福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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汚染水を河川に投棄  小高区    事件の真相と除染の実態


1307knf001.jpg (2年4カ月が経って荒れ果てた校庭 金房小学校・南相馬市小高区)





 南相馬市小高区で行われていた除染モデル事業で、洗浄によって出た汚染水を河川に投棄していたという重大事件が報道された。〔「共同通信」が取材、7月12日付で各紙に配信〕
 この事件について独自に取材し、問題点を検討してみた。
 




【Ⅰ】  汚染水を垂れ流し



 報道の概要


 現場は南相馬市小高区の金房小学校とその周辺。そこで除染モデル事業が行われた。除染モデル事業とは、本格除染に入る前段で、除染の技術確立やコスト試算を目的としたもの。2011年12月から翌年2月にかけて、福島県内数カ所を選んで実施。そのひとつがこの現場だ。
 「日本原子力研究開発機構」(JAEA、以下では原子力機構)の下で、この現場を請け負ったのは「日本国土開発」という東京の中堅ゼネコン。
 小学校や工場の建物、宅地、農地などにたいして、高圧洗浄や表土の剥ぎ取り、反転耕などが行われた。
 その中で、金房小学校の現場では、高圧洗浄で出た汚染水が処理プラントに運ばれず、側溝に次々と流されていた。また、小学校近くの宅地では、住宅塀の洗浄作業で出た汚染水が通路の砂利道に垂れ流しになっていた。汚染水は側溝から近くの飯崎(はんざき)川に流れ込んだ。
 この光景を、国土開発の下請けで水処理を担当した業者が目の当たりにした。水処理業者は疑問に思い、証拠写真を撮影した。すると、日本国土開発は「国の実証事業だ。写真はすべて消去しろ。できないなら帰ってよい」と迫った。そして「これから除染をやろうというときに、ちくろうとするとは」と逆に激怒したという。
 投棄された汚染水の総量は、原子力機構の南相馬市に対する説明では609トン。そのうち検出限界値以下でそのまま排水したものが179トン。セシウムが検出されたものは430トンで、これについては沈殿や吸着などの処理をして暫定基準値以下にしてから排水したという。
 当時、小高区は警戒区域とされ(12年4月に解除準備区域)、住民も行政も不在。汚染水が流された飯崎川は原発事故以前は農業用水として使われていたものだ。
 ――ひとまず以上が報道の概要だ。



 原子力機構の反論


 さらに、この報道を受けて同日、原子力機構・福島技術本部が、「除染モデル事業に関する報道について」という見解をサイトに掲載している。抜粋すると以下の通り。
 「除染水の管理については、排水に関する基準がない状況下において、当時の暫定基準値であった200ベクレル/リットルを参考に、自主的な管理基準値として管理した。これは何ら法令に違反するものではなく、妥当なもの」
 「自主管理基準値未満であることを確認してから流した水を、汚染水と報じていることは、事実を誤認させ得るものであり、遺憾である」
 原子力機構の見解は、汚染水の排水を適法と主張し、汚染水と呼ぶこと自体に異議を唱え、報道に真っ向から反論するものである。

        ・         ・         ・

 以上に踏まえて、以下のようにリポートして行きたい。
 【Ⅱ】    小高区の当該現場と被災者の思い
 【Ⅲ】    実際に除染を担った作業員の証言
 【Ⅳ】【Ⅴ】 原子力機構作成の報告書と見解の批判




【Ⅱ】  被災者の思い踏みにじる



 ところで、除染の対象となった金房とはどういうところだろうか。現場に足を運んでみた。
 除染モデル事業が行われてから1年半も経っており、その作業の問題点を今になって見つけるのは当然難しいだろう。しかし、まず重要なのは、そこに人びとの暮らしがあったのだという事実、そして、その人びとが、原発事故によって避難を余儀なくされ、田畑が汚染され、帰りたくとも帰れないでいるという事実に思いを馳せることではないだろうか。 
 


1307knf002.jpg


 この辺りはかつて金房村といい、敗戦後には、復員や引揚などの人びとが入植、労苦を重ねて山林を農地にかえていったという開拓の歴史がある。
 今は金房小学校になっている場所に、以前は開拓農業協同組合があり、1955年に開拓10周年を記念する碑が立てられた。高村光太郎の手になる詩碑に、当時の開拓民の思いが刻まれている。
 「…見わたすかぎりはこの手がひらいた 十年辛苦の耕作の海だ/…/死ぬかと思い自滅かと思い また立ちあがりかじりついて 借金を返したりふやしたり ともかくもかくの通り今日も元気だ/…」〔一部抜粋。なお開拓碑は現在、近傍の摩辰に移転している〕
 

1307knf003.jpg


 上の写真は阿武隈山地の西側の山々から水を集めてくる飯崎川。
 大きな川ではないので生い茂った雑草に隠れているが、この水が田畑を潤してきた。
 そしてそこで稲や果樹や家畜の世話をする人びとがいた。
 しかし、かっての風景は偲ぶべくもない。


1307knf004.jpg


 金房小には、事故前、約150人の生徒がいたという。
 事故がなければ今頃はプールで子どもたちの歓声が響いていただろう。
 金房小は、現在、鹿島中学校の仮設校舎で授業を行っている。生徒数は34人に減ってしまった。

 事故から2年4カ月の歳月で、学校も家屋も農地も無残な姿に変わってしまっているが、そこに人びとの暮らしがあった場所だ。
 しかし、そういうことを、原子力機構やゼネコンは、一顧だにせず、避難によって住民がいないことをいいことに、汚染水を農業用水に投棄したのだ。
 「汚染水を流せばどうなるのか分かるでしょ。なぜ、そんなことができるのか。本当に悔しい」
 小高区の住民をはじめする被災住民はショックを受け、また憤っている。

 


【Ⅲ】 「ゼネコンはみんなやっている」

 

 さて、除染の現場で実際に何が行われ、どういう問題があるのか。除染モデル作業に当初から従事してきた木幡さん(仮名)に現場の実情を聞いてみた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 〔以下、木幡さんのお話〕


 汚染水を流すというのは、申し訳ないけど、ゼネコンはみんなやっているな。
 とくにモデル除染では、やたら高圧洗浄をやっていたんだ。それで出た水は側溝に貯めて、あとで回収ということだったんだけど・・・、実際にはそれはやってないな。除染に使用した機材を川で洗うということもやっているし。

 ◇基準に問題

 これをやっている会社も問題だけど、基準自体がいい加減なんだ。排水の基準がない。とりあえず当初は200ベクレル、特措法ができて90ベクレルというけどね。基準はないに等しい。
 だいたい国の基準があらゆる意味でおかしい。
 国の基準だと、1万ベクレル/キログラム以下は汚染ではないんだから。
 スクリーニングの基準だって、1センチ平方メートルで40ベクレル。だから1平方メートルなら40万ベクレル。それ以下ならオーケーなんだ。
 例えば、小高でインフラの工事も始まっているけど、土の汚染のことなんか全然関係なしだから。本当はものすごい汚染があるのに。普通の土木工事としてやっている。

