福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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【論考】  IAEAと福島  〔その3〕





【論考】  IAEAと福島  〔その3〕




【Ⅰ】IAEAが福島に拠点
【Ⅱ】原発再稼働とIAEA安全基準
【Ⅲ】除染ミッションの指摘
【Ⅳ】低線量被ばくとロシャール
【Ⅴ】IAEAが健康調査を支援
【Ⅵ】改めてIAEAとは
【Ⅶ】IAEAと福島県当局
 
 以下のように3つに分けて掲載
【Ⅰ】【Ⅱ】【Ⅲ】‥‥‥‥〔その1〕
【Ⅳ】【Ⅴ】‥‥‥‥‥‥〔その2〕
【Ⅵ】【Ⅶ】‥‥‥‥‥‥〔その3〕

・〔人物について敬称は省略した〕
・〔参照・引用した資料は末尾に掲載〕




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【〔その2〕から続く】



 
【Ⅵ】  改めてIAEAとは




 ここまでIAEAが福島で何をしようとしているのかを中心に見てきたが、ここで改めて、そもそもIAEAとは何か、といったことにについて触れておこう。


(一) 「核の番人」の意味


 IAEAとは、1957年に発足した国際機関。国連の機関ではないが、密接な関係にある。2011年の加盟国は151カ国。 
 IAEAの目的は、「原子力の平和利用を促進し、原子力の軍事転用の防止」。そして、憲章が定めるIAEAの任務は、原発の推進、放射線利用の促進、核拡散阻止のために査察の3分野。
アメリカを中心とする核大国が、核兵器を独占し、核による世界支配を維持し、それに挑戦する国の台頭を許さないという仕組みである。
 IAEAの任務の重心は核査察にある。実態から見ても、職員数約2300人の内、査察分門が約660人にたいして、原子力安全部門は約160人。しかも、原子力安全部門が設置されたのは、チェルノブイリ事故の後になってから。
 さらに、今日、イランや北朝鮮の核が問題視されているが、実は、IAEAが最も力を割いている国のひとつが日本。日本には、査察対象施設が250カ所、20~25人の査察官が常駐、とくに青森県の六ヶ所村の再処理工場には常時数人の査察官が張りついている。全予算の25%が対日査察に投じられている。
 これは、日本が、1954年に原子力予算を通して以来、「当面核兵器は保有しないが、核兵器製造のポテンシャルは保持する」(外務省)〔*40〕という政策を取っているからだ。IAEAは、平和利用と軍事利用は分けられるものではないと当然ながら見ているのだ。


(二) 原子力の推進機関


 その上で、IAEAは、その憲章に「機関は、全世界における平和、保健及び繁栄に対する原子力の貢献を促進し、及び増大するように努力しなければならない」(憲章第2条)とある通り、原子力の推進機関だ。
 そして、「原子力安全」といった言葉は度々使われるが、実際のところ、安全やそのための規制という意識は希薄だ。
 たとえば、チェルノブイリ事故の直後に、IAEAのブリクス事務局長は次のように発言している。
「核エネルギーの重要さを考えれば、チェルノブイリ規模の事故が年に一度程度あっても我慢できる」〔*41〕
既に上でも、IAEAとそれに連なる人びとの基本に、<原発事故を繰り返しても、原発を推進する>という姿勢があると批判してきたが、まさに公式の発言としてもそれを確認することができる。


(三) 否定と隠ぺいの手口


 ところで、IAEAをはじめとする国際機関が、チェルノブイリ事故による汚染地域に入り、現場を見て、なお「放射線の影響はなかった」「放射線と疾患の関係は証明されなかった」と繰り返しているということを上でもみてきたが、どうやったらそんなことができるのか。
 このことを、『終わりのない惨劇 チェルノブイリの教訓から』(ミッシェル・フェルネックス他 竹内雅文訳)が暴露しているのでまとめてみた。


 ▽ WHOを支配下に


 IAEAが、WHOを事実上支配下に置く協定が大きく規定している。
 原子力産業が始まったころ、WHOの下にいる研究者たちが危惧を抱き、1956年に、「未来の諸世代の健康が、原子力産業の成長と放射線源の増大によって脅かされている」と警告するWHO文書を出している。これは、原子力を推進勢力にとって、大変なブレーキだ。
 そこでIAEAが1957年に設立され、1959年には、「IAEAとの同意なしにはWHOが研究や調査はできない」という協定が結ばれる。この協定によって、核・原子力による健康被害などの調査に関わる問題は、IAEAが仕切ることになり、WHOは「すべての人びとの健康を増進し保護する」(WHO憲章)と掲げながら、IAEAと一体で健康被害を否定・隠ぺいする側に回った。
 そして、重要なのは、その否定・隠ぺいの手口だ。同書では、IAEAとWHOの驚くべき否定と隠ぺいの手口が暴露されている。それを簡単にまとめると以下のようになるだろう。
 

 ▽ 会議からの排除


 95年ジュネーブで開催されたWHO会議の例。
 チェルノブイリ事故後の健康影響に関する研究報告があるということで、各国から医師や専門家など多数参加があった。そこで、IAEAは、原子力推進派に動員をかけ、議論が白熱する中で、低線量被ばくの影響に言及する発言者については、今後はすべての大会のプログラムから排除すると激しく攻撃した。これ以降のWHOの国際会議では、排除が原則になったという。


 ▽ 定義の限定


 健康被害という定義を都合よく限定し、統計を操作する。

 ◇「放射線起源の死に至る癌」
 「死に至る癌」に限定し、死には至らないとしている癌や良性腫瘍はカウントしない。
また、放射線起源以外の癌も認めず、放射線によって助長された癌はカウントしない。

 ◇「生きて生まれた子どもたちにみられる、重度の遺伝性疾患」
 「重大な遺伝性疾患」でなければならない。「たいへん稀で、たいへん重い病気」と読み替えられる。
 喘息が広く見られることは認められない。
 死産も認定されない。
 
 ◇「重度の精神遅滞」
 催畸形性について、「重度の精神遅滞」しか認めない。「重度の精神遅滞」とは、挨拶に返事が返せない人と、一人では食事ができない人に限定。それ以外の障碍は一切に認定しない。
 しかも、妊娠8週目から15週目の間に被ばくした場合に限定。
 

 ▽ 不適切な指標の選択
 

 不適切な指標を意図的に設定することで、現実とはかけ離れた統計上の結果を報告する。

 ◇発症率ではなく死亡率を選択する。
 96年の公式文書「死亡率の際立った増加はまったく見られない」
 被ばくから10年後に限って、癌の死亡率を取る。発症率ではなく死亡率。現代の医療では、癌も治癒するし、死を先延ばしもできる。10年後に限定し、死亡率だけを見れば、「際立った増加はまったく見られない」となる。

 ◇不適切な病理を選択する。
 被災国で問題になっている糖尿病については研究せず、肝硬変を研究する。

 ◇研究期間を不適切に設定する。
 悪性腫瘍の潜伏期間より前に研究が終了するように研究期間を設定する。

 ◇危険の大きな集団は取り除く。
 子どもや妊婦は、研究の標準仕様指示から取り除く。

 ◇統計がないと強弁
 「罹患統計が存在しない。よって畸形の発生はない」。1995年IAEA総会での報告。
 60年代に高い催奇形性で問題になったサリドマイドの弁護人の論法と同じ。
罹患統計がないから、形成不全と放射性降下物との因果関係がないという証明には当然ならない。しかも、実際には、ベラルーシで原発事故の4年前から、罹患統計はつくられていた。
事実、ベラルーシでの先天性畸形の発生率は、母親が妊娠中に居住した地域のセシウム137による汚染の度合いに比例している。 


 ▽ フェルネックスの警告 


 IAEAを告発し続けてきたフェルネックスが、福島原発事故後に、フランスのメディアの質問に答えて、IAEAとWHOがこれから福島で行うとしていることを次のように警告している。それをこの節の最後に確認しよう。

 「(IAEAとWHOは)病人の数が40人だとか50人だとか、5000人だとか、あるいは50万人だとか言うことでしょう。何人になるかは、IAEAの出してくる数字次第ということです」〔*42〕




