福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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検察は強制捜査を   検察・東電を1000人で包囲――福島原発告訴団


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 「検察は強制捜査を」「東電は自首しろ」「福島の叫びを聞け」――5月31日、被災地・福島からバス3台で駆け付けた約150人をはじめ、1000人を超える人びとが、東京地検と東京電力本社を取り囲み、叫びをあげた。

 福島原発告訴団が結成されて1年。告訴・告発人が1万4千716人。今年1月から開始された「厳正な捜査と起訴を求める緊急署名」が10万8千333筆。さらに弁護団は、検察庁に対してすでに3回にわたって上申書を提出。そして、この日、日比谷野外音楽堂を会場にした「福島原発事故の厳正な捜査と起訴を求める大集会」と、検察・東電にたいする行動が行われた。


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 日比谷野音の集会で、また東京地検や東京電力本社の門前で、福島の告訴人や全国各県の運動の担い手の人びとが訴えた。福島からの訴えは、復興という掛け声とは裏腹の厳しい現実を突きつけた。
 以下に、郡山市から静岡県に避難している福島原発告訴団静岡代表・長谷川克己さんの集会発言要旨と、福島原発告訴団副代表・佐藤和良さんの地検前での発言要旨を紹介する。


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この理不尽に、いつか片を付けてみせる



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――福島原発告訴団・静岡代表 長谷川克己さん



 私は、福島原発事故のあった年の8月に、家内と当時5歳だった長男を連れて福島県郡山市から静岡県富士宮市に自主避難しました。翌年の2月には長女が生まれ、現在は家族4人で暮らしております。

◇自主避難者の苦悩

 思い返せば、既にあの事故から2年2カ月が経ちました。福島を離れるとき、多くのものを福島に置き去りにしました。
 先祖代々福島県人である家内の親戚一同との関係、創業から10年携わった職場、子どもの幼稚園のPTA会長でありながら任期半ばでの辞任・・・。多くの信頼を失いました。
 今でも瞼に焼き付いているのは、子どもと駆け回ったあの福島の大自然。しかし、復興を目指す福島を尻目に離れた私たちには、そうやすやすとは戻れない、戻るわけにはいかない場所となってしまいました。
 また、福島を出るに当たっては、郡山市役所でも、静岡県庁でも、「避難地域ではないあなたたちには、補償はありません」と告げられた上での出発でした。
 私たちは、「勝手に逃げる人びと」でした。
 福島を離れるときに抱いた思い――このままでは終わらせられない。この理不尽に、いつか片を付けてみせる。泥水をすすってでも生きぬいてみせる――この思いが今日まで私を支えました。

◇被害者がいるからには加害者がいる

 いまさら嘆いてみても、取り戻せない現実はたくさんあります。しかし、私たちには、それでも取り戻さなければならないもの、勝ち取らなくてはならないものがあります。
 ひとつは人としての名誉です。そしてもうひとつは、私たちがこの世を去った後も、延々と脅かされ続けるであろう、子どもたちと子孫の未来です。私は、その二つのためだけに、この告訴団に加わりました。
 被害者がいるからには加害者がいる。加害者が誠意をもって謝罪をしてこそ、はじめて歩み寄りが生まれる。私たちは、人として当たり前の主張をしています。
 そして、もし、このような主張を通さない国家があるとすれば、その国家は一時的にどんな経済発展を遂げようが、もはや人びとが心から安心して住める国を、その時点で放棄したとしか思えません。
 福島の痛みを、悲しみを、この国の未来を拓く鍵につなぐことができなければ、私は死んでも死にきれません。
 ここに改めて司法の勇気ある判断を切に望みます。


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(次々とマイクを握り、東京地検に対して厳正な捜査と起訴を求めた。写真のマイクは告訴団代表の武藤類子さん)

 
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(地検前は歩道から歩道橋、さらに日比谷公園側まで人垣で埋まった)


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(厳しい表情で見つめる双葉町からの避難者)



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人として生きる権利を蹂躙されている



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――福島原発告訴団・副代表 佐藤和良さん



 今日は、福島から150人近い告訴人が参加しています。
 先ほどの日比谷野外音楽堂の集会で、告訴人の人たちが、2年前の3月11日以来の悲惨な被害の実態を述べました。ここにいる県内外の被害者一人ひとりに3月11日からの物語があり、それぞれの苦難の歴史があると思います。そういう一人ひとりの思いを、今日は東京地検にこの思いを伝えようと、私たちは参ったわけです。

◇16万人余が故郷を追われ

 いま2年3カ月になろうとしていますが、被災地、被害者の生活の困難さは続いています。
 16万人余の人びとが、生まれた故郷を追われ、自らの生業を捨てなければならない状態にあるのです。たしかに一人当たり月10万の補償が出ている人もいます。しかし10万をもらっても、あの故郷の家はどうなっているか。屋根は崩れ、畳は腐り、ネズミが這い回っている。そういう家に帰れますか。
 なおかつ放射線の高レベルの地域に誰が入れるでしょうか。政府は、「年間空間線量20ミリシーベルト以下の地域には、人びとを還す」と言っています。こんなことはチェルノブイリでもやられていないんですね。日本はウクライナやべラルーシといった国々よりも、ひどい国なんでしょうか。
 山下さんたちが、3月21日から福島に入ってきて、「100ミリシーベルト以下なら安全」と言って回ったために、多くの人びとが、しなくてもいい被ばくをしたんですよ。その結果、3万8千人の甲状腺被ばくの検査で、10人が小児甲状腺ガン〔※〕ということになったんですね。きわめて大きな被ばくの実態が、これから積み上げられていくと思います。悲しいじゃありませんか。
 政府は口を開けば、「帰還、帰還」といっております。しかし、帰還できないところに帰還したくない。これは、子育て中のお母さんであれ、お父さんであれ、お年寄りであれ、人間だけじゃない、置き去りにされた動物もそうです。そんなところで暮らしたいと思う者はおりません。
 今日も仮設にお住いの大熊や双葉や富岡のみなさんがおいでですが、仮設は本当に大変ですよ。「応急仮設住宅」というんですよ。応急ですよ。夏は暑い、冬は寒い。故郷を追われ、家族をバラバラにされ、地域を奪われ、言ってみれば、人として生きる権利を蹂躙されているんです。生存権を奪われています。

〔※ 最新の報道によれば、県民健康管理調査で、甲状腺ガンの診断が「確定」した人が12人、「ガンの疑い」が15人。一次検査の結果が確定した約17万4千人の内訳〕


◇直ちに強制捜査を

 こんな重大な権利侵害に対して、検察は何もしないとしたら、おかしいじゃありませんか。強制捜査をすべきなんです。なぜ検察は東京電力の本店に段ボール箱を持って入って行かないのでしょうか。旧保安院や原子力安全委員会に入って行かなんでしょうか。
 これを私たちは何としても実現したい。だからあの暑くて寒い仮設住宅から、そして、遠く静岡や京都や九州から、散り散りばらばらになった家族が、こうやってきたんじゃありませんか。われわれの生活が根こそぎ奪われたことに対して、検察は真剣に向き合ってもらいたい。強制捜査を実現して、責任の在り処をはっきりさせていただきたい。
 1万5千人の告訴告発人がこれからも一致団結して、この福島第一原発事故の責任者がきちんと処断させるまで、心が折れそうになっても、お互いに励まし合って、これからもがんばっていきましょう。


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(東京電力本社)


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(「東電は自首せよ」と迫る)


以上




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テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2013/06/05(水) 13:00:00|
  2. 告訴/賠償/ADR申立
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