業誘致
    ――誰のための復興か?



 そこで次に、渡辺氏の政策の中心である産業政策に立ち入って検討したい。【*2】
 
★〔渡辺氏の主要な産業政策〕
  
  ・交通インフラの整備 
  ・企業と連携し農業生産法人の設立と規模拡大への支援
  ・自動車関連企業、成長産業である医療機器やロボット産業の誘致
  ・商店街の集約再編で商業ゾーンの形成
  ・復興の起爆剤としての火力発電所の誘致



▼復旧・復興に結びつかない企業誘致


 渡辺氏の掲げる政策は、被災地に限らず、地方の発展のためとして掲げられる、よく見るスローガンと変わりない。そして多くの人が、こういう政策に「成長」や「発展」のイメージを持っているのも事実だろう。しかし、本当にそうなのか。少し詳しく検討してみたい。 
 自動車関連企業、成長産業である医療機器やロボット産業とは、グローバル経済に対応し、規模が大きく、成長を追求する産業だ。それらの企業は、言うまでもなく、東京に本社を置くグローバル企業、あるいは海外に拠点を置く多国籍企業だ。そして収益の最大化を目的にしている。地域で生み出した利益の大半は本社のある東京や海外に移転し、企業内に留保される。地域にはほんの一部しか循環しない。
 雇用という点でも同じだ。たしかに一定の雇用は生まれるだろう。しかし、進出してきた企業は、一部の技術者や管理者を除いて、大半が人件費は安くいつでも首を切れる非正規雇用で占められる。
 また、進出してきた企業は、グローバル競争対応で、様々な優遇措置や規制緩和を要求してくる。賃金、税制、解雇、環境などで特区的な制度だ。既に復興特区制度が始まっているが、経済同友会は意見書で、特区での優遇措置が不十分として、適用要件の緩和や税制優遇の延長などを要求している。〔2013年10月7日 意見書〕
 これらは、地方が繰り返し経験してきたことだ。とりわけ、「構造改革」は、グローバル企業の本社機能が集中した大都市中心部の隆盛の対極で、地方の農林漁業、製造業、商業の疲弊と衰退を招いた。それを、再び繰り返すのか。グローバル企業や多国籍企業を誘致しても、それは、地域の持続的発展に結びつかないし、被災地の持続的な復旧・復興に結びつくことにはならない。



▼企業誘致のためにインフラ整備


 交通インフラの整備とは、企業誘致を当て込んで、道路などの基盤整備を行うということだ。しかし、住民の生活再建が依然として進んでいないのに、企業誘致のための道路建設に復興資金を使うことに住民が納得するだろうか。
 また、その公共事業を受注するのが被災地外のゼネコンであれば、被災地の企業に回るお金は限られ、被災地の企業の復興は進まない。しかも、公共事業は一回限りの投資で、持続性はない。



▼離農を奇貨に企業型農業


 企業と連携し農業生産法人を設立し、規模の拡大を支援するという。
 曰く、「南相馬市では7割の農業者が離農を考えているので、TPPを見据えて『攻めの農政』を展開する」という。
 隣りの宮城県では、農業への新規参入を積極的に進めている。野村ホールディングス、サイゼリア、カゴメ、IBM、GEなど、外食産業ばかりか農業に無縁と思われるグローバル企業が、農業生産法人を設立し、植物工場などを始めている。
 これも、企業誘致のところで見た通り、外国や東京に本社を置く企業が、地域の契約農家を組織し、生産物の加工工場をつくり、それらを販売する店舗を設置するということをやったとしても、その利益は、ことごとく東京や外国の本社に流出し、地域には一部しか循環しない。
 「農業の六次産業化」も、それを担う主体が誰なのかによって180度違ってくる。グローバル企業が主体なら、地域は疲弊するだけだ。
 「攻めの農政」とは、農産物輸入で痛めつけられ、津波と塩害と放射能でやられ、希望を失っている農民を支えるのではなく、グローバル競争に対応して、農業の主体を農民から企業に移すということだ。誰のための復興か、誰のための農業かが、明らかに転倒している。


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(東北電力原町火力発電所。ここも津波で大きな被害を受けた)