【Ⅶ】  IAEAと福島県当局




 ここまでIAEAが福島で何を行なおうとしているのかということを見てきた。しかし、これでこの論考を終わりにできない。県当局の動きの問題があるからだ。
 冒頭でも触れたように、IAEAの誘致は、福島県の側から要望書を出して働きかけている。しかも、金が出せないとIAEAが言えば、県が金まで用意する厚遇だ。
 また、上述の日本財団と県立医大による国際会議も、当初、日本財団が東京での開催を準備していたものを、「福島県知事の強い要望」〔*43〕で福島県となったという経緯がある。
 佐藤知事が、2012年8月の欧州訪問の報告会見で次のように述べている。
「特にIAEAでは、天野事務局長と会談させていただき、除染や健康管理の分野における共同プロジェクトを実施することで合意し、12月の原子力安全福島閣僚会議の際に、覚書の締結を目指そうということになっております」〔*44〕
 さらに、佐藤知事は、在ウィーン大使の訪問を受け、「(IAEA福島閣僚会議の開催が)被災した人にとっても安心の一つとなればうれしい」と発言している。(2012年11月12日読売新聞)


 ▽ 「脱原発」宣言と矛盾


 ところで、IAEAの誘致を巡って、福島県の復興計画検討委員会(第2回、昨年11月14日)において、次のようなやり取りがあった。

 「『IAEA等の国内外の研究機関等の誘致活動』とあるが、IAEAは原子力の平和利用を推進する機関であり、立場上は推進である。・・・原発に依存しないと宣言している福島県に推進機関を誘致することは矛盾しないか。IAEAとしても戸惑うのではないか」(検討委員会委員で岩瀬会津大理事の質問)
「IAEAの誘致については、広く放射能に汚染された県土の除染に関する、より高度な研究等を行うとともに、その成果などを世界へ向けて発信することを目的としている」(県当局の答弁)〔*45〕

 IAEAは、原子力推進機関の総本山だ。
 他方、福島県は、昨年8月策定した「福島県復興ビジョン」において、「今回の原子力災害で最も深刻な被害を受けた福島の地においては、『脱原発』という考え方の下、原子力に依存しない社会を目指す」〔*46〕と明記した。県民の思いを反映したものだ。
 ところが、その福島県当局が進んで、福島県をIAEAの拠点にしようとしている。
 この福島県当局の姿勢を見過ごすことはできない。


 ▽ 原発誘致以来の一貫した問題


 かつて福島県は、原発の誘致の際にも、県の側から積極的に動いた事実がある。福島県当局が、原発誘致を公表するのは1960年5月。しかし原発誘致の動きを秘密裏に進めていた。
 当時の県職員が次のような文章を残している。
 「(佐藤善一郎)知事は三十二年(1957)八月知事に就任する早々、相双地区の開発に目を向けていた。・・・研究のすえ、この地区の開発には原子力による電源開発が最適と判断し、三十三年(1958)当初から、ひそかに企画開発部に命じて、立地の適否について検討をさせた。・・・当時としては、原子力といえば原子爆弾も同じものと考えられていたので、調査には慎重を期し、同時に知事の政治生命にもかかわる一大事業と目された。・・・知事は自ら堤社長(西武鉄道社長。当時。大口の土地所有者)に会い、かなりの確信を得たようであった」〔*47〕
 そして1960年5月に原発誘致を公表すると、県開発公社が、東京電力に代わって、用地買収に動いた。大熊町や双葉町の住民は、土地買収問題が浮上してようやく原発誘致のことを知る。県や東電の記録では反対などなかったとされているが、事実と違う。例えば双葉町郡山地区では、当初、地区の大多数が反対で、高利貸しの家の2軒だけが賛成だった。大熊町夫沢地区では、原発敷地と国道6号線を結ぶ進入路の建設にたいして、測量用に打たれた幅杭を住民が抜いてしまうという抵抗もあった。
 しかし大口の土地所有者が堤であったこと、県が事前に秘密裏に決めてしまっていたこと、土地買収においても、県が動いて脅しと買収で抵抗を潰して行ったというのが事実なのだ。
 さらにいえば原発だけではない。只見川流域の電源開発以来、新産業都市指定など、県民を犠牲にしながら開発を追求してきたのが福島県の当局の歴史だ。
 そういう全歴史の到達点が、2011年3月の原発事故なのだ。
 いまこそ、この負の歴史を厳しく反省し、県民の批判に向き合うべきではないか。
 ところが、福島県当局は、むしろ県民の批判に対して一層、硬直的になり、追い詰められ、そこからの救いを、IAEAという原子力推進機関に求めた。それは、さながら崩壊直前のソ連の対応である。
 福島原発事故は歴史的な事態であり、であるがゆえに、日本全国はおろか全世界の人びとが、福島から何が発信されるのかに注目している。その福島から、福島県は、IAEAにすがって、「放射能との共存」を発信するというのだ。
 こういう福島県当局のあり方が、非難もされずにまかり通るなどということは、被災地の責任において、許してはならないだろう。福島県民は、IAEAの福島閣僚会議にたいして、自らの態度をはっきり示す必要があるだろう。


【了】



   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



【参照引用注】




〔*40〕 外務省HP 「我が国の外交政策大綱」1969年作成/2010年公開
〔*41〕 『終わりのない惨劇 チェルノブイリの教訓から』 ミッシェル・フェルネックス他 竹内雅文訳 緑風出版
〔*42〕 ⇒〔*41〕
〔*43〕 日本財団会長 笹川陽平ブログ
〔*44〕 福島県ホームページ 知事記者会見録 欧州訪問について
〔*45〕 福島県HP 第2回復興計画検討委員会における意見と対応について
〔*46〕 福島県ホームページ 福島県復興ビジョン
〔*47〕 『水は流れる 佐藤善一郎』 佐藤善一郎伝記刊行会








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テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2012/12/12(水) 09:00:00|
  2. IAEA・ICRP
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【論考】  IAEAと福島  〔その2〕








 【論考】  IAEAと福島  〔その2〕 




【Ⅰ】IAEAが福島に拠点
【Ⅱ】原発再稼働とIAEA安全基準
【Ⅲ】除染ミッションの指摘
【Ⅳ】低線量被ばくとロシャール
【Ⅴ】IAEAが健康調査を支援
【Ⅵ】改めてIAEAとは
【Ⅶ】IAEAと福島県当局



以下のように3つに分けて掲載
【Ⅰ】【Ⅱ】【Ⅲ】‥‥〔その1〕
【Ⅳ】【Ⅴ】‥‥‥‥〔その2〕
【Ⅵ】【Ⅶ】‥‥‥‥〔その3〕


・〔人物について敬称は省略した〕
・〔参照・引用した資料は末尾に掲載〕



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【〔その1〕から続く】




【Ⅳ】 低線量被ばくとロシャール
 



 昨年3月の事故発生来、福島の住民が国に対して抱く不信の中でも最大の問題は、被ばくと健康被害の問題だろう。山下俊一の「100ミリシーベルト以下は健康には影響ない」という宣伝、避難を求める住民の要求を拒む国や県、20ミリシーベルト以下で学校を再開させるとした文科省の基準、20ミリシーベルトを基準に行われている避難区域の再編などである。
 国は、何とか住民の要求を抑えつけようとするが、住民の強い不安・不信と切実な訴えに繰り返し押し返されている。


(一)「阻止すべきである」


 この福島の現状を見て、IAEAが抱いている最大の問題意識も、低線量被ばくの領域で後退を許さないということだろう。念のために言っておくと、彼らの言う低線量被ばくとは、積算被ばく線量で100ミリシーベルト以下のことだ。
 IAEAが、住民対策で手を焼く当時のソ連政府の要請を受けて、1990年にチェルノブイリの現地に入って作成されたレポートに、以下のようなくだりがある。

 「(放射線防護の基準に関して)ある国で取られた判断が、他の国の判断に大きな影響を及ぼすということを認識する必要がある。ある場合、国の当局は、隣国の基準に合わせることで、公共の安全が保たれると考える。しかし往々にして、各国は、社会的政治的な圧力を受け、国民の信頼を得ようとして、互いに、他の国より低い基準を採用しようとする。しかし、それは、互いに低い基準を採用し合う悪循環となり、究極的には国民の信頼を喪失することになる。したがってそれは阻止されるべきである」〔IAEA国際チェルノブイリ・プロジェクト テクニカルレポート *19〕

