福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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原発被害を受けた者が痛みを声にして  5月24日「ひだんれん」設立



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 福島第一原発事故によって受けた被害に対して、国や東京電力を訴える動きが全国に広がっている。そうした中、訴えを起こしている住民、団体をつなぐ「ひだんれん(原発事故被害者団体連絡会)」が設立された。5月24日、福島県二本松市内でその設立集会が開かれ300人が参加した。「ひだんれん」への参加団体は5月24日現在で13団体(*)になった。
(*参加団体:原発被害糾弾 飯舘村民救済申立団、福島原発かながわ訴訟原告団、福島原発告訴団、福島原発被害山木屋原告団、川内村原発事故被災者生活再建の会、南相馬・避難勧奨地域の会、子ども脱被ばく裁判の会、原発損害賠償訴訟・京都原告団、福島原発おかやま訴訟原告団、福島原発被害東京訴訟原告団/オブザーバー参加団体:「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟原告団、みやぎ原発損害賠償原告団、原発さえなければ裁判原告団)

 集会では、秋山豊寛さん(宇宙飛行士、ジャーナリスト、福島県田村市から京都府内に避難)の講演があり、さらに各地の原告や弁護士から取り組みの報告が行われ、「ひだんれん」共同代表の武藤類子さん(福島県三春町)が「手をつなごう!立ち上がろう!」という設立宣言を読み上げた。
 原告や弁護士の報告では、とりわけ以下のような国の動きに対して、苦しみと怒りの訴えが相次いだ。
 ①自民党復興加速化本部が、居住制限区域と避難解除準備区域について、2年後の2017年3月までに避難指示を解除し、精神的損害賠償の支払いをその1年後には打ち切る方針を打ち出した。②福島県が自主避難者に対する住宅支援を2016年度で打ち切る方針を打ち出した。③国が、年間20ミリシーベルトでの避難解除と帰還促進を基本方針として進めている。④国が、次の原発事故を想定し、電力会社を免責するため、被害者が損害賠償の訴訟を起こせないように制度の改悪に着手している。⑤総じて、国が、「原発事故の被害など大したことない」「福島原発事故はもう終わったことだ」として切り捨てようとする姿勢を露わにしている。
 このような動きに対して、設立宣言では次のように呼びかけた。「国と東電に対し、被害者の責任として本当の救済を求め、次の目標を掲げます。1.被害者への謝罪、2.被害の完全賠償、暮らしと生業の回復、3.被害者の詳細な健康診断と医療保障、被曝低減策の実施、4.事故の責任追及‥‥。私たちは、諦めることをしません。口をつぐむことをしません。分断され、バラバラになることをしません。私たちは手をつなぎ、立ちあがります。そして、すべての被害者の結集を呼びかけます」
 以下、集会発言から4団体5人の報告要旨を紹介する。

 

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真っ赤になって怒らねば


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福島原発かながわ訴訟原告団 村田弘さん
(南相馬市小高地区から横浜市に避難)



 福島から神奈川に避難している61世帯174人が現在、横浜地方裁判所で、国と東電の責任を認めさせる訴訟をたたかっています。今月の20日に9回目の口頭弁論を終えたところです。
 ところで、ほんとにひどいと思いませんか。自主避難者への住宅支援の打ち切り、それから居住制限区域などの解除の方針。そういうことが相次いで報道されました。この4年間、収束宣言から始まって、安倍首相のアンダーコントロール発言など、福島の原発被害者を蔑ろにする動きに本当にはらわたがちぎれる思いをしてきましたけれども、今度こそ、本当に許せないというような気持ちになっています。
 一言で言えば、「福島原発はもう終わったことだよ。もう、戦争をやるかどうかなんだから、『原発で被害を受けて賠償しろ』などといっている場合じゃないよ」と宣言しているに等しいですね。私はそう受けとめています。私は昭和17年生まれで73歳になりますが、私が生きてきた70年間の最後に来て、安倍政権という恐怖の集団によって、日本が爆発させられてしまうのでないかと、背筋が凍るような気持ちでいます。
 武藤類子さんが2年前に「私たちは静かに怒る東北の鬼です」と言われて、私も静かに怒ってきました。しかし、もう、そういう段階ではないんじゃないか。本気になって、真っ赤になって怒る必要があるんじゃないか。そういう気持ちで頑張っていきたいと思います。



思っていることを
言えないようにしている、
その根本とたたかう



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原発賠償訴訟・京都原告団 菅野千景さん
(福島市から京都市に避難)



 京都には51世帯144名の原告がいます。大人から子どもまでが原告となり、大阪や兵庫と協力しながらたたかっています。
 原発事故が起きて、食べ物や飲み物、生きるために必要な水や空気、大切な人との関係、それらがすべてこれまでと同じようにはできなくなってしまった。これは、私たち誰もが感じていることだと思います。毎日の食べ物や原発の状態など、そういう緊張感の中で子どもたちの心身の健康を心配しつつ今も暮らしています。
 しかし、その原因であり当事者である東電や国は謝罪もなく、他人事のようにしています。問題のすり替えの繰り返しで、腹の中が煮えくり返ります。
 私は、昨日、福島市に入り、今朝、タクシーに乗って運転手さんとお話をしました。運転手さんは、南向台(福島市。空間線量が高いが避難指示が出されなかった地域)に住んでいるそうです。原発の話もしました。運転手さんは、「(子どもとお孫さんを)もっと線量の低い所に引越しさせるんだ」と話してくれました。私が、「ああ、それはよかったですね。でも、こういう話が、みんなともっと普通に話せる環境になったらいいなあ」と言ったら、運転手さんが振り返って、「本当にそうだねえ。このままではおかしいもんナイ」とおっしゃっていました。
 心の中で思っていることを言えない環境にしている、その根本と、私はたたかっているんだなと感じました。本当のことを言ったら反発や批判を受けるのに、立証もされていないのに「因果関係はない」とか、「問題はない」と言い切る無責任な言葉は正当化されてしまう。そういう現実にとても違和感を覚えます。
 私は県外に自主避難しましたが、福島で暮らす人びと、県内で避難した人びととの間に、これ以上の溝をつくらず、この原発事故で苦しみや不自由さをすべて乗り越えるために支え合うことが必要だと心から思います。
 自主避難者の住宅支援を打ち切るという発表もありました。原発事故で生じた我が家の様々な損失を、個人で訴えて認めさせることが、経済的にも時間的にも精神的にも、本当に難しいと、3年前に実感しました。もう諦めようかと思ったときもありましたが、そのときに、京都で集団訴訟を起こすということを知り、私たちも原告に加えさせていただきました。でも、「東電、国に対してたたかうなんて無駄だ」と言われたこともありました。
 今日ここにきて、みなさんの力強いメッセージに励まされて、また、京都に帰っていくことができます。私は、原発にたいしては本当に無知でしたが、今日ここで、当たり前の暮らしを守ろうとして下さっている方々から勇気をいただきました。
 5月16日、「女たち・いのちの大行進in京都」という集いを行いました。命を守ろう、子どもたちを守ろうという思いの方が、全国から千人以上も集まって下さいました。子どもも大人も今日までたくさんのことを我慢して、諦めて、そして、お別れして、失ってきました。もうこれからは、助け合って、上辺だけの希望ではなく、本当の未来のために、力を合わせて、手を取り合って、進んでいきたいと心から願います。
 


子や孫を思えば
20ミリを基準にしてはならない



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南相馬・避難勧奨地域の会 菅野秀一さん
   
 南相馬市から参りました。南相馬市に特定避難勧奨地点がありましたが、去年12月28日にすべて解除になりました。その解除の理由が、年間20ミリシーベルトなんです。これは高すぎるということで、いま、訴訟を致しております。
 私たちが活動するにあたっての決意を7点ほどにまとめました。
          ・        ・        ・
1. 日本国内のすべての原子力発電所を廃止すること。
2. 日本国内の原子力発電所の再稼働は絶対に反対である。
3. 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、過信による人災である。
  国及び東京電力は被災者に対して謝罪すべきである。
4. 原発事故による風評被害は、国の責任において払拭すること。
5. 避難解除基準の年間20ミリシーベルトはあまりにも高すぎる。
  原発作業員の被ばく基準と同じである。
  公衆の被ばく限度は年間1ミリシーベルトである。
6. 原発事故による被ばく者に対して、被ばく者健康手帳を交付すること。
7. 東京電力福島第一原子力発電所の事故は未だに収束していない。
  完全に収束するまで賠償を継続すること。
          ・        ・        ・
 解除で日常的に帰れるようにはなりましたが、現実には、まだまだ20ミリシーベルトを超えるようなところがあります。今から20年も30年も、私の孫たちが、安心して暮らせる、われわれの責任であります。そのために活動して行きたいと思います。



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南相馬・避難勧奨地域の会 小澤洋一さん


 20ミリ撤回ということを訴えています。年間20ミリシーベルトでの避難だとか、避難の解除となっていますが、20ミリシーベルトを世界基準にしたらだめです。
 チェルノブイリの基準では、事故当初は100ミリシーベルト、それが段階的に下がって、5年後に5ミリシーベルトですね。ところが日本政府は、20ミリシーベルトのままでずっと来ております。
 われわれの命の保障や住宅の補償は打ち切って、オリンピックにひた走る。前福島県知事は、国道6号線で聖火リレーをしたいなどと言っていましたが、本当に情けないですね。
 空間線量、地上1メートルで0.14マイクロシーベルトあれば、放射線管理区域なんでんすね、さらに、1.36マイクロシーベルトあれば全面マスクです。
 


先のことを
考えられない状況が辛い



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福島原発おかやま訴訟原告団 大塚愛さん 
(川内村から岡山市に避難)


 
 昨日になって参加を決意しました。7カ月の赤ちゃんを連れてきました。
 77世帯103名が原告団になって2014年3月に提訴しました。原告の多くは、自主避難された方たちで、母子避難で岡山に来ている方もいます。私は、10年間、川内村で築いてきた自給自足の暮らしと、自分で立てた家のすべてを置いて、岡山の方に避難をしてきました。この4年間、何度も振り返ったり、涙を流しながら、生活再建を一歩一歩頑張ってきました。
 避難者の中には、子どもに無用な被ばくをさせたことで、健康診断の結果を気にしながら不安な思いを抱えている方もいます。とても仲が好かった家族がバラバラになり、お父さんは福島に残り、お母さんと子どもだけで岡山で生活を頑張っている方もいます。大好きだったおじいちゃん、おばあちゃんを福島に残し、年に1回、やっと会えるというような方たちもいます。
 原発事故の被害というのは、セシウムも目には見えませんが、受けた被害、心の傷というのも目に見えません。当事者である私たちが、暮らしの中で何が起こったかということを言葉にしないと被害というのは伝わらない。そういうことをこの4年間、つくづく感じてきたので、原告になった私たちは、勇気を出して発言をしています。
 そんな中で、先日、自主避難者の住宅支援打ち切りがニュースになりました。明後日、福島県庁の方に続けてもらうように要望したいと思っております。ある避難者の方が、福島県庁で伝えてほしいという思いをメールで送ってくれました。その方の言葉を読ませてもらいます。
           ・        ・        ・
 なぜ、自主的避難者に対して支援が打ち切られるのか。どんな思いでふるさとを離れ、親族や友だちと離れてきたのか。子どもを思う気持ち、ただそれだけで今を生きている私たちを、どうして支援してくれないのか。知らない土地に、遠い場所に、好んで避難した人なんて誰もいないと思います。
 子どもが生まれて家族になって、これからだというときに、なけなしの貯金を崩し仕事をやめ、すべて福島に残して避難してきました。4年がたち、生活がやっと普通にできるようになり、あの原発事故を振り返らずに、前を向いて行こうとやっと思うようになった矢先に支援の打ち切り。さらに雇用促進住宅は3年後に取り壊しが決まっています。子どもたちがやっと学校や岡山の生活になじんできてくれました。なのに、私たちはまた引っ越しや転校を繰り返さなければいけないのでしょうか。引っ越しにはお金がかかります。福島に戻るにもお金がかかります。親族に会いに一年に一度帰ることだってやっとの状況です。
 やっとの生活をしている私たちにとって残酷でなりません。お金なんかじゃない。将来が見えないことに、先を考えることができない状況が辛いんです。
 みんな同じだと思います。あれからもう4年。私たちにとってやっとの思いで過ごしてきた4年。やっと落ち着いて、子どもの数年後を楽しみにできるようになったばかりなのです。その小さな幸せさえも支援がなくなったら、また振り出しに戻るんです。どうかもう数年、私たち親が「自分たちが決めた道はこれでよかったんだ」と言えるようになるまで、もう少し時間が必要なんです。どこに行けばよいのでしょうか。もうあんな思いはしたくないんです。
           ・        ・        ・
 こういう言葉をいただいています。
 岡山は西日本で一番、避難者が多い地域で、関東から避難をしてきている人がたくさんおられます。そういう方たちが応援に来てくれ、訴訟に加わっていきたいという動きもあります。
 先ほど、秋山さんが、「この会場に来ていない人たちとつながっていこう」という話がありました。岡山では、福島県に留まっている人たちの保養の受け入れをしています。そのお母さんたちは訴訟には加わっていないけれど、同じ思いでいると思います。県内におられる訴訟に加わっていないたくさんの人たちの思いともつながっていけたらと思います。  (了)
 


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テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2015/06/01(月) 18:00:00|
  2. 告訴/賠償/ADR申立
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「待っていても何も進まない。もう我慢の限界だ」 ―被災者が原発事故の被害を訴える


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(除染で出たフレコンバックがうず高く積まれて行く。かつての風景はない/飯舘村・飯樋)