▼地域に貢献しない火力発電所


 相馬地方に2つの火力発電所があり、浜通り全体に火発と原発が並んでてきたが、それがもたらす経済効果は限定的だった。
 建設期間中に就労などに一定の効果はあった。しかし、完成後の雇用規模や市町村の財政規模が急速に縮小した。そのため、立地自治体は、交付金や補助金を当て込むしかなく、さらに原発の立地を求めるという悪循環に陥って行った。
 火発も原発も、東京・首都圏への集中・集積やグローバル企業の収益には貢献するが、地域への分配はわずか。住民が受け取る所得は非常に小さい。電力会社の本社は、東京電力は東京に、東北電力は仙台にあり、その所得はこの地域の外に出て行く。むしろ長期的には地域の衰退を促進するものでしかない。
 これは、脱原発ということで、再生可能エネルギーを導入したとしても問題は同じだ。被災地外の企業が発電設備を運営すればその利益は地域には残らない。

◇火発が人口減少対策か
 ところで、渡辺氏は、火力発電所誘致などの一連の産業政策をもって、人口減少対策の目玉としている。
 先程も言ったように、火発も原発もずっとあったが、人口減少もずっと続いてきた。火発も原発もどんな大規模な事業も一時的にはどうあれ、趨勢としては人口減少を食い止めることはできなかった。それどころか、今や、東京も含め、日本全体が人口減少時代に突入している。
 人口増加と経済成長が全く疑う余地のない前提だった高度成長期の政策を描いても、それは、今日には通用しないだろう。むしろそういう前提に立たない発想が求められているのではないか。この点は【Ⅵ】で再論したい。



▼復興の名を借りた開発主義


 こうして見ると、渡辺氏が描く復興とは、誰のための復興なのかという疑問を抱かざるを得ない。
 「復興」という言葉は使われているが、現に被災した住民の復旧・復興は主眼ではない。あるいは、住民の多くが依然として立ち直れていない状況のうちに、災害を奇貨として公共事業や企業誘致といった開発政策を推し進めてしまおうとしているようだ。これは、復興の名を借りた悪しき開発主義と言わざるを得ない。  



〔3〕「中央とのパイプ」――金による支配


 渡辺氏は、「市政が、国・県・双葉郡と連携していないで孤立してしまっている」「これでは住民の声を届けることもできない」と桜井市政を批判している。
たしかに横山、渡辺両氏とも自民党、中央の政権も自民党。対する桜井氏は、民主党に近い非自民。こうした中で、「中央とのパイプの回復」は横山、渡辺両氏の政策の中心をなしていた。



▼政府の意図的なネグレクトも


 区域再編や除染や賠償の問題などを巡って住民の批判や要求があり、それに突き動かされて桜井市政は政府との交渉をしている。が、上で見て来たように、政府の方向は、<福島の原子力災害問題への関わりは早く終わりにしたい>というのが基本だ。政府にとってみれば、<住民の批判や要求をいちいち取り上げるな>と桜井市政のやり方に苛立っていることは想像に難くない。実際、官僚たちが「また桜井かよ」「あいつはクレーマーだな」と罵っていたという話が聞こえている。そういう官僚たちが、意図的に問題をネグレクトし膠着させているとさえ見ることができる。
 ただ、これに対する住民の受けとめは様々だ。「『たたかう、たたかう』というけど、こっちはそれで迷惑してんだよ。『たたかう』から、もらえるものももらえないんだよ」という声も聞かれる。
 そういう声を受ける形で、横山、渡辺両氏は、与党議員や中央官僚と連携すれば問題は解決するとアピールした。