 これは、そのまま、今の日本にあてはまる。政府が後退すれば、それは他国に波及し、原子力産業にブレーキとなるから、断固として阻止しなければならないということになる。


 ▽ ICRPとは


 冒頭でも紹介したように、IAEA福島会議の第3セッションでは、ICRPからクレメントとロシャールという二人が基調報告を行う。ICRP(国際放射線防護委員会)とは何かということと、基調報告者のクレメントとロシャールについて先に説明しておく必要があるだろう。
 ICRPは、世界に250人ほどの委員がいる非政府の組織。
 しかし、ICRPが出す勧告は、国際的な権威とされ、IAEAの安全基準、各国の放射線防護に関する法令の基礎にされている。
 ICRPの前身は1928年に作られ、1950年に現在の名称になっている。その際、原爆製造のマンハッタン計画にかかわった米国の物理学者らが中心となった。
 主委員会と4つの専門委員会からなり、組織の中心をなす主委員会のメンバーは十数人。主委員会のメンバー補充は、委員会自身が行う。勧告を決めるのも主委員会。かなり私的で、閉鎖的かつ集権的な組織だ。 
 委員はとくに各国を代表しているわけではないが、核保有国や各国の原子力機関・研究機関の専門家や官僚たちで、自国の放射線防護基準の策定に関わっている。そのために、単なる私的組織の見解が、世界基準のように扱われている。
 財政は、WHO、IAEA、OECD原子機関および、米、加、英、仏、日などの国内機関からの拠出によって成り立っている。

 ◇クリストファー・クレメント
 ICRP科学事務局長。カナダ人でオタワ在住。ICRPの専従はクレメントとその助手の2人だけで、各国250人の専門家のネットワークを仕切っている。

 ◇ジャック・ロシャール
 ICRP主委員会委員 第四委員会(勧告の適用)委員長。フランス人。放射線防護が専門で経済学者でもある。フランス放射線防護協会の会長を務めた。放射線防護の基準に、リスクと利益を比較する考え方を持ち込んだ。
 1990~91年のIAEA国際チェルノブイリ・プロジェクトに参加。その後もバラルーシで長くプロジェクトを担った。

 
(二) 「線量について誤解が蔓延」


 ロシャールは、福島原発事故以降、いわき市や伊達市などで住民との対話集会を行うなど、福島に深く関わり始めている。
 そして、昨年11月末に開催された「第5回 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」で、クレメントとロシャールが報告を行っている。〔*20〕
このワーキンググループは、政府・官僚や有識者が集まって、毎回、内外の専門家に報告をしてもらい、低線量被ばくに関する理論や対策を研究しようというもの。昨年11月から12月にかけて、6回にわたって開催されている。
 ここでは、クレメントとロシャールが行った報告について以下で立ち入って検討したい。
 というのも、クレメントが、ICRPの問題意識を次のように述べているからだ。 
 「ICRPとしては、<(福島の)親御さんたちは子どもたちの防護が十分ではないと感じている>という感触を得ている。線量ということに関して誤解が蔓延している。防護システムに関して、十分に理解されていない。問題点を洗い出して、それを解決していこうということだ」〔*21〕
 そして、「最終報告書を1年以内に策定する」と、昨年11月段階で述べている。つまり、IAEA福島会議で、これから行う報告が、その内容になるだろうということだ。1年前のワーキンググループでのクレメントとロシャールの報告が、その原形をなしていると見て間違いないだろう。
 

 ▽ 5年後に5ミリシーベルト

 
 ロシャールは、厳しい線量基準を取ることを戒めて、チェルノブイリの事故の際の例を示している。

 「(チェルノブイリ事故の被災地域で採用された避難基準の)年間5ミリシーベルトということに関して、事故から5年近く経ってから採択されたということをまず念頭に置いていただきたい。
 初年度(1986年)にソ連で採択された基準は100ミリシーベルト。2年目は30ミリシーベルト。3年目に25ミリシーベルト、4年目も同じ。
 それから選択が迫られた。『5ミリシーベルトはかなり野心的だ』と言われる一方で、『いや、1ミリシーベルトにすべきだ』という意見もあった。かなり時間がかかった。そして、歩み寄りがあがって、91年初頭、ソ連が崩壊し三つの共和国になって同じアプローチが採択されて、『長期的には5ミリシーベルトまで下げていく。それが可能でないならば退去された方がいい』となった」〔*22〕

 日本政府に、ソ連の例を引き合いに、<1年目は100ミリシーベルト。5年目でも5ミリシーベルト。だから日本政府も、1ミリシーベルトという要求に屈してはならない>と叱咤しているのだ。
 

 ▽ 歩み寄りではなく抗議の圧殺
 


 ところで、チェルノブイリ事故後の避難基準の変遷は、結論だけを見ればロシャールの言っていることで誤りではないが、その結論に至るプロセスはかなり違う。
 チェルノブイリ事故後、ソ連の体制の行きづまりと相俟って、次第に、事故原因の解明、汚染対策、責任の追及な度を求める運動がソ連の各地で広がっていた。汚染地域である白ロシア(のちに独立してベラルーシ)やウクライナの共和国政府もそれに突き動かされて、ソ連中央政府に対策を求めた。窮地に陥ったソ連中央政府がIAEAに助けを求めた。そこで実施されたのが、IAEA「国際チェルノブイリ・プロジェクト」という調査。その委員長は当時・放影研理事長の重松逸造。91年5月に提出されたその報告書は、上でも述べたように、「他国より低い線量レベルを導入(するのは、)断固として阻止すべき」とした上で、「放射線への被ばくと関係するいかなる健康被害も認められなかった」と結論づけた。
 この結論に対して、このプロジェクトに参加した白ロシアやウクライナの専門家たちが、「ウクライナや白ロシアの健康機関は・・・甲状腺がん、循環器系、呼吸器系、消化器系の病気、さまざまな炎症、生殖機能障害、免疫系機能低下、染色体異常の増加などについて、十分に信頼できるデータを得ている」「(報告書の)結論には、われわれは到底同意できない」という抗議声明を出している。〔*23〕しかしIAEAはこの抗議を全く無視した。
 その間にソ連の崩壊(1991年12月)が進行し、各共和国が独立していく。だが、独立によって財政危機がいっそう深刻化し、各共和国は移住や補償の費用を用意できない。そういう事情を背景に、5ミリシーベルトという基準が受けいれられていくことになる。
 ロシャールの説明では、あたかも多様な意見が戦わされ、議論の末に歩み寄ったかのように聞こえるが、事実は、抗議を圧殺し、窮状に付け込んで押し付けたということだ。
 日本においても、同じやり方がなされようとしている。
 

(三) 放射能と共存する文化


 さらに、ワーキングループ報告でクレメントとロシャールは、厳しい基準を阻止するための論理と戦術を提起している。


 ▽ 科学ではなく価値判断


 「放射線の影響を科学的に理解するのも重要だが、価値観ということが重要だ。科学だけでは答えることができない。放射線防護の科学というのは一部に過ぎない。環境的な要因、経済的、社会的、心理的、文化的、政治的、そして倫理的なこともある」(クレメント)〔*24〕

 放射能汚染を原因として健康被害が発生している。これは科学的に解明されている問題だ。ところが、クレメントは、それを否定しないが、相対化する。
 たとえば、<健康被害は、放射線の線量に比例的に対応して起こるわけではないだろう><原因は放射能だけではない。また防護も数字にとらわれているだけではだめだ><線量が高いからと、汚染を問題にする住民がいるが、それは科学的な根拠があって言っているのではない。経済的社会的な要求を言っているのだ>と。
 こういう風に焦点を放射能以外の問題にずらしながら、汚染地域にだって、住民の価値観次第では生活できるのだという方向に導いている。
 なお、この考え方を戯画的に表現したのが、「ニコニコしている人には放射能はきません」という山下発言。エキセントリックだが、歴としたICRPの考え方なのだ。
 

 ▽ リスクとプラスのバランス


 クレメントは、次に「防護戦略を最適化する」ということを提起する。
 「最適化」について既に上で扱ったが、改めてクレメントの説明によれば次のようになる。
「現状でできる限りのベストを尽くすのが最適化だ。必ずしも最も低い線量を目指すということではない。リスクとプラスの面とのバランスを取るということだ。
健康や環境の保護、社会の要求といったすべてが、参考レベル(線量の基準)を下げようという圧力として働く。
 しかしながら、現実も考えなければならない。除染のコストも考えなければならない。仕事や自宅、学校に戻りたいという希望もある。考え方としては、放射線のリスクと、経済の正常化というメリットを勘案することだ」(クレメント)〔*25〕

 まず、放射線のリスクと健康被害を問題にすることを「圧力」として扱い、厄介なもの、不当なものとして見ている。
 そして、そういう「圧力」に対して、「除染のコスト」「戻りたいという希望」「経済の正常化」などをメリットとして対立させる。たしかにどれも一概に否定はできない事柄だ。住民の要求という面もある。
だが、このように問題を対立させたとき、どういうことが起こるか。住民同士の対立である。地域間、業種間、世代間、家族内の果てしない対立だ。これは、福島において、1年9カ月の間、いやというほど経験してきたことだ。
 クレメントは、このように、住民同士の対立を意図的につくり出し、それを利用して、放射線のリスクと健康被害を問題する「圧力」を抑え込んで、厳しい基準が導入されないようにする方法を指南している。

