福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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東電告訴 1万3262人の告訴・告発状を提出


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〔福島地検に向かう坂道が、福島原発告訴団のデモ行進で埋まった〕

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 福島第一原発事故によって引き起こされた多大な被害について、国や東電の幹部、学者などの刑事責任を問うかつてない規模の訴訟が開始されている。
 福島原発告訴団は、15日、第二次の1万3262人分の告訴・告発状を提出した。告訴・告発人は、第一次と合わせると1万4586人に上る。
 この日、約200人が、全国から福島市内に集まり、デモ行進で福島地検に向かい、その後、屋内会場で報告集会を行った。


47都道府県から


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〔陳述書が詰め込まれている段ボール箱を地検に届ける〕

 
 告訴・告発状は全国47都道府県から寄せられた。その内訳は以下の通り。
 北海道546、青森54、秋田22、山形48、岩手61、宮城353、福島256(第一次との合計は1580)、栃木111、茨城214、群馬82、千葉1032、埼玉619、東京2390、神奈川1122、山梨462、長野281、新潟44、静岡901、愛知800、岐阜205、三重204、富山50、石川241、福井36、滋賀162、京都579、奈良42、和歌山40、大阪483、兵庫505、岡山117、広島176、山口59、島根14、鳥取4、徳島29、香川16、愛媛13、高知92、福岡329、佐賀103、長崎45、大分79、宮崎29、熊本80、鹿児島68、沖縄45、外国19


手渡しや口コミで


 1万人を超える告訴・告発がどのようにして実現できたのか。報告集会で、東京で事務局を担った女性が報告した。

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 いま関東では6千3百ぐらいです。段ボール箱4箱分を持ちこみました。
 この数字は、実は全く組織的な数字ではなく、また何かの市民運動体が協力してくれたというのではなくて、本当に一人ひとりの手渡し、口コミの運動です。そのことが、この運動にかかわって一番うれしかったことです。
 これまでから「脱原発」と言ってきた人よりも、そうではない人の方が、10人、20人、50人、100人とつなげてくれました。私も、今までの関係だけではなくて、電話でお話していて、「この人は」という人にお願いして、そうやって新しく出会った人たちが100人、200人、300人と、ものすごく頑張ってくれました。
 個人的なことを言えば、これまでもいろいろ運動にかかわってきたのですけど、今回は、10年分ぐらいのことをわずか数カ月でやったと思うぐらい頑張りました。
 
◇加害という思いから

私がたくさんの電話を受けた中で、心に残っているのは、「自分たちは、福島の人たちにとって加害者の側ではないか(だから自分は告訴・告発人になる資格はないのでは)」という痛切な思いでした。
もちろん私もその思いがあって頑張ったのですけれども、そういうお話に対して、私は、「告訴団長の武藤類子さんが、『でも、そこを告訴人になってほしい。日本全国の人が告訴人になってほしい』と訴えています」と。そして、「私は、(電気を消費する側の)関東の人間として、告訴人になるということが、私たち関東の人間の加害者としての責任を取ることではないか、福島の人びととつながっていくことではないかと思っております」とお話ししました。
人によっては40分、50分、お話ししていただきました。そういう方たちが、50人、100人と集めてくださいました。電話で一人ひとり一所懸命、対話をして集めた数です。そのことで、私たち関東の運動が、福島の皆さんとつながれたと思っております。
 この思いを国と検察にわかっていただけることを切に願っております。

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陳述書に込められた思い


 次に、報告集会で読み上げられた陳述書のうち、福島、広島、熊本から陳述書〔要旨〕を紹介する。


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原発事故さえなければ


〔福島県・二本松市から九州に母子で避難した女性〕

◇失われた日々

 私は、2011年4月まで福島県二本松市に住んでおりました。主人と当時5歳と3歳の2人の子ども、それから寝たきりの姑と、静かな山間の集落で、慣れないながらも、畑を耕して暮らしおりました。
我が家では春になると梅の花をはじめ、様々な花が咲き誇り、決して派手ではありませんが、とても大好きな庭でした。先祖がこの土地に柿や梅、イチジクなどを植えるとき、「みんなが食べてくれればいいなあ」と言っていたそうです。そんな先祖の願い通り、子どもたちは庭の果実が大好きで、季節になると柿やイチジクを頬張っておりました。
私は、そんな光景をみつめながら、昨日があったように今日があり、今日があったようにその先もずっとこの場所で暮らしていくのだと信じておりました。

