福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

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「裏切られた。撤回してほしい」    福島で支援法基本方針の説明会

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 「多くの人が支援法に期待していた。でも裏切られた。この基本方針は撤回して、作り直して下さい」

 2012年6月に成立以降、長らく店晒しにされてきた「子ども・被災者支援法」について、その基本方針案が8月30日にようやく公表され、復興庁の主催する説明会が9月11日に福島市内で開かれた。平日の午後という日程の中で、福島県内の住民、福島から県外への避難者、さらに宮城、群馬、栃木などの住民ら約170人が参加。国側からは、浜田復興庁副大臣、復興庁の担当者、文科省、経産省などの担当者が出席。
 住民が次々と意見表明を行い、論議は予定を大幅にこえて3時間近くに及んだが、国・復興庁の基本方針案の説明は、子ども・被災者支援法の当初の基本理念からも、被災者の求めるものからも、全くかけ離れたものだった。参加した住民らは全く納得できず、会場は、「撤回しろ」「公聴会を開け」という厳しい批判と怒号であふれた。


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(発言する浜田復興庁副大臣・写真右)




【Ⅰ】  「被災者を抜きに被災者のことを決めるな」



 説明会では、福島から北海道や静岡に避難・移住した住民、福島県内に留まっている住民、強制避難区域から避難を余儀なくされている住民、そして、宮城、栃木など高線量の地域がありながら支援対象から外された地域の住民など、様々な立場から切実な訴えがなされた。
 以下にその一部を紹介する。


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・「地域指定については、年間追加被ばく線量1ミリシーベルト以上のところについてはすべて指定すべき。今回の基本方針案では地域指定が33市町村で限定されている。根本大臣が会見で『分断をしないために33市町村にした』と言っていたが、これでは復興庁自ら分断をするようなものだ」(いわき市・男性)

・「事故前の公衆被ばく限度の1ミリシーベルトというのが、国民が合意できる数値だ。根本大臣が、100ミリシーベルト以下の被ばくでは健康被害は認められていないと発言したのを聞いて、私はぼう然とした」(郡山市から静岡県に避難・男性)

・「対象区域の基準を検討するとき、財政ということを考慮して、1ミリシーベルトだったらこのぐらい、5ミリシーベルトだったら、20ミリシーベルトだったらと予算のシミュレーションをしたのではないか。1ミリシーベルトのとき、どのくらいの予算規模という風にシミュレーションしているのか」(郡山市・女性)

・「飯舘村では、住民の間で、『帰りたい、帰りたくない』と別れて、議論が前に進まない状況。その根底には、今回の事故で人の数だけ安全基準ができてしまった問題がある。そのために対立や葛藤が生まれている。震災前の法律とチェルノブイリの経験則に基づいた合理的判断があれば、その軋轢は緩和され、被災者同士の理解も進むのではないか」(飯舘村から避難・男性)

・「丸森町は支援対象地域から外された。『丸森にも線量の高いところがあるが、ほとんどが山』というけど、そこにも人が住んでいる。自主避難者の数もかなりの数になる。避難したくても支援制度がないから避難できない。自主避難者の数は支援制度があるかないかで全然違う。復興庁は自主避難者の数を把握しているというがどういう調査をしたのか」(宮城県丸森町・男性)

・「県境を越えて近隣県に放射性物質は降下している。栃木県では、同じ被災地であるにもかかわらず、同じ支援を受けられない。とくに子どもをもった保護者が追い詰められている。保護者の希望が多いのは健康調査。それに関して、国の説明では、近隣県でもこれから個人線量計で測ると。2年半も待たされて今から調査とは。多くの人が心配しているのは、3月11日、情報がなかったから子どもを外で遊ばせていたといったこと。有識者に意見を聞くのではなく、被災者にどういう不安があるかを丁寧に聞いてほしい」(栃木県宇都宮市・女性)

・「この説明会を一回やっただけで基本方針を閣議決定してはいけないというのが今日の大多数の声だ。われわれ被災者を『田舎もんの知性のないクソども』と愚弄するような人間(暴言ツイートを行った復興庁官僚を指す)が作ったから、こんな基本方針しかできなかった。もう一回仕切り直すべき。被災者支援法は、被災者のための法律でしょ。留まる、避難する、どんな選択も応援しようと作った法律でしょ。その私たち被災者を抜きにして私たちのことを決めないでほしい。今から全国で公聴会を開くべきだ」(福島市から北海道に避難・男性)