 「3年8カ月、じっと我慢をして待っていた。国、行政が助けてくれるだろうと。しかし一歩の進展もない。我慢の限界だ。このまま黙っていたら東京電力、国によってわれわれ被害者は潰される」(原発被害糾弾 飯舘村民救済申立団・団長 長谷川健一さん)

 11月16日福島市内で、「もう我慢はしない!立ち上がる」のスローガンを掲げ、被害者らでつくる30団体〔※〕共催・賛同し、「原発事故被害者集会」が開催された。
 飯館村民の半数に迫る2837人が11月14日に国の紛争解決センターに申し立てた「原発被害糾弾 飯舘村民救済申立団」。2013年3月に始まり福島県内すべての自治体と隣県の4千人の住民からなる「生業を返せ、地域を返せ!福島原発訴訟」原告団。「原発さえなければ」と書き残して自殺した相馬市の酪農家の遺族が起こした「原発さえなければ裁判」弁護団。年間1ミリシーベルト以下の環境で教育を受ける権利と体制を求めて8月29日に新たに始まった「子ども脱被ばく裁判」。検察の不起訴処分に対し検察審査会で「起訴相当」を含む議決が出される中、東京電力幹部らの責任を追及している「福島原発告訴団」―など、被害を告発し賠償を求める動きが各地で強まる中で、それぞれの取り組みを行てきた住民らが、一堂に会し発言し交流が持たれた。

 以下、被害者団体、弁護団、ゲストなどの十数の集会発言の中から、4氏の発言(要旨)を紹介する。


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※主催:原発事故被害者集会実行委員会/共催:原発被害糾弾 飯舘村民救済申立団、ふくしま集団疎開裁判の会、福島原発告訴団/賛同(27団体):原発損害賠償京都訴訟原告団、原発賠償関西訴訟原告団、原発賠償ひょうご訴訟原告団、「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟原告団、福島原発かながわ訴訟原告団、福島原発被害山木屋原告団、原子力損害賠償群馬弁護団、原発さえなければ裁判弁護団、原発事故被災者支援北海道弁護団、原発被害救済千葉県弁護団、原発被害救済山形弁護団、埼玉原発事故責任追及訴訟弁護団、東日本大震災による被災者支援京都弁護団、東日本大震災による福島原発事故被災者支援関西弁護団、兵庫県原発被災者支援弁護団、福島原発事故被害者救済九州弁護団、福島原発被害救済新潟県弁護団、福島原発被害首都圏弁護団、みやぎ原発損害賠償弁護団、やまきや未来の会弁護団、原発賠償関西訴訟KANSAIサポーターズ、原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会、全国一般ふくしま連帯労働組合、那須塩原 放射能から子どもを守る会、福島原発かながわ訴訟を支援する会、福島原発さいたま訴訟を支援する会、ぽかぽか★サポートチーム(原発賠償ひょうご訴訟)



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;宝物である子どもたちが   
    危機にさらされている


ふくしま集団疎開裁判の会 
今野寿美雄さん

 
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 私は浪江町から福島市内に来ています。小学3年生の子どもがいます。
 今年の8月29日、福島地裁に「子ども脱被ばく裁判」が提訴されました。
 子ども脱被ばく裁判には二つの裁判があります。ひとつは「子ども人権裁判」、もうひとつは「親子裁判」です。
 子ども人権裁判は、福島県内に住む小中学生が、小中学校のある市町村に対し、子どもには被ばくについて安全な環境で教育を受ける権利が保障されていることを確認する裁判。親子裁判は、原発事故で福島県で被ばくした親子が、子どもの命を救おうとしない国と福島県に対して、正しい救済を求める裁判。この二つが提訴されました。
 現在、子ども人権裁判の原告が35名、親子裁判が158名となりました。井戸謙一弁護士を団長とする弁護団、水戸喜世子(大阪府高槻市)、片岡輝美さん(福島県会津若松市)を共同代表とする支援団が結成されています。

 ◇政府や行政の対応に怒り
 みなさんの宝ものとは一体なんですか。おカネですか。金のネックレスですか。ダイヤの指輪ですか。
 私にとっての宝物とは子どもです。
 いま宝物である子どもたちが危機にさらされています。放射線にもさらされています。こんな環境にしたのでは誰ですか。
 大人たちなんです。子どもたちは、その厳しい中をいま生きていかなければなりません。
 子どもたちに安全・安心を与えられるのは誰ですか。壊してしまった大人たちが、元に戻して子どもたちに与えたいです。子どもは未来からの送りものです。
 私は、事故から現在までの政府や行政のデタラメな対応に怒りを持っています。そして声を挙げました。
 本当は、お母さんたちが話をしたいのですが、いろいろ問題があって、代表して私がここに立っています。お母さんたちは悩んでいます。怒っています。
 子どもは子どもたちを守れない。子どもを守るのは大人の責任です。大きな声を挙げて、ダメなものはダメだと、守るものは守ると、子どもたちに明るい未来をプレゼントしましょう。



生活のすべてを破壊され
          心まで汚染


原発事故被害糾弾 飯舘村民救済申立団 
菅野哲さん


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 私たち飯舘村民はなぜこんな苦しい思いをしなければならないのでしょうか。
 私自身も農家で野菜をつくっていました。すべて失いました。
 あの美しい私たちの村、飯舘村が、消えてなくなろうとしています。無残な姿をさらけ出しています。美しかった私たちの生活空間、その飯舘村をできるなら戻してほしい。それが飯舘村民の一途な願いだと思っています。
 飯舘村の農家の皆さんは、涙を流して、牛を放し、農業を廃業して、やむなく避難をしたわけです。させられたんですね。避難させられて3年半が過ぎました。何が変わったでしょうか。変わったのは、除染でフレコンバックが山積みになっている飯舘村だけです。
 避難をしている飯舘村民の生活環境は、依然として、3年半変わらない。仮設で暮らしている人は3割。7割の人はそれぞれバラバラにアパートで暮らしています。家族がバラバラにされて、じいちゃん、ばあちゃんは、仮設で悲しんでいます。孫の顔も見れない。孫は遠くに行ってしまった。会えない。あの賑やかだった家族の雰囲気が一瞬にしてこの3年半、変わってしまったわけです。
 飯舘村民は避難が遅かった。指示がされない。あの44.7マイクロ(シーベルト/時)の報道がなされたのは、23年(2011年)の3月25日です。その時点で避難をさせられるものと思っていました。しかし逆でした。何回も講演を学者が開いて、「安全です」という宣言です。安心した飯舘村民はその場で暮らしていました。ましてや放射能まみれの水道水まで飲まされて、そのことによってしなくてもいい、無用な被ばくを長期間にわたってさせられたわけです。
 その心というのはいかほどかと。ふるさとを失うというが、私たち飯舘村民にとって、ふるさとではないんです。私たちの生活そのものの基盤でした。それをすべて破壊され、奪われました。その心が、村民には悲しい心としていつまでも残る。いわゆる原発の放射能によって、心までも汚染されてしまったということです。これは一生涯、引き続いて行くことでしょう。仮設でもっともっと長生きできた人が、相当数の数で亡くなってしまいました。悲しいことです。
 この悲惨な暮らしをいつまで続けろというのでしょうか。早く、早く、この放射能の心配がない、元のような暮らしができるように、安心して、暮らせるように、東電は償い、国はその責任を果たすべきだという風に思っています。
 そして、国には二度とこのような悲惨なことを起こさないように、しっかりと政治を行ってほしい。さらにこれからの子どもたちを健やかに育てられる環境をつくってほしい。原発なんか必要ないんです。どうかみなさん、福島県民一丸となって、もっともっと声を挙げて全国に、そして、世界に発信していこうじゃありませんか。


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(「誤れ!償え!」。「償え」は「まやえ」と読み、飯舘村の放言で「弁償しろ」の意だという)



被災者が自ら
 勇気をもって立ち上がった


「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟原告団 
服部弘幸さん


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 私たちの裁判は、震災から丸二年の節目となる2013年3月11日に、福島地裁に原告800名をもって提訴を行った民事裁判です。
 要求は単純にたった二つです。まずは、「元に戻せ」「放射能のなかった元の環境に戻してくれ」。そして、もう一つが、「戻るまでの間、原告一人当たり月5万円の慰謝料を払ってくれ」。要求はたった二つ、シンプルな要求になっております。
 ただ、私たちは、民事裁判ですので慰謝料を要求する形で裁判を起こしましたけど、私たちの本当に狙うものは慰謝料の請求ではありません。あくまでも国と東電の今の無責任な対応に対してのきちんと責任を求め、司法の場で白黒はっきりさせて、国と東電に責任を認めさせる。そういう思いで、私たちは原告に加わり、裁判を行ってまいりました。
 第一回目の口頭弁論からすでに一年以上を経過しています。その間、追加提訴を三回行い、原告団は現在3865名と大きな原告団になることができました。さらに特筆すべきは、県内全市町村に原告の方がいらっしゃることです。手前味噌ですが、「オール福島」、福島県民を代表して、私たちは裁判をたたかっていると自負して裁判を行っています。
 裁判は、一年を過ぎ折り返しを回ったところと、私たちも判断をしております。今まで主に責任論のやり取りをやってきましたが、今度は私たち一人ひとりの被害をしっかりと裁判所に伝えて被害の実情を見てもらって、みんなが苦しんでいる多様な被害を法廷の場で裁判所に認めてもらうという段階に入ってまいりました。

 ◇横のつながりでお互いに励まし合い
 本日、ここにお集まりいただいた様々な団体のみなさんと、私たちと、共通点は何かとえば、被災者が自ら勇気をもって立ち上がった、その一点に尽きるであろうという風に考えております。一人ひとりは小さな声しか出せないけれども、そこでうつむいて被害をそのままにして泣き寝入りするのではなくて、どんなに小さな声であっても、どんな小さな力であっても、声を挙げて、立ち上がって、行動していくことが何よりも大事だ。そういう強い使命感を持って行動をおこされたと思います。
 全国20カ所に上る地裁に、こういった原発訴訟が起こされておりますけれども、そのもっとも大きな裁判として、みなさんを引っ張っていけるようなたたかいを是非していきたいと思っております。
 これを機会に全国の様々な原告団、弁護団、市民団体のみなさんとつながり、お互いを励まし、こういった行動をどんどん作って、いっしょに行動をしていきたいと思います。



被害を徹底的に語り合い訴える

原発さえなれば裁判
飯舘村民救済申立団
福島原発告訴団
弁護団・保田行雄弁護士

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 今回、「もう我慢をしない、立ち上がる」、こういうスローガンのもとに、被害者のみなんさんがこういう形で集まりを持たれたということは、大変画期的なことだと思っています。
 僕自身も東京に住んでいますから、被害者のみなさんたちが、この原発被害を受けて、どんな状態にあるのか、どんな気持ちにいるのか、そのことが正確に伝えられていないという思いに駆られてきました。東京にいますと、国や県や各自治体の長の話すことが、あたかも被害者の声のようにいわれています。しかし本当に苦しんでいる被害者一人ひとりの声は伝わってきません。

 ◇加害者の賠償基準ではなく
 いま被災地の避難をされた地域の人たちも、不動産賠償などが始まりました。不動産賠償の次に来るのは避難の解除の問題。そして避難慰謝料の打ち切りという問題です。しかしどうでしょう。避難慰謝料を打ち切られて、どうやって生活していけというんでしょうか。そういうことがまかり通ろうとしています。
 いままで国は原賠審(原子力損害賠償紛争審査会)をつくり、中間指針をつくって、様々な賠償策を取ってきました。東電もそれに従って賠償の提示を行なってきました。これは実は加害者側のつくった賠償基準であり、賠償の提示であります。
 これから皆さん方が本当に声を挙げて自分たちの被害を訴え、「こんな被害を受けたんだから、こういう賠償をすべきだ」という声を挙げて行くべき時期に来たと思います。
 その意味で今回の集会はとてもよかったと思います。いままで自分たちのたたかいに必死で、他がどんなたたかいをしているか、なかなか知る機会も見る機会も少なかったと思うんですが、この交流こそは、福島原発の被害者から始まり、被害を徹底的に語り合いながら、それを全国に広げて行けば、必ず、皆さん方の願う完全賠償と本当の償いが実現できると思っています。
 幸い、今回、飯舘村の村民の約半数が立ち上がりました。これは恐らく福島における被害者運動を変えて行くものだと考えます。私たちは、飯舘村の村民の皆さんの共に寄り添いながら、そして、今回の福島原発全体の被害者の皆さんと共にたたかっていきたいと思います。今日はそのスタートにしたいと思います。



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(「あの美しい私たちの村が消えてなくなろうとしている。無残な姿をさらしている」菅野哲さんの発言/写真は飯舘村・飯樋)


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 <どんどん復興している><みんな笑顔で前を向いている>―そういうアナウンスが、国、行政、メディアによって執拗に繰り返されている。それが、被ばくと健康被害に危惧を持つことや、原発事故の被害について声を挙げることに対して、<復興の足を引っ張るな>と抑圧する力として働いている。「我慢をする」とは、そういう仕組みの中で強いられているものだった。

 それに対して「もう我慢はしない」として声を挙げ、被災者が自らの言葉で被害を訴え始めた。そして、その被災者同士が互いにつながり始めた。これは、保田弁護士が言われたように、ひとつの転換点になるかもしれない。


以上








テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2014/12/10(水) 18:00:00|
  2. 告訴/賠償/ADR申立
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検察は強制捜査を   検察・東電を1000人で包囲――福島原発告訴団


