福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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「故郷を返せ」「ただちに原発ゼロを」     福島・意見聴取会


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 8月1日、福島市内で、政府の「エネルギー・環境の選択肢に関する福島県民の意見を聴く会」が開かれた。この間、全国で開催されている意見聴取会のひとつ。
 福島会場では、参加応募が216人、会場には約150人が参加。意見表明希望が95人、そのうちの30人が発言。「無作為抽出で選んだ」という。

 会場の前列に、細野剛志環境相ら政府・官僚らが並ぶ。その後ろに一般参加者。さらにその後ろに報道陣が100人以上。
 発言者は、15人ずつにわけて登壇。発言時間は1人5分だったが、多くの発言が5分を超えた。30人の発言者は、政府・官僚らを前に、自らが体験したことを語り、福島の住民が感じていることを率直にぶつけた。それは、政府の「収束宣言」と大飯原発再稼働を厳しく批判するものとなった。政府が設定した議論の枠組み自体を批判し、30人中28人が「ただちに原発ゼロ」を要求した。残る2人も段階的な廃止を求めた。
 発言者と会場の一般参加者は、一体となって、拍手を送り、共感の声をあげ、政府・官僚に罵声を浴びせた。さながら、福島県民による、“政府を糾弾する会”のようだった。

 30人の発言のうち、以下に3人の発言を掲載する。〔要旨。見出しは筆者〕



              ・      ・      ・      ・      ・



あの山、あの川、あの海…
     故郷を失った悔しさ、わかりますか




松田孝司さん
〔浪江町で専業農家。桑折町の仮設住宅に避難。60歳〕



ikn00302.jpg  私は、原発から8キロ弱の浪江町で、専業農家として暮らしていました。現在は6カ所目の避難先、桑折町の仮設住宅で、浪江町民といっしょに頑張って、踏ん張って、暮らしています。
 うまく私の思いを伝えられるかどうかわかりませんが、今回、発言の機会をいただき、本当にありがとうございます。浪江町民の一人として、桑折仮設住宅の代表として、口下手ですので、書いてきた文章を読ませていただきます。

◇東電に事業者の資格なし

 今回、現実に原発事故が起き、国、政府、東電のお粗末な事故対応を十分に見させてもらいました。(事故調などの報告によれば)国、政府は、津波災害の可能性を知りながら、何の対策もしないで、東京電力の言うなりに任せ、事故が起きてしまいました。
 自然災害に「想定外」はあり得ないと思います。東京電力は、自ら「想定外」と言っていましたが、「事故を想定しなかった」ということは、法律用語では「未必の故意」ですね。
 事業者として失格だと思います。自らの原子炉を制御できず、避難者にたいする対応も満足にできない様を見て、国、政府、東電には、原子力発電所を稼働する資格や能力はないと思います。
 原発は即刻廃炉、これは当然だと思います。もう二度と、私たちのように、故郷を追われて、さまよう避難者を出さないで下さい。
 何で私は、ここ(壇上)にいなきゃいけないのか。私は、口下手でしゃべれないけど、こういう風にしゃべれるようになったのは、東電のせいかもしれませんけど、私たちの気持ちを理解して下さい。
 もし今度、同じような事故が起きたなら、もう、日本列島が終わりだと思います。

◇政治家も官僚もここで生活してみて下さい

 私たち福島では、東京電力の電気を使っていないんです。
 どうしても電気が足りないと言うならば、都会に原子力発電所をつくって、発電して下さい。送電設備もいらないでしょ。周りの自然を壊して、私たちをいじめて、都会の人はぬくぬくと暮らしているって、ちょっとおかしいと思いませんか。
 私は、原発事故から1年5カ月近く経ってますけど、まだ、一歩も前に進んでいません。
 震災前は浪江町でお米を作りながら、東京電力じゃありませんけれども、安全で安心なうまいコメをつくって、全国に送っていました。儲からなかったけど、毎日毎日、汗水流して、農作業に明け暮れていたんです。
 けれども、今度の原発事故で、浪江町では、もう農業はできません。あの山、あの川、あの海、あの土地、あの人たち、魚や山菜、新鮮な野菜など、すべてが味わえた浪江町。先祖代々の土地を守ってきた生き様。
 後世に伝えるべき、過去や未来をすべて失い、先も見えず、町民も、みなバラバラになってしまいました。こんな、故郷を失った悔しさ、わかりますか、あなたたち・・・。
 元に戻して下さい。故郷を返してほしい。われわれ避難者の切なる願いです。
 放射能を議論しても無駄です。「放射能が何ベクレルなら住める」って、住めないじゃないですか。
 官僚や政治家の人にお願いがあります。まさか、自分たちが住めないと思っているところを、避難解除にはしないと思いますので、今回、避難解除準備区域とした場所で、官僚の人たちも、仕事をし、家族といっしょに生活してみて下さい。住んで見せて下さい。
 国会を避難解除準備区域でやって下さい。そうすれば、くだらない、国民不在の論争などしないで、速やかに審議が進むと思います。安全なところで、口先だけのことを言ってないで下さい。