 ◇本当に得をするは誰か
 ところで、こうして、本当にメリットを受け取るのが誰かと言えば、原子力を推進する側だけ。住民は、対立だけがもたらされ、誰も大したメリットは受けられない。
 ところが、放射能汚染と健康被害の問題は、メリットがあるかどうかで受けいれられるようなものではない。健康被害を被った者やその家族にとって、それは深刻な問題だ。
結局、リスクもあるがメリットもあるという言い方で、あたかも同じ住民においてリスクもメリットもあるように聞こえるが、実際のところは、リスクは一方的に住民に、そして、メリットは全部、原子力を推進する側にということになっている。
この核心問題を誤魔化して、リスクとメリットと言うのが「最適化」なのだ。


 ▽ 「住民自身で」
 


 さらにロシャールは、住民が抱いている政府や行政に不信や怒りを別の方向に逸らす手立てを示している。
  
 「住民と当局との間に大きなギャップがあった。遺棄されてしまったという気持ちが支配していた。『政治家はウソをついている。真実を語っていない』という不信感があった」(ロシャール)〔*26〕

 これはチェルノブイリで起こったことであり、いま福島で起こっていることだ。当然にも、原子力施策を推進してきた政府・行政に怒りが向かう。
 これにたいしてロシャールはこのように説いたという。

 「被害者ぶるのはやめよう」「来ない資金援助を待つのはやめよう」「自分たちは自助努力をしなければいけない」(ロシャール)〔*27〕

 そして、放射線の測定、食品の測定、除染、汚染の少ない農産物の工夫など、「汚染地域における生活の改善」を、住民の参加で、住民の自助努力で行うようにしたことが重要だったと述べている。

 「数値上の黒白ではなく、住民が、自助努力で放射線防護に取り組み、状況を改善するすることで、住民は、基準値より上か下かということをそれほど気にしなくなる」(ロシャール)〔*28〕

 こうして、政府・行政への信頼も回復されたと述べている。
 「住民が自身で」という文言は、これだけを取り出せば耳触りの良い言葉だ。たしかに、こういうことが課題として存在するということも確かだ。実際、線量の測定に始まり、住民自身で放射能汚染を対象化し、防護策を講じて行こうという動きは各地であるし、それは大事なことだ。
 ただ、これを説いているのが、誰なのかだ。原子力を推進してきた側、原因者であり、加害者の側、そちらの側に立つ者だ。加害者が、被害者に向かって、「自助努力を」と説く意図は何なのか。
 それは、<国や行政にたいする責任追及や賠償請求をやめよう>という呼びかけに他ならない。そして、「生活改善」を取り組む方向に、住民の怒りをそらしていくということだ。

 そして、ロシャールは報告のまとめで、「放射線防護の文化」といっているが、以上を通して見てみるならば、ロシャールが説いているのは、「放射能と共存する文化」だと言うべきだろう。

 ▽ エートス・プロジェクト

 以上の報告、とくにロシャールのそれは、「国際チェルノブイリ・プロジェクト」(1990~1991)に関わった後、ロシャール自身が、ベラルーシで主導した「エートス・プロジェクト」(1996~2001)、および「COREプログラム」(2004~2008)の実践に基づいている。
そのプロジェクトの結果は悲惨だ。子どもたちの健康被害に改善が見られなかったばかりか、被害は悪化し慢性化している。
 すでに、ロシャールが福島に深く関わり始め、それに呼応する住民の動きもあるが、IAEA福島会議以降、IAEAと県が共同のプロジェクトがどういう方向に進むかは、以上の分析から明らかだろう。




【Ⅴ】  IAEAが健康調査を支援 

 

(一) チェルノブイリから福島へ


 IAEAは、チェルノブイリ事故の後、専門家を現地に動員して、繰り返し疫学調査を行っている。その結論は、ことごとく放射能汚染による健康被害を過小評価するものであった。
1991年の「IAEA 国際チェルノブイリ・プロジェクト報告」では「汚染に伴う健康影響はない」、1996年のIAEAチェルノブイリ10周年総括会議でも「小児甲状腺がんの影響のみで、その他の影響はない」。
 IAEAにとって、福島原発事故においても、「健康被害はない」という結論が必要なのだ。
 これに応える形で動いたのが、日本財団であり、また福島県立医大だ。
 事故から半年の昨年9月、日本財団と県立医大が、国際専門家会議「放射線と健康リスク-世界の英知を結集して福島を考える」を福島市内で開催している。国際専門家会議と称しているが、その実態は、国連科学委員会(UNSCEAR)、WHO(世界保健機関)、IAEA、ICRPなど、原子力推進の立場から低線量被ばくの健康影響を事実上認めない専門家に限られている。
 そして、この会議のまとめとして出された「結論と提言」〔*29〕という発表で重大なことが言われている。

 ▽ 日本財団とチェルノブイリ調査

 会議の「結論と提言」を見る前に、この会議を主催した日本財団とチェルノブイリのかかわりについて先に言及しておこう。
 日本財団の創始者である笹川良一の評価や競艇ビジネスの是非は措くとして、日本財団(日本船舶振興会、笹川記念保健協力財団など)のチェルノブイリとの関わりは古い。IAEA「国際チェルノブイリ・プロジェクト」が1990年5月から1年だったが、笹川記念保険協力財団が組織したチェルノブイリでのプロジェクトは、1990年8月に始まり、2001年まで10年にわたって健康調査などを行っている。潤沢な財力で、述べ450人の専門家を派遣し、機材を提供している。
 日本財団のプロジェクトの最初の団長が、IAEAのプロジェクトの委員長でもあった放影研の重松理事長(当時)。重松は、広島原爆の黒い雨について<人体への影響は認められない>という1991年の調査結果を出した人物であり、それにとどまらず、水俣病、イタイイタイ病、スモンなど、公害や薬害において、常に原因者を擁護する調査結果を発表してきた人物。
 そして、この日本財団のプロジェクトに、放影研、放医研、長崎大、広島大の研究者が送り込まれ、多数の論文を書いている。今日、IAEAの側に立って活動している久住静代(元・原子力安全委員会委員)、柴田義貞(長崎大学教授)、長瀧重信(元・放射線影響研究所理事長)、山下俊一(福島県立医大副学長)などの人物たちもここで育てられたといって過言ではない。
 この日本財団のプロジェクトを総括する座談会が2004年に行われているが、そこでの発言から、このプロジェクトの意味を理解することができるだろう。

 「長瀧先生はチェルノブイリを千載一遇のチャンスだととらえて尽力されていました」(山下俊一の発言)
 「(日本財団の10年のプロジェクトを総括して言えることは)fall‐outの影響というのは、科学的には甲状腺がんしかないということです。fall‐outとしては白血病は全然増えていない、他の病気も増えてない、ということを、社会に、日本全体としてあるいは世界にアピールすることは、いままでかかわった人たちの大きな任務」(長瀧重信の発言)〔*30〕  ※fall‐out 放射性降下物

 まさに、山下をはじめとする人びとは、このような意気込みでいま福島に乗り込んできているということだ。
 さて、この日本財団「結論と提言」を以下で検討したい。
 
 ▽ 日本財団「結論と提言」

 ◇「健康影響は小さい」と予断

 「住民の避難、屋内退避や食の安全規制は適切に実施された。・・・甲状腺被ばく線量は比較的低かったとされており、必ずしも(安定ヨウ素剤の)服用の必要はなかったと考えられている。・・・・避難民も含めて、一般住民への直接的な放射線被ばくによる身体的健康影響は、チェルノブイリに比べて限定的で非常に小さいと考えられる」  〔*31〕

 まだ県の健康調査が始まったばかりだというのに、すでに「健康影響は、限定的で非常に小さい」という結論を打ち出してしまっている。
 さらに、次のように言う。

 ◇ABCC-放影研の成果を

 「過去60年の長きにわたり、保健関連の専門家や科学者による広島と長崎の被爆者への医療支援と研究を通じて、日本は世界でも最高の放射線に関する経験や知識を有している。この専門知識は福島原発事故により被災した住民に対して還元すべきである」〔*32〕