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 「検察は強制捜査を」「東電は自首しろ」「福島の叫びを聞け」――5月31日、被災地・福島からバス3台で駆け付けた約150人をはじめ、1000人を超える人びとが、東京地検と東京電力本社を取り囲み、叫びをあげた。

 福島原発告訴団が結成されて1年。告訴・告発人が1万4千716人。今年1月から開始された「厳正な捜査と起訴を求める緊急署名」が10万8千333筆。さらに弁護団は、検察庁に対してすでに3回にわたって上申書を提出。そして、この日、日比谷野外音楽堂を会場にした「福島原発事故の厳正な捜査と起訴を求める大集会」と、検察・東電にたいする行動が行われた。


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 日比谷野音の集会で、また東京地検や東京電力本社の門前で、福島の告訴人や全国各県の運動の担い手の人びとが訴えた。福島からの訴えは、復興という掛け声とは裏腹の厳しい現実を突きつけた。
 以下に、郡山市から静岡県に避難している福島原発告訴団静岡代表・長谷川克己さんの集会発言要旨と、福島原発告訴団副代表・佐藤和良さんの地検前での発言要旨を紹介する。


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この理不尽に、いつか片を付けてみせる



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――福島原発告訴団・静岡代表 長谷川克己さん



 私は、福島原発事故のあった年の8月に、家内と当時5歳だった長男を連れて福島県郡山市から静岡県富士宮市に自主避難しました。翌年の2月には長女が生まれ、現在は家族4人で暮らしております。

◇自主避難者の苦悩

 思い返せば、既にあの事故から2年2カ月が経ちました。福島を離れるとき、多くのものを福島に置き去りにしました。
 先祖代々福島県人である家内の親戚一同との関係、創業から10年携わった職場、子どもの幼稚園のPTA会長でありながら任期半ばでの辞任・・・。多くの信頼を失いました。
 今でも瞼に焼き付いているのは、子どもと駆け回ったあの福島の大自然。しかし、復興を目指す福島を尻目に離れた私たちには、そうやすやすとは戻れない、戻るわけにはいかない場所となってしまいました。
 また、福島を出るに当たっては、郡山市役所でも、静岡県庁でも、「避難地域ではないあなたたちには、補償はありません」と告げられた上での出発でした。
 私たちは、「勝手に逃げる人びと」でした。
 福島を離れるときに抱いた思い――このままでは終わらせられない。この理不尽に、いつか片を付けてみせる。泥水をすすってでも生きぬいてみせる――この思いが今日まで私を支えました。

◇被害者がいるからには加害者がいる

 いまさら嘆いてみても、取り戻せない現実はたくさんあります。しかし、私たちには、それでも取り戻さなければならないもの、勝ち取らなくてはならないものがあります。
 ひとつは人としての名誉です。そしてもうひとつは、私たちがこの世を去った後も、延々と脅かされ続けるであろう、子どもたちと子孫の未来です。私は、その二つのためだけに、この告訴団に加わりました。
 被害者がいるからには加害者がいる。加害者が誠意をもって謝罪をしてこそ、はじめて歩み寄りが生まれる。私たちは、人として当たり前の主張をしています。
 そして、もし、このような主張を通さない国家があるとすれば、その国家は一時的にどんな経済発展を遂げようが、もはや人びとが心から安心して住める国を、その時点で放棄したとしか思えません。
 福島の痛みを、悲しみを、この国の未来を拓く鍵につなぐことができなければ、私は死んでも死にきれません。
 ここに改めて司法の勇気ある判断を切に望みます。


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(次々とマイクを握り、東京地検に対して厳正な捜査と起訴を求めた。写真のマイクは告訴団代表の武藤類子さん)

 
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(地検前は歩道から歩道橋、さらに日比谷公園側まで人垣で埋まった)


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(厳しい表情で見つめる双葉町からの避難者)



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人として生きる権利を蹂躙されている



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――福島原発告訴団・副代表 佐藤和良さん



 今日は、福島から150人近い告訴人が参加しています。
 先ほどの日比谷野外音楽堂の集会で、告訴人の人たちが、2年前の3月11日以来の悲惨な被害の実態を述べました。ここにいる県内外の被害者一人ひとりに3月11日からの物語があり、それぞれの苦難の歴史があると思います。そういう一人ひとりの思いを、今日は東京地検にこの思いを伝えようと、私たちは参ったわけです。

◇16万人余が故郷を追われ

 いま2年3カ月になろうとしていますが、被災地、被害者の生活の困難さは続いています。
 16万人余の人びとが、生まれた故郷を追われ、自らの生業を捨てなければならない状態にあるのです。たしかに一人当たり月10万の補償が出ている人もいます。しかし10万をもらっても、あの故郷の家はどうなっているか。屋根は崩れ、畳は腐り、ネズミが這い回っている。そういう家に帰れますか。
 なおかつ放射線の高レベルの地域に誰が入れるでしょうか。政府は、「年間空間線量20ミリシーベルト以下の地域には、人びとを還す」と言っています。こんなことはチェルノブイリでもやられていないんですね。日本はウクライナやべラルーシといった国々よりも、ひどい国なんでしょうか。
 山下さんたちが、3月21日から福島に入ってきて、「100ミリシーベルト以下なら安全」と言って回ったために、多くの人びとが、しなくてもいい被ばくをしたんですよ。その結果、3万8千人の甲状腺被ばくの検査で、10人が小児甲状腺ガン〔※〕ということになったんですね。きわめて大きな被ばくの実態が、これから積み上げられていくと思います。悲しいじゃありませんか。
 政府は口を開けば、「帰還、帰還」といっております。しかし、帰還できないところに帰還したくない。これは、子育て中のお母さんであれ、お父さんであれ、お年寄りであれ、人間だけじゃない、置き去りにされた動物もそうです。そんなところで暮らしたいと思う者はおりません。
 今日も仮設にお住いの大熊や双葉や富岡のみなさんがおいでですが、仮設は本当に大変ですよ。「応急仮設住宅」というんですよ。応急ですよ。夏は暑い、冬は寒い。故郷を追われ、家族をバラバラにされ、地域を奪われ、言ってみれば、人として生きる権利を蹂躙されているんです。生存権を奪われています。

〔※ 最新の報道によれば、県民健康管理調査で、甲状腺ガンの診断が「確定」した人が12人、「ガンの疑い」が15人。一次検査の結果が確定した約17万4千人の内訳〕


◇直ちに強制捜査を

 こんな重大な権利侵害に対して、検察は何もしないとしたら、おかしいじゃありませんか。強制捜査をすべきなんです。なぜ検察は東京電力の本店に段ボール箱を持って入って行かないのでしょうか。旧保安院や原子力安全委員会に入って行かなんでしょうか。
 これを私たちは何としても実現したい。だからあの暑くて寒い仮設住宅から、そして、遠く静岡や京都や九州から、散り散りばらばらになった家族が、こうやってきたんじゃありませんか。われわれの生活が根こそぎ奪われたことに対して、検察は真剣に向き合ってもらいたい。強制捜査を実現して、責任の在り処をはっきりさせていただきたい。
 1万5千人の告訴告発人がこれからも一致団結して、この福島第一原発事故の責任者がきちんと処断させるまで、心が折れそうになっても、お互いに励まし合って、これからもがんばっていきましょう。


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(東京電力本社)


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(「東電は自首せよ」と迫る)


以上




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  1. 2013/06/05(水) 13:00:00|
  2. 告訴/賠償/ADR申立
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「地域を分断された」  伊達市民1000人が申し立て 



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 「特定避難勧奨地点の指定によって、地域が分断された」。
 特定避難勧奨地点の指定を受けなかった伊達市の住民約1000人が、2月5日、国にたいして慰謝料の支払いを求め、政府の原子力損害賠償紛争センターに裁判外紛争解決手続き(ADR)の申し立てを行った。同日、福島県庁内で住民代表と弁護団が記者会見を行った。
 申し立てを行ったのは、伊達市霊山町(りょうぜんまち)の上小国(かみおぐに)、下小国(しもおぐに)、石田坂ノ上、石田八木平(やぎへい)、同市月舘町(つきだてまち)の相葭(あいよし)の各地区から合わせて323世帯、991人。地域の約9割が参加。一度に千人規模の申し立てを行うのはこれがはじめて。



飯舘村の隣


 伊達市の上記地域は、全村避難をしている飯舘村が山ひとつ隔てて南東側に隣接する中山間地域。主要産業は、稲作、シイタケ、干し柿、モモ、リンゴなど。また西隣には福島市内でも放射線量の高い渡利地区があり、その向こうに阿武隈川を挟んで福島県庁がある。


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〔月舘町付近 昨年1月撮影〕


 2011年3月15日、原発事故によって放出された放射能が、この一帯に降り注いだ。
 3月15日、月舘町布川(ぬのかわ)で毎時60マイクロシーベルトを記録、同日、飯舘村では毎時100マイクロシーベルトを超えていた(広河隆一『暴走する原発』)。



避難勧奨地点


 2011年4月になって、飯館村は避難区域に指定。伊達市の上記の地域は、6月になって、「特定避難勧奨地点」という指定が順次行われていった。
 特定避難勧奨地点とは、年間の積算放射線量が20ミリシーベルトを超えると推定される場所を住居単位で指定する制度。「地点」というとおり、地域ではなく住居単位での指定。また、「勧奨」というとおり、強制ではなく勧めるというもの。伊達市では、128世帯がこの指定を受けた。〔※〕
 しかし、放射能汚染は、隣りの飯舘村がそうであるように、地域全体に広がっている。にもかかわらず、線量の高い地点だけを選ぶという指定の仕方は、放射能汚染の実情からも、住民が地域全体を生活圏としている実態からも、ずれたものだった。
 〔※なお昨年12月、住民に何の説明もなく、特定避難勧奨地点の指定解除が行われた〕


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電事連が測定


 2011年6月、指定のための空間線量の測定が行われた。電気事業連合会の職員が各戸を訪問、玄関と庭先の2地点で測定を行ったという。この測定にも問題があったと住民は指摘する。
 まず、測定地点が、玄関と庭先の2地点という問題。住居の中でも空間線量の低いところだ。屋根、雨樋、軒下、庭の窪地など、放射性物質がたまりやすく、線量の高いところは測定地点から外されていた。これでは、その住居の汚染状況を把握することはできない。
 しかも、住民が、現場で測定結果を聞かされて「ひゃー、高いなあ」と驚くと、測定した職員が「じゃあ、まけときますよ」と。住民が証言している。「まける」とは空間線量を実測値よりも低く記録するという意味だ。
 そもそも電気事業連合会とは、10電力会社によって構成される団体。実際に測定するのも全国から派遣されてきた電力会社の社員。つまり放射能汚染の原因者・加害者が、被害状況を調べているわけだ。「泥棒が警察官をやるようなもの」と住民は憤る。



隣同士でも

 
 特定避難勧奨地点指定の一番の問題は、隣同士の家でも、一方が指定を受け、他方が受けないという事態が発生したことだろう。
 指定を受けた世帯は、医療費や税金の免除、さらに東電から慰謝料として1人月10万円が支給される。指定を受けなかった世帯は、避難をしても全部、自己負担。この差は大きい。
 隣り同士で同じように被害を受けているのに、こういう差がつくられたことによって、何十年も仲良く暮らしていた住民同士が感情的に引き裂かれ、対立させられていった。
 住民は、次のように訴える。
 「原発事故による被害は、健康被害だけではない。地域の人間関係を根こそぎ破壊する恐ろしさがある」。そして、「この分断を作ったのは、国だ」


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県庁所在地の死守


 国がどうしてこういうことをやったのか、明確な説明はない。
 しかし、住民らは、次のように見ている。
 「汚染状況からすれば、伊達市のこの地域は、双葉郡や飯舘村のように避難区域とすべきだった。しかし、伊達市を避難区域にしたら、隣の福島市も問題になる。伊達市で何とか食い止める必要があったということではないか」
 福島市は福島第一原発から約60キロの県庁所在地、東北道や新幹線が通る要衝。避難を要するレベルの放射能が、そこまで押し寄せていた。原発事故の被害の大きさ、深刻さを物語っている。
 ところが、国としては、福島市まで避難という事態を何としても避けたかったのだろう。伊達市については特定避難勧奨地点の指定にとどめ、住民が指定と避難を求めた福島市渡利地区については、指定を頑なに拒んだ。
 また、伊達市の指定を巡っては、伊達市長が一役買っている。
2011年6月に文科省から、「伊達市に年間20ミリシーベルトを超える地点がある」との連絡を受けた仁志田市長は、「たまたまでしょう」と意に介さず、国に対して、計画的避難地域の指定を断ったという。



「分断を作ったのは国だ」


 住民らは、今回の申し立てを一年間かけて準備した。そして、放射能汚染によって様々な損害を受けているが、今回の申し立てでは慰謝料の一点に絞ったという。それは、できるだけ広範な人びとに参加してほしいと考えからだ。こうして300世帯、1000人規模の集団申し立てとなった。この申し立てを地域の繋がりを再生するきっかけにしたいとしている。
 原発立地地域と中通り、避難区域の指定と非指定、自主避難者と県内在住者、避難者と受入側の市民、仮設住宅と借り上げ住宅・・・。同じ福島の中で、幾重もの分断がある。そしてそのことが、国や東電に抗議し要求することを困難にしてきた。
 原発事故からもうすぐ2年、今回の申し立ては、その壁を突き破ろうとする試みだ。


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〔5日の記者会見には、申立人の代表者が9人、弁護団が4人、参加した。以下に、申立人の一人である小国地区復興委員会副委員長・直江市治さんの発言要旨を紹介する〕