▼膨大な利権の流れるパイプ


 もっとも、「中央とのパイプ」を強調するのは、復興交付金や補助金が念頭にあるからだろう。復興交付金は、2015年までに19兆円が予定されている。南相馬市への配分額は2013年末段階で518億円。防災集団移転、災害公営住宅、圃場整備、道路整備など。
 この復興交付金を受けるには、県や市町村が事業計画をつくり、復興庁に申請するわけだが、それを審査し優先順位をつけて可否を決めるのは中央官僚だ。
もともと中央は、交付金や補助金で地方自治体を支配する構造を作ってきた。法律上は対等のはずだが、実質は全くの主従関係だ。生活道路、公民館、医療施設と何をするにしても、補助金による支配を受けてきた。
 地方自治体の側は、補助金の獲得にために、首長を先頭に手土産を携えて陳情に明け暮れ、地元選出の国会議員も「口利き」で地元にお金を引っ張って来ようとする。結局、地方自治体は、本当に必要かどうかを考えることをやめて、中央官僚の言いなりでハコモノを乱造し、挙句に財政破たん状態に追い込まれていった。
 これが、「中央とのパイプ」の実像だろう。「中央とのパイプ」とは、金による支配だ。そして、そこに群がって利益を得る者がいる一方で、本当に必要なところには届かない仕組みになっているのだ。
 安倍政権は、経済対策の柱の一つとして、国土強靭化を掲げ、膨大な予算を道路や堤防などの大規模な公共事業につぎ込んでいる。例えば、宮城県などで、住民が反対にしているにもかかわらず、復興の名の下に、巨大堤防の建設が進められている。復興の名を借りた開発主義の典型だ。
 渡辺氏らが訴える「中央とのパイプの回復」というのは結局、復興の名を借りて、巨大開発を南相馬市にも引っ張ってきたいという意味にしか見えない。渡辺氏は、もともと市長時代、ハコモノ行政を推進し、身内に利益を還流した上に、市の財政を危機に陥れたという批判を受けている。
 「復興の加速」というがその本当の姿は、この辺にあるのではないだろうか。



〔4〕 桜井氏は「脱原発」か?


 一応、桜井氏についても、簡単に問題点を挙げておきたい。



▼「脱原発」だが「脱被ばく」ではない


 桜井氏は、「原発ゼロ、新エネルギーの開発」を掲げている。その点で、横山、渡辺両氏との違いはわかりやすい。横山氏は「脱原発は簡単じゃない。性急な脱原発には態度保留」といい、渡辺氏は「脱原発は当然だが難しい。火力誘致が脱原発政策」としている。 
 この点で、桜井氏にいろいろ批判があるが、「脱原発だから投票した」という声は多々あった。
 しかし、「被ばく」という問題になると、「脱原発」を掲げる桜井氏においても無頓着だ。
実際、桜井市政は、20ミリシーベルト基準の避難解除を受けて入れているし、子どもを含む住民の帰還を促している。「脱原発の推進で若年層の帰還を促す」という桜井氏の当選後の会見発言を聞いて、「『脱原発』と唱えると被ばくしないとでも思っているのだろうか」という揶揄する声も出ていた。
 もう一つ見逃せないのは、IAEAと連携する「福島県環境創造センター」を推進していることだ。環境創造センターは、三春町と南相馬市に設置が計画されている県の機関だが、原子力推進機関であるIAEAと連携して「安全安心」を発信し、原子力の推進に貢献する施設なのだ。
 こういう点で、桜井氏の掲げる「脱原発」に懐疑的な住民も少なくない。



▼住民を主体にしない行政手法


 
 もっとも、「中央とのパイプ」にすがる横山、渡辺両氏の政治スタイルに比べると、「現場はこうなんだ」と訴えて「中央とたたかう」という桜井氏はむしろ真っ当だとも言える。
また、現職故にいやでも現場に向き合っているという点で、その是非はともかく、具体的な対応を打ち出しているのは事実だ。また選挙運動中、仮設住宅を精力的に回っていたのは桜井氏だった。
 一方、「人の話を聞かない」「勘違いをしている」「市長になってから変わった」という声をよく耳にする。
 例えば、こういう例がある。再生可能エネルギーを推進することに住民も異論はない。しかし、その事業計画を市当局が住民に何の相談もなく作ってしまって、建設段階になって、予定地の住民の説得に当たるというやり方をしている。つまり住民を主体にしていない。
 「たたかう」という場合もやはり同じ問題がある。市長がその権限と立場で国と交渉するのは当然としても、やはり要求の主体は住民のはずだ。しかし、桜井市長が住民とともに悩んだり考えたりしている姿は見えない。



▼対抗ビジョンが見えない


 また、住民がいろいろな取り組みをやり、市長や行政に提案して力になろうとしてきたが、「人の話を聞かない」と離れていく住民も少なくない。
住民がいま求めているものの一つはビジョンだ。渡辺氏にビジョンはあるが、その中身が露骨な開発主義だった。しかし、桜井氏の話を聞いても、国の加速化方針や渡辺氏の開発主義と一線を画すビジョンが見えて来ない。ここに住民は戸惑いといら立ちを感じている。




【Ⅳ】 別れた住民の選択



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(南相馬市役所)


