福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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苦難の中 相馬野馬追



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 ようやく東北の梅雨が明けた。気温は30度超。7月28~30日の3日間、相馬野馬追(そうまのまおい)が開催された。

 相馬野馬追は、旧相馬藩領で行われる神事と祭り。野生馬を放し、それを敵兵に見立てて行う軍事教練が由来。1千年以上の歴史がある。
 旧相馬藩領とは、現在の相馬市、南相馬市、浪江町、双葉町、大熊町、葛尾村、飯舘村など。ちょうど、津波と原発事故の両方で、大きな被害を受けている地域だ。
 昨年は津波と原発による被災の中で、行事は大幅に縮小されたが、今年は、ほぼ従来の形で行われた。たくさんの人が集まった。

 8割は地元の人だろう。その多くが被災者だ。住居を失い仮設住宅で暮らす人、放射能汚染のために避難生活をしている人、津波で家族を失い心の傷がいえない人、ここで生きていくと決めて生活再建の努力をしている人・・・。そういう人びとが、この日、「本当に久しぶりだよね」と再会を喜び、また、若者が神旗(しんき)争奪戦で奮闘する姿に声援を送った。
 長い歴史のある祭りだが、今年の祭りは、地域の人びとにとって、格別な意味合いをもった。

 冒頭の写真は、祭りのハイライト、神旗争奪戦。花火で打ち上げられ、ゆっくりと落ちてくる御神旗を、騎馬武者たちが争奪する。旗は、敵の首になぞらえている。神旗争奪戦には約280騎が出場。29日、南相馬市原町区の雲雀ケ原斎場地。



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 神旗争奪戦の前に行われた甲冑(かっちゅう)競馬。10頭立て、1周1千メートルのコースで速さを競う。
 馬は、かつては、農家で農耕に使われたものや野馬追のために飼われていたものだった。いまは競馬馬や乗馬用の馬などをレンタルしたものがほとんど。


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 落ちてくる黄色い御神旗に手が届くか、という瞬間。手前を、赤い御神旗をつかんだ騎馬武者が走り抜ける。
 黄色い布は相馬小高神社(南相馬市小高区)の御神旗。相馬中村神社(相馬市)が青、相馬太田神社(南相馬市原町区)が赤。

 

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 御神旗をつかんだ騎馬武者は、羊腸の坂を駆け上り、本陣に向かう。本陣では、旗軍者が審査を行う。いわば首実検だ。そしてお札と副賞を受ける。 
 御神旗には様々なご利益があるとされ、それをつかんだ騎馬武者の表情はみな誇らしげだ。



 神旗争奪戦が行われた前日、騎馬武者が市内を行軍。その様子を多くの市民が沿道で見物した。
 また、日暮れてからは、原ノ町駅の駅通りで、盆踊りも。普段、人気の少ない通りに、この日ばかりは人であふれた。



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 「あ、お馬さんだ」。ばあちゃんに連れられて。



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 乳母車も行軍。避難先からの人もいるし、ここで生み育てている人もいる。



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 もっとも、相馬野馬追のこの盛況は、福島の「復興」や被災者の生活再建の見通しとは別問題だ。(了)
 




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テーマ:東北関東大震災 - ジャンル:ブログ

  1. 2012/07/31(火) 13:30:17|
  2. 南相馬市
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