       ◇       ◇       ◇       ◇      



地域が完全に壊された


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  小国地区復興委員会・副委員長 直江市治さん (なおえ・いちじ)

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 避難勧奨地点になってからの地域の問題点についてお話ししたいと思います。
避難勧奨地点ということで、面でなく点で指定されました。そのために地域のコミュニティが、全くもうズタズタになっています。
 指定された家には、いろんな税制面の免除があり、月10万の賠償があります。
 隣りの家が指定されて、自分の家が指定されないとなれば、その差は大きいですよ。いままで、毎日いっしょに酒を飲んでいた人同士でも、酒を飲まなくなってしまう。
 この地域は中山間地で、集落でまとまって行動してきました。小国地区というのは、農業協同組合の発祥の地なんですよ。昔から集落で仲良くやってきて地域なわけです。
 それが、今は、秋のお祭りも、地域のいろんな催し物も、一切、できなくなりました。やろうとしても、指定された方と、されなかった方がおりまして、いくらやろうとしてもできない。地域はもう完全に壊されました。

◇まぎれもなく国

 一旦、地域が分断されますと、これを元に戻すというのは、並大抵の努力では戻りません。一遍、できた溝というのは、なかなか元に戻すのは困難なんです。
 勧奨地点になった方々も、実は、かわいそうなんです。彼らが手を挙げて、「ウチを指定してくれ」と言ったわけではありません。一方的に指定されたために、彼らとしては、ちょっと後ろめたさが出てしまった。勧奨地点になった方も、ならなかった方も、本当に厳しい状況に置かれているのが実情です。本当に、何でこんなことにしたのか。
 誰が壊したのかといえば、われわれとしては、「国が壊した」という認識でいます。一方的に分断したのは、まぎれもなく国です。

◇再生に向かって

 「地点ではなく、地域にしてくれ。避難勧奨地域にしてくれ」という要請をしてきました。われわれ小国地区の住民は、バス3台、130人が国の方に抗議に参りました。それを一向に聞き入れていただけませんでした。
 そこで、申し立てという手段を取らざるを得なかったのです。「勧奨地点と同等の補償をしていただきたい」。そういうことで、今回、われわれは立ち上がったわけなんです。
 「われわれに共通する補償はなんだ」と言ったとき、「精神的苦痛」の一本で行こうということで決めたんです。たしかに、財物賠償もあります。個々の問題を挙げたら全部違うわけだから。だからそれはやらない。今回は、全部、平等に精神的苦痛一本で行くということに決めて、スタートしたわけです。
 コミュニティを再生するのは、かなり難しい。賠償をしてもらったから、すぐに元に戻るとはならないと思いますけれど、いまちょうど春に向かっていくように、ひとつひとつ解決していくしかない。今回の申し立てが最終的にどういう結果になるかわかりませんが、われわれも、いままでのような地域にする努力をしていけば、時間はかかるかもしれないですけど、元に戻るのではないかと思っています。

(了)




 

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  1. 2013/02/08(金) 23:46:32|
  2. 告訴/賠償/ADR申立
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東電告訴 1万3262人の告訴・告発状を提出


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〔福島地検に向かう坂道が、福島原発告訴団のデモ行進で埋まった〕

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 福島第一原発事故によって引き起こされた多大な被害について、国や東電の幹部、学者などの刑事責任を問うかつてない規模の訴訟が開始されている。
 福島原発告訴団は、15日、第二次の1万3262人分の告訴・告発状を提出した。告訴・告発人は、第一次と合わせると1万4586人に上る。
 この日、約200人が、全国から福島市内に集まり、デモ行進で福島地検に向かい、その後、屋内会場で報告集会を行った。


47都道府県から


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〔陳述書が詰め込まれている段ボール箱を地検に届ける〕

 
 告訴・告発状は全国47都道府県から寄せられた。その内訳は以下の通り。
 北海道546、青森54、秋田22、山形48、岩手61、宮城353、福島256(第一次との合計は1580)、栃木111、茨城214、群馬82、千葉1032、埼玉619、東京2390、神奈川1122、山梨462、長野281、新潟44、静岡901、愛知800、岐阜205、三重204、富山50、石川241、福井36、滋賀162、京都579、奈良42、和歌山40、大阪483、兵庫505、岡山117、広島176、山口59、島根14、鳥取4、徳島29、香川16、愛媛13、高知92、福岡329、佐賀103、長崎45、大分79、宮崎29、熊本80、鹿児島68、沖縄45、外国19


手渡しや口コミで


 1万人を超える告訴・告発がどのようにして実現できたのか。報告集会で、東京で事務局を担った女性が報告した。

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 いま関東では6千3百ぐらいです。段ボール箱4箱分を持ちこみました。
 この数字は、実は全く組織的な数字ではなく、また何かの市民運動体が協力してくれたというのではなくて、本当に一人ひとりの手渡し、口コミの運動です。そのことが、この運動にかかわって一番うれしかったことです。
 これまでから「脱原発」と言ってきた人よりも、そうではない人の方が、10人、20人、50人、100人とつなげてくれました。私も、今までの関係だけではなくて、電話でお話していて、「この人は」という人にお願いして、そうやって新しく出会った人たちが100人、200人、300人と、ものすごく頑張ってくれました。
 個人的なことを言えば、これまでもいろいろ運動にかかわってきたのですけど、今回は、10年分ぐらいのことをわずか数カ月でやったと思うぐらい頑張りました。
 
◇加害という思いから

私がたくさんの電話を受けた中で、心に残っているのは、「自分たちは、福島の人たちにとって加害者の側ではないか(だから自分は告訴・告発人になる資格はないのでは)」という痛切な思いでした。
もちろん私もその思いがあって頑張ったのですけれども、そういうお話に対して、私は、「告訴団長の武藤類子さんが、『でも、そこを告訴人になってほしい。日本全国の人が告訴人になってほしい』と訴えています」と。そして、「私は、(電気を消費する側の)関東の人間として、告訴人になるということが、私たち関東の人間の加害者としての責任を取ることではないか、福島の人びととつながっていくことではないかと思っております」とお話ししました。
人によっては40分、50分、お話ししていただきました。そういう方たちが、50人、100人と集めてくださいました。電話で一人ひとり一所懸命、対話をして集めた数です。そのことで、私たち関東の運動が、福島の皆さんとつながれたと思っております。
 この思いを国と検察にわかっていただけることを切に願っております。

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陳述書に込められた思い


 次に、報告集会で読み上げられた陳述書のうち、福島、広島、熊本から陳述書〔要旨〕を紹介する。


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原発事故さえなければ


〔福島県・二本松市から九州に母子で避難した女性〕

◇失われた日々

 私は、2011年4月まで福島県二本松市に住んでおりました。主人と当時5歳と3歳の2人の子ども、それから寝たきりの姑と、静かな山間の集落で、慣れないながらも、畑を耕して暮らしおりました。
我が家では春になると梅の花をはじめ、様々な花が咲き誇り、決して派手ではありませんが、とても大好きな庭でした。先祖がこの土地に柿や梅、イチジクなどを植えるとき、「みんなが食べてくれればいいなあ」と言っていたそうです。そんな先祖の願い通り、子どもたちは庭の果実が大好きで、季節になると柿やイチジクを頬張っておりました。
私は、そんな光景をみつめながら、昨日があったように今日があり、今日があったようにその先もずっとこの場所で暮らしていくのだと信じておりました。

◇奪われた家族の命

 2011年3月11日にすべては変わりました。
しかし、私が住んでいるところは内陸部で、津波の被害もなく、震度6弱の揺れにも家と家族は耐えきりました。私たち家族の命と絆を断ち切ったのは、その後に起きた東京電力福島第一原発の大事故です。
 姑は、事故の1年半くらい前に、脳出血が原因で全身麻痺の状態でした。一日三回、経管栄養で命をつなぎ、家で静かに生きていたのですが、震災により医薬品をはじめとした物資が入って来なくなりました。報道によると、原発事故での被ばくを恐れて、福島には他県の人たちがなかなか入ってきてくれないとも言っておりました。さらに、主治医も、原発事故で逃げてきた方たちの避難所を回るために在宅まで手が回らなくなりました。週に二回の訪問入浴も来てくれなくなりました。
そんな間にも、どんどん原発が爆発していきます。放射線量もどんどん上がり、外に出ることもなかなかできなくなりました。因みに市のホームページでは、私たちの地域は、最高毎時9マイクロシーベルト近くまで上がったようです。そんな中、いつになったら再開されるのかわからない物資の供給再開に不安を抱き、医師の苦肉の指示により、経管栄養を一日一回にすることになりました。
3月22日の早朝4時、姑のおむつ交換をしに行ったとき、体が冷たくなっていました。電子体温計も反応しません。低体温症です。お年寄りが避難所に行ってお風呂に入れないなどの悪条件が重なり、低体温症で死亡するケースが増えていると、テレビで見聞きしていましたが、まさに我が家で起こるとは想像もしておりませんでした。
慌てて医師に連絡しても、「原発事故で避難してきた人たちのための避難所回りが終わらないと行けない」と言われました。看護師に相談したときは、「普通は救急車を呼ぶところだけれども、今は原発事故のことで、医療機関が麻痺しています。薬もありません。もう家で静かにしていた方が本人のためじゃないでしょうか」と、泣きながらアドバイスをくださいました。
 そこで、私は覚悟を決めて、部屋にいくつもストーブを置き、親族を集めて、複数人で姑の体を摩り続けました。そして、10時間後にやっと32度の体温に戻りましたが、今度は、体温が上がって呼吸が浅くなりました。その後、口から真っ黒い血を吐き続けて、3月24日午前2時、息を引き取りました。
 天災があったのは事実です。今回の原発事故さえなければ、姑はもっと長生きをして、こんな混乱した状態ではなく、来るべきときに静かに天国へ送ることができたはずです。人間一人の人生の最期をこんな終わらせ方をした一員である東京電力をはじめ原子力を推進してきた人たちを、私は許せません。

◇引き裂かれた家族

 そして、姑を見送った後、夫と離れて、身寄りのない熊本県に避難してきました。夫は我が家の経済を守るために、あえてその場に残ることを選びました。主人の放射線による健康被害を心配した私に対し、主人は「自分はここに残ってお金を稼ぎます。もし放射線の影響で死んだら、後はよろしくお願いします」と言って見送ってくれました。

◇東京電力および政府関係者に対する思い

 姑の死亡する原因も、今回の原発事故が一因になっていると確信しております。そして、私は自然豊かで、空気のきれいな場所で、平凡に静かに生きて死んでいきたかったのです。そこで暮らすために、放射線は安全なのかだめなのかと思い悩みながら暮らすことはできません。いま原発事故以前にはなかった様々な健康被害が福島では出始めております。これは立派な傷害だといえます。法を犯した人たちは、法の下に裁かれ、罪を償わなければならないのです。それは法治国家日本のあるべき姿だと確信しております。どうか被告訴人たちがおかした罪を正しくお調べいただき、日本人としての正義を貫いていただきたく存じます。

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命を粗末にした行為に処罰を


    〔広島:被ばくによるガンで夫を亡くした女性〕

 亡き夫は、原爆が落とされたとき、草津小学校6年生でした。その夫は43歳で胃がんを発症し、50歳で亡くなりました。前後して、草津小学校の同級生たちが、すい臓がん、肝臓がん、子宮がんなどを発症し、亡くなりました。
広島市西区草津町は、(1945年)8月6日午後に黒い雨が大量に降った地域です。その黒い雨は、ストロンチウムが多く含まれていたということです。土壌を汚染したストロンチウムはそこに生えている植物に吸収されます。食糧不足を補うため、サツマイモなどを庭で作っていました。
ストロンチウムは骨に蓄積します。骨に蓄積したストロンチウムは、四六時中放射能を出し続けるのです。
小学校6年生といえば、背丈が一番伸びるときです。ストロンチウムが骨に取り込まれやすかったと考えられます。外部被ばくは、一時的なものですが、骨に取り込まれたストロンチウムは、休むことなく放射線を出し続けるのです。だから内部被ばくは、怖いのだということを、この黒い雨が降った地域からの事実からも体感しております。

◇生存権を脅かす

 福島原発から漏れたのは、セシウムが多いと聞いています。セシウムは筋肉親和性が高い物質ですからストロンチウムよりも排泄が早いのですが、それでも排泄時に集中する腎臓等は大量の放射線を浴びることになります。そして、遺伝子を傷つけます。傷つけられた遺伝子の修復ミスががん細胞をとなり、数年後にがんを発症するのです。たしかに、ただちに健康に被害はありません。しかし、発がん率が上がるのはチェルノブイリなどのデータでも明らかです。
ホモサピエンスは、ウランを地下に閉じ込めた状態の地球上に適応するように進化してきたものです。広島・長崎原爆以後の大気圏中の核実験や原発は、地下のウランを掘り出して使うことにより、人類滅亡を引き起こすものであり、現存の生物とは共存できないものなのです。
被告訴人たちは、原発がこのように「生物にとって危険な物質を扱うのだ」ということを意図的にわい小化し、かつその取扱いにたいする安全策を講じませんでした。さらに事故後もその対応を真摯に行わず、放射能で汚染された土地に住み、汚染された食べ物を食べ続けることを仕向けてきました。このことは日本国憲法第25条1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ということに抵触するものです。
 これらの命を粗末にした一連の行為の原因究明と責任の所在を明かにしていただくことを要望します。