 こうして見ると、改めて、今回の市長選が重要な攻防であったとわかる。国の側、そして、横山、渡辺両氏らには、<福島の原子力災害問題はもう終わりにして、開発政策に舵を切りたい>という意志がはっきりとあって、それを進める上で邪魔になっていた桜井市長を落とそうとして動いていた。すくなくとも、客観的にはそういう構図だった。
 では、そういう中で、住民はどういう選択をしたのだろうか。
 単純な結果では、冒頭のとおり、横山氏5千票、渡辺氏1万1千票に対して、桜井氏が1万7千票と大差で勝った形になっている。しかし、これをもって「市政継続を市民が選択」とするのは実態とかい離している。
「復興の加速」「中央とのパイプ」と主張した二氏の票を合わせると1万6千票。もし自民党系の両候補が一本化していたら逆の結果になっていた公算が大きい。この状況に注目すべきだろう。



▼それぞれを支持する住民の声


 筆者が取材した範囲で、それぞれの側に投票した住民の声を列挙してみる。
 
◇横山、渡辺の両氏に投じた住民の声
・「桜井市長は『たたかう、たたかう』ばかりで迷惑してんだ。何にも前に進みやしない」
・「民主党でもう懲りたんだ。桜井さんもいっしょ。官僚が言うこと聞かないし、混乱するだけ」
・「お金が回ってこなければここは生きて行けないんだ。中央とのパイプを修復してほしいよ。都会の人にはわかんないと思うけど」
・「30年40年先の話はしていられない。いま被災地がまだ注目されている間に、取れるものを取らないと」
・「桜井さんには政策能力がない。一成さん(渡辺氏)の方が上。彼に期待するよ」
・「若者や子どもがいなくなるよ。町がなくなるよ。市政を変えないと」
・「(選挙結果に対して)仮設なんかで、桜井さんにすがろうという層が結構いるんだな。いや驚いたよ」
 
◇桜井氏に投じた住民の声
・「一成さんでは昔に戻るだけしょう。ハコモノに戻るの?火力なんて、まるでゾンビだよ」
・「桜井さんに問題は多々あるけど、一成さんに戻すわけにはいかないよ」
・「一成さん、横山さんは結局、批判ばっかりで。自分たちは何をしてたのよ」
・「桜井、横山、渡辺・・・。なんか全部、古いよね。他にいないからしかないけど」
・「脱原発を言っているのは誰?桜井さんしかいないじゃない」
・「命や健康を大切にする人に入れたいね」
・「仮設に回ってきてくれた。うれしかったよ」
・「(選挙結果に対して)3・11以降は、一成さんの考えは通用しないね」

 公共事業や企業誘致などの開発依存の復興、そのための「中央とのパイプ」――これをどう見るか。このことを巡って選択が分かれていると言える。
 横山、渡辺両氏に投じた層は、それを肯定し求めている。積極的か必要悪かのニュアンスはあるが、それ以外に選択はないだろうと見ている。だからそういう方向性が見えない桜井氏に反発している。
 桜井氏に投じた層は、そういう方向への回帰に批判的だ。また「脱原発」や「命と健康」という問題で選択している。ただ、桜井氏の政策に展望を見出して支持しているとは言えない面がある。



▼開発政策への期待

 

 横山、渡辺両氏を支持した層についてもう少し見てみよう。

◇「中央とのパイプ」 
 横山、渡辺の両氏を支持した住民の多くは、桜井氏への批判票。そこで言われているのはやはり「中央とのパイプ」だ。「中央とのパイプ」が、金による支配だということを認めた上で、さしあたりそうする以外にどういう選択があるのかという追い詰められた地方の現実、被災地の現実がある。
 なお、昨年7月参院選時の住民の声だが、これを見ると被災地の複雑な心境の一端がわかる。
 「国に棄民されるんじゃないかという不安。だから自民党に入れる。それは、『棄てないで』というアピールでもあるんだ」「アベノミクスがいいのかどうかわかないよ。再稼働も賛成しないよ。でもね、中央との関係はしっかりしていないと」