 ◇問題は国・原子力機構

 それに、モデル除染は、原子力機構の下でやっていることでしょ。原子力機構は、国ともなあなあの関係でいい加減だから。今回の問題も、この辺の根本から管理し直さないと。一企業のレベルの問題じゃない。
 でも、県も市も、この件で原子力機構に対して一応は物申すだろうけど、それを徹底したら、全域が問題になって、除染が進まなくなる。それじゃ困るからと、これもなあなあで終わりだろうね。

 ◇砂漠に水

 結局、このいい加減な基準で、成果も上がらない除染を続けてどうなのかという問題なんだよね。今のようなことをやっていては、のれんに腕押しというか、砂漠に水を撒くというか、要するに無駄ということだ。本当におかしいし悔しいけど、一作業員の力ではどうにもならないんだよ。


1307knf005.jpg
(建物にたいする高圧洗浄。洗浄水はそのまま流されている。2012年12月飯舘村)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 申し訳なさそうに語る木幡さんだが、自身被災者だ。自宅は避難区域となり、仮設住宅で暮らしながら、除染作業に従事している。もともと原発労働者で、その中でも被ばく線量の高い作業を長く経験してきた。自分が関わってきた原発が事故を起こしたことへの悔悟と、故郷を取り戻したいという思いから、除染作業に志願して参加してきた。
 しかし現場では、そういう木幡さんの思いを裏切る現実ばかりで、「今のままではダメだ」と繰り返し漏らしている。
 
 木幡さんの証言にはいくつもの重要な指摘がある。
 以下では、木幡さんの証言に踏まえながら、さらに問題点をみてみたい。
 



【Ⅳ】  排水は国の方針



 木幡さんも言うように、これは、日本国土開発という一企業だけの問題にはできない。悪質な企業が勝手にやったことだからという話では済まされない。
 それは、原子力機構・福島技術本部のサイトにアップされている「福島第一原子力発電所事故に係る避難区域等における除染実証業務 報告書」を見るとよく分かる。その中に、「南相馬市金房小学校地区における除染モデル実証事業の結果速報 平成24年3月」(以下、「結果速報」)という題名の報告がある。いうまでもなく事件となった現場の作業報告だ。



 原子力村の総がかり


 まず、この報告をしている主体を見ると、「内閣府原子力被災者生活支援チーム 内閣府福島除染推進チーム 独立行政法人日本原子力研究開発機構 大成建設・間組・日本国土開発・三菱マテリアル・アトックス・関場建設共同企業体」とある。関場建設だけが地元南相馬市の中堅企業で、あとは中央官庁、原子力推進機関、ゼネコンと原子力産業。原子力村の総がかりでこの事業をやっていることが今更ながらわかる。
 とくに除染モデル事業は、本格除染に入る前に、除染の技術を確立し、コストを試算しようというもので、各社が競って自社の技術を持ち込んでアピールし、本格除染に採用してもらおうとする場だった。
 まだ本格除染ではない試行段階で、120億円の費用が投じられた。それが、大成建設、鹿島、大林組の三社の組織したそれぞれの共同企業体に入っている。そして、本格除染が始まって今年2月時点までに既に総額1.5兆円が投じられている。



 「放流」と明記

 
 この「結果速報」に、「洗浄水およびプール貯留水の排水処理等」という項目がある。そこには、「洗浄水約70立法メートル、プール貯留水約50立方メートル、合計120立法メートルを吸着凝集処理し、排水基準値以下を確認して放流」と明記されている。要するに「放流」=投棄したことが正式に報告されている。 こっそり流したという次元ではなく、それが国と原子力機構の了承した正式な方針だったということだ。
 なお、ここにも出てくる「排水基準値」については次の章で検討する。



 処理せず流した疑い


 ところで、排水した総量が大きく食い違う。「結果速報」では、約120立方メートル=120トン、洗浄水に限れば70トンとあるが、冒頭で見たように、原子力機構の南相馬市に対する説明では、排水した総量は609トン。そのうち沈殿や吸着などの処理をしたのちに排水した汚染水は430トンとしている。この大きな違いはどういうことなのか。
 さらにいえば、処理をして排水したのは430トンという説明もどうなのか。報道されている水処理業者の話では、「汚染水が処理プラントに運ばれず、側溝に次々と流されていた。住宅塀の洗浄作業で出た汚染水が通路の砂利道に垂れ流しになっていた」という。はっきりと「処理プラントに運ばれず」とある。処理を施して排水したものもあるが、高濃度の汚染水を何の処理もなくまさに「垂れ流し」にして、その量も特定できないものも相当量あるということが強く疑われる。


1307knf007.jpg
(小学校脇の側溝に汚染水は流された)




【Ⅴ】  基準自体がいい加減



 次に、原子力機構が報道に対して、「自主的な管理基準値だから何ら法令に違反しない」「自主管理基準値未満の水を汚染水と報じているのは遺憾」と真っ向から反論しているが、これはどう見たらいいのか。



 汚染を既成事実化


 まず、自主管理基準値とはなんだろうか。
 原子力機構の見解では次のように言っている。「排水に関する基準がない状況下において、当時の暫定基準値であった200ベクレル/リットルを参考に、自主的な管理基準値として管理した」。
 原発事故の直後、食品の汚染が問題になる中で、厚労省が、急きょ示した飲料水の暫定基準値が200ベクレル/リットルなのだが、それを排水に関して援用したというのだ。
 「排水に関する基準がない状況下において、自主的な管理基準値として管理した」と胸を張っているわけだが、これはおかしい。そもそも放射能で汚染された水の排水などという行為が許されないのであって、排水基準が存在しないのが当然なのだ。だから、原発事故によって環境中に大量の放射能をまき散らしたという行為自体の犯罪性が問われなければならないはずだ。しかも、「自主的に管理した」などと胸を張っている原子力機構とは、原子力村のいわば親玉であり、放射能汚染に連帯責任を負っている者だ。
 ところが、その責任については釈明のひとつもなく、汚染を客観的な既成事実にして、基準だとか管理だとかと語っているところに履き違えがあるのだ。これは、放射能の撤去を求められた仮処分で、「放射能は無主物(=持ち主がいない物)」と主張した東京電力と共通する傲岸さだ。
 


 「濃度にかかわらず流せる」


 2011年12月に放射性物質汚染対処特措法の施行規則ができて、下水処理施設のような常設施設からの排水について基準がつくられた。それによれば、「1リットル中のセシウム134単独なら60ベクレル、137単独なら90ベクレル、混合の場合は60~90ベクレルの範囲」の各濃度以下で規制するとなった。
 これ自体の問題もあるが、原子力機構は、今回のような排水の場合は、「常設施設の排水ではないから、施行規則の対象外」と主張している。
 さらに、原子力機構は、この事件に関して共同通信の取材を受け「排水条件は」と問われて、「濃度にかかわらず、排水される側がいいと言えば流せる」と言いきっている。
 つまり、原子力機構としては、放射性物質汚染対処特措法の施行規則にも拘束されないし、また、200ベクレル/リットルというのも、あくまでも自主的な管理基準値であって、「濃度にかかわらず、流せる」という立場なのだ。



 希釈すれば汚染水ではない?