◇奪われた家族の命

 2011年3月11日にすべては変わりました。
しかし、私が住んでいるところは内陸部で、津波の被害もなく、震度6弱の揺れにも家と家族は耐えきりました。私たち家族の命と絆を断ち切ったのは、その後に起きた東京電力福島第一原発の大事故です。
 姑は、事故の1年半くらい前に、脳出血が原因で全身麻痺の状態でした。一日三回、経管栄養で命をつなぎ、家で静かに生きていたのですが、震災により医薬品をはじめとした物資が入って来なくなりました。報道によると、原発事故での被ばくを恐れて、福島には他県の人たちがなかなか入ってきてくれないとも言っておりました。さらに、主治医も、原発事故で逃げてきた方たちの避難所を回るために在宅まで手が回らなくなりました。週に二回の訪問入浴も来てくれなくなりました。
そんな間にも、どんどん原発が爆発していきます。放射線量もどんどん上がり、外に出ることもなかなかできなくなりました。因みに市のホームページでは、私たちの地域は、最高毎時9マイクロシーベルト近くまで上がったようです。そんな中、いつになったら再開されるのかわからない物資の供給再開に不安を抱き、医師の苦肉の指示により、経管栄養を一日一回にすることになりました。
3月22日の早朝4時、姑のおむつ交換をしに行ったとき、体が冷たくなっていました。電子体温計も反応しません。低体温症です。お年寄りが避難所に行ってお風呂に入れないなどの悪条件が重なり、低体温症で死亡するケースが増えていると、テレビで見聞きしていましたが、まさに我が家で起こるとは想像もしておりませんでした。
慌てて医師に連絡しても、「原発事故で避難してきた人たちのための避難所回りが終わらないと行けない」と言われました。看護師に相談したときは、「普通は救急車を呼ぶところだけれども、今は原発事故のことで、医療機関が麻痺しています。薬もありません。もう家で静かにしていた方が本人のためじゃないでしょうか」と、泣きながらアドバイスをくださいました。
 そこで、私は覚悟を決めて、部屋にいくつもストーブを置き、親族を集めて、複数人で姑の体を摩り続けました。そして、10時間後にやっと32度の体温に戻りましたが、今度は、体温が上がって呼吸が浅くなりました。その後、口から真っ黒い血を吐き続けて、3月24日午前2時、息を引き取りました。
 天災があったのは事実です。今回の原発事故さえなければ、姑はもっと長生きをして、こんな混乱した状態ではなく、来るべきときに静かに天国へ送ることができたはずです。人間一人の人生の最期をこんな終わらせ方をした一員である東京電力をはじめ原子力を推進してきた人たちを、私は許せません。

◇引き裂かれた家族

 そして、姑を見送った後、夫と離れて、身寄りのない熊本県に避難してきました。夫は我が家の経済を守るために、あえてその場に残ることを選びました。主人の放射線による健康被害を心配した私に対し、主人は「自分はここに残ってお金を稼ぎます。もし放射線の影響で死んだら、後はよろしくお願いします」と言って見送ってくれました。

◇東京電力および政府関係者に対する思い

 姑の死亡する原因も、今回の原発事故が一因になっていると確信しております。そして、私は自然豊かで、空気のきれいな場所で、平凡に静かに生きて死んでいきたかったのです。そこで暮らすために、放射線は安全なのかだめなのかと思い悩みながら暮らすことはできません。いま原発事故以前にはなかった様々な健康被害が福島では出始めております。これは立派な傷害だといえます。法を犯した人たちは、法の下に裁かれ、罪を償わなければならないのです。それは法治国家日本のあるべき姿だと確信しております。どうか被告訴人たちがおかした罪を正しくお調べいただき、日本人としての正義を貫いていただきたく存じます。

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命を粗末にした行為に処罰を


    〔広島:被ばくによるガンで夫を亡くした女性〕

 亡き夫は、原爆が落とされたとき、草津小学校6年生でした。その夫は43歳で胃がんを発症し、50歳で亡くなりました。前後して、草津小学校の同級生たちが、すい臓がん、肝臓がん、子宮がんなどを発症し、亡くなりました。
広島市西区草津町は、(1945年)8月6日午後に黒い雨が大量に降った地域です。その黒い雨は、ストロンチウムが多く含まれていたということです。土壌を汚染したストロンチウムはそこに生えている植物に吸収されます。食糧不足を補うため、サツマイモなどを庭で作っていました。
ストロンチウムは骨に蓄積します。骨に蓄積したストロンチウムは、四六時中放射能を出し続けるのです。
小学校6年生といえば、背丈が一番伸びるときです。ストロンチウムが骨に取り込まれやすかったと考えられます。外部被ばくは、一時的なものですが、骨に取り込まれたストロンチウムは、休むことなく放射線を出し続けるのです。だから内部被ばくは、怖いのだということを、この黒い雨が降った地域からの事実からも体感しております。