◇被災地の中での分断
 さらに「中央とのパイプの回復」という動きと、被災地の住民の中での分断とは、実は表裏一体でもあった。
 多くの住民が避難や仮設住宅での生活をしている南相馬市でも、外見上は、ほとんど通常の生活や経済活動が行われている。そして、仮設住宅の現実や被ばくへの不安という問題を、同じ町の中にいても、「忘れる」「見ない」「蓋をする」という空気がある。
 例えば、上で挙げたように、「仮設住宅なんかで、桜井さんにすがろうという層が結構いるんだな。いや驚いたよ」という言葉。ここには、同じ被災者なのに切り捨てるような冷たい響きがある。あるいは「仮設の人は・・・」「賠償をもらっている人は・・・」という話は少なからず耳にする。また、「放射能とかそういう話が、復興の妨げになっているんだ」という言葉には脅しを含んでいる。
 こういう中で、住民は、「言いたいことは山ほど。でも言ってもつらいだけだから言わない」、「健康のことは心配だけど、そういうことを言うと人間関係が壊れるからね」という具合に、沈黙を強いられていく。
 政府の「福島復興加速化方針」という大きな力が被災地に働いている。その下で、痛みに蓋をして開発政策に展望を見出そうとする住民がいる――。しかしこれしか選択はないのか。




【Ⅴ】「除染で復興」の見直しを



 ここからは、以上の検討に踏まえて、国の加速化方針や中央依存・開発依存の復興政策に対して、それとは違うビジョンの可能性を検討してみたい。



▼住民の除染要求に込められた思いは


 国の「除染して帰還」「除染して復興」という方針の遂行が大前提として物事がすべて進んでいるが果たしてそれでいいのだろうか。ここを問い直すべきだ。
 まず、「除染してほしい」という声の背後には、仮設住宅での生活はもう限界だという切実な現実がある。応急仮設住宅という通り、俄かづくりで2年も3年も住むところではない。だからとにかく仮設住宅を出て自分の家に戻りたい。それが、「除染してほしい」という訴えになっている。つまり、安定した住宅が必要なのであって、除染がすべてではないのだ。
 さらに、「人の家や庭や地域を放射能まみれにしておいて、何で加害者が掃除に来ないのか。震災の前の状態に戻すのが当然の義務ではないか」。これは、取り返しの使いない破壊と喪失がもたらされている現実の告発であり、その原因者に対する厳しい突きつけだ。単に除染を求めているのではない。
 「元に戻せ」――しかしもはや元に戻せない現実。だからこそ、この突きつけに対して、国と東京電力は真剣に向き合い、深刻に反省し、責任を明確にする必要があるのだ。
ところが、国も東電もこの突きつけに向き合うことはなかった。「除染すれば元に戻る」という嘘をついて責任を逃れようとした。つまり、「除染して帰還」「除染して復興」という方針には、加害責任を曖昧にしていく意図が孕まれていた。
 しかし除染の効果が限定的であることははっきりしてきている。今、「除染して復興」という方針そのものを見直すべきだ。そして、「元に戻せ」という突きつけに向き合うところからやり直すべきだ。



▼被害者を被害者として認めさせる


 賠償の際の東京電力の態度がそうであるように、応対は慇懃で、頭を下げる角度は見事だが、実務的には加害者の側のペースですべて進めている。そして「気に入らないならADR(原子力損害賠償紛争解決センター)へどうぞ」となる。
 結局、加害者が被害者に謝罪し、損害を賠償するという関係になっていない。被害者が、加害者である東京電力に賠償をお願いし、それを加害者である東京電力が算定し判断する。あるいは、東京電力は国によって救済され、銀行や株主は保護される。が、被害者は、すべてを奪われ、生活再建もできていないのに、もう終わりと打ち切られる。
 どうしてこういう関係なのか。汚染を引き起こした加害者が、加害責任を問われていない。それどころか、彼ら自身、加害者だという自覚が全くない。「放射性物質は無主物(持ち主がいないという意の法律用語)」〔※〕だという答弁書が示す通りだ。この出発点での誤った関係を正さない限り、被害者が被害者として認められるというスタートに立てない。だから、その被害にたいする正当な賠償を受けることができない構造になってしまっているのだ。
 〔※ゴルフ場主が東電に汚染の除去を求め仮処分申し立てに対して、東電側弁護士の提出した答弁書の文言〕