 一見もっともらしいが、ここで言う「長きにわたる研究」とは、ABCC(原爆傷害調査委員会)から放影研(放射線影響研究所)に受け継がれてきた疫学調査のことだ。
 それは、原子爆弾の威力でどれだけの人間の戦闘能力を失わせることができるかという計算を行うための基礎データをそろえる研究だった。広島・長崎で被爆した人の外部被ばく線量と爆心地からの距離だけに着目し、死の灰による内部被ばくと長期にわたる健康被害については無視するという歪んだ研究だった。
 こうして割り出された結果が、ICRPのリスク評価モデルになっており、チェルノブイリ事故による汚染で被ばくした人びとの判定の基礎になっている。
 しかし、チェルノブイリでも問題になっているのは、低線量被ばく、内部被ばくによる健康被害なのだ。ところが、ABCC-放影研の研究結果に依拠したモデルで見たとき、それはまったく切り捨てられ、「放射線の影響ではない」とされてしまう。
 このモデルを今度は福島にも適用しようとしている。

 ◇治療はなく「理解してもらう」

 「保健関連の専門家と科学者は、放射線影響の可能性とその有無についての理解促進に努め、現在の情報をできるだけわかりやすく福島県住民と住民以外でも危惧している人々に理解してもらうよう心がけるべきである」〔*33〕

 この「結論と提言」には、疾患が出たら治療を行うという領域がほとんど触れられていない。「健康影響は、限定的で非常に小さい」という予断をもっているわけだから当然ともいえるが、最大の取り組みが、「継続した健康モニタリング」と「影響の有無の理解促進」になっている。
 
 ◇「災害から学んで利用」

 「日本政府と国際機関は、長期的な協力関係を効果的に継続するために、この災害から学んだことをいかに最大限利用できるかという課題を解決すべきである」〔*34〕

 この災害から多くの人が学んだことは、<放射能と人間は共存できない。原子力は直ちにやめるべきだ>ということだろう。それは「利用」するような事柄ではない。
 ここで「利用できるか」という文言の含意は、<事故が起こっても、影響を小さく抑えることができる方策>ということになる。原子力推進する立場でないとそれは利用できない。

 ◇「国際機関の支援」

 「放射線関連事項に関する幅広い経験を生かしたICRP、WHO、IAEA、UNSCEARなどの諸機関による長期にわたる支援が重要である」「政府と地方自治体、他の関係者、関係する地域出身の市民代表者、そして国際機関などからなる福島原発事故に関するタスクフォースの組織化に着手することである」「福島で計画される種々なプログラムについて、国内および国際的機関から出される助言・勧告の積極的な調整」「管理者や専門家らの一連の会議を組織し、それらを通して、事故から起こされる放射線による環境影響と健康影響について『信頼のおける統一見解』のとりまとめ」〔*35〕

 健康調査などのプログラムは、IAEAなどの支援の下で、その基準に則り、助言・勧告に従って、行われなければならないという意味だ。
 政府、地方自治体、市民代表までが、ひとつのチームとなることを要求し、そこで出される「見解」が唯一の「信頼のおける統一見解」でなければならないとしている。

 ▽ 県の正式の方針

 この日本財団「結論と提言」が、一部の集団による勝手な見解として出されているのなら、無視すればいい。
 しかし、この日本財団「結論と提言」は、県民健康管理調査・検討委員会(第4回 10/17)で配布され、議事の一番目に取り上げられている。このことからもわかるように、山下副学長の下で、県と医大の正式な方針として確認され、県民健康管理調査のこの間の進め方、そして山下副学長を中心とした県民健康管理調査・検討委員会の議論のやり方に反映されているのだ。
 それは、恐ろしいことだが、IAEAが、チェルノブイリにもたらした事態を、再び福島で繰り返そうというのだと言わざるを得ない。
 
 
(二) 県民健康管理調査と医大の体制 


 日本財団「結論と提言」で示された通りの方向で、「県民健康管理調査」が進められ、県立医大の新しい体制づくりが行われている。

 ▽ 「影響ないことを解明」「不安除去に貢献」

 全県民を対象にした県民健康管理調査が昨年から行われているが、県立大の倫理委員会に提出された研究計画書が、その目的を端的に語っている。

 「原子力発電所の大規模事故における周辺一般住民の外部被ばく線量の実測を早期に実施した事例はなく、今後の低線量被ばくに対する健康管理影響解明における学術的な貢献度は高い。・・・県民の放射線に対する不安除去に貢献することができる」〔*36〕
「本格調査においては、・・・現時点で予想される外部及び内部被ばく線量を考慮するとその影響は極めて少ないことを明らかにできる」〔*37〕

 健康調査は、「(被ばくの)影響は極めて少ないことを明らかにできる」ことが目指されており、もって、「県民の放射線に対する不安除去に貢献する」ためのものだと明記している。そして、「影響がない」という結論を得ることが、「低線量被ばくに対する健康管理影響解明における学術的な貢献」になるというのだ。
 しかも、「原子力発電所の大規模事故における周辺一般住民の外部被ばく線量の実測を早期に実施した事例はなく、今後の低線量被ばく・・・」というように、今後も原発事故が起こるという見地から、事故が起こっても低線量被ばくの対策は取らなくても大丈夫だというのだ。それは、原発事故を繰り返しても原発を推進し、犠牲者が出てもそれを省みないということに他ならない。
 まさにIAEAに貢献する県民健康管理調査なのだ。
 

 ▽ 医大に新体制が続々

 県立医大では、昨年来、以下のような部門、講座などが続々と新設されている。
 ・放射線生命科学講座(2011年11月)
 ・放射線健康管理学口座(2011年10月)
 ・国際連携部門(2012年4月)
 ・ふくしま国際医療科学センター(2012年11月)

 ◇「不安解消」

 ここでも、その目的は一貫している。
 「当講座は福島原発事故後の福島県民の低線量被ばくによる人体への影響の調査研究を目的に2011年11月に新設されました。・・・福島県民の皆様が持つ放射線被ばくへの不安を解消するため・・・」(放射線生命科学講座)〔*38〕
 「長崎・広島の原爆被爆者、チェルノブイリ原発事故後の周辺住民等の疫学調査の結果等から得られた科学的知見をもとに、福島における低線量被ばくの健康影響やリスク管理について、県民の長期にわたる心身両面の健康に役立つ新たな知見を蓄積することを使命と考えています」(放射線健康管理学口座)〔*39〕
 放射線生命科学講座には、神谷研二副学長がついており、放射線健康管理学口座の大津留晶主任教授は、長崎大で山下修一教授の元にいた人物。

 ◇IAEAから教授

 国際連携部門では、「世界の英知を結集する必要があるとともに、世界に向けて発信していく必要がある」「国際機関、海外大学、海外研究機関から専門家を招聘する」として、IAEAから専門家を教授にすえた。
 IAEAのヒューマンヘルス部長のレティ・キース・チェム。放射線医学を専門とする医師で、IAEAと日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所、広島大学、長崎大学などをつなぐ窓口となっていた人物。
 山下によれば、「県民健康管理調査に関する専門的な見地からの支援を行う」(2012年3月1日 記者発表)という。県民健康管理調査が、IAEAの考え方と方法で行われるということを明言している。

 ◇「人類の財産」

 「ふくしま国際医療科学センター」は、放射線医療や県民健康管理調査の拠点。既存の「県民健康管理センター」に加え、「先端医療臨床研究支援センター」「先端診療部門」「医療産業リエゾン支援センター」「教育人材育成部門」の5つの機能を設けるという。
 「先端医療臨床研究支援センター」は、被ばく線量モニターの開発など最先端医療機器の整備。「医療産業リエゾン支援センター」は企業と協力して新薬の開発。「教育人材育成部門」は放射線被ばくを含む災害医療に関する人材育成。
 菊地臣一学長は、「低線量被ばくのデータを明らかにして、人類の財産にしたい」(2012年7月22日 共同通信)としている。「人類の財産」というが、原発事故を繰り返すということが前提として成立する研究ばかりと言わざるを得ない。