・「基本方針を決めるに当たって、復興庁はいろんな会議をやったと思うが、議事録が一切残っていない。何を資料にして検討したかも出ていない。いわんや有識者と言われる人たちがどういう人か全然分からない。要するに、闇の中で勝手に決めている。そして施策は、従来各省庁が本来やるべき施策の寄せ集め。こんなものを基本方針というのは、全く驚きだ」(福島市内・男性)

・「多くの人が支援法に期待していた。やっとできたので見たところ、こんなに裏切られたものはない。この基本方針は撤回をして、作り直して下さい」(浜通りの避難区域・男性)


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(飯舘村の現状を訴え、基本方針案の撤回を求める男性)

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 基本方針案に対する住民の意見の中には、様々な問題が提起されている。以下では、議論の中ではある程度前提になっている事柄に立ち戻りながら、【Ⅱ】で、子ども・被災者支援法の趣旨と成立後の動きを概観し、【Ⅲ】で、基本方針案の問題点を批判・整理し、【Ⅳ】で、説明会を通して突き出された子ども・被災者支援法と基本方針案をめぐる今後の論点をつかむ、という順序で考えてみたい。




【Ⅱ】  1年以上の店晒し



 ここでは、子ども・被災者支援法の趣旨と、成立後の動きを簡単に概観することを通して、子ども・被災者支援法の当初の基本理念とも、被災者の求めるものとも、全くかけ離れた基本方針案が出てきた経緯を見てみたい。



居住も避難も帰還も支援する理念


 子ども・被災者支援法とは、正式には「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」。2012年6月、当時の与党(民主党)と野党(自民、公明、みんな、共産、社民など)の全会一致で成立。
 この法律の基本理念は、原発事故によって放射性物質が拡散し、被ばくが健康に及ぼす危険が続く中で、被災地域に住み続ける選択も、被災地域から避難する選択も、避難先から帰還する選択も、いずれの選択をも被災者自身の自己決定として尊重し、支援するというもの。とくに子どもや妊婦への特別の配慮が行われるべきとするものであった。(子ども・被災者支援法第2条)
 その理念は被災者の切実な要望に応えるものとして期待された。ただ、成立した同法は、あくまでも具体的な支援策が明記されていない理念法であり、その具体化は政府の検討に委ねられた。



「白黒つけずに曖昧なままに」


 しかし、政府から具体策は示されず、予算もつかないという店晒しの状態が続いた。
 そうした中、復興庁で子ども・被災者支援法に基づきその具体的な支援策の取りまとめに当たっていた水野参事官(当時・写真下)が、ツイッターで暴言を繰り返していた問題が報道された。〔毎日新聞 2013年6月13日付〕


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(復興庁の水野参事官・当時)


 水野参事官は、今年3月7日、衆院議員会館で市民団体が開いた集会で、復興庁の担当者としてとりまとめ状況を説明していたが、同日、「左翼のクソどもから、ひたすら罵声を浴びせられる集会に出席」とツイート。また、翌8日には「今日は懸案が一つ解決。正確に言うと、白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意」と。
 水野参事官には残念ながら「ひたすら罵声」としか受けとめられなかったが、その声とは、子ども・被災者支援法の理念に則って支援策を具体化してほしいと訴える被災者の切実な声のことだった。また、後者のツイートにある「懸案」とは、子ども・被災者支援法がその条文で、「一定の基準以上の放射線量が計測される地域」を支援対象地域と指定するように求めており、放射線量に基づく基準を別途に定める必要があり、その基準を具体的にどう設定するかという問題だ。ところが、それについては、同法の条文に反して、「放射線量の一定の基準」は具体的に決めないで「白黒つけずに曖昧なままにしておく」ことで「解決」したという。そういう合意を「関係者」すなわち関係省庁の幹部の間で秘密裏に行っていたというのだ。
 つまり、国・復興庁としては、自主避難者も含めて支援を行うとした子ども・被災者支援法の成立を歓迎しておらず、その具体化を先延ばしし、あるいは中身を骨抜きにしたいという意図が見てとれる。水野参事官のツイートは、その個人の心情にとどまらず、国・復興庁の意志を正直に吐露したものだった。成立から1年2カ月も店晒しにされた理由もここにあった。
 そうした経過を経て出てきたのが、8月30日に公表された基本方針案。それは、子ども・被災者支援法の当初の基本理念とも、被災者の求めるものとも、全くかけ離れたものであった。