 ところで、飲料水の暫定基準値を汚染水の排水の基準値に適用するならば、それなりに厳しい基準なのではと見る向きもあるかも知れない。
 そもそも、食品の暫定基準値自身が相当に緩い基準であったという問題はあるが、それには立ち入らないとして、実は、濃度を基準にすること自体に大きなマヤカシがあることに気づかなくてはならない。
 飲料水の暫定基準値200ベクレル/リットルよりも下げて排水したというが、コップ1杯とか2杯分の量ではない。上述のように排水された総量の信ぴょう性の問題もあるが、仮に主張通り430トンの汚染水を自主管理基準値の200ベクレル/リットル以下で排水したとしよう。そうすると、そこに含まれる放射性物質の総量は計算上最大で8600万ベクレルに達する可能性がある。しかもこれはあくまでも処理をしてから排水した部分についての話だ。
 これだけの放射性物質を河川に流す行為を、果たして除染といえるのか。むしろ放射性物質を拡散させ汚染を拡大しているというべきだ。
 ところが、原子力機構の見解では、「汚染水と報じていることは、事実を誤認させ得るものであり、遺憾」という。
 <法令では汚染水ではない。飲み水と同じだ>と。つまり、<希釈すれば汚染水が汚染水でなくなる>という詭弁だが、法令の解釈がそういう詭弁を許しているのだ。
 こういう解釈を援用すれば、地球上の海水の総量はおよそ1兆4千億リットルだが、これを分母にすれば、どれだけの放射能を垂れ流しても、法令上は問題ではなくなる。実際、東京電力は増え続ける汚染水の対応に窮して、その海洋放出のタイミングを計っている。



 汚染土の基準も


 さらに、木幡さんが指摘するように、除染で出た草木や土壌も同じように問題がある。
 除染電離則は、除染作業を行う労働者の被ばくにかんする規則だが、この中では、「当該廃棄物に含まれるセシウム134およびセシウム137の濃度が1万ベクレル/キログラムを超えるもの」を汚染物質としている。また、福島原発事故による環境への放射能汚染にたいする対処を謳った特措法では、「8千ベクレル/キログラムを超えるものは指定廃棄物」とした。つまり、それ以下ならば汚染物質ではないという解釈が成り立つ。
 いま現在、小高区を土砂やガレキを満載した大型ダンプカーがひっきりなしに行き交い、インフラの工事などが行われ土の移動が行われているが、そこに含まれている放射性物質のことなど考慮されないで作業が進められていることにを、木幡さんは危惧している。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 【除染前・除染後・現在の放射線量】

1307knf008.jpg
 校舎の西端にあるモニタリングポスト。その表示は0.284マイクロシーベルト。ところが、それを撮影するために筆者が立ったところは手持ちの線量計で0.68マイクロシーベルト。例によってモニタリングポストは恣意的に低い数字を示しているようだ。  
 なお下表は、除染前と後の原子力機構によるモニタリング結果と、筆者が現場に行った日の測定結果。測定条件が違うので単純に比較できないが参考までに併記する。
除染前 (2011年12月 機構の測定)0.50~2.51
除染後 (2012年2月 機構の測定)0.11~1.62
 現在 (2013年7月 筆者の測定)0.42~0.76
                                       (単位はマイクロシーベルト/時間)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 最後に改めて木幡さんの言葉に耳を傾けたい。
 「県も市も、この件で原子力機構に一応物申すだろうけど、それを徹底したら、全域が問題になって、除染が進まなくなる。それじゃ困るからと、これもなあなあで終わりだろうね。
 結局、このいい加減な基準で、成果も上がらない除染を続けてどうなのかという問題なんだよね。今のようなことをやっていては、のれんに腕押しというか、砂漠に水を撒くというか、要するに無駄ということだ。本当におかしいし悔しいけど、一作業員の力ではどうにもならないんだよ」
 木幡さんの言う通り、南相馬市は、事前に説明がなかったという手続き上の問題を指摘しただけで、すでに矛を収めている。
 多くの住民も、現場の作業員も、今進められている除染はおかしいと感じている。にもかかわらず、大きな力で押し流されて行こうとしている。たしかに一住民や一作業員の力では難しいかもしれない。しかしこのままでいいはずがない。
 きれいにしますよと言って請け負っておきながら、汚染物質をその辺りに捨てるという行為が、国や原子力機構やゼネコンによって行われている。これは、一般常識では罪に問われるべき行為である。謝罪し、除染を中止し、受け取った費用は全額返済するということが、当然の対応ではないだろうか。 (了)







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テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2013/07/21(日) 19:30:00|
  2. 除染
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

【論考】  国の除染方針は何を狙う 

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(ここから先が警戒区域。国道6号線は、南相馬市の原町区と小高区の境で寸断されている。南相馬市の3分の1に当たる小高区の全域が、警戒区域に。) 





 いま、福島では、除染をめぐる問題が大きな焦点になっている。
 この問題を南相馬市の現場を中心に見てみたい。
 それに踏まえて私の意見を述べたい。



【Ⅰ】 国の除染と住民の除染



 国や県・自治体はいま、「とくかく除染」と大号令をかけている。
 しかし、そもそも国は、避難はおろか除染にたいしても、冷ややかな態度だった。南相馬市の場合、除染が始まったのは、「子どもや妊婦をとにかく守らなければ」という住民の止むに止まれぬとり組みとしてであった。



始まりは住民のとり組み


 南相馬市の場合、原発事故直後、市の人口約7万人のうち、6万人以上の人が市外・県外に避難した。(桜井市長の発言によれば、11月現在も2万8千人が避難中)
 国・自治体は、住民の被ばくたいして、無対応・無方針だった。ホールボディーカウンターによる検査も、尿や血液の検査も行わなかった。
 そういう中で、市内に残った人や、すぐに戻った人びとの間で、避難できなかった子どもや妊婦を放射能から守るためのとり組みが始まった。
 子どもや妊婦のいる家庭にフィルムバッジを配り、生活の中の被ばく線量を測定した。さらに、勤務先や自宅、とくに自宅の中でも、寝室や居間など長時間生活する場所の空間線量を測定した。そこから、生活の仕方を工夫するアドバイスをして、少しでも被ばく線量を減らす努力が重ねられた。
 しかし、そういう努力をもってしても、空間線量の下がらない家庭があることがわかってきた。そこで、除染という活動が始まった。未知の領域だった。
 夏になる頃、個人宅や保育園などの除染が試みられた。この作業に多くのボランティアが駆けつけた。そこで除染のノウハウが、市民レベルで形成・蓄積されはじめた。
 そして、このとり組みの中から、この秋、市民のために除染を担う市民組織の立ち上げにまで進んでいる。また、内部被ばく対策として、市民の力で食品放射線測定器を導入し、食品測定を行うとり組みも進んでいる。


 
国がにわかに除染を呼号 


 国は、市民のとり組みに冷淡だったが、8月に入り、にわかに「除染に関する緊急実施方針」を打ちだし、当面の除染費用として、約2200億円を計上。その皮切りとなる「除染モデル実証事業」は、国が日本原子力研究開発機構に委託、さらにそこからゼネコンに再委託されるという形で動いている。
 しかし、市民レベルでこれまでとり組まれてきた除染と、国が呼号する除染とは、目的も方法も違う。当初から、市民レベルの除染にとり組んできた住民(50代、男性)は、国の動きを以下のように見ている。
 「国の除染はデーターをとることもなく、ただ表土を取り除くだけ。それも公的な施設だけで、個人の家や民間の土地は、それが保育園で子どもたちが集う場所であっても除染を行わない。子どもや妊婦を守ろうしている感じがしない。
 一方、除染に莫大なカネが投じられるが、それを受ける業者は、原発をつくったゼネコン。莫大なカネをもらってゼネコンが原発をつくり、今度は、まき散らした放射能をゼネコンが国のカネで取り除く。こういうことに疑問を感じる」。
 