【以下は、〔その3〕に続く】


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【参照引用注】


〔*19〕 IAEAホームページ
      The International Chernobyl Project. Technical Report.(国際チェルノブイリ・プロジェクト テクニカルレポート)
〔*20〕 内閣官房HP 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ
〔*21〕 内閣官房HP 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ
      第5回会合(2011年11月28日) 議事録(※引用部分は要約)
〔*22〕 ⇒〔*21〕
〔*23〕 原子力安全研究グループHP  「IAEA報告への反論」今中哲二・訳 『技術と人間』1992年9月号 
〔*24〕 ⇒〔*21〕
〔*25〕 ⇒〔*21〕
〔*26〕 ⇒〔*21〕
〔*27〕 ⇒〔*21〕
〔*28〕 ⇒〔*21〕
〔*29〕 福島県ホームページ 県民健康管理調査検討委員会  第4回検討委員会(2011年10月17日) 当日配布資料
〔*30〕 笹川記念保健協力財団HP 「笹川チェルノブイリ医療協力事業を振り返って」
〔*31〕 ⇒〔*29〕
〔*32〕 ⇒〔*29〕
〔*33〕 ⇒〔*29〕
〔*34〕 ⇒〔*29〕
〔*35〕 ⇒〔*29〕
〔*36〕 情報公開クリアランスHP 県民健康管理調査 福島県立医大倫理委員会資料
〔*37〕 ⇒〔*36〕
〔*38〕 福島県立医大ホームページ
〔*39〕 ⇒〔*38〕








テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2012/12/12(水) 06:00:00|
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【論考】  IAEAと福島  〔その1〕







  【論考】  IAEAと福島  〔その1〕
  



【Ⅰ】 IAEAが福島に拠点
【Ⅱ】 原発再稼働とIAEA安全基準
【Ⅲ】 除染ミッションの指摘    
【Ⅳ】 低線量被ばくとロシャール
【Ⅴ】 IAEAが健康調査を支援  
【Ⅵ】 改めてIAEAとは
【Ⅶ】 IAEAと福島県当局



 今月15日から17日、福島県郡山市において、「原子力安全に関する福島閣僚会議」(以下、IAEA福島会議)が開催される。IAEA(国際原子力機関)と日本政府の共催で、各国の閣僚、国際機関の関係者、原子力機関の関係者など約1千人が参加するという。
 一方、このIAEA福島会議にたいして、市民運動・住民団体によって、カウンター・アクションが呼びかけられている。
 原子力の推進か、脱原発の道か。IAEA福島会議の問題は、この大きな選択にとって、ある意味で総選挙の結果以上に重要であるかもしれない。「脱原発宣言」をしたはずの福島県当局は、このIAEA福島会議を歓迎し、IAEAとプロジェクトを推進しようとしている。福島県民にとって、これは看過できない事態である。

 本論考では、IAEAが福島で何をしようとしているのか、そして、福島県は何を考えているのかを、IAEA、日本政府、福島県などの諸資料をもとに検討していきたい。

 なお長文なので、記事を以下のように3つに分けて掲載する。
    【Ⅰ】【Ⅱ】【Ⅲ】‥‥‥‥‥〔その1〕
    【Ⅳ】【Ⅴ】‥‥‥‥‥‥‥〔その2〕
    【Ⅵ】【Ⅶ】‥‥‥‥‥‥‥〔その3〕

 
 ・ 〔人物について敬称は省略した〕
 ・ 〔参照・引用した資料は各記事の末尾に掲載〕


 
PDF版はここをクリック


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




【Ⅰ】   IAEAが福島に拠点




 この章では、IAEA福島会議の概要など、前提的な事柄について触れておきたい。


(一) IAEA福島会議とプロジェクトの概要


 ▽ 会議の概要


 IAEAの案内〔*1〕によれば、IAEA福島会議の目的は、「福島原発事故の知見と教訓を国際社会で共有することである」とされている。
 とくに16、17の両日に持たれる専門家会合に注目したい。
 テーマは3つ、「福島原発事故からの教訓」、「福島原発事故を受けての原子力安全の強化」、「人と環境の放射線からの防護」。
 第一セッション「福島原発事故からの教訓」では、田中俊一原子力規制委員会委員長などが基調報告を行う。
 第三セッション「人と環境の放射線からの防護」では、ICRP(国際放射線防護委員会)から、クリストファー・クレメントICRP科学事務局長とジャック・ロシャールICRP主委員会委員が基調報告を行う。
 この基調報告者の名前を見れば、この会議の内容もおおよそ見当がつくという人も少なくないだろうが、結論は急がずに事実をしっかりと見ていきたい。


 ▽ IAEAと県が正式調印


 また、IAEAは、福島県、福島県立医大と、除染や健康管理、放射性物質のモニタリングなどの共同研究プロジェクトを立ち上げる。これは、今年8月に佐藤雄平福島県知事がウィーンで天野IAEA事務局長と会談した際に要請したもの。12月の福島閣僚会議の場で、正式に調印し、プロジェクトの具体的な内容を発表するという。
 具体的には、除染やモニタリングの研究拠点として、2014年度を目途に三春町と南相馬市に「県環境創造センター」を建設する計画を進め、IAEAが派遣する研究者の活動拠点とするという。福島県は、当初、IAEA福島事務所の設置を求めていたが、IAEAが予算上難色を示したため、県の施設として建設することになった。
 さらに、県立医大では、放射線医療や健康管理調査の拠点として、「ふくしま国際医療科学センター」を11月20日に立ち上げた。県立医大では、昨秋、放射線生命科学講座、放射線健康管理講座を新設、今年4月には国際連携部門を新設し、IAEAから客員教授を招聘している。
 福島県と県立医大が、原子力推進機関であるIAEAと積極的に組もうとしているというのが見えてくる。


(二) 「国境を超える影響」「公衆の懸念」


 ところで、IAEA福島会議に関する動きを理解する上で、その背景にある福島原発事故以降のIAEAの動向を見ておく必要がある。
 福島原発事故から3カ月後の昨年6月にウィーンでIAEA閣僚会議が開催された。その「閣僚会議宣言」〔*2〕に次のような一節がある。 

 「原子力事故は国境を越える影響を有する可能性があり、原子力エネルギーの安全性ならびに人および環境への放射線の影響に関する公衆の懸念を呼び起こす可能性があることを認識する」

 「国境を越える影響」と「公衆の懸念を呼び起こす可能性」。つまり、福島原発事故を目の当たりにして、当事国である日本はもちろん、国境を越えて世界中で、原子力発電と原子力産業にたいする民衆の側の拒否の動きが広がっていることに危機感を募らせている。
 IAEAは、もしもここで日本政府が「公衆の懸念」に押されて、IAEA安全基準やICRP勧告よりも厳しい基準で対応したり、それに応じた賠償を行ったり、ましてや原発推進政策から撤退したりしたら、それがたちまち他国にも波及し、原子力政策全体が成り立たなくなるという強い危機感を抱いているのである。
 実際、昨年と今年の9月にウィーンで開催されたIAEA総会の場でも、日本から出席した政府関係者に次々と危惧が寄せられている。

 「ウルグアイのエネルギー大臣は、東電福島事故後の新興国における原子力発電計画が直面する課題は、原子力へのリスクプレミアム増加によって10-15%の年利を考えなくてはいけない可能性すら出て来て、これによる経済リスクは新規建設にブレーキを掛ける可能性を指摘」(IAEA55回総会に出席した尾本原子力委員会委員の帰国後の報告)〔*3〕
 「現在、2基を除いて全ての原子力発電所が再稼働できないでいると聞いていたところに、日本の国民が安全性を理由に原子力発電所をもはや受け入れず、政府が脱原発を決定したように報道されている。もしそうであれば、これから日本の技術を活用する可能性を検討している側にとって影響は甚大である」(IAEA56回総会で近藤原子力委員会委員長が意見交換した外国閣僚の話。帰国後の報告)〔*4〕 

 日本政府が民衆の圧力に妥協したら、世界の原子力政策が立ち行かなくなる。そういう強い危機感がIAEA福島会議の背景にあるということを踏まえておく必要がある。


 ▽ IAEAのこの間の動き


 福島原発事故以降のIAEAの主な動きは以下のようであった。
2011年5月 IAEA 福島原発事故調査団の訪日
             6月 IAEA 原子力安全に関する閣僚会議
             9月 IAEA 第55回総会 「原子力安全に関する行動計画」
           10月 IAEA 除染ミッションの訪日
2012年1月 IAEA ストレステスト・レビューミッションの訪日
             3月 IAEA 天野事務局長、「世界の原発はより安全になった」と声明
             9月 IAEA 第56回総会
           12月 IAEA 日本政府 原子力安全に関する福島閣僚会議


 