◇われわれを仮設住宅で殺すんですか

 私たちは、国の命令で、避難したんですね。なぜ国は、もっと早く動いてくれないんですか。浪江、双葉、大熊、富岡。「仮の町」構想を言っても、国の動きは遅いです。
 われわれを仮設住宅で殺すんですか。
 私の家は、浪江では78坪なんですよ。仮設は6坪です。私の家の漬物小屋ですよ。何でそこで暮らさなきゃなんないんですか。
 何で今頃、「仮設住宅の改善」なんですか。「何かほしいですか?」なんて、何でいまそんなことを言っているんですか。1年5カ月も経って、何で仮設住宅を改善しなきゃなんないんですか。
 それだったら、復興住宅を早く進めて下さい。
 これを解決して、次に稼働とか、言うべきだと思うんですよ。われわれが浪江とか双葉郡に帰るまでは、国が責任を持ってちゃんと復興住宅に立てて、住まわせるようにするのが先だと思うんですよ。
 もっと早く動いて下さい。よろしくお願いします。




「放射能で亡くなった人いない」発言に
 怒り覚えた




渡辺和則さん
〔富岡町で司法書士。現在、両親はいわき市、妻と子どもは埼玉に避難。38歳〕



ikn00402.jpg 住所は富岡町です。いまも警戒区域に指定されていますので、家に帰ることも、職場にも、故郷に帰ることもできないまま、避難生活を続けています。

◇どれほどの人が亡くなったか

 私が、今回ここで意見表明をしたいと思ったきっかけは、先月、(名古屋の聴取会での)「福島原発事故の放射能の影響で亡くなった人は一人もいない」という発言をメディアで聞いて、怒りを覚えたからです。
 私も、原発事故の避難者ですから、避難者の状況は、よく分かっているつもりです。どれほど多くの人が、避難中に亡くなったか、避難直後になくなったか、いまもばたばたと倒れて亡くなっているか。本当に、「あんなに元気な人が・・・」「あんなに笑顔だった人が・・・」という信じられないぐらい多くの人が亡くなったり、病に倒れたりしている情報を聞かされています。本当に悲しい思いを日々しています。
 借り上げ住宅や仮設住宅で、そして、一時帰宅の際に、将来を悲観して、自ら命を絶つ人が跡を絶ちません。本来であれば失われなくてよかった命、もっともっと長く生きられた命が、失われているということを、まず、申し上げたいと思います。
 無理もないと思います。原発避難者は、ある日突然、何の説明もなく避難させられ、故郷を追われ、「明日にでもすぐに帰れるだろう」と思って避難したんですね。ところが、いまだに故郷にも家にも帰れず、家族バラバラのまま生活している。いつ帰れるかもわからない状況で過ごしています。
 そういった状況の声が全然、届いていないというのが、本当に、日々、思うところでございます。