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金儲けのため生活破壊
 
 
     〔熊本市在住 元チッソ労働者の男性〕

 私は依然、チッソに勤務していました。1956年、水俣病が公式確認された年に入社しました。水俣病の原因がチッソの排水であることが分かっていながら、被害者、漁民、市民を騙していました。チッソの社員として当時は会社のやることを黙ってみていました。
 12年後の1968年、政府が「チッソの廃液が原因」と公表したのは、廃液が出なくなってからのことでした。経営者は、金儲けのためには、住民の健康は後回し、生産第一の考えであることが分かりました。当該企業の社員として深い反省をしたことを覚えています。現在もその気持ちは変わりません。
 今回の東京電力のしたこと、また現在やっていることは許されるものではありません。金儲けのために、住民の生活を破壊してよいはずがありません。健康への不安を与えてよいはずがありません。厳正な処罰をお願いいたします。

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「原子力ムラの組織犯罪。決して容易くない」


 実に1万人を超える告訴・告発は、史上かつてないことだ。
いまだ国や東電が責任を問われずにいる中で、「国と東電を処罰すべし」という怒りが声となり、1万人を超える告訴・告発となった。そして、これまで運動や組織などに関わりを持たなかった人びとが動くことで、1万人を超える告訴・告発となった。
また、そこには、福島の人びととつながり、福島の人びとともにたたかいたいという思いが込められている。そして、福島の復興を言うならば、まず、事故の責任者の処罰から始まるべきだという思いが込められている。さらに、もし、この犯罪が裁かれないとしたら、日本の社会が止めどもなく荒廃してしまうという危機感に突き動かされている。
そして、この1万人を超える告訴・告発は、単に数の多さに留まらない意義を有している。それは、日本の歴史の中で国策によって犠牲にされてきた人びとの苦しみと怒りとたたかいの歴史を引き継いでいるという内実だろう。
 
 報道によれば、検察当局は、既に、東京電力の社内事故調査委員会に加わった東電の社員から事情を聴いている。また、震災関連死(※)と認定された被災者の遺族から、参考人として事情聴取する方針を固めているという。そして年度内に結論を出すという目途で動いているという。
 しかし、「これは原子力ムラの組織犯罪、国家犯罪。決して容易くはない。これから私たちのたたかいにかかっている」と、佐藤和良さん(いわき市議)が最後に強調し、集会を終えた。

 

〔※震災関連死:地震や津波による死亡ではなく、避難生活の中で、体調の悪化、過労などによる死、さらに自死など。今年9月末時点で全国で2303人であるのに対して、福島県在住者が1121人に上っている。〕





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  1. 2012/11/19(月) 15:47:35|
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原子力ムラにくさびを   第二次告訴へ全国集会



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 「福島原発告訴団」の第二次告訴に向けた全国集会が、9月22日いわき市内で開催され、福島県内と全国各地から、約300人が集まった。

 「この未曽有の原発事故でなぜ誰も責任を問われないのか」。今年3月に告訴団が結成され、6月11日、福島県民1324人が、東電幹部や政府関係者ら33人を業務上過失致傷罪などで、福島地検に刑事告訴した。そして福島県民の怒りが検察を動かし、8月1日、告訴の受理となった。



各地に広がる


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(各地で告訴団事務局を立ち上げた人びとが登壇)

 
 この日の集会の趣旨は、告訴を受理した検察をさらに包囲するため、福島から始まった告訴団の運動を全国に広げようというものだった。
 各地で、告訴人を募る事務局が立ち上がっている。福島のほかに、北海道、東北、関東、甲信越、中部、静岡、北陸、関西、九州、中四国の合計11カ所で事務局が動き始めているという。集会では、事務局を立ち上げた人びとが各地の取り組みを報告した。〔そのうちの一人の発言要旨を下に掲載〕
 また、弁護団に、これまでの保田行雄弁護士、河合弘之弁護士に加えて、海渡雄一弁護士(もんじゅ訴訟、浜岡訴訟など数々の原発訴訟を担当)が参加した。
 集会は、いわき市議の佐藤和良さん、告訴団長の武藤類子さん(福島県三春町)があいさつ。武藤さんは、「原子力ムラにくさびを打ち込み、日本を変えて行こう」と訴えた。さらにタンポポ舎の山崎久隆さんの講演、弁護団の各弁護士の発言、各地の事務局からの報告など。双葉地方原発反対同盟代表の石丸小四郎さん(福島県富岡町)のまとめを受けて、市内デモに出発した。


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(デモの先頭に立つ佐藤和良さん、海渡雄一さん、武藤類子さん、石丸小四郎さん)


全国から告訴へ


 第二次の告訴状提出が、11月中旬に予定されている。福島のみならず全国の人びとが被害者であり、福島と全国の人びとが手を携えて、告訴告発に立ち上がろうと呼びかけられている。
 全国からの告訴団への参加は、各地方にある告訴団事務局で受け付けている。連絡方法は、まず「福島原発告訴団」のウェブサイトにアクセスし、そこから自身の居住地域にある「事務局」のウェブサイトにアクセス、そこで案内を受けることができる。
   

 最後に、避難先の静岡で事務局を立ち上げた長谷川さんの発言(要旨)を紹介する。


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「無責任な大人」から決別して


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                     福島原発告訴団 静岡事務局代表 長谷川さん 
                      (昨年8月郡山から家族で避難 45歳)


 静岡(の告訴・告発人)は現在90名、大きく「1000名を目標に頑張ろう」ということでやっております。
 私は、昨年8月に福島県郡山市から、家族で静岡に避難しました。ここいわきにも(当時)月に何度も通っており、今日またこういった形で、福島の地を訪れることに、非常に胸に迫るものがあります。
 また、私は、ここ7、8週、官邸前デモというものにも行かせていただいます。環境省や経済産業省の前で、とくに「原子力規制員会の人事案に反対」という声を出させていただきました。
 結局、規制委員会は9月19日にスタートしました。「何も変わらなかった」という見方もあるかと思いますけど、私は、大きなものが変わったと思います。彼らのように人間の心を忘れてしまった人たちは、今も何も変わっていないかも知れませんが、私は、声をあげることによって、「いままで無責任だった大人」ということから決別して、「子どもたちの未来を守ろう」ということを大きく決意できたと思っています。
 また、そのことにたいして、多くの方が共感して声をあげてくれたことは、私たちが変わるということで(かちとった)ひとつの成果だったと思っております。
 今回、福島原発告訴団にも、そういった意気込みで参加させていただいて、子どもたちの未来を守っていきたいと思います。    (了)






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  1. 2012/09/25(火) 11:04:42|
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東電幹部に厳正処罰を         福島県民が集団で告訴・告発   



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 6月11日、福島第一原発事故の刑事責任の追及と厳正な処罰を求め、福島県の住民1324人が、福島地方検察庁に告訴・告発状を提出した。
 告訴団の団長・武藤類子さん、副団長の佐藤和良さん、弁護団の河合弘之さん、保田行雄さんらとともに200人が提出行動に参加、その後、福島市内で記者会見と集会を行った。



 
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被ばくは傷害罪


 告訴・告発の対象は、原子力安全・保安院や東京電力の幹部ら33人と、法人としての東京電力。
 容疑は、<事故を防ぐ注意義務を怠って、原発事故を引き起こし、放射性物質をまき散らし、被ばくという傷害を負わせた>というもの。該当する法律は、業務上過失致死傷罪および公害罪の2つ。




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責任者を裁きの場へ


 告訴・告発された33名は、「被告訴・被告発人目録」に列挙された。それは以下の通り。

◇東京電力: 勝俣会長、(つづみ)副社長、西澤社長、相澤副社長、小森常務取締役、清水前取締役社長、藤原監査役会会長、武藤前取締役副社長、武黒元副社長、田村元会長、服部元副社長、元社長、荒木元会長、榎本元副社長、吉田前第一原発所長

◇原子力安全委員会: 班目委員長、久木田委員長代理、久住委員、小山田委員、代谷委員、鈴木前委員長、衣笠専門委員

◇原子力安全・保安院: 寺坂院長、松永元院長(現経済産業省事務次官)、広瀬元院長(現内閣参与)

◇原子力委員会: 近藤委員長

◇文部科学省: 板東前生涯学習政策局長、山中前初等中等教育局長、合田前科学技術政策局長、布村前スポーツ青少年局長

◇放射線専門医: 山下福島県放射線健康リスク管理アドバイザー・福島県立医大副学長、神谷福島県放射線健康リスク管理アドバイザー・福島県立医大副学長、高村福島県放射線健康リスク管理アドバイザー

 いずれも、原発事故の発生と住民の被ばくに重大な責任のある者ばかり。ところが、その責任者たちが、のうのうとしている。その者たちを裁きの場に引き出す行動が始まった。

 なお、菅前首相などの政治家が告訴・告発の対象になっていない。この点について、弁護団は、「範囲を広げすぎて、法的な責任があいまいにならないようにするため」と説明している。
 また、福島県の佐藤雄平知事については、告訴・告発を検討していると述べた。

 


1324人の告訴団


 福島原発告訴団は、原発事故から1年を経た今年の3月16日に設立された。それから3か月を経て、1324人の福島県民が告訴団に加わった。
 「事故により、日常を奪われ、人権を踏みにじられた者たちが、力を合わせ、怒りの声を上げました」と、「告訴団・告訴声明」が言う通り、被害を受けた当事者が、ついに立ち上がった。
 また、「告訴へと一歩踏み出すことはとても勇気のいることでした」と「告訴声明」は言う。昨年12月の野田首相の「収束宣言」をもって、原発事故も被害も終わったものとされ、被災者の棄民が行われようとしている。被害を訴え、賠償を求め、責任を問うことを諦めさせる重苦しさの中にある。
 このような状況を跳ね返して、「怯むことなくこの事故の責任を問う」(告訴声明)という行動が始まった。




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 この日の集会では、10人の人びと〔上掲写真〕が、自らの訴状を読み上げた。一人ひとりが、自らの受けた被害と苦しみを告発した。涙でたびたび言葉に詰まっていた。
 その一人、二本松市の佐久間章子さん(55)が読み上げた告訴・告発状を紹介する。


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〔以下、二本松市の佐久間章子さんの発言〕 

 私は、福島県二本松市において、妹の野菜出荷を手伝うかたわら、畑を借りて家庭菜園で無農薬野菜やガーデニングを趣味としておりました。野菜は県外に住む息子に送り、また、近所に分けて食べていただくなど、充実した毎日を送っておりました。

 原発事故により、大量の放射性物質が降りました。親族が測定器を持っていて、測定結果を知らせてくれました。3月15日13時10分、外は100マイクロシーベルト(毎時)だというのです。18時30分、「家の中でも20マイクロシーベルトある。決して外に出ないように」と連絡がありました。
 すぐに県や政府に、「避難命令を出してほしい」とお願いしました。
 測定器は、親族が東京大学の教授に取り寄せていただいたもので、校正はしてある確かなものです。
 政府の返事は、「お金がないから、避難はさせません」というものでした。
 16日には雪が降りました。雪はサーベイメーター(測定器)を近づけると、80マイクロシーベルトありました。
 16日正午、数値はさらに高くなったのです。17日、私の家の台所を測定してもらうと、20マイクロシーベルトありました。そこでは、断水のために汲んできた水を使い、食事をしていたのです。
 しかし、テレビから流れる枝野大臣の口からは、「ただちに健康に影響はない」の言葉だけでした。ヨウ素剤の存在も知らず、SPEEDIの情報も消されていることを知らずに、無用の被ばくをし続けたのです。2012年5月になっても、私の家の庭は、いまだガンマ線だけで1.7マイクロシーベルトを超す高い線量を測定し、家の中は0.4マイクロシーベルトを計測しています。
 借りた畑を耕作することもできず、花でいっぱいだった庭は、雑草で見る影もありません。2012年3月、二本松市の土壌汚染の結果を知りました。測定点は私の家から300メートル離れたところで、51万3,500ベクレル(キロ当たり)、その近くの川底からは、3,700ベクレルのセシウムが検出されています。
 私は当時、仕事に行く主人を残し、避難をすることはできませんでした。避難命令さえ出してもらえれば、主人も仕事に行くこともなく、避難もでき、県民も無用の被ばくを避けられたはずです。
 事故当時、危険を知らされなかった若いお母さんが、乳母車に赤ちゃんを乗せて歩く姿に、胸が張り裂ける思いでした。
 農家の人たちも、被ばくしながら、農業をしたのです。収穫をした物が本当に食べられる物なのかもわからず、不安で食べることもできませんでした。

 この大汚染の原因と、被ばくから国民を守らなかった犯罪について、被告人を調べていただきたいと強く望みます。


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被害者の運動で原子力ムラ うち破ろう


 いわき市議で、告訴団の副団長を努める佐藤和良さんが、集会をまとめる発言。
 佐藤さんは、①被ばくは傷害だ、②被害者の運動が社会を変える、③告訴のたたかいが、再稼働に突き進む原子力ムラを打ち破る、④被害者の再生なくして福島の復興はない、――と告訴・告発の運動の意義を提起した。


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〔以下は、いわき市議の佐藤和良さんの発言〕

◇被ばくは傷害

 3月11日から3月15日、最初のプルーム〔放射能を含んだ雲〕が来て、初期被ばくをしました。3月21日、22日の2回目のプルームが来ました。雨も降りました。残念ながら、しっかり被ばくをしました。
 そのことは、「傷害なんだ」ということを、今日は、きちんとはっきりさせようということで、福島地方検察庁に、告訴しました。