【Ⅱ】 除染の実際と効果



 では、そもそも除染とは何か。実際にはどう行われ、効果はどうなのか。



除染とは


 除染とは、放射性物質を、ある場所から別の場所に移動させる作業だ。
 除染によって、放射性物質を消滅させたり、減少させたりすることはできない。放射性物質の量は、半減期以外の理由で減ることはない。
 除染作業の実際は、①高圧洗浄機で飛ばす、②表土をはぐ、③草・木を抜く、④コンクリートを削る、⑤側溝を流す、⑥汚染土などを埋める・・・といった単純作業の繰り返しだ。その前提として、除染対象の放射線量の綿密な測定と計画の策定が問題になる。
 除染は、移動である以上、ある場所を徹底的に除染して、空間線量を下げることに成功したとしても、その周りに押しつけただけということが起こりうる。誰のところの何処のところの空間線量を下げる必要があるのかという目標と計画について、住民の間で納得のいく議論をする必要がある。
 除染の効果を上げようとすれば、表土などを削る必要がある。それによって出た汚染土や廃棄物の処分も問題になる。その量も膨大。セシウム137は、単純計算で300年でようやく1000分の1になる。そのような長期間、それを引き受けて隔離・管理する場所が問題になる。また、農地の表土を剥ぐと、地力が落ちて農地としてだめになるという問題もある。
 とりわけ福島県はその7割が山林だ。この山林を皆伐するのか、落ち葉や表土はどうするのかなど、問題は深刻だ。また、山林には手をつけないとすれば、住宅地や田畑を除染できたとしても、雨風によって放射性物質が再び流れ込んでくることになる。
 しかも、除染作業は、内部被ばくの危険を伴う。放射性物質を吹き飛ばす作業をするわけだから、除染作業員は、放射性物質を肺に吸い込む危険がある。厳重な防護策が必要だ。さらに、除染作業が活発化すれば、放射性物質を含んだ埃が広範囲に舞い上がる。そういう状態が、おそらくは10年単位で続く。除染自体が、新たな健康被害をもたらす危険がある。大規模な除染をやるならば、一時的にせよ、避難・疎開が絶対に必要になる。



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(南相馬市・原町一小で行われた除染作業。重機で表土を剥ぎ、校内の一角に掘った穴にシートを敷いて、汚染土を埋めていた。)



「目標は10%削減」


 では、実際の除染の効果はどうなのか。
 内閣府・原子力災害対策本部の「除染に関する緊急実施基本方針」(8月26日決定)によれば、次のように言っている。
 まず、「追加被ばく線量が年間20ミリシーベルト以上にある地域」-大熊町、双葉町、飯舘村などの高濃度の汚染地域。この地域について「基本方針」では、「段階的かつ迅速な縮小を目指す」と述べるだけで、具体的な目標や方針は何も出されていない。
 次に、「年間20ミリシーベルト以下にある地域」―南相馬市、伊達市、福島市などの中程度の汚染地域。この地域については、「暫定目標」として、「2年後までに、一般公衆の推定年間被ばく線量の約50%減少を目指す」と、具体的な期限と数値を掲げている。 しかし、その中身になると、「放射性物質の物理的減衰及び自然要因による減衰:2年で約40%」「除染による削減目標:約10%」。これは、《除染では約10%しか減らせない。あとは自然に任せるしかない》と認めているということだ。



除染後に数値上昇も


 福島市が、7~8月に、空間線量の高い渡利地区・大波地区で、モデル的な除染を行った。その結果の評価・分析を、住民らに依頼された山内・神戸大教授が、「放射能汚染レベル調査結果報告書 渡利地域における除染の限界」(9月20日)というレポートをまとめている。
 その結論は、「本来の意味での除染はできでいない」。
 山内教授のレポートによれば、市の報告からも、除染の前後で空間線量は、約68%にしか下がらなった。子どもの通学路が、除染後も、1~2マイクロシーベルト/時、場所によっては4マイクロシーベルト/時。場所によっては、除染後に逆に数値が上昇したところもあった。
 除染後に上昇したのは、「周囲を山林で囲まれた地形から、放射能を含む土が住宅地に流れ込んでいるから」と、山内教授は分析している。



【Ⅲ】 除染ビジネス



 国が「除染に関する緊急実施方針」を打ちだし、莫大な予算を計上する中で、新たな利権構造が始まっている。



ゼネコンがエリアを3分割 


 11月7日、日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構)が、「除染モデル実証事業」の公募結果を発表した。「除染モデル実証事業」とは、警戒区域・計画的避難区域のエリアで、政府が年明け以降にとり組むとしている「本格除染」の前段的な作業。総額で約72億円。受注したのは、大手ゼネコン3社が各々つくった共同企業体(JV)。それが該当エリアを3つに分割している。
① 南相馬市、川俣町、浪江町、飯舘村のエリアを、大成建設など6社 
② 田村市、双葉町、富岡町、葛尾村のエリアを、鹿島など14社
③ 広野町、大熊町、楢葉町、川内村のエリアを、大林組など5社
 また、これとは別に、警戒区域・計画的避難区域以外のエリアについては、福島県が公募し、大成建設が1億5千万円で受注している。



汚染の原因者が元請け


 原子力機構とは、高速増殖炉「もんじゅ」(福井県)を開発するなど、核燃サイクルを研究、電力業界と二人三脚で原子力産業を推進してきた組織。放射能をまき散らした原因者の一人だ。
 原子力機構は、5月に福島支援本部、6月に福島支援事務所を設置。政府から、放射性物質の分布状況の調査などを委託され、伊達市や南相馬市に職員・元職員をアドバイザーとして派遣して除染実証事業を行っている。内閣府・原子力災害現地対策本部が8月に立ち上げた「福島除染推進チーム」では、約40人中の半分以上を原子力機構の職員が占めている。
 この原子力機構が、内閣府から、上述の「除染モデル実証事業」を受注、それをさらに大手ゼネコン3社のJVに再委託。内閣府からの受注額は約100億円なのに、JVの受注総額は最大72億円。「30億円を中抜き」と報道されている。
 しかもこれはまだ序の口だ。全域の除染事業が本格化すれば、数年がかりで、数兆円の規模になることは確実だ。



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(南相馬市主催の除染をめぐるシンポジウム〔9月3日開催〕で発言する日本原子力研究開発機構の天野治氏。南相馬市を担当、住民の中に入って、除染の指導を行っている。汚染した農地について「すき込んでいい」という天野氏の指導には、住民から疑問の声があがった。)



利権の構造


 「放射線物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」成立によって始まった「除染」とは、除染利権に他ならない。
 原発の利権は、経産省-東電-元請けの電機電産プラント企業・ゼネコン-下請け企業という図式だった。それが、内閣府-原子力機構-ゼネコン-下請け企業に入れ替わったが、利権の構造という点で全く同じだ。
 放射能をまき散らした原因者が、反省も謝罪もなく、救いの神のような顔をして、利権漁りをやっているのだ。