◇生存権を脅かす

 福島原発から漏れたのは、セシウムが多いと聞いています。セシウムは筋肉親和性が高い物質ですからストロンチウムよりも排泄が早いのですが、それでも排泄時に集中する腎臓等は大量の放射線を浴びることになります。そして、遺伝子を傷つけます。傷つけられた遺伝子の修復ミスががん細胞をとなり、数年後にがんを発症するのです。たしかに、ただちに健康に被害はありません。しかし、発がん率が上がるのはチェルノブイリなどのデータでも明らかです。
ホモサピエンスは、ウランを地下に閉じ込めた状態の地球上に適応するように進化してきたものです。広島・長崎原爆以後の大気圏中の核実験や原発は、地下のウランを掘り出して使うことにより、人類滅亡を引き起こすものであり、現存の生物とは共存できないものなのです。
被告訴人たちは、原発がこのように「生物にとって危険な物質を扱うのだ」ということを意図的にわい小化し、かつその取扱いにたいする安全策を講じませんでした。さらに事故後もその対応を真摯に行わず、放射能で汚染された土地に住み、汚染された食べ物を食べ続けることを仕向けてきました。このことは日本国憲法第25条1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ということに抵触するものです。
 これらの命を粗末にした一連の行為の原因究明と責任の所在を明かにしていただくことを要望します。

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金儲けのため生活破壊
 
 
     〔熊本市在住 元チッソ労働者の男性〕

 私は依然、チッソに勤務していました。1956年、水俣病が公式確認された年に入社しました。水俣病の原因がチッソの排水であることが分かっていながら、被害者、漁民、市民を騙していました。チッソの社員として当時は会社のやることを黙ってみていました。
 12年後の1968年、政府が「チッソの廃液が原因」と公表したのは、廃液が出なくなってからのことでした。経営者は、金儲けのためには、住民の健康は後回し、生産第一の考えであることが分かりました。当該企業の社員として深い反省をしたことを覚えています。現在もその気持ちは変わりません。
 今回の東京電力のしたこと、また現在やっていることは許されるものではありません。金儲けのために、住民の生活を破壊してよいはずがありません。健康への不安を与えてよいはずがありません。厳正な処罰をお願いいたします。

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「原子力ムラの組織犯罪。決して容易くない」


 実に1万人を超える告訴・告発は、史上かつてないことだ。
いまだ国や東電が責任を問われずにいる中で、「国と東電を処罰すべし」という怒りが声となり、1万人を超える告訴・告発となった。そして、これまで運動や組織などに関わりを持たなかった人びとが動くことで、1万人を超える告訴・告発となった。
また、そこには、福島の人びととつながり、福島の人びとともにたたかいたいという思いが込められている。そして、福島の復興を言うならば、まず、事故の責任者の処罰から始まるべきだという思いが込められている。さらに、もし、この犯罪が裁かれないとしたら、日本の社会が止めどもなく荒廃してしまうという危機感に突き動かされている。
そして、この1万人を超える告訴・告発は、単に数の多さに留まらない意義を有している。それは、日本の歴史の中で国策によって犠牲にされてきた人びとの苦しみと怒りとたたかいの歴史を引き継いでいるという内実だろう。
 
 報道によれば、検察当局は、既に、東京電力の社内事故調査委員会に加わった東電の社員から事情を聴いている。また、震災関連死(※)と認定された被災者の遺族から、参考人として事情聴取する方針を固めているという。そして年度内に結論を出すという目途で動いているという。
 しかし、「これは原子力ムラの組織犯罪、国家犯罪。決して容易くはない。これから私たちのたたかいにかかっている」と、佐藤和良さん(いわき市議)が最後に強調し、集会を終えた。

 

〔※震災関連死:地震や津波による死亡ではなく、避難生活の中で、体調の悪化、過労などによる死、さらに自死など。今年9月末時点で全国で2303人であるのに対して、福島県在住者が1121人に上っている。〕





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テーマ:東北関東大震災 - ジャンル:ブログ

  1. 2012/11/19(月) 15:47:35|
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