◇被害者の運動こそ

 社会を変えていくのは、被害者の運動です。残念ながら、被害者の運動がチェルノブイリでも一番、大きな役割を果たしました。先日、ウクライナに行ってまいりました。ウクライナの被災者支援法というのがどうやってできたのか。あるいはベラルーシ、ロシアの被災者支援法はどうやってできたのか。
 それは、ひとつは、リクビダートルという、事故の処理をして大量に被ばくした労働者たちの運動です。それと、被災地で一人ひとりが声を挙げていく。その運動の力で、被災者支援法という形で、社会保障制度(をかちとり)、国家が被災者を、被ばく者をきちんと支援している。
 今日の福島市内の状況はどうでしょうか? 0.7とか0.8マイクロシーベルト/時というのが(空間線量の)平均で、お山(信夫山)の下に行ったら1マイクロシーベルトを超しちゃって、検察庁の内部だって、「敷地内は1マイクロを超すところがあるんですよ」と先ほど、事務官の方が言っていました。そんなところで生活している。
 これは、ウクライナで言えば、第2ゾーン=強制移住地域ですよ。
 いま日本で、私たちは、(ウクライナの基準で言えば)強制移住地域で、暮らさざるを得ないのですよ。こういうところで、私たち被害者が声を挙げていくということが、日本を変える、歴史を変える、その力になると、私は確信いたしました。

◇原子力ムラの解体へ

 そして、それ以外に、結局、原子力ムラを変える手立てはないと思います。
 東海第二原発の廃炉を求めている東海村の村上村長は言っています。「原子力ムラは、戦前の軍部と同じだ」。この軍部は勝手に解体しません。
 戦前は、民衆運動も弱かった。そして、結局、アメリカや、中国やアジアの勢力によって、日本が敗戦ということで、軍部の解体に追い込まれました。
 今日、どうでしょうか? 私たち日本の国民の民衆運動はどうでしょうか? かなり厳しいですね。しかし原子力ムラが、大飯の再稼働をはじめ、もう一度、巻き返しを図ってきています。
 原子力ムラは解体していません。依然として強大です。これを打ち破るのが、私たちの告訴のたたかいだと思います。

◇被害者の再生のために

 そして、結局、それは、私たち一人ひとりの蘇りのためだと思います。
本当にこんな被ばくをして、放射線が、あるいは、放射性物質が体内にみなさん、入っていますよ。私も入っています。そして、そこで、生きていく、蘇っていく。
 「福島再生」とか「復興」とかいろいろ言うけれど、私たち一人ひとりの人間の再生・復興なくして、福島の復興・再生ということはないと思います。一人ひとりの復興こそ、私たち告訴団の願いだと思います。頑張りましょう。


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地検の包囲へ


 この日の告訴・告発状の提出は、大きな目標に向かう第一歩だ。
 告訴団は、さらに告訴・告発人を募り、第二次・第三次の告訴・告発の手続きを続けるとしている。また、署名などを集めて、福島地検を被害者住民の声で取り囲もうと訴えている。  (了)







  

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  1. 2012/06/21(木) 09:03:35|
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福島原発事故の責任をただす   福島で告訴団

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(県内各地から参加があった「福島原発告訴団」結成集会。壇上で報告をするのは、いわき市議の佐藤和良さん   3月16日 いわき市内)



 「どうして、これほどの事故を起こしながら、検察による取り調べがないのでしょうか?疑問と怒りが、胸の奥からわき上がってきます」  (告訴団リーフレット)

 福島原発事故を引き起こした責任者たちの刑事責任を追及する動きが、福島で始まっている。
 三春町の武藤類子さんやいわき市の佐藤和良さんらを中心にして、3月16日、いわき市内で、「福島原発告訴団」が結成され、これを皮切りに、4月6日・郡山市、9日・福島市、12日・南相馬市、19日・白河市、29日・三春町と各地で説明会が進められている。
 6月11日の福島地方検察庁への第一次集団告訴を目指して、告訴人への参加が呼びかけられている。
 詳しくは、福島原発告訴団のウェブサイトを見ていただきたい。
 URLは⇒
 http://kokuso-fukusimagenpatu.blogspot.jp/


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(写真上 呼びかけ人としてあいさつに立つ武藤類子さん 
3月16日 いわき市内)

(写真下 弁護団の一人、保田行雄弁護士 3月16日 
いわき市内)
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(写真下 弁護団の一人、河合弘之弁護士 4月12日 
南相馬市内)
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 以下に、3月16日のいわき市と4月12日の南相馬市で行われた河合弘之弁護士の提起を整理して掲載する。
 河合弁護士は、脱原発弁護団全国連絡会代表、浜岡原発差止訴訟の弁護団長などで活躍している。
 河合弁護士は、「これだけの重大事件で、誰も刑事責任が問われないのはおかしい」「連中は、個人責任を突きつけられないと、身に染みて反省しない」と問題提起し、この集団告訴が、「福島の人たちが立ち上がっていくため」のものであり、ひいては「原子力ムラを解体し、日本社会を変える」という「壮大なたたかいの一歩」だと訴える。集団告訴を大衆運動として進める具体的なイメージも出され、会場全体が、「これはやれる」という気持ちになった。
 


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【Ⅰ】  誰も咎められない異常



 河合です。脱原発弁護団全国連絡会をつくりまして、その代表を務めさせていただいております。
 やはり、これだけの重大な事故を起こして、これだけの人に多大な被害を与えながら、誰も刑事責任を問われないのというのはおかしいと、私は、ずっと感じておりました。
 たとえば、雪印の事件。高々、賞味期限が過ぎていたという話。でも、あの事件では、すぐに押収捜索がおこなわれ、社長は追い落とし、そして逮捕・起訴という風になっている。
 オリンパスの事件。これも、判明してから、一カ月で押収捜索、二カ月で逮捕・起訴。オリンパスだって、高々、お金がどっかに消えたという話ですよ。
 でもね、福島の事件は、そんな事件ではないんじゃないですか。なのに何で、刑事責任が問われないのか。おかしいですよね。
 責任者が、ずっといい加減なことをやってきて、ああいう事故を起こした。ところが、その人たちが、いまも、原発の行政をやっていて、あるいは原発にかかわっていて、誰も変わっていないのです。
 例えでいえば、こういうことです。第二次世界大戦が終わりました。はい、何にもお咎めなしで、東条英機とかが、「諸君、いまから日本の再建に力を合わせてやろう」って、言っているのと同じなのですよ。
 そんなことやったら、「ばか言うんじゃないよ。おまえら、こんなにひどいことをしておいて、よくそういうことをいえるな」って言いますよね。
 それと同じことが、いま日本で起きているのですよ。全然、スタッフ変更なし。誰も変わっていないじゃないですか。清水社長はあまりに無能だから、再選されなかっただけ。    
 そんな社会現象って、他に例がありますか?
 日本というのは、そもそもいろいろおかしいことがあるけど、まあ、良い国。だけど、原発の世界だけは、本当に変なことがまかり通っているのです。それがいままで見えていなかったけど、事故で全部、噴出してきた。
 だとすれば、やっぱり、間違ったことをやった奴は、退場にしないと。そして、人心を一新して、「この災害から立ち直ろう」というのが本来のあり方ですよね。
 この日本では、正義は行われないのか。本当にそう思います。


再稼働させたい原子力ムラ


 刑事責任を問うことは、本当に重要です。個人としての刑事責任を問わないと、彼らは反省しないのですよ。身に染みない。だから、国民の大半が「原発をやめてくれ」と思っているのに、再稼働への策動がやまないわけです。
 では、何で再稼働なのか。僕も、不思議で、不思議で仕様がない。みなさんも不思議で仕様がないでしょう?こんなにひどい目に合って、国民の大半が、「原発、もうやだよね」って言っているときに、なんで再稼働やろうとすんだよ。
 でも、これには、ちゃんと理由がある。
 日本の中枢部には、原発を絶対に再稼働させたいという勢力がいて、それに群がる原子力ムラというのがある。
 ムラという言葉のイメージは、ひとつは小さい、ひとつは素朴だ。でも原子力ムラは、その二つに当てはまらない。ものすごく巨大で、全然、素朴ではなくて、すごい利権集団。
 それをいまから図(写真下)に書きます。図に書くと、あまりに強大でガッカリしてしまうかもしれないけど。真実から、やっぱり目を背けてはいけない。


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(原子力ムラを図示  4月12日 南相馬市内)


 【電力会社】がいます。【役人】がいます。それから、送電線から何から、設備を一手に引き受ける【ゼネコン】がいます。もちろん、東芝やIHIなどの【メーカー】がいます。意外と知られていませんが、【商社】です。三菱商事などの総合商社は、ウラン・石炭・天然ガスなどの発電の燃料を買い付けています。また、【メディア】は、電通や博報堂を中心に全部、広告料で組織されています。それから、【地方自治体】です。そして、これらの全体に融資するのが、【銀行】です。【御用学者】も研究費をもらうために、「原発は安全ですよ」とやります。
 これらが、日本経済の7割を占めている。そういう利権構造です。
 これを解体しなければ、日本を良くできない。本当に僕はそう思いますよ。


個人責任つきつけ恐怖させる


 そのためには、どうしたらいいか。刑事告訴ということが必要なのです。
 たとえば、再稼働するときに、最終決定するのは誰だと思いますか?政府だと思いますか?違います。最後は、個別の電力会社の取締役会で、再稼働するかどうかを決める。  
 そのときに、「いい加減なことをやって、事故が起こしたら、刑事罰が来るな」って、恐怖すること、これが大事なのです。変なことをやったら、お縄頂戴になる。それが個人責任を目覚めさせるのです。
 でも、実は、お縄頂戴だけでは、なかなか駄目なのです。なぜなら、権力が守ってくれるから。
 そこで、大事なのは、今日はテーマに挙げませんけど、株主代表訴訟です。僕は、いま、刑事告訴とともに、株主代表訴訟に力を注いでいます。
 株主代表訴訟というのは、取締役にたいして、義務を怠って、事故を起こして、損害を発生させたら、個人的に弁償させるという制度です。
 僕は、この訴訟を、3月5日、東電の株主42人とともに起こしました。
 請求金額が、5兆5045億円。これは世界新記録。ギネスブックにこれから申請しようと思っている。
 いま、この訴状が、東電の役員のところに、送達されている。役員の家ではどういうことが起きているか。「お父さん、こんなの来たわよ。5兆5千億とか書いてあるけど、大丈夫?せっかく豪邸を造ったのに、捕られちゃうわよ」って、家庭内で不和が起きている。そうやって恐怖させないと、彼らは、自分の頭で考えない。
 僕は、この訴状を、関西電力の役員にも送りつけた。 「お前ら、いい加減なことで再稼働して、事故を起こしたら、同じ目に合わせるぞ」って、警告書をつけて送りましたから。
 それも、たぶん、物議を醸していると思います。


日本社会を変える


 要するに、責任者の個人責任を問う手段として、この告訴をする。告訴をすることによって、個人の責任を自覚させて、原子力ムラを解体していく。原子力ムラを解体できて、悪いことができないようにすれば、日本はよくなるのですよ。
 この集団告訴は、そういう壮大なたたかいの一歩なのです。
 「いやあ~、起こってしまったことだし、人間、許してあげなくては。許しからすべては始まるんだ」なんて甘っちょろいことを言わないで、悪いことをした奴は、徹底的に追いこむことによって、個人責任ということが芽生えるのです。
 日本は、組織の後ろに隠れて、悪いことをする匿名社会。この匿名社会を変えなければ、日本は良くならないし、原発もなくならないし、原発被害はなくならない。そこを是非、ご理解をいただきたい。
 悪いことをしたやつらが、何にも処罰されないままで、福島の人たちが、立ち上がれますか?立ち上がれないですよね。「やっぱりそうか、あいつがちゃんと罰せられた。じゃあ、おれたちも本気で頑張ろう」ということになるわけじゃないですか。
 だから、是非、この刑事告訴というのを、単に腹いせと考えないで、これから福島の人たちが立ち上がっていくための、福島が立ち直っていくための、重大なステップボードになるのだということを理解して、運動を開始していただきたい。
 是非、みなさんの広範囲の結集をお願いしたいと思います。



【Ⅱ】  福島地検に集団告訴



 では、刑事責任を、どういう風に追及したらいいか。
すでにご存じのように、広瀬隆さん(作家)や明石昇二郎さん(ルポライター)が、この福島原発のことで、東京地検に刑事告訴をしています。
 罪名は、業務上過失致死傷罪です。原子力安全保安院とか、原子力安全員会のトップの連中は、もちろんのこと、勝俣、武藤、武黒という東電のトップを連中を告訴しました。
 しかし、それは、たぶん、ろくに検討されることもなく、東京地検の棚に放り込まれたままになっていると思います。
 僕は、広瀬さん、明石さんのやったことは、正しいと思うのですけど、方法がいまいち迫力が足りないと思うのですね。
 僕が、みなさんに提案したいことは、告訴先が東京地検ではだめだと、福島地検でないとだめだということです。
 東京地検というのは、行くとわかりますけど、すごく立派なビルで、暖かくて、ぬくぬくと仕事ができる場所です。東京地検で働いている検事は、エリートです。「東京地検の特捜の検事になるのが検事の目的だ」という人が多いぐらい、エリートコースです。家族は、安全な官舎に住んでいる。そういう人たちに訴えても駄目なのです。
それから、彼らは、もともと、原発関係者のことを、国策に協力した人たちと見ていますから、手ぬるいのです。
 だから、福島地検に告訴しないとだめです。福島地検の検事は、仕事が終われば生活者です。毎日、被ばくしています。女房もいれば、子どももいる。福島に住んでいる。家に帰ったら、「お父さん、うちの子、大丈夫かしら」と嫁さんに聞かれます。「俺の子ども、大丈夫かな、3歳だけど。こんなときに被ばくしたら、ヤバイよな」。そういう被害者としての意識を、共有しているに違いないのです。そういう人たちに、告訴しないといけない。
 告訴する先が重要だと思うのですね。