【Ⅳ】 避難を拒む国家意志



「みんな、ものすごい不安と怒りの中にいる。
 だけど、『避難』を言ったら、非難される雰囲気。
 だから、仕方なく『ここは飯舘よりは線量が低い』と自分に言い聞かせて、自分の中で、あきらめと切り替えをしている。
 それを3~4月頃の気持ちに引き戻すのも、また残酷なことだ」。
 南相馬市で、ガレキ撤去や除染活動にとり組む住民(30代、女性)が、市民の意識状況をこのように語ってくれた。



支配秩序崩壊への恐怖


 国・県・自治体は、挙げて、「とにかく除染」と呼号し、除染によって放射能汚染はすべて解決するかのように、宣伝している。緊急避難的には除染も必要だ。が、除染には限界もある。そのことを、国は隠している。
 どうして隠すのか。
 除染が利権になっているからだという指摘も一理ある。また、県や自治体としては、住民は財源、それを一人でも逃したくないから。それも確かだが、しかしそれだけもない。
 「除染にとり組む」と言い出した8月辺りから、国は、総力を挙げはじめた。福島市渡利地区の避難勧奨地点指定をめぐる住民説明会や対政府交渉の場。避難を求める住民の側の訴えにたいして、官僚の並べる理屈はほとんど論破され、しばしば言葉に詰まりながら、なおかつ官僚たちは、「とにかく除染」と言い張り、住民の避難の要求を頑なに拒絶した。
 この官僚たちを支えているものは何なのか。それは国家の意志だ。何が何でも国家の支配秩序を守る。そういう強い意志を、官僚たちの態度から感じた。
 国は、「放射能汚染で、そこに帰ることはできない」、「そこで生活するのは健康被害の危険がある」という深刻な事態であるということをある程度、認識している。しかし、それを認めたら、住民の怒りが噴出し、内乱のような事態になり、国の支配秩序が保てなくなる。そういう治安の危機に恐怖しているのだ。
 だから、「帰れない」「危険だ」という事実を隠し、そういう事実を指摘したり、避難・疎開を求める意見を抑え込むことに躍起になっている。国としては、支配秩序を保つためなら、住民の健康が犠牲になるのもしかたがないという無慈悲な判断をした。そう見る以外に、国の対応を説明しようがない。



住民同士の対立を生む


 住民は、「帰れるのか」「住み続けられるのか」と不安に駆られている。
 それにたいして、国は、「除染すれば帰れる」、「除染すれば住み続けられる」と宣伝する。真顔で繰り替えし言われれば、誰しも「それができるなら、そうしたい」と、すがるような気持ちになるのは当然だ。
 国の態度は、そういう住民の気持ちを利用し、住民の中に混乱を持ち込んでいる。「やはりここは危険だ」「避難したい」「集団的な疎開・転地にとり組むべきだ」と避難を求める住民と対立させ、それを押しつぶそうとしている。
 本当に悪いのは国なのに、避難を求める住民と、除染に期待する住民とが対立させられてしまう。支配者というものは、追いつめられると、必ずこういう手法を使ってくる。かつて、関東大震災の危機の中で、デマを煽って、朝鮮人への襲撃が組織されたことを想起させる。



調査団がチェルノブイリで見たもの


 先頃、福島からチェルノブイリにいった民間の調査団のことに触れたい。あまり成果はなかったされているが、地元紙「福島民報」(11月10日付)の以下の記事を見ると、重要な教訓が提起されていることがわかる。
「…福島調査団の参加者は荒れ果てた人工都市の姿に、しばしぼうぜんとなった。そして、誰からともなく『除染して、住民を戻す取り組みはされなかったのか…』との声が漏れた。
 旧ソ連政府は原発事故発生後、プリピャチを含む周辺の汚染地域を『ゾーン』と呼ぶ立ち入り規制区域に指定し、11万6000人を強制移住させた。ソ連崩壊後、ウクライナ、ベラルーシ両国は住民の帰還を目指し、公共施設などの一部で除染に取り組んだ。しかし、効果的な手法を確立することはできず時間と予算だけが費やされたという。
 植物を植えて土壌中の放射性物質を吸い上げる方法も実践されたが、効果は見られなかった。町は荒野に変わり果てた。
 東京電力福島第一原発事故の避難区域を抱える南相馬市除染対策室の横田美明さんは、市の除染計画にチェルノブイリの教訓を生かそうと調査団に加わった。しかし、具体的なアドバイスは得られなかった。『チェルノブイリと異なり、土地の狭い日本では、除染しなければ住む場所は限られる。除染のモデルをつくる必要がある』と切羽詰まった様子で語った。…」
 チェルノブイリと福島の違いを挙げることはいくらでもできる。しかし同じくらい共通点を挙げることができる。問題は、その違いと共通点を正確に検討し、同じ失敗を福島でくり返さないことだ。



【Ⅴ】 除染も避難も



 除染をめぐる問題を、南相馬市の現場に引きつけて見てきた。
 では、このような現実にたいして、市民はどう進もうとしているのか。どう進むべきなのか。



自主的な行動と大同団結


 南相馬市では、津波被害にたいする捜索や救難、避難所への支援や運営、被災した家屋から泥だしなど、市民が自主的な行動に立ち上がっていった。、地域の放射線測定や除染、子どもの保養、仮設住宅の支援にとり組む市民組織がいくつも立ちあがっている。
 南相馬市の場合、放射能問題があったため、県外の被災地のように、プロ化したボランティア団体が大規模に入るということがなかった。その分、市民の自主的な行動や組織の動きが活発だ。また、国にも行政にも、期待をしたが何もしてくれないというこの間の経験が、自主的な動きを促進している。
 国の除染の動きが見えてくる中で、市民レベルの自主性を堅持しようと、市民組織が互い連携する動きも始まっている。もともと南相馬市は、小高、原町、鹿島という三つの地域からなり、それぞれの文化があるところ。しかし、それを超えて連携していこうという機運が出てきている。
 それは、「現在の子どもと将来の子どもの命と健康を守る」、「そのために行動する」、「それがどんな壮大の復興計画よりも、緊急で死活的な課題だ」ということが、共通の土台として自覚されているからだ。



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(南相馬市や相馬市から市民組織が集まり、市民レベルでの除染をどう進めるかについて討議した。)


チェルノブイリの教訓に学ぶ


 誰もが、そうあってはほしくないと思っているが、恐れているのは、健康被害が現実のものになることだ。
 その点で、チェルノブイリの教訓に学ぶ必要がある。
 ウクライナでは、原発事故後から5年後に、移住に関する法律がつくられた。
 それによれば、移住の基準となる数値は以下のようになっている。

 ・強制移住地域  
  セシウム137 55万5千ベクレル/平方メートル以上
  追加被ばく線量 年間5ミリシーベルト以上に相当
 ・任意移住地域  
  セシウム137 18万5千~55万5千ベクレル/平方メートル
 追加被ばく線量 年間1ミリシーベルト以上に相当