◇誰もが気づかされたはず

 原発事故があって、(誰もが)「大変なことが起こってしまった」と思ったはずなんですね。
 私も、避難所を転々として、関東の妹の小さなアパートに家族で避難して、肩を寄せ合いながら、テレビを見ていて、「大変なことが起こってしまった。もう、帰れないんじゃないか」と、もう、自分の人生をすべて否定されたような、そんな思いを抱きましたし、両親も泣いていました。
 そして、「日本が終わってしまうんじゃないか」と思った方も多いと思います。また、これによって、「ここから、大きく日本は変わっていくだろう」「歴史の転換期になるんだろう」と、誰もが思ったはずなんですね。気づかされたはずなんです。
 ところが、どうでしょうか。何事もなかったように、結論ありきで、すべてが進められているような気がします。原発避難者にたいしても、風化をさせられるような形で、進められています。ガレキの処理も、決まっていないし、核燃料の処理の仕方も決まっていない。そして、原子炉建屋の内部の状況さえ、いまだ正確にわからない状況であるにもかかわらず、結論ありきで、原発の再稼働がなされて、また、区域の再編がされています。
 今回のエネルギー政策の聴取会についても、そういった「原発をなくせば、経済的にひっ迫してしまう」というような結論ありきで、進められているように感じました。
 原発事故の賠償の費用であるとか、除染の費用を考えれば、はるかに経済的負担を強いるのは原発推進の方だと思います。
 そして、核のゴミを10万年もの長い未来に残してしまう。われわれの孫の孫のその先まで、人類があるかどうかもわからない時代まで、核のゴミを残してしまうという現実がありますし、一度、事故が起こってしまえば、福島原発事故を見ればわかるように、原状回復は、全くできない。福島全体を見てもらえば分かるように、みなさん、健康被害に怯え、家族もバラバラにされて、軋轢も生じています。「一度、事故が起こってしまえば、現状回復は不可能だ」ということをお分かりだと思います。
 であるならば、「原発ゼロ」から議論を始めるべきではないでしょうか。そこから始めて、「そこに向かって何ができるか」「どういった方策があるか」ということを議論すべきではないでしょうか。これは世界中が注目している選択だと思いますし、歴史が注目している選択だと思います。
 代替エネルギーの問題とか、雇用の問題とか、いくつもハードルはあると思いますけれども、われわれ日本人の科学・技術・英知を結集して、そこに向かっていけば、必ず成し遂げられると、信じています。
 今日は、私は、原発避難者の一人として、そして、福島県人の一人として、そして、人類の歴史のほんの一部として発言させていただいたつもりです。



原発事故の体験者として
 「原発ゼロ」以外選択肢ない

               


野木さん
〔福島市・渡利地区在住。大学生の子どもが2人。
 ※お名前の漢字は発言によるので不正確




ikn00502.jpg 福島市の渡利に住んでいます。渡利は花見山などで有名な自然の美しい地域です。しかし、この地域が放射線量の高い地域として、有名にされてしまったことに強い憤りと悔しさを感じています。

◇取り返しのつかない事態

 私の選択は、「ゼロシナリオ」としました。しかし、今回示された「ゼロシナリオ」を支持していしているわけではありません。私の意見は、「原発ゼロを直ちに決断すべきだ」という意見です。
 原発事故を体験しているものとして、原発ゼロ以外の選択肢はあり得ないのです。理由は様々ありますが、最大の理由は、原発事故が取り返しのつかない事態をもたらしているからです。原発と命は共存できません。
 私は、二人の大学生を育てています。子どもたちは多くは語りませんが、「生まれ育った福島に、このまま住んでいいのか」「福島で結婚をし、子育てをして行っていいのか」、そういう深いところで悩んでいます。喜ぶべき人生の節目において、未来を担う若者たちに、こうした不安や苦しみを抱かせてしまっている。こういう政治や社会でよいのかということが、正面から問われていると思っています。
 私の周りにも、子どもさんの寝顔を見ながら、「本当に福島で育ててよいのか」と、涙を流すお父さん、お母さんがたくさんいらっしゃいます。子どもを守るためとして自主避難をし、離れ離れに暮らす家族も限界を迎えています。
 先日、仮設住宅に行きました。「すぐに避難しなければならなかったので、救える命も救えなかった」と自分を責め立てる方。避難先で夫をなくされ、「原発事故さえなければ、もっと長生きしていたはず」と涙ぐむ方。荒地を開墾し、苦労して子どもを育て、ようやく楽ができると思ったら、そのすべてを一瞬でなくされてしまった無念さ語る方など、たくさんの方に出会いました。
 私は、こうした話を聞くたびに、「原発事故は、人間が人間らしく生きることを否定するもの。一人ひとりの当たり前の生活、そして人生を破壊してしまうもの」だと強く感じています。人間の尊厳、人間らしく生きるということは、どんな理由があっても侵してはならないし、最優先で守られなければならないのではないでしょうか。
 こうした県民の思いや苦しみを背景に、福島県は「原子力に依存しない脱原発の県土づくり」を進める福島県復興計画を決定します。また、福島県議会が、福島原発10基すべての廃炉を求める決議を、全会一致で採択しています。「脱原発、原発ゼロ」は、福島県民の総意となっています。そして、この方向は単に、福島県の将来というだけではなく、原発事故による数々の犠牲の上に、福島県民が全国に発信をした、日本の進むべき道といってもいいのではないかと思っています。
 今日は、細野大臣も見えています。福島県民の総意は明らかでなんです。この福島県民の意思を、是非、重く受け止めていただいて、原発ゼロの決断を直ちに進めていただきたいと強く求めるものです。