【Ⅱ】   原発再稼働とIAEA安全基準




(一) ピア・レビューの骨抜き


 IAEAの場においても、福島原発事故の原因や安全対策の問題を問う声があがり論議になった。
 「(欠陥のある)マークⅠ型への改良を日本政府及び東京電力はどのように対応したのか」(IAEA安全基準委員会 2011年5月)〔*5〕、「地震が・・・津波以前に炉心損傷の原因になったのではないか」(IAEA55回総会 2011年9月)〔*6〕
 たしかに事故原因の一端に触れる指摘だが、これを言っているのがフランスやロシア。アメリカ製・日本製の原発の問題を挙げて、自国の製品の売り込みを有利にしたいという思惑が働いている。
 そして、この論議の流れから、2011年6月の「原子力安全に関する閣僚会議」の場で、「原子力安全に関する行動計画」〔*7〕が議論され、その目玉として、<IAEA加盟国が多国籍の専門家チームが、各国の原発を、抜き打ちで強制力を持って安全評価を行う>というピア・レビュー(仲間の間で吟味するの意)が提案された。
 しかし、自国の原発政策の独立性を維持したいアメリカや、これから原発を増やしていきたいインドや中国などが反対。6月の会議では採決されず、結局、9月のIAEA総会では「自発的な受け入れが強く奨励される」という強制力のない文言に大幅後退して採択。2012年9月段階で、ピア・レビューの「自発的な受け入れ」を申し出た国はないという。
 福島事故後、IAEAとしてほとんど唯一の具体的な安全強化策はまったくの骨抜きで終わっている。
 にもかかわらず、IAEAの天野事務局長は、福島原発事故から1年後の2012年3月には「事故から各国が学び、世界の原発はより安全になった」と声明〔*8〕、11月には国連総会に同趣旨のIAEA年次報告書を提出している。


(二) 何が何でも再稼働


 昨年来、脱原発を求める何万人もの人びとのうねりが、全国に広がっている。
 そして2012年5月5日から、大飯原発3・4号機が定期点検に入り、全国50基の全原発が停止するという事態に陥った。

  
 ▽ ストレステスト


 IAEAは、この事態を前にして、2012年1月下旬の約1週間、「日本のストレステスト(耐性評価)の評価手法の妥当性に関するレビュー・ミッション」のための調査団を派遣、大飯原発の視察などを行った。このミッションは、日本側の要請で行われたという。
 そして、調査団は、1月31日に、「本レビューチームは、総合的安全性評価に関する原子力安全・保安院の指示及び審査プロセスは基本的にIAEAの安全基準と整合していると結論づける」とした「報告書・要旨」〔*9〕を原子力安全・保安院に提出した。
 ここでIAEAが言っているのは、あくでも、原子力安全・保安院のストレステストにたいする審査手法が、IAEA基準に適合しているという評価であって、大飯原発そのものの安全性の評価ではない。
 なお、ストレステストとは、地震や津波などの負荷(ストレス)に対して、原発の安全性がどのくらい余裕があるかという耐性評価。それを電力会社が調べ、その結果を国および原子力安全・保安院が審査するというやり方。それをもって、政府は、原発再稼働の条件としていた。
 こうして見ると、電力会社と原子力安全・保安院との関係を考えれば、IAEAが、原子力安全・保安院の審査方法を「適合」とすれば、ほとんど自動的に、大飯原発の安全性が「適合」となり、政府の再稼働の条件もクリアすることは明らかだ。
 実際、1月31日にIAEAの報告書・要旨が提出されると、2月13日には原子力安全・保安院が、関西電力の提出した大飯原発3号機・4号機のストレステストについて、「妥当」とする審査書を発表。3月23日には、原子力安全委員会が、5分で原子力安全・保安院の審査書を「妥当」と確認。そして、その後の再稼働は政治判断となり、6月16日に政府が正式に大飯原発3・4号機の再稼働を決定した。


 ▽ IAEAが促す


 日本政府の側は、IAEAの権威を利用して再稼働にこぎつけようとした。また、IAEAの側も、再稼働を促す目的でこのミッションを送り込んだと思われる。
 もっとも、IAEAは、日本の規制や安全の基準が、必ずしもIAEAの基準に適合しているとは思っていない。
 福島原発事故以前に、再三、原子力安全・保安院の独立性の低さを指摘し勧告していた。また、今回のミッションでも、実は、1月31日の「報告書・要旨」とは別に3月27日に「報告書・全体版」〔*10〕が公表されているが、そこでは、「全電源喪失などのシビアアクシデント対策の具体性が欠如している」などの勧告を詳細に行っている。 
  しかし、ここで問題なのは、IAEAが、そういう点については承知の上で、「適合」という結論だけを押し出す形で1月に発表し、再稼働への道筋をつけようとしたということだ。

 
(三) 放射能過小評価の安全基準

 
 日本は、IAEAのお墨付きを得て、ひとまず再稼働は果たしたものの、実は日本の原発の規制や安全の基準が、IAEAの基準とはかなり違うということが問題になり、これから、IAEA基準に沿った改変をどんどん迫られていく。それが、規制機関、避難基準、汚染対策などだ。
 個別には以下に見ていくが、IAEAの基準の特徴は次の2点。
① 事故については、<事故は起こる>という想定で基準や対策を組み立てている。しかも事故以外にも<原発が攻撃を受ける>という想定に立っている。それは、IAEAがそもそも核戦争体制の一環としてあるからであり、アメリカが、常時、中東や東アジアにおいて戦争状態にあるからである。
② しかし、放射能にたいして、極めて過小評価している。より正確にいえば、健康被害による損失と政治的経済的な利益とを天秤にかけて、損失より、利益が上回れば、被ばく許容するという考え方だ。
 IAEA安全基準文書では以下のように言っている。

 「放射線リスクを生じる施設と活動は、正味の便益をもたらすものでなければならない。・・・施設と活動が正当であると考える為には、それが生み出す便益が、それが生み出す放射線リスクを上回っていなければならない」〔*11〕
 「電離放射線に伴うリスクは、公正で持続的な発展に対する原子力エネルギーの寄与を不当に制限することなく、評価され管理されなければならない」〔*12〕
 こういう思想で一貫している。


(四) 7日間で100ミリシーベルト


 昨年7月から、「原子力災害対策指針」〔*13〕の検討が行われ、原子安全委員会から原子力規制委員会に引き継がれて、田中俊一の下で、今年10月に公表された。
 「国際基準や福島原発事故の教訓等に踏まえて」としている。とくに、原発事故が発生し避難をする基準について、避難基準を意味するOIL(運用介入レベル)というIAEA安全基準の用語をそのまま採用している。そして、具体的な数値は「検討」しているが、「指針」と一緒に示された「放射能拡散予測計算」では、IAEAの基準である「7日間で100ミリシーベルト」を採用している。事実上、これが新基準ということだ。


 ▽ IAEAの避難基準


 では実際、IAEAの避難基準はどうなっているのか。IAEA安全基準文書を見てみよう。〔*14〕
 確定的影響と確率的影響の大きく二つの判断基準を示しているが、とくに「確率的影響リスクを容認レベルまで低減する」判断基準が問題だ。

◇緊急に行う対応措置を実施する基準とその措置
甲状腺最初の7日間で50mSvヨウ素甲状腺ブロック
実効線量                 最初の7日間で100mSv 屋内退避、避難、除染
胎児の内部被ばく最初の7日間で100mSv 食物、ミルク、飲料水の制限
 
◇初期に行う対応措置を実施する基準とその措置
実効線量         年間で100mSv 一時的移住、除染
胎児の内部被ばく子宮内で成長する全期間で100mSv 食物、ミルク、飲料水の代替物の使用
 
◇緊急時作業者の制限の目安値  
救命措置を行う作業者
 500mSv     
※この数値は、救命対象の利益の方が、緊急時作業者自身の健康リスクより勝る状況下で、さらに、緊急時作業者が志願し、リスクを理解している場合、超過することがある。
 
 このように、「7日間で100ミリシーベルト」が避難などの基準、しかも胎児についても同じ。一的時移住や除染も「年間で100ミリシーベルト」が基準。
 作業員については、500ミリシーベルトあるいはそれ以上も、となっている。 

 
 ▽ 「基準以下で避難は有害」


 さらに、これらの基準に関して、次のような考え方が示されている。

 「長期的な健康プログラムに、非常に低い線量(100ミリシーベルト以下)で被ばくした人を含めることは、不必要な不安を生じさせる可能性がある。さらに公衆の健康維持の観点から見て費用対効果性がない」
 「確率的影響(がんや遺伝的影響が含まれる)は線量がどれほど少量であっても発生リスクが存在すると想定されるので、緊急時に関連するリスクをゼロ近くに削減することは非現実的であり、有害な面が多くなるだろう」〔*15〕 