 しかし、これが厳格に適用されたかというと、そうではなかった。体制崩壊と経済破綻があり、主に経済的な理由から移住政策は中断されてしまった。そのために多くに人が汚染地域に取り残された。そして健康被害が急増していく。
 健康被害は、一般に言われているように、ガン・白血病だけではなかった。呼吸器系疾患、血液疾患、腫瘍など、あらゆる疾患が事故後7年後から大幅に増加した。さらに、脳梗塞や糖尿病など、一般には高齢者のかかる病気が、青年中年で増えた。子どもは、成人よりも罹患率が高く、心臓血管系疾患は成人の30倍以上になった。さらに、仮死状態の出生や自力呼吸ができないなどの出産異常、消化器系や検疫系の発達に異常をきたす新生児なども増えた。
 とりわけチェルノブイリの教訓において重要なのは、健康被害の原因となった外部被ばくと内部被ばくの比率について、外部被ばくが24%であるのにたいして、内部被ばくが76%であったことだ。食事から摂取された放射能が4分の3を占めていた。
 このため、ウクライナやベラルーシでは、事故からようやく10年後に、食品の基準値を大幅に下げた。放射性セシウムについては、飲用水2ベクレル/リットル、野菜40ベクレル/キロといったものだ。
 これに比べて、日本の暫定基準は、それぞれ200ベクレル/リットル、500ベクレル/キロと、はるかに緩い。このままでは恐れている健康被害が本当に発生してしまう。
 国に任せていたら、子どもを守ることはできない。残念ながら、この国は、「子どもを守らない国」なのだ。チェルノブイリの教訓に学び、市民の知恵と力で、子どもを守る基準と方針を早急に確立し、行動する必要がある。



権利としての避難を


 子どもを被ばくから守る。被ばく線量を低減するもっとも有効な手段は、やはり、放射能汚染地域から離れることだ。保養や疎開、一時的な避難、さらに集団的な移住の声があがっている。
 除染によって生じる粉塵による内部被ばくの危険がある。除染が本格的に始まる前に、除染作業の間だけでも、子どもを安全なところに避難させてほしいというのが切実な声だ。
 「孫といっしょに暮らすことができないのか」、「若者がいなくなったら、町は本当に廃れてしまう」。たしかに、そういう厳しい現実でもある。
 しかし、国は、上述のように、支配秩序を保つためなら、子どもをはじめ住民の健康を犠牲にしてもしかたがないと考えている。これを受け入れるわけにはいかない。
 さらに、「権利としての避難」を主張するに当たっては、法律が、「一般公衆の追加被ばく線量の限度は、年間1ミリシーベルト」と定められている〔※〕ことを、改めて、はっきりさせよう。これ以上の被ばくは許されない。国は法律を守る義務がある。官僚は、ICRP(国際放射線防護委員会)勧告を持ち出すが、これに法的根拠は何一つない。
〔※ 「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」、「放射線を放出する同位元素の数量等を定める件」、規則第19条〕



除染も市民の主導で


 現実には、経済的社会的な事情から、避難できない人がたくさんいる。そういう人たちを、被ばくから少しでも守るとり組みも大切だ。
 ところが、国や自治体が取りかかろうしている除染は、もっとも被ばくから守るべき人たちのために行われるものではない。南相馬市の最新の計画では、業者に丸投げで、放射線量の高い山側の方からやろうというもののようだ。それでは、市内にいる住民、とくに子どもや妊婦をますます被ばくさせるものにしかならない。
 さらに、汚染土を処分する仮置き場の問題がある。除染で先行する福島市大波地区では、住民の了解なしに、地区の有力者の一存で、地区内の公園に仮置き場を選定した。こういうやり方に抗議の声があがっている。
 市民が主導して、除染の目的と計画を充分に議論する必要がある。行政の押しつけではない議論の場を設定することが急務だろう。
 さらに、除染を実行するのが業者だとして、業者の行う除染の方針と結果について、市民が監視・管理する必要がある。良心的な業者もいるが、悪質な業者もいる。実際に数値が下がるという結果がでないのに、カネだけふんだくっていくということを見過ごすわけには行かない。行政も信用はできない。この間の経験と蓄積のある市民組織の下で、市民が監視・管理するとり組みが必要だ。
 また、行政が、除染の作業に、ボランティアを動員しようとしている。また、住民も駆り出そうとしている。しかし、除染は被ばくの危険を伴う作業だ。その対策や補償もない中で、人びとの善意を動員するやり方はおかしい。


 
市民による食品検査を


 チェルノブイリの教訓が教えることは、被ばくの4分の3が内部被ばく、食品からの摂取だったことだ。
 福島市大波地区で収穫した米を、農家が自主的に測定したら、500ベクレルの暫定基準を大きく超えるセシウムが検出された。そもそも大波地区は、放射線量の高い汚染地域。さらに、山に囲まれ、沢の水を田に引き込んでいるために、山に溜まった放射性物質が流れ込みやすい。にもかかわらず県もJAも、収穫前に土壌の検査もせず、収穫後の米の検査もやっていなかった。「起こるべくして起こったこと」と、同地区の農民が憤慨している。
 行政やJAは、自分の地域の作物から、「基準値以上」「出荷停止」が出るのを恐れる心理から、できれば検査をしたくないし、しても数値を低く操作するということになってしまう。そういう姿勢が、実は、風評被害を生み出す原因にもなっている。
 行政に食品の安全管理を任せることはできない。子どもを守るために、そして、生産者の守るためにも、何が危険で何が安全かを透明に発表し、住民が判断できるようにする必要がある。
 チェルノブイリ事故直後、ドイツでは、市民の力で、食品の放射能測定を行うとり組みが各地に広がった。福島県内では、福島市、二本松市、須賀川市、いわき市、南相馬市などで、始まっている。しかし、市民の必要に応えるには、測定器の数が圧倒的に少ない。
 ウクライナの基準に学び、日本でも、日本の食生活に合わせた市民による安全基準をつくる必要がある。



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(福島市内で、市民が導入した食品の放射線測定器。ウクライナ製で、3台が稼働。広河隆一氏らが呼びかける基金から寄贈された。)



市民のための医療体制を


 多くの人が、不安に駆られ、恐れているのは、健康被害が出てしまうことだ。もしも、そうなったときに、必要な治療が受けられるのか、その費用はどうなるのか、補償はしてもらえるのか、ということが重い問題としてある。
 ところが、福島の医療体制はどうなのか。その頂点に位置する福島医大は、原発事故直後、浜通り地方の医療機関から一斉に医師を引き上げた。医大は、住民の強い不安と要求にもかかわらず、健康診断や健康相談を実施しなかった。その医大の副学長に、「100ミリシーベルトまでは安全」と主張した山下・前長崎大教授がついている。
 これだけではない。避難所を回って診察を行ったり、除染作業を現場でとり組むなど、献身的に活動する医師でも、残念ながら、「今は、被ばくより、『放射能のトラウマ』の方が問題」という見方にとらわれている。
 福島医大を中心とした福島の医療体制を、福島の住民は信用できなくなっている。
 さらに、上述したように、南相馬市では、市民の被ばくを「学術的価値が高い」といい、「放射能の有効活用」を看板にする医療医療研究機関がつくられようとしている。
 このままでは、市民が健康被害で苦しんでも、「トラウマが原因」とされるか、モルモットにされるかということが危惧される。
 市民の力で、市民のための医療体制をつくるとり組みが求められている。
 

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★除染にかんする過去の記事★
児玉教授の講演と南相馬市の除染をめぐって





 

テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2011/11/26(土) 17:01:59|
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児玉教授の講演と南相馬市の除染をめぐって