▼十分な移住支援を


 多くの住民が、現に被ばくをしながら、そして健康被害への危惧を抱きながら、生活と生業があるが故にここで居住を続けている。そういう住民に対して、国が本来やるべきことは「除染して復興」の掛け声や「安全・安心」のリスクコミュニケーションなどではないだろう。本来やるべきは次のことではないか。
① 追加被ばく線量1ミリシーベルトを超える汚染地域が広がっている事実を確認する。その地域にいることは一定のリスクをともなうということを、国は十分に告知・説明する義務がある。
② その説明を理解した上でなおかつそこに帰還を希望する住民には、あらゆる防護策や健康対策、生活支援策を保障した上で、帰還をしてもらう。
③ 移住を求める住民には、移住先での居住、生業、教育、コミュニティなどすべてを完全に保障して移住を支援する。町外コミュニティの建設は、移住支援と不可分で重要な位置を持つ。また、移住した住民には、帰還の権利も保障される。
④ 費用は、東京電力が出し、国が出すのは当然だろう。十分に出す能力はあると思われるが、もし足りないとすれば、国民に広く支援基金への拠出をお願いする。そのためなら多くの国民が協力するだろう。
 少なくともこれが基本線ではないだろうか。
 これを国がやろうとしないなら、地域自身、住民自身でやるということではないだろうか。




【Ⅵ】中央依存・開発依存超えて
   ――新しい方向の模索




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(本陣山に訪れた春/2013年4月)


 阪神淡路大震災(1995年)のとき、「復旧なのか、復興なのか」という議論があった。そして当時の兵庫県知事は「創造的復興」という言葉をうち出した。その言葉が3・11の後の政府・構想復興会議の中で再び使われた。
 災害によって被害を受けた住民は塗炭の苦みを強いられる。が、国や資本は、災害をある面で平時にできないことがやれるチャンス、破壊による投資機会の創出と見ている。
 平時から<更地にして再開発をやりたい>と狙っていたところに、災害によって破壊が起こった。住民が打撃から立ち直れないでいる間に、為政者は再開発計画を打ち出してどんどん進めてしまう。それが、阪神淡路大震災で行なわれたことだった。
 「せっかくだから元に戻す『復旧』ではなく、新しい町を『創造』するような『復興』がいいのではないか」というようなことがよく言われる。聞こえはいいが、実際の中身は、公共事業と大企業への依存、大量生産・大量消費と経済成長の追求でしかない。高度成長以来、ずっと繰り返してきた旧態依然たる政策だ。どこも「創造的」ではない。
 とりわけ、福島が受けた原子力災害とは何だったのか。それは、中央や公共事業や大企業に依存したら、何かしらの恩恵が地方にもあるのではないかという幻想の行き着いた果てだった。それを再び繰り返すのだろうか。そうではなく、その犠牲と教訓から、破産した政策を総括し、社会や経済や政治のあり方を根本的に見直すということではないだろうか。

◇根本的な見直し
 その見直しのカギとなるのではないかと考えられる点を3つほど述べてみたい。「地域の再生」と「共同の再生」、「人口減少時代のライフスタイル」だ。依拠した本を先に述べておこう。
 藻谷浩介とNHK広島取材班の『里山資本主義』【*3】では、「里山資本主義」という造語をもって、「マネー資本主義」からの転換が現実に可能であり、それどころか、中国山地ではそういう挑戦が実際に行われているという事実を描いている。
 また、山崎亮の『コミュニティデザインの時代』【*4】では、中山間離島地域で、人口減少を不幸と嘆くのではなく、むしろ先進地域として創造的で豊かに暮らしている実践を紹介している。
 さらに、岡田知弘の『震災からの地域再生』【*2】では、阪神淡路大震災の教訓に踏まえ、「創造的復興」論を批判しながら、地域の重要性と住民の主体性、そして、お金が地域で循環する経済の仕組みの再生を提起する。
 そして、水野和夫と萱野稔人の『超マクロ展望 世界経済の真実』【*5】では、人口増加と経済成長というのは人類史的にはむしろ特異な現象で、これからは人口停滞と低成長という定常の姿に戻るという文明史的な視点を提起している。
 これらは、夢物語や願望ではない。また単なる町興しの指南でもない。時代の大きな流れの中で、次の時代の姿をつかみ出そうという英知と実践だからこそ説得力がある。 
 
 