住民が大挙して押しかける


 次に大事なのは、誰が告訴するかということです。
 一人や二人のエリートや著名人が告訴しても駄目です。福島の何千人・何万人という被害者が、みんなで力を合わせて告訴をすればいいのです。被害者である皆さんが、「どうしてくれるんですか、こんなことになって。こんなことを起こして、だれも罰せられないなんて、おかしいじゃないですか」。
 こういう風に、みなさんが力を合わせて告訴することです。
 僕は、連名で最低3千人は集めてほしいと思います。
 3千人の告訴人が、告訴状を出したら、それは、なかなか無視できない。
 しかも、その人たちは、被害者だ。ほんとに苦しんでいる。そういう被害者の方々を中心に据えるのがいいと思います。
 しかも、ただ、告訴状を弁護士がポッとだすだけではなく、何人もが地検に押しかければいいのです。地検に押しかけて、「どうぞ、告訴を受理して下さい。どうぞ起訴して下さい」ということを懇願すればいいのです。毎日、毎日、行って懇願すればいいのです。
 もうひとつ、提案があります。
 やっぱり、メディアの注目を集めないといけないから、人の鎖で、福島地検を囲めばいいのです。「起訴しろ」って、叫べばいいのです。
 そうすれば、絶対にメディアは注目をしてくれます。
 検察官の生き甲斐は、「被害者とともに泣く」ということです。まさにみなさんは、被害者だ。被害者が、「いっしょに泣こうじゃないか」「捕まえて、起訴してよ」。こういう風に、人の鎖で囲んで訴えれば、僕は非常にいい結果が出るのではないかと思います。


検察審査会でも


 そうはいっても相手は権力です。
 権力の中にいる人は、権力の側の人を守ります。原則として。ただし、ちょっと例外があって、汚職には大変厳しいです。
福島の事件においては、安全安心キャンペーンが染み通っていて、それから、「国策に協力してこうなったのだから、仕様がないんだよな」という風に、検事は、基本的には思っていると思います。だから、簡単に逮捕・起訴してくれるとは思えない。僕も、たぶん可能性としては、5分5分か、6・4で不利かなと思います。
 でも、不起訴になっても諦めることはないのです。検察審査会に申し立てをすればいのです。検察審査会の審査員が、討議するわけですけど、その審査員も、福島県民です。被害者です。だから、「これで、無罪放免なんて、とんでもないよな」って思うように、また、デモをかけたりして、いろいろ働きかければいいのです。審査員のメンバーが誰なのかは、なかなかわかりませんけど、そういう世論を盛り上げていけばいいのです。
 こうして、検察審査会が、「起訴相当」といって地検に返します。地検が、また「やっぱり不起訴だよ」となったら、また検察審査会に申し立てをすればいい。また、起訴相当で送って、もう一度、検察側が不起訴にしたら、強制起訴という手段があります。
 これは、ご存じの通り、小沢一郎氏のケースがそうですね。そこまでもっていけばいい。そこまで持っていくつもりで、刑事告訴しようではないかというのが、私の提案です。


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(河合弁護士 3月16日 いわき市内)

【南相馬での講演の後、河合弁護士に、「なぜ脱原発の道に入ったのですか」と訊いてみた。河合弁護士によれば――バブルの時代には儲かる仕事をたくさんやったが、それが空しくなっていたところに、故・高木仁三郎氏との出会いがあり、この道に入った――ということだ。また、東電の勝俣会長とは、東大卓球部の先輩・後輩の関係で、先輩である勝俣氏からは、「反原発になりやがって」と言われているという。こういう世界を経験してきた人が、いま、原発事故の責任者たちを舌鋒鋭く攻撃している。】



【Ⅲ】  刑事告訴の論点



「人の生命・身体に危険を生じさせた」―公害犯罪処罰法


 では、この刑事告訴の論点は何かということです。
 この事件に一番ふさわしいのは、「公害犯罪処罰法」という法律です。
 その第三条に、「業務上必要な注意を怠り、工場又は事業場における事業活動に伴つて人の健康を害する物質を排出し、公衆の生命又は身体に危険を生じさせた者は、二年以下の懲役若しくは禁錮又は二百万円以下の罰金に処する」
 第二項で、「前項の罪を犯し、よつて人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は三百万円以下の罰金に処する」
 こうある。これは読んで字のごとしで、仕事上の必要な注意を怠って、工場・事業場、つまり原発のサイトですね、そこにおける事業活動にともなって、人の健康を害する物質、これは放射能がまさにそのものですね、それを排出して、公衆の生命ないし身体に危険を生じさせた者は・・という構成要件です。
 「人の生命・身体に危険を生じさせた」だけでいいわけです。だから具体的に怪我したとか、死んだとかという結果はいらない。公共危険罪というのですけど、危険を発生させるだけで、その結果はいらないのです。

◇「事業活動にともなって」

 いまこれを読むと、「まさにこれだよ」と、みなさん、思いませんか?思いますよね。
でも残念ながら、これは、駄目なのです。東京地検は、「駄目だ」といったのです。
この罪刑で、岩手の人たち〔三陸の海を放射能から守る会〕が東京地検に今年の1月24日に告訴したら、「はい、残念でした。駄目ですよ」と、数日後に返事が返ってきたという話です。
 これはどういうことを意味しているかというと、彼らも事前に検討していて、「こういう告訴が来たら、すぐにハネちゃおうな」って、法律的な研究をしていたということです。
 その理由はどうかというと、「事業活動にともなって」というのは、たまたま起きたような事故で毒物を出すようなのは、当てはまらないというのです。たとえば、水俣でチッソが有機水銀を長期間にわたって排出した。公害犯罪処罰法は、そういうのを罰するためにできた法律で、一回的な間違いで毒物が外に出たというのは、業務上過失でやるというのです。「これは当てはまりません。はい、残念でした」ということです。
 ということで、あきらめて方向転換しようというのも、ひとつの考えです。
 たしかに東京地検が依拠する判例があって、アエロジル事件という事件ですが、タンクで運んできた材料を、Aというタンクにいれなければいけないのに、Bというところに入れてしまって、急激な化学反応が起こって毒ガスが発生、周りの住民が被害を受けたという事例です。この場合、「事業活動にともなって」に当たらないという判決です。東京地検は、それを引用して、「今回の福島原発の事件は、アエロジル事件と似たようなものだから、当てはまりませんよ」といってきたわけです。
 だけど、僕は、それは、違うと思うのです。
 事業活動の中で、放射能を扱っていて、「危ない状態になったら、ベントするよ」ということも、あらかじめ決まっていたわけです。ちゃんとベント管もあって、そこに流して爆発を防ながければならなかったのだけど、そこに流すタイミングが遅くなったから、放射能がいっぱい出たというのが本件の真相なのですね。だから、それは、たまたまではなくて、「事業活動にともなって」ではないか。事業活動と関係ないところで、たとえば、燃料棒を運び込むときに、間違って落として引火しちゃったというならともかく、事業活動の中で、発生している。だからこれは、「事業活動にともなって」だという主張も、簡単に引っ込めるべきではない。
 僕は、告訴する場合には、それを第一の主位的な訴因にするのがよいのではないかと思っています。
 それが、公害犯罪処罰法で、告訴する場合の法的な問題です。


「被ばくは傷害罪」―業務上過失致傷罪

 
 二番目に、古くからある業務上過失致傷という犯罪で告訴するという方法もあります。これがオーソドックスで、人を傷つけたら何年という罪ですね。
 その場合、傷害があるのかという問題です。
 本件の一番重大な問題は、多くの人を大量被ばくさせたということです。放射能被ばくというのは、被ばく自体が傷害になるかという法律的論点を含んでいる。
 僕は、この事件の本質は、多くの人に大量に被ばくさせたことだと思うから、そこを犯罪としてとらえないと、なかなか迫力がないと思っています。
 被ばくは、遺伝子を分断させたり、免疫力を落としたり、うつ病にさせたりするわけですから、「被ばく自体が傷害だ」という主張を押し通していかないといけないと思っています。
これには、「被ばくした結果、なんの傷害を受けたの?」と反論される恐れがあります。
 ただ、「被ばくは心配かもしれないけど、傷害じゃないよ」と言われたとしても、他にも具体的な被害が出ているわけです。たとえば、原発事故からの避難で、老人ホームの人たちがたくさん亡くなっている。それから、「原発さえなければ」といって、自殺した畜産農家の人がいます。それ以外にも、原発の現場で作業員が2人、亡くなっています。これらは、相当因果関係内の死亡だと私は思います。
 ただ、これらのことをもって、この事件の本質とは言えないです。やはり、この事件の本質は、放射能を大量にばらまいたということです。


「規則を守る」と「安全を守る」は別


 三番目の論点としては、当然ありうる言い逃れとして、「東電は、政府の決めた安全基準を守っていたのだから、過失はないんだよ」というのがあります。
 「自分たちは、原発の設置の認可もちゃんと取った。安全基準もクリアした。安全審査基準を守って運転していた。すべての基準を守っていた。何か悪いことをしたんですか?」東電の連中は、こういう言い逃れを現にしています。
 これを突破するのは、こういう論理が必要だと思います。例えば、カラオケ屋で、消防法を守って、消火器を置いて、スプリンクラーもつけていた。でも、いい加減なことをやってストーブが転がって火事になり、客が死傷した。こういう場合、やっぱり業務上過失致死傷で訴えられるわけです。
 だから、「取締規則や安全基準を守るというのは最低限の話であって、それを守っていたからといって、無罪放免になるわけではないですよ」ということです。道路交通法を守っていたら、交通事故を起こしてもいいのかということと同じですね。取締規則を守ることと、安全を守ることとは、別問題だということをキチンと押さえないといけない。
 しかし、この反論は、なかなかしぶといものがあるとは思います。


「想定外」のウソ


 それから、4番目の論点としては、「異常に巨大な天災地変による被害なんだから、責任ないんだ」ということを言うと思います。いわゆる「想定外」です。
 「想定外だ」ということは、初めから今でも言っていますね。
 東電の監査役などが言っていることですけど、「基準値震度をはるかに上回る規模の地震が来て、それによって、基準をはるかに上回る津波がきた。それが、今回の事故の原因のすべてだ。だから仕様がないのだ。想定外だから。俺たちだって天災地変の被害者だ」というのが、東電の連中の基本的な立場です。
 これにたいしては、「それはちがうでしょう」と――。
 津波で言うと、何が想定外だ。あなた方は、6.1メートルしか想定していなかったけど、あなた方の内部の研究〔08年春に出された明治三陸地震(1896年)等をもとにした試算〕では、15.7メートルの津波が来るかもしれないという研究結果が出ていたではないか。それを外部にも発表し、内部でも、吉田氏〔原子力設備管理部長(当時)、後に第一原発所長〕、武藤氏〔副社長・原子力立地本部長(当時)〕、武黒氏〔副社長・原子力立地本部長(当時)〕に報告が上がったでしょう。だけど、あなた方はそれを握りつぶしたではないか。
 そういう明らかな証拠がある。それは政府事故調の中間報告書に書いてある。


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(東電内の試算とその握りつぶしを図で解説  4月12日 南相馬市内)


 どうやって握りつぶしたかというと・・・。
〔図(写真上)を指しながら〕ここに東北地方があって、日本海溝があって、三陸沖がって、房総沖があって、福島沖がある。三陸沖で大きな地震〔1896年〕が起きているのですよ。この地震が、福島沖で起きたら、どれくらいかという計算をしたのです。その結果、15.7メートルと出ています。
 普通なら、びっくりして何とかしようと思いますよね。ところが、武藤氏や吉田氏はなんて言ったかというと、「福島沖で起きたわけじゃない。三陸沖の地震を福島沖にもってきたことについて、妥当性に疑問がある。単なる試算、試しの計算だから、そんなことでいちいち大工事なんかやってられない」というので、握りつぶしてしまった。
 でもね、オホーツクとか、チリ沖とかの地震を福島沖にもってきて試算したのならともかく、日本海溝の中では連動しているのですよ。地震を三陸沖から福島沖に持ってきたということは、日本海溝の三陸沖で地震が起きたら、福島沖でも起きるだろうということです。だから、不当な仮定ではないのです。
 「いいかげんな仮定だから」というけど、自分の身内にやらせておきながら、「いいかげん」もないもんだと思うだけど、そういうことで握りつぶした。
 ただ握りつぶすということだけだとヤバいから、土木学会に「もうちょっと調査していただけませんか」とか、「津波堆積痕をもうちょっと調べて下さい」と、人に荷物を預けておいて、放って置いた。それから3年がたっている。それでドーンと来たのですよ。
 だから、一事が万事で、想定外でもなんでもなくて、「こういう危険があるぞ」「ああいう危険があるぞ」「これもあるぞ、あれもあるぞ」と、ダァーと警告の連続だった。それを全部、握りつぶした。
 だから、吉田所長〔昨年11月退任〕は、英雄のように言われているけれど、たしかに、あの事故が起きてからは、英雄的に振る舞ったかも知れないけれど、その前の握りつぶしの張本人が彼なのです。だから、彼を決して英雄視してはいけない。
 彼が、あそこで、「わかった」と、「じゃあ、ヤバいから、防波壁をつくろう」とか、「非常用ディーゼル発電機を1機だけでも高いところにあげておこう」とか、「水密化しておこう」とか、「こっちがやられたら、連携をちゃんとしておこう」とか、何千億円もかからない、何十億でできる方法がいくらでもあったのに、なんにもやっていない。「それがなんで想定外なんだよ」ということをこれから追及していかなければならない。