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  原発事故以来、放射能汚染に苦しめられている南相馬市。ちょうど30キロ圏にまたがり、市内が5つの区域(警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域、特定避難勧奨地点、区域指定なし)に分断されてしまっている。そういう困難な状況下で、市や住民がさまざまなとり組みを行っている。
 その南相馬市で、9月3日、市の主催するシンポジウムが開催された。題目は、「市民生活の安全安心を取り戻す ~今、私たちにできること~」。約700人が参加した。
 講師は、東大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦、日本原子力研究開発機構の天野治、東大医科学研究所の坪倉正治の三氏。冒頭、桜井勝延市長があいさつに立ち、児玉氏が基調講演、各講師が報告を行った後、三氏による討論が行われた。

 シンポジウムの様子を伝える前に、若干の感想を言及しておきたい。先回りするようだが、伝え方にもかかわるため。
 まず、除染を本格的に行うことが想像以上に難しい作業であることを感じた。
 また、除染が大きな課題としてとり組まれている一方で、避難という選択が検討から外されていると感じた。
 さらに、南相馬市の外では、桜井市長や児玉氏のとり組みを評価する声が多く聞かれるけれども、住民の中に入ってみると、そのとり組みだけでは限界があるという感を否めなかった。
 結局、鍵を握るのは、住民が大きな方向性や計画を自主的に検討し決定し、それをもって市長や学者たちを住民の側が引っ張るような形になることだろう。そうなっていったとき、放射能という巨大で困難な課題を解決する糸口も見えてくるでのはないかという感想を持った。

 このような視点で、以下、シンポジウムの概要を報告するとともに、このような市のとり組みを住民がどう見ているかについて伝えたい。




■児玉氏 「除染モデル事業」を提案



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(児玉氏。東大アイソトープ総合センター長。7月の衆院厚生労働委員会で参考人として発言、一躍有名に。南相馬市と共同で、放射能の測定と除染にとり組んでいる。9月3日)


 児玉氏の基調報告は、主に「除染モデル事業」の提案だった。
 まず、児玉氏は、学校や保育園の測定と除染のとり組みの概要を報告。
 その上で、これまでのとり組みはあくまでも「緊急除染」であり、これから行う「恒久除染」とは違うと強調した。緊急除染は、子どもの周りの放射性物質の量を緊急に減らすとり組み。これにたいして、恒久除染は、住民が主導して計画を立案し、市と業者が中心となって土壌の入れ替えなどを大規模に行うとり組み。「世界最高レベルの除染をやる。安かろう、悪かろうではダメ」と意気込みを語った。
 児玉氏が提案した除染モデル事業は以下。



児玉氏が提案したモデル


〔児玉氏が提示したメモ。理解しやすくするため、丸カッコ内を補足した〕

・【除染希望住民、団体、企業】
 (9月1日に市に設置された)除染室が、モデル除染を希望する人、事業所、農家などを募る。

・【コーディネーター】
 除染室が、妥当な民間企業、公的機関、ボランティア団体などを紹介し、(それがコーディネーターになる)。(民間企業、公的機関、ボランティア団体などが)コーディネーターとして、(モデル除染を希望する人、事業所、農家などの)希望を聞き、除染計画を策定する。

・【予算要求】
 モデル事業を第三者委員会を含めて検討し、モデル事業として(政府の)現地対策本部に提案し、予算化を要望する。

・【地元実施企業】
 予算承認されたものは、地元企業を中心に、実施企業を公募し、選定する。

・【執行】
 除染を実行し、コーディネーターは除染室に実施状況、結果を報告する。
 除染室では、評価を行う。



コンテナで埋設


 さらに、除染モデル事業を実施する上での大きな困難として2点を指摘した。
 ひとつは、汚染土壌の処分先の問題。
 今ひとつは、汚染地の7割を占める森林の問題。

 除染作業によってはぎ取られた汚染土壌をどうするか。これは非常に困難な問題だと述べた。
 住民の同意が絶対的条件と強調した上で、当該地域で処理することを基本とすると提起。
 具体的には、「人工バリア型保管場」を建設し、「小規模コンテナ」に詰めて埋設する方式を提案した。例として、六ヶ所村の「低レベル放射性廃棄物埋設センター」をあげた。
 ただし、南相馬市から出る汚染土壌だけで、六ヶ所村の施設の5倍は必要という。

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(「人工バリア型保管場」の模式図。保管場と処分場は同義)

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(汚染土壌を詰めるドラム缶〔左下〕とコンテナ〔右上〕)



7割を占める汚染した森林


 汚染地の7割が森林であることも、大きな問題だとした。
 理由は、森林は粘土が少なく、セシウムは、循環してなかなか減らない。
 そこで、森林を伐採し、燃料にして除染する。将来的には、バイオ燃料、バイオ素材森林に作り替えるという提案を行った。



実践に基づく除染の方法と教訓


 児玉氏の報告の後、天野氏の報告があり―これについては後述―、さらに児玉氏の報告を引き継ぐ形で、坪倉氏が報告。一般家庭と保育園でとり組んだ除染の方法と効果、その教訓をわかりやすく報告した。

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(坪倉氏。東大医科学研究所の医師。週一回、南相馬市立総合病院に勤務。放射能から妊婦を守る活動にとり組んでいる地元・産婦人科医院の高橋亨平医師とともに活動。児玉氏の下で測定と除染活動を現場で担う。9月3日)


(坪倉氏の報告は極めて具体的で実践的だった)
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■天野氏の報告には異論も



 天野氏は、南相馬市出身で、肩書は、日本原子力研究開発機構、日本原子力学会フェロー、工学博士。
 天野氏の報告は、飯舘村、南相馬市鹿島区、原町区などで実際に行ってきた家屋や農地の除染のとり組みとそれを定式化したもの。
 ただ、「農地は鋤き込んでも問題はない」「南相馬市の農作物は安全」という見解。これには、質疑で疑問が出され、児玉氏も、「私の見解とは違う」と異論。
 天野氏の所属する日本原子力研究開発機構とは、核燃料サイクルを推進するなど、強力な原子力推進機関。その日本原子力研究開発機構は5月に「福島支援本部」を新設、「原発事故の中長期的な技術的課題の解決に貢献する」としている。その意味は、世界で類例を見ない長期高濃度の汚染状況が、原子力推進の立場からも、格好の研究対象だということだ。
 天野氏の報告からは、原発事故にたいする反省の姿勢は感じられなかった。




■児玉提案を住民はどう聞いたか



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(三氏の討論を聞く住民)

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(質問に立つ住民)


 シポジウムの後、参加した複数の住民と意見を交換した。
 そこで出された意見を整理をしてみた。

① まず、児玉氏の提案は、研究者として、良心的で誠実なもの。
 そして、これまでの政府の対応に比べれば、はるかに現場の状況に即している。
 これが住民の共通した評価だ。
 
② ただ、児玉氏が、除染の目標を「空間線量を半分にすること」としている点について、質疑でも指摘されたが、「半分にする」とは、科学的な安全基準ではない。
 たしかに、報告で出されたように、一戸の家屋について、体力のある20人が1日かかっても、1回の除染では、除染前の空間線量を半分に下げるのがやっと。
 とはいえ、そういう考え方でいいのかという疑問が出されている。
 これは、児玉氏の提案の問題に留まらず、南相馬市のとり組みの基本姿勢に関わる問題が背景にあると見た方がいい。この点は後述する。