 つまり、基準以下なのに避難を求めたりするのは、「有害」であると。100ミリシーベルト浴びるまでは避難させないということだ。あるいは、一時的移住と除染がセットになっていることから想像がつくように、除染で年間100ミリシーベルトになったら、元に戻れということが含意されている。 これが、IAEAの基準だ。
 そして、田中俊一は、「事故の教訓」として、「この基準に則った原子力防災指針ができました」という報告をIAEA福島会議でやろうとしているのである。




【Ⅲ】   除染ミッションの指摘




 国は、昨年8月に除染方針を大々的に打ち出し、「除染すれば帰れる」と繰り返し言ってきた。
 しかし、実際に除染が始まってみると、「除染ではなく、放射性物質を移動させているだけで、<移染>だ」という声が、住民からも、実際に作業を担っている作業員からもあがっている。「ゼネコンのためではないか」という声もその通りで、日本原子力研究開発機構(JAEA)が元請となって、数社の大手ゼネコンの間で、除染利権を独占している。
 しかし、一連の経過を見れば、国や東電にたいする怒り、健康被害の危険と避難や疎開を求める声、復旧や賠償の要求といった住民の訴えにたいして、国が、「とにかく除染」という方向で何とかかわそうとして打ち出した窮余の策という面が強い。


(一) 「過剰に安全側に立った考え方」

  
 これにたいしてIAEAは、昨年10月に「除染に関するミッション」を派遣、国にたいして、「助言」という表現で、日本政府に対して注文を付けている。その「最終報告書・要旨」〔*16〕によれば次のように言っている。

 「日本の当局は、被ばく量の低減に効果的に寄与し得ない、過剰に安全側に立った考え方を回避することが奨励される。この目標は、現状において『正当化の原則』および『最適化の原則』の現実的な実施を通して達成することができる。より多くの放射線防護専門家(及び規制機関)を、政策決定者を補佐する組織的な構造において関与させることが、この目的の達成にとって有益かもしれない。IAEAは、新しい、適切な基準の検討に当たって、日本を支援する用意がある」
 
 これは「助言」という表現だが、強い危惧が示されている。政府・原子力災害対策本部の「推定年間被ばく線量が20ミリシーベルトを下回る地域においても・・・除染を実施し、推定年間被ばく線量が1ミリシーベルトに近づくことを目指します」〔*17〕にたいして、「過剰に安全の側に立った考え方」だと批判している。つまり<基準は、1ミリシーベルトではなく、20ミリシーベルトで十分だ。それ以下にするというのはやり過ぎだ>と言っているのである。
 そして、<ICRPの原則に従うように>と促している。端的に言えば、<費用対利益という損得勘定で考えろ>ということだ。
 「正当化」「最適化」をここで説明しておこう。

◇ 「正当化」とは
 「正当化」とは、被ばく作業を行うに当たって、被ばくという被害に伴う損失と、作業によって得られる利益とを比較して、利益が上回らなければならないという考え方。これについてICRPは、例として、放射線治療を施す場合、患者にとって被ばくのリスクと治療効果の利益という対照を挙げる。
 しかし、ICRPが想定しているのは、作業者や被害者ではなく、国や原子力産業にとっての損失・利益だという点に注意をする必要がある。この場合、健康被害が出たときに生じる治療や補償の費用問題が損失であり、国や原子力産業の行う事業の進捗が利益になる。そして、被ばくによって健康被害が起こったと認める被ばく量の基準を高くしておけば、利益の方が上回ることになる。また利益が大きければどんどん浴びても構わないということも出てくる。

◇ 「最適化」とは
 また「最適化」とは、とくに低線量被ばくの領域の問題についての考え方。
ICRPも、放射線被ばくと健康被害に関してしきい値はない、つまり、どんなに低線量の被ばくでも健康被害はあるということを認めている。しかし、被ばく線量をより小さくしようとすると、より大きな費用が必要になるので、得られる利益に対して、それに見合わない費用がかかる場合がある。そこで、どこかでどこで線を引く必要があるというのが「最適化」。
 これも被ばくし健康被害を受け、それに苦しむ者を主体に考えたら、どんなに費用をかけても防護策を取るべきと考えるだろう。しかし、国や原子力産業を主体に考えると、一定の割合で健康被害が出るには違いないが、防護策にかけられる費用には限度がある。あるいは、健康被害が出るにしても、それが社会問題にならないで済めば、防護策にかける費用は抑えることができる、ということになる。

 助言の言う「過度に安全」とは、<健康被害がない>という意味ではなく、費用対利益の観点で、<ある程度の健康被害は出るが無視してよい>という意味になる。


(二) 「修復」は10ミリ基準


 ところで、IAEAは除染についてどういう考え方なのか。IAEAだけでなく、原子力用語としての除染は、原子炉に関連する機器や配管、衣服・身体や車両など、ごく限られた部分について施されるもの。核実験や原子力施設の事故によって広範囲に汚染した場合、除染などできない。
 だから、IAEAでは、広範囲の汚染にたいする対策を「修復」と言っている。具体的には、被ばく線源の除去・削減、長期的防護活動、食品や飼料の制限、立ち入りや土地利用の制限と、広義に使っている。
 そして、IAEA安全基準文書では次のような注意書きをつけている。
「『修復』とはすべての放射能を取り除いたり、放射性物質をすっかり取り除いたりすることを意味するものではない。最適化過程により大きく修復ができるかもしれないが、必ずしも以前の状態まで回復するわけではない」〔*18〕
 その限りは正直だ。
 しかし、その文書で、参考レベルとして示している基準は、年間10ミリシーベルト。それ以下では、<修復は正当化されないとし、制限なしの解放の基準である>としている。つまり<費用対利益からして、年間10ミリシーベルト以下は、何もせず放っておいていい>というのだ。
 また、修復の責任は、汚染の原因者ではなく、汚染した地域の所有者または管理者になっている。
 さらに、修復の費用は、原因者が負担すべきだが、その費用が、原因者の通常の経済活動に比べて「不釣り合いに高いかもしれないということを理解」して、産業界、地域社会、政府などが負担するだろうというのだ。
 
 こうしてみたとき、日本政府は、さしあたり除染を続ける以外ないが、除染の成果が上がらないことを突きつけられていく中で、「年10ミリシーベルト以下は除染しない」というIAEAの「修復」基準の方向に沿って転換していくことだろう。また、福島県当局は、IAEAに除染の指導を期待しているようだが、それは、次の【Ⅳ】で見るように「放射能との共存」という方向に促されていくことになるのだ。
 

【以下、〔その2〕に続く】




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【参照引用注】


 〔*1〕 IAEAホームページ 
      The Fukushima Ministerial Conference on Nuclear Safety  Programme
 〔*2〕 外務省HP 2011年6月20~24日 
      原子力安全に関するIAEA閣僚会議 宣言(和文仮訳)
 〔*3〕 内閣府原子力委員会HP
      第37回原子力委員会定例会議(2011年9月27日)配布資料
      「尾本原子力委員会委員の海外出張報告」 
 〔*4〕 内閣府原子力委員会HP
      第43回原子力委員会定例会議(2012年10月2日)配布資料
      「近藤原子力委員会委員長の海外出張報告」
 〔*5〕 原子力規制委員会/原子力安全委員会HP
      第43回 原子力安全委員会臨時会議(2011年6月16日)配布資料
      「第29回IAEA安全基準委員会について」
 〔*6〕 ⇒〔*3〕
 〔*7〕 外務省HP 外務省国際原子力協力室
 〔*8〕 日本経済新聞 2012年12月11日
 〔*9〕 経済産業省HP 「(仮訳)日本で実施される『既設の発電用原子炉施設の安全性に関する総合評価』についての原子力安全・保安院(NISA)のアプローチをレビューするIAEAミッション」
〔*10〕 ⇒〔*9〕
〔*11〕 原子力安全基盤機構HP IAEA安全基準邦訳「基本安全原則」 安全原則 
〔*12〕 原子力安全基盤機構HP IAEA安全基準邦訳 
      「原子力又は放射線の緊急事態への準備と対応に用いる判断基準」全般的安全指針
〔*13〕 原子力規制委員会HP 
〔*14〕 ⇒〔*12〕
〔*15〕 ⇒〔*12〕
〔*16〕 内閣官房HP 「原発事故の収束及び再発防止に向けてIAEA除染国際ミッションによる最終報告書(要旨仮訳)」
〔*17〕 首相官邸HP 第19回原子力災害対策本部 配布資料
〔*18〕 原子力安全基盤機構HP IAEA安全基準邦訳「過去の活動および事故で汚染された地域の修復」安全要件










テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2012/12/12(水) 03:00:00|
  2. IAEA・ICRP
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