▼地域の再生


 被災地の外から大企業を誘致しても、公共事業を持ってきても、それが、南相馬市の本当の意味の復旧・復興にはならないと。ではどうすればいいのか。
 地域という視点に戻るべきではないか。地域とは住民の生活領域、農村で言えば集落のレベル、市街地でいえば小学校の校区の範囲。もともと、ずっと人間の経済活動はそういう地域の範囲で営まれてきた。
 ところが、近代以降、資本が主体になりその経済活動の領域を急速に拡大、住民の生活領域を超え、国の範囲も超え、今やグローバルに展開している。しかし、住民の生活は依然として地域にある。
 被災からの復旧・復興とは、地域の産業と住民の暮らしを本当に支えてきたものは何だったのかをとらえ直す必要がある。地域には、それぞれの自然や地理や歴史があり、それに根差した伝統や文化が存在している。それを今こそ復権する必要があるのではないだろうか。
 中央依存を脱して、外からの資本参入を規制・管理し、地域で生み出された利益が再び地域の中で再投資され循環する経済の仕組みに作り変える。
 こういうと、「自動車はどうなる。家電はどうする。大昔の生活に戻るのか」という突っ込みが必ずあるだろう。その通り、地域で全部を賄うことはできない。だから、自動車産業も家電産業も必要だ。地域循環経済は差し当たりサブシステムでしかないだろう。
 が、そういう大量生産・大量消費を目的とする産業がメインシステムである時代をできるだけ早く超えて、地域循環経済こそがメインシステムとなる時代を手繰り寄せようということだ。もし「せっかくだから創造的なものを」という場合、その「創造的なもの」とは、こういうところにあるではないだろうか。



▼協同の再生


 地域を再生し、外からの参入を規制し、地域内で利益が循環する経済の仕組みをつくるためには、地域の住民が主体になる必要がある。
 それは、「地域のことは地域で決める」「住民自身が計画し、実行する」ということだ。
 ところで、国や行政も、言葉の上では、「コミュニティの維持」とか、「住民参加」といったことを言う。しかし、災害前のコミュニティに戻るだけでは問題の解決にはならないのではないだろうか。あるいは、「住民参加」を謳い文句にしていても、実際には、議論・決定・遂行の過程から住民は排除されている。住民は、結果の追認に参加するだけ、あるいは、結果に文句をつけるだけの「お客様」にされている。
 近代以降、国家の支配が社会の隅々に及んでいくわけだが、そうなる以前、農村集落で生活する人びとは、農作業や土木作業、冠婚葬祭などにおいて、「協同」という形で作業を行っていた。そこでは、「地域のことは地域で決める」「住民自身が計画し、実行する」ということが実践されていた。
 しかし、国家の支配とその肥大化が進むにつれ、協同は次第に解体され、行政に吸収され、代行されていく。そして、住民の側においても、次第に協同の体験は失われ、国・行政の「お客様」に馴らされてきた。
 ところが、3・11の被災の中で、命の危機に直面するとともに国・行政の支配が一時的に崩壊したとき、救出や救援、避難所の活動、ガレキ撤去、放射能測定や自主的な除染など、止むに止まれぬ事情から、協同が復活した。これは重要な経験だった。
しかし、それは、時間の経過とともに、その大部分は再び行政に吸収されている。そして住民は、自らの思いや憤りを市長や行政に苛立ってぶつける以外に、そのやり場を失って行った。
 南相馬市で直面している問題を考えたとき、どんな切れ者やアイディアマンや剛腕が首長になっても、それでは打開できないだろう。行政が行政である限り、限界がある。
行政が担う領域をできるだけ縮小し、「地域のことは地域で決める」「住民自身が計画し、実行する」領域を拡大し、住民による協同を大規模に復活させていく必要がある。こういう方向にこそ新たな可能性と展望があるのではないかと思う。



▼人口減少は不幸か?