③ 汚染土壌の処分先の問題については、果たして「当該地処理を基本」にしてよいのかという問題である。
 住民の多くは、「現実にはそうするしかないだろう」という受け止めだった。が、より突っ込んで本音を聞けば、「福島をゴミ捨て場にするのか」「国会とか東電本社とか民主党本部にトラックで持っていってやりたい」ということだ。
 全体の議論や運動が、加害責任を追及しきれていないために、「当該地処理を基本」が方向づけられようとしている。

④ 広範囲に及ぶ汚染された森林の問題についても疑問が残る。
 住宅地や農地を除染できたとしても、森林に蓄積した放射性物質が風などで飛ばされて来て、再び汚染されるということを多くの住民は気づいている。
 これについて、より本格的な対策が打ち出されるかどうかだ。  

⑤ ところで、コーディネーターとなる民間企業についてだ。
 児玉氏は、コーディネーターとなる民間企業について、千代田テクノル、大成建設、竹中工務店と、具体的に社名をあげた。その理由としては、「最高水準の除染技術を持っているから」。
 「最高水準の除染技術」を持っているのは当然だろう。いずれの企業も、大手の原子力関連企業だからだ。
 また、公的機関については、児玉氏は具体的な名前はあげていなかったが、上述の日本原子力研究開発機構などは当然その筆頭に入るだろう。
 児玉氏は、提案の中で、「住民主導による計画立案」ということを強調。まさに「住民主導」が鍵であり、それがどうやって担保されるかだ。
 ところが、原子力関連企業がこの事業に参入するのは、事故の責任を取って無償で除染を行うという話ではない。むしろ、原子力の一層の推進の立場から、実験と利権の両面を睨んでのことだ。実際、南相馬市の土壌の除染や保管だけでも、数千億円単位の大規模事業だ。
 児玉氏の提案はこのような思惑にたいして無防備ではないか。住民主導が確保できる保障はないのではないか。こういう危惧が住民から出ている。




■桜井市政にたいする住民の賛否 




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(桜井市長。03年3月、合併前の原町市議会の市議に。06年1月、合併後の南相馬市議会議員。10年1月、現職を破って南相馬市長に。9月3日)


 さらに、このシンポジウムの後、桜井市長の原発事故にたいするとり組みについて、住民からその評価を聞いた。
 まず端的に数字で言えば、7人の住民に話を聞いて、7人中、桜井市長のとり組みを支持する人は2人、支持しないという人が5人。
 外から見ると驚かれるかも知れないが、住民の間では、桜井市長のとり組みにたいする厳しい見方の方が多数を占めているのが実状だ。
 一体、これはどうしてなのか。

① まず、前提的な事柄だが、南相馬市は、原発事故とその後の国の指示によって、市内が5つの区域(警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域、特定避難勧奨地点、区域指定なし)に分断されている。
 いずれも困難を強いられているが、それぞれの状況が違うのも事実。そこに補償問題も絡んで、住民の間に、しこりや対立感情が生み出されている。 
 これが、市長にたいする批判の土台にある。

② 桜井市長は、もともと、市議時代から産業廃棄物処分場問題などで市民運動を展開、自民党系の現職市長を破って当選した。
 しかし、副市長の選任で議会の対立、議会が推す総務省出身の中央官僚を副市長にすえざるをえなかった。ここに見られるように、旧来の保守勢力や中央官僚の影響、行政組織の保守主義などによって、桜井市長が、様々な掣肘を受けているという見方もある。
 「市長がいろいろ言っても、周りが動いていない」という指摘もこれに関連することだろう。

③ しかし、こういう条件だけではなく、桜井市長自身の政治姿勢に疑問が出ている。
 桜井市長の復興の構想では、経済的な復興ということに重きが置かれており、放射能汚染から住民をどう守るかという観点がお座なりになっているという指摘だ。
 「桜井市長ほど、除染に熱心にとり組んでいる首長はいないのでは」と思われるかも知れないが、そこが微妙に違う。
 桜井市長の考えている除染においては、激減した税収を回復したいという狙いが大きい。たしかに、避難などで市の人口は激減(事故前7万人が事故直後1万人に。現在4万人)。当然、税収も激減。そこから、除染をすることで「安心」してもらい、避難した人に早く帰ってきてもらうという考えだ。
 しかし、その「安心」とは、安全の確証はない。安全の基準を科学的に明示し、それに以下を目指して除染し、それが達成できれば帰還し、できなければ避難の権利を保障するという立場ではない。避難をさせない、避難した者は引き戻すための除染になってしまっている。
 ここから、「空間線量を半分にすること」という除染の目標が掲げられることにもなる。
 このことを、すでに多くの住民が見抜いて、不信を抱いている。

④ また、桜井市長は、政府や東電にたいして、もっと正面から要求して当然のものを、要求していないという意見がある。
 上述した税収問題にしても、原因が原発事故にあることは明らか。だから、まずはそこに補償を要求するべきだ。ところが、政府・東電にたいする押しが不十分なまま、住民を呼び戻すことで何とかしようという方向になってしまっているという意見がある。 
 また、次のような事例もある。30キロ圏の外になった鹿島区。ここも原発事故直後、多くの人が避難を強いられたところだが、30キロ圏の外であるため、東電からは何の補償も受けられないという話になった。
 これにたいして、鹿島区の住民が一致団結して要求し住民大会を開くなど、自主的な行動によって補償を勝ち取った。
 桜井市長も関わってはいるが、最後になって、乗っただけと言われている。 

⑤ 原発事故直後の対応にたいしても不信の声がある。
 桜井市長が住民に避難を呼びかけたのは、原発事故によって放射能が危険と判断したからではなかった。放射能にたいしては、住民が、自主判断で避難をするという形になってしまった。
 桜井市長が、避難を呼びかけたのは、原発事故の影響で、南相馬市に食糧など生活必需品が届かなくなり、生活できなくなってしまってからだった。彼を一躍有名にしたユーチューブの訴えでも、同じ趣旨のことを言っている。
 だから、上述のように、「経済復興のために早く戻ってこい」という話になるのも、実は考えとしては一貫しているということになるわけだ。

(なお、補償金や義援金を受け取ったら生活保護が打ち切られたという問題が、被災自治体の中でも南相馬市が突出している問題もある。が、住民との話では議論にならなかったので、ここでは触れていない。)

 ・          ・          ・          ・

 外から見ているだけでは分からないが、南相馬市では、さまざまな怒りや不信が渦巻いている。市長のとり組みにも、支持・不支持が両極端に分かれている状況だ。
 だが、これは、一概に悲観することでもないと感じた。
 住民の多くは、政府にも県にも期待して裏切られ、さらに市長にも期待できないことが分かってきた。そして、地域単位やNGO団体と連携しながら、自分たち自身の力で、除染問題や補償問題、避難の問題で動き出している住民がたくさんいる。そういう動きが土台にあって、市政をめぐる鋭い議論にもなっている。
 南相馬市の行方は、住民自身の自主的な運動が力強く登場していけるかどうかにかかっている。必要なのは、住民自身の運動を支援していくことだ。

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  1. 2011/09/08(木) 10:22:42|
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