◇福島県民を傷つけている

 私たちには、いま、希望が必要です。安心して子どもを産み育て、安心して暮らし、安心して働ける、そんな当たり前の生活を一日も早く取り戻すための希望です。
 その最低限の前提は、現在の福島原発事故を、本当の意味で、収束させること、そして、原発をなくし、事故の不安から解放することだと思っています。
 昨年12月の「福島原発事故は終わった」という野田首相の「事故収束宣言」、今年6月の「福島と同じような地震津波が襲っても、安全は確保される」と断言した野田首相の大飯原発再稼働発言。また、先の意見聴取会での「福島原発事故で亡くなった人は一人もいなかった」などの発言のひとつひとつが、私たち福島県民を深く傷つけています。希望を萎えさせています。
 それは、福島県民の実感や思いと全くかけ離れているからです。
 福島原発事故の原因を、人災と認め、安全神話と根本から決別し、「原発ゼロ」の決断を行うことを重ねて求めて、意見表明にしたいと思います。



            ・      ・      ・      ・      ・



フクシマの現実の中から



 福島県民は、「自分は口下手」と思っている人が多い。この日の発言者たちも、そういう自嘲しながら、政府のやり方に鋭く論駁し、事故を深く総括し、それを超えて日本が進むべき方向を語っていた。
 それは、フクシマという現場に生き、向き合う以外ないことがそうさせているのだろう。
 30人の意見表明の中で主張されていた特徴的な論点を以下に列挙してみた。

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▽事故が起きて、無関心できた人も、運動にかかわってき人も、自らのあり方を反省している。ところが 政府・東電は「想定外」と。もっとも反省すべき人が反省していない。事故の責任を誰も取っていない。なのに、どうして再稼働なのか。
▽収束宣言も再稼働もありえない。福島の犠牲の上の安全ではないか。福島県民は国民ではないのか。
再稼働は、福島県民を傷つけている。福島に対して失礼だ。再稼働よりも、毎日、苦しんでいる国民への対応が最優先ではないのか。
再稼働の際、首相は「国民の生活を守るために」と言ったが、では、福島県民は、国民ではないというのか。棄民と言わざるを得ない。
▽7月の名古屋の聴取会で、中部電力社員が、「放射能で亡くなった人はいない」と発言した。怒りを覚える。福島県民を傷つけている。
▽原発の廃棄物処理は行き詰まっている。なし崩しに稼働するのは許せない。核廃棄物をこれ以上、増やしてはならない。再稼働は間違いだ。
▽作業員は日々、被ばくしている。これ以上、原発を稼働させることはさらに被ばくする作業員を増やすということだ。
原発は、事故が起こらなくたって、稼働しているだけで、作業員は被ばくしている。被ばくなしに成り立たないエネルギーなんてあり得るのか。
▽政府の示した「ゼロ」「15%」「20~25%」というシナリオを議論するという設定自体がおかしい。検証もしていないのに選択をしてしまうのか。
意見を言う機会があるのはいいが、「福島の意見も聞いた」というアリバイづくりにされるだけではないか。意見を言わせておいて、あとはどうするのか。

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細野環境相を取り囲む



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〔黙って座っている官僚たちに「顔をみせろ、名を名乗れ」とヤジ。しぶしぶ向きを変えて一礼〕


 政府・官僚たちは、ある者は下を向き、ある者は顔を強張らせ、4時間半をただただ我慢している様子だった。
30人の意見表明後に発言に立った細野環境相は、「福島の皆さんの気持ちを受け止め、福島を再生エネルギーの拠点に・・・」と発言。これには会場から間髪を入れず、「違うだろう。話をそらすな」。
「原発を直ちにやめるべき」と切実に訴えたこの日の大多数の意見を踏みにじる発言に、参加者は声を荒げて批判。会場から退場しようとする細野環境相や官僚たちを取り囲み、激しく迫った。 〔写真下〕


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 この場は、あくまでも政府の設定したもの。そういう場ではあるが、被災した福島県民の思いや憤りが、政府にたいして突きつけられた。しかし、政府の側は、これを受け止めることも、抑え込むこともできない。
 同日、福島・東京・金沢の各地検が、東電幹部・政府関係者に対する告訴・告発を受理した。毎週金曜日、首相官邸を数万の人びとが包囲する行動、大飯現地での阻止行動をはじめ、民衆の側の力が、少しずつだが、政府・東電を追い詰めている。  (了)






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テーマ:東北関東大震災 - ジャンル:ブログ

  1. 2012/08/03(金) 22:36:12|
  2. 対政府交渉・訴え
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