 南相馬市が急速な人口減少の過程にあるのは事実だ。町がなくなるのではないかという危惧を抱く住民も少なくない。が、そもそもこの人口減少とはどういう問題なのか。人口減少の直接の契機は、たしかに震災とくに原子力災害だ。しかし、そもそも、災害があってもなくても、大局的趨勢的に進行していた問題だった。それが、災害を契機に一気に加速した。そういうとらえ方が重要ではないか。
 近代以降の日本、とくに戦後の日本においては、人口は増えるものだし、経済は成長するのが当たり前だと信じられてきた。が、長い人類史を見たとき、人口増加時代というのはむしろ特異な現象だった。人口が停滞し、経済も低成長というのがむしろ定常の姿だった。そして今、世界全体が人口減少の趨勢にあり、低成長時代に入っている。これは、特異な状態から定常の状態に戻りつつあるということだ。その中でも人口減少のトップを走っているのが日本だ。
 つまり、これは、あれこれの政策の次元ではなく、文明論の次元であり、近代文明が終焉を迎え、次に向かう過渡に入っていると把握すべき事柄ではないか。
 そもそも人口が少ないことが問題なのか、高齢者が増えることが不幸なのか。そういう感じ方こそが、近代的な思考の限界ではないだろうか。
 もちろん、医療や介護など、深刻な問題が目白押しだ。しかし、南相馬市は、日本全体が直面し、早晩、世界全体が直面する問題に時代の最先端で直面しているということができる。だから、南相馬市で、人口減少時代の新しいライフスタイルや経済・社会・行政システムあり方を模索する必要がある。それはどこを探しても先行例はない。むしろ南相馬市から、新しい時代の姿を世界に発信するチャンスになるかも知れない。
 もはや二度とあり得ない人口増加や経済成長の幻想を追いかけて、再度の破産に突き進むようなことをするべきでない。これまでの延長や繰り返しではない、新しい方向の模索をはじめるべきだ。



▼「文明朽ちて里山あり」


 このような話は、「2年後、5年後はどうなる」といったスパンの話ではもちろんない。世代を超えた話だ。しかし、今から取り掛かるべき話でもある。
 原町をどうするか。あるいは、小高をどう再建するか。いま行政の進めている議論に大きなビジョンを期待するのは難しい。実は渡辺氏は一面、上のような問題意識も書いているのだが、しかし実際、選挙で掲げた政策は全く旧態依然たるものだった。新しい発想と方向で始める必要がある。中央依存、大企業依存をどう脱却していくか。地域の再生、協同の再生をどう実現していくのか。人口減少時代のライフスタイルはどうなるのか。そういう議論を住民が主体になって始める必要があるだろう。
 また、町外コミュニティというテーマも依然、検討するべきだろう。帰還一辺倒で全く俎上に上っていないが、現実には万単位の住民が避難している。町外コミュニティも、ディベロッパーやゼネコンに委ねたら高度成長期のニュータウンになってしまう。が、住民が主体となって、議論し計画し実行する中で作られるならば、新しい方向を模索する拠点にもなり得るのではないだろうか。

◇線量が十分に下がるまで
 こうして見ると、「時間がない。若者がいなくなる。除染を急げ」とか、「放射線は大丈夫。戻れ、戻れ」と、狭く短い見通しと旧態依然たる発想で、復旧や復興を考えるべきではないだろう。放射線線量が十分に低くなるまで、子どもや子育て世代を被ばくからできるだけ遠ざけるべきだろう。そのためにも、町外コミュニティの構想を検討すべきだ。また移住する住民に十分な支援を行うべきだ。そして、新しい世代が中心となる頃に、豊かな社会が実現するように、今からはじめるべきではないだろうか。
 最後に、選挙結果について議論する中で、住民が語った言葉を紹介してこの論考を閉めたい。

 「僕は、高度成長の時代、どこにも行かず、ずっとここにいた。何にも恩恵なんてなかったよ。ただ、たんたんと畑を耕したり、コメを作ったり。でも3・11でこういうことになってしまってね。
 でも、『国破れて山河あり』というけど、『文明朽ちて里山あり』じゃないかな。この里山に可能性があると思うんだ。放射能の問題は50年、100年かかるけど、だからこそ、こういうことを機に、ゆっくりと方向を転換していく。そういう決断をいま始める必要があると思うんだ」

 市長選の過程で交わされた論戦や住民同士の議論は、厳しい現実の中から、被災地全体いや日本全体の将来にかかわる大きな問題を提起している。それは、まだ混とんとしているが、大きな可能性を持っていると感じる。



★参照文献

【*1】 『政経東北』2014年2月号
【*2】 『震災からの地域再生』岡田知弘 新日本出版社 2012年5月
【*3】 『里山資本主義』藻谷浩介 NHK広島取材班 角川ONEテーマ21 2013年7月
【*4】 『コミュニティデザインの時代』山崎亮 中公新書 2012年9月
【*5】 『超マクロ展望 世界経済の真実』 水野和夫 萱野稔人 集英社新書 2010年12月
 
 




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  1. 2014/02/21(金) 19:03:31|
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