いかに立証するか


 5番目の論点は、こうやって私が言っていると「もっともだな」と皆さん思うでしょう。思うけど、実際、そんなに甘くはない。
 具体的な過失というのを、とらえていかないといけない。「ここで、こういう風に見落としただろう」、「こうやってサボっただろう」、「こうやって間違いをしただろう」、「だからこういう事故になって、こういう被害が出たんだよ」ということを立証しないと、刑事事件として立件されないのです。また、立件されても有罪にはならない。
 これは、非常に、困難な作業です。というのは、情報は全部、あっち側が握っているのです。だから、普通だと、こっちは言うだけで、あっちが証拠を全部、握り潰してしまえば、それで終わり。

◇政府事故調「中間報告書」

 ところが、そうは問屋が卸さないので、僕らが一番、頼りにしているのが、政府の事故調、畑村さんが委員長をやっている政府事故調査・検証委員会「中間報告書」。あれにかなりくわしくいろいろな問題点が書いてあります。
 去年の12月26日に発表されたのですけど、畑村さんの立場は、「責任追及が目的ではない。真相の究明が目的だから、責任追及はしない」と言って、具体的な問題を伏せてあるんですけど、それでもかなり具体的な過失がわかる。
先ほど言った15・7メートルの話も、ちゃんと出ている。
それから、IC〔Isolation Condencer 非常用復水器〕といって、緊急冷却装置があるのですけど、その操作方法の基本の基本を誰も知らなかったという過失。そのために、当日、大変な時間をロスし、そのために炉心が露出して、溶融が始まって、放射能が充満して、ベントせざるを得なかった。そのために、放射能が大量に放出されたのだということも書いてある。
 したがって、ひとつは、政府事故調の報告書に依拠するという方法がある。

◇東京電力・事故調査中間報告書

 もうひとつは、政府事故調の報告書の前の昨年12月2日に、東京電力の事故調査・中間報告書を出している。
 これは、自己弁護と隠ぺいの塊みたいな報告書です。「史上4番目の地震によって起こった史上最大の津波だ。だから仕様がないんだ」って書いてあり、もうひどいものなのです。でもさすがに、それだけでは済まないと思ったのでしょう。今後の改善点ということが書いてある。
 でもね、改善点というのは、別の言葉でいうと、「手抜かりがあったから、こういう風に改善しますよ」というところです。そこを読むと、やっぱり東電の怠慢を捕まえることができるのですね。

◇国会・事故調査委員会

 3つめが、いま、進行中の国会の事故調査委員会(黒川清委員長)による調査報告。これが6月の末に出ますけど、これは、なかなか良い布陣で、私たちの信頼する科学者も入っており、かなり厳しい報告書が出ると思います。
 その報告書の一つの焦点が、今度の福島原発のシビアアクシデントというのは、本当に津波だけで起きたのかどうか、津波の前に、すでに地震で重要な配管の破断が起きていたのではないか、という疑問です。こういう疑問を田中三彦さん〔科学評論家 国会事故調委員〕が呈していて、非常に科学的な分析をしている。これにいて、政府事故調の畑村報告書では、「一応、そういうこではないのではないか」と否定的な見解を示されているですが、田中三彦さんは、「いや、そんなことはない。この説が正しいのだ」ということで、一所懸命、論証をしているところです。
 国会事故調は、東電に非常に厳しい、批判的な学者もいっぱい入っていますから、東電側にとって、かなり厳しい報告書になるだろうと、期待しているところです。


世界平均の130倍の地震


 株主代表訴訟の訴状を見て下さい。こういう訴状が日本でできたのは初めてです。
 これまでも、原発を差し止めるための論理を一所懸命、構築してきました。例えば、浜岡で言うと、「マグニチュード8強の地震が、30年以内に88%の確率で来るぞ」と。
その場合に、「地震波を一番、強烈に出すところを、浜岡の原発の直下に想定しろ」、しかも、「浅い部分に想定しろ」というような議論をしたり、「中性子による脆性破壊〔金属強度が劣化する現象〕が進むぞ。だから原発を止めろ」という論理をずっとやってきたわけです。
 ただ、事故が起きてしまってことにたいして、ここが悪かったのだという追及をしたことはないのです。だけど、初めてそういうことをしなければならなくなった。
 そこで、政府事故調の報告書や新聞記事、あらゆる資料を集めて、「何がいけないのだ」というところで、書き上げたのがこの訴状です。
 一番に強調したいのは、世界の地震の分布図です。
 これを見ると、日本は、真っ黒で見えないくらい、日本は地震が強烈なのです。
もうすこし数字的に言うと、日本は、世界の面積の0・3%しかない。その0・3%の国土に、世界中の地震の10%が集まっています。単純に計算して33倍。測り方によっては、日本は、世界平均の130倍の率で地震が発生しています。
 アメリカの東海岸は全く地震がない。それから、フランスやドイツも全然ない。
 要するに、結論として、地震がいっぱいあるところで、原発をやっているのは日本だけだ。だから、日本だけは、絶対に原発をやってはいけない国なのです。他の国は、まあ勝手にしろと。だけど日本だけは絶対にやってはいけない。
 なんでやってはいけないのか。原発は、巨大精密機械だからです。僕は、原発にもぐりました。浜岡の原発に現場検証に行きました。でっかいですよ。配管が、ワーと張り巡らされていますよ。やたらと、スイッチとIC〔集積回路〕があります。
 精密機械は、衝撃と水に極端に弱い。例えば、携帯電話は、水につけたり、ガーンとたたきつけたりしたらアウトでしょう。それと同じです。だから、日本で原発はやっていけないのです。
 「そもそも原発をやっていたことがいけないんだよ。それが、過失の第一だ」というのが、この訴状に書いてあることです。
 この本質は、そこにある。最大の罪は、日本で原発をやったことなのです。
 だけど、刑事事件で、それだけでやろうとしても、検事はなかなか動かない。でもやっぱりそういうものなのだということをまず分からせる必要があると思います。

 刑事告訴の論点は、だいたい以上です。
 ともかく、これだけの重大事件で、誰も刑事責任が問われないのはおかしい。連中は、個人責任を突きつけられないと、身に染みて反省しないのです。この集団告訴は、個人責任を追及し、そうすることで、福島の人たちが立ち上がり、そして、原子力ムラを解体し、原発をなくし、日本をよくするたたかいの一歩です。是非、そこのところをご理解いただき、多くの方にご参加していただきたいと思います。  (了)







 

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  1. 2012/04/18(水) 14:50:01|
  2. 告訴/賠償/ADR申立
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住民が東電を追及   川俣町

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 事故から7カ月以上経つ10月20日夜、川俣町で、東京電力が賠償問題について住民に説明する場が、住民の側の要求で、ようやく設定された。 
 川俣町は、福島第一原発の北西に位置し、東西を飯舘村と福島市に挟まれている。南東は浪江町に接している。浪江に接する山木屋地区は計画的避難区域に指定されている。
 この日の会場は、役場などがある中心街のバイクショップの倉庫だった。ここに住民約30人が集まった。
 東電の側は、5人でやってきた。2人が作業着、3人が黒のスーツ。
(上の写真は、住民〔写真左端〕が、殴りかかりたい怒りを抑えて、東電に誠実な対応を求めて詰め寄る)


 
「事故の収束」? 住民にとっては何も「収束」していない


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 東電は、どこの説明会でもやっているように、頭を下げて見せるところから始めた。しかし、その後の説明は、「『原発事故の収束』に向けて進捗している。もう危険はありません」。これを延々とやった。
 住民らは、これをいらいらしながら聞かされた。
 そして、説明が終わると、次々と住民が発言した。静かな口調だが、厳しい糾弾だった。
「事故で出た放射能がある。20ミリシーベルト/年を超える被ばくをしている。それなのに、『収束している』では話が違う」
「福島がフクシマにされてしまった。ヒロシマの180倍の放射能が吐き出された。福島に爆弾が落とされたみたいなもの。その残骸は全部、東電が持って帰れ」
 放射能がまき散らされ、その被害が継続している。住民にとっては、何も「収束」などしていない。それなのに、「事故の収束」を宣伝する姿勢に怒りの声があがった。



加害者ということを忘れてないか


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 「除染」にたいする東電の姿勢にも批判が出た。
「『除染は、東電の責任です』と言っているけど、実際は、国が県に、県が自治体に、自治体が住民にぶん投げて、誰も責任をとらない。
 除染の話に、東電は全然出てこない」
 これにたいする東電の応答は、「東電としては、除染についての蓄積があるので、ノウハウを提供し、アドバイスさせていただいている」と。
 これには住民の怒りが。「なんで迷惑をかけた人が、やらないのか。なぜ加害者が自分のところの人間を組織して、やんないの? 家族総出でやんなよ。なんで被害者がやって、加害者がそれにノウハウを提供するという話になんの?」
「おまえら、加害者だろ。加害者ということを忘れてないか。東電の職員が身を削っているように見えない」。

 

なぜ東電の方から書類を持ってこない


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 損害賠償請求についての東電の説明にも、住民は苛立ちを隠せなかった。
 「損害賠償請求の書類は、なんでこちらから要求しないと来ないのか?」と住民が質問。
 これにたいして東電は「誰がどこに住んでいるかわからないので、来てもらわないと」と答弁。
 加害者が大きな態度で被害者を呼びつけ、被害者は頭を下げて書類をもらいに行くという姿になっている。
 これにたいして「そんなもん、一軒一軒、訪ねて歩けよ」と住民の怒り。
 さらに、東電の損害賠償請求についてのコールセンターの対応にも住民の怒りが。
 実は、コールセンターの業務を東電は下請けに投げていて、電話で直接応対するのは東電の人間とは限らない。それをやらされる下請けの労働者もたまらないが、何より被害を受けて住民にとっては、実に不誠実な対応だ。
 「30キロ圏外の自主避難についても全部補償してほしい」という住民の発言がいくつも出された。
 これにたいする東電の答弁は、「検討しているが、まだ国の指針が決まっていないので・・・」と逃げる。



「もし子どもの将来に・・」と悲痛な訴え


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 若い男性は、思い詰めたような言葉で、「もし子どもに将来、健康被害が出たら、補償してくれるのか?」と問う。
 東電は、「それについては、今の段階では答えられない」。
 若い男性は、「納得できないまま、墓に入れということですね。・・・残念です」。
 隣の飯野町から小さい子どもを連れた若い女性は、ずっと不安に苛まれている辛さを吐き出した。
 「7カ月間、ずっと不安。子どもの将来を考えると辛い。この気持ちは、福島にいないとわからない。東電の人は、ここにいない。ここにいないと、この苦しさはわからない。
 私の家の庭は、まだ10~20マイクロシーベルト/時ある。でも動けない。自主避難しろということか。避難できる人とできない人がいる。支援がなければできない。
 東電は何もしてくれていない。民間のボランティアが支援の手を差し伸べてくれている」。
 この悲痛な訴えにたいして、東電が答えた言葉は、「そういう切実な話をきかせていただき、ありがとうございました・・・」。

 

殴ってやりたい気持ちだ


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この会場を提供するなど、この場の設定に尽力したSさん。何度も発言したが、最後に怒りを爆発させた。
「バイクショップをやっていた。ここは、銀行に借金して、去年やっとつくった倉庫。でもいまは、放射能汚染でバイクに乗る人なんかいない。いまは借金を返すのが大変。どうしてくれるんだ」。
 「眼のガンで、放射線治療を受けている。3月18日に眼が腫れた。福島医大で診てもらったら、最初は『被ばくの影響』と言われた。しかし山下(長崎大教授から福島医大副学長)が来てから、対応がコロッと変わった」。
 「東電の住民をなめた態度が許せない。ほんとに殴ってやりたい気持ちだ」。



被害住民を切り捨てる


 東電は、これだけの重大事故を起こし、住民をこれだけ苦しめている。
 しかし、東電には、加害者としての自覚はほとんどない。住民にたいしてまもとに応対しようという気持ちさえ見えない。何を言われても、法律をタテに「できない」といい、「国が決めるので」と国の下に逃げ込む。マニュアル通りの答弁をくり返す。
 住民の前に出てくる東電の社員が、こういう対応に何の疑問も感じてないように見える。こういう場に出されて辛いだろうという気持ちに最初はなったが、全く同情する必要もなかった。
  賠償にしても、避難にしても、除染にしても、この間の国や東電の姿勢から見えることは、被害を受けて苦しむ住民を切り捨てて、国と東電と原子力政策を守るという方向に突き進もうとしていることだ。

 住民は、このような東電に冷静に怒りをぶつけ、国や法律によって守られている所から、東電を、何とか捕まえて、引きずり出そうとしていた。



福島の叫びを孤立させてはならない

 
「通販生活」というカタログ雑誌に以下のような文章が載っているということを、知人に教えていただいた。


ー原発を語るときー

廃止論であろうと

再開論であろうと

原発を語るときは

心を福島に置いて語る習慣を身につけよう

福島でつくられた原発電力は

東京で消費されたから

つまるところ

福島の子たちは

東京の子たちの身代りになった

福島の親たちは

東京の親たちの身代りになった

大阪で消費される原発電力は

どの県でつくられているのだろう

五年後の甲状腺ガン

十年後の白血病が

春夏秋冬気にかかる

福島の子たち親たちを棚に上げて

原発を語ることの

恥ずかしさよ


 福島の人びとの叫びを孤立させてならない。
「避難を求める住民に避難を。補償を求める住民に補償を」という声を、全国からあげてほしい。


 

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  1. 2011/10/24(月) 07:54:32|
  2. 告訴/賠償/ADR申立
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