【Ⅲ】  支援法の理念を否定する基本方針案



 国・復興庁の示した基本方針案の問題は、以下の点に要約されるだろう。


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(一) 線量基準を示さず対象地域を限定 


 子ども・被災者支援法は、上でも触れたが、被災者を支援する際に、支援対象地域を指定するとしている。そして、その支援対象地域とは、「その地域における放射線量が政府による避難に係る指示が行われるべき基準を下回っているが一定の基準以上である地域」と規定している。〔法第8条〕したがって、ここでいう放射線量についての「一定の基準」を別途に定めることが求められている。
被災した住民は、放射線防護の法令が前提とする追加被ばく線量年間1ミリシーベルトを基準にした支援を求めている。
 ところが、国・復興庁の示した基本方針案は、同法の条文に反して、放射線量に基づく基準を示さなかった。そして、支援対象地域を福島県の中通り・浜通りの33市町村に限定した。このために、福島県の会津や宮城県、栃木県、茨城県、千葉県などで放射線量の高い市町村があり、それらの自治体からも子ども・被災者支援法の適用を求める声があがっているにもかかわらず、指定から外された。避難対象地域に準ずるとして準支援対象地域という規定もあるが、施策の実質が伴わず、支援対象地域の限定性は変わらない。



(二) 居住・避難・帰還の選択認めず、避難者の帰還を促進


 子ども・被災者支援法は、その基本理念で、放射線が健康に及ぼす危険を鑑み、被災地域に住み続ける選択も、避難する選択も、帰還する選択も等しく支援するとしている。
 ところが、基本方針案で示された支援の中身は、その基本理念を事実上否定している。
 まず、施策のほとんどが既存の施策を並べたものに過ぎない。例えば医療の確保や子どもの就学支援といったことが並んでいるが、これらの施策は、原発事故の被災地域でなくても必要な施策であり、子ども・被災者支援法の基本方針にあえて書き込むものではない。

◇避難者に対する施策なし

 何より、居住・避難・帰還のいずれをも支援するという基本理念に反して、避難者に対する新規の施策は全くない。高速道路の無料化はすでに実施されている。しかも二重生活を強いられている母子避難者に限定されている。また、借り上げ住宅の供与期間を平成27年3月まで延長する点も新規の施策ではない。しかも原発事故による避難の長期性からすれば、小刻みの延長は現実に即していない。

◇帰還の促進

 その一方で、避難者の帰還を促進する施策に重心が置かれている。たとえば、住宅支援では、福島県外への避難者にとって住宅支援は借り上げ住宅の供与期間の小刻みな延長だが、福島県内に帰還する場合、子育て定住支援賃貸住宅の整備の支援や公営住宅への入居の支援などと充実している。また、就業支援では、福島県外への避難者が、福島県内に帰還を希望する場合、その就業支援が行われるが、その逆の福島県外への避難者には、同等の支援が行われるわけではない。

◇被ばく低減策なし

 さらに、子どもに対する施策では、何よりも被ばく低減を柱にするべきだが、その点が全く曖昧になっている。運動機会の確保、自然体験活動、プレーリーダーの養成、大型遊具の設置などが並ぶ。もちろんこれらの施策も有用であろう。しかし、被ばく低減のためには、被災地域からの避難がベストであり、それが叶わないにしても一定の期間の定期的に被災地域外に移動・保養する必要があるという事柄が中心に貫かれていないために、被ばく低減のための施策になっていない。

◇幅広い疾病対策なし

 健康にかんする施策では、福島県の県民健康管理調査を継続することが中心になっている。福島県の県民健康管理調査は、その目的ややり方について、被災者から強く批判されているものだ。施策のほとんどが、甲状腺ガン以外の健康被害はないという立場に貫かれており、被災者が求めている幅広い疾病の可能性に対する施策は全くない。また、福島県外での健康調査については、有識者会議を開催して検討というのが唯一の施策になっている。

◇放射能安心キャンペーンまで

 加えて、その他の支援として、IAEA(国際原子力機関)と福島県の間で昨年末に締結された協力プロジェクトを実施するとある。核開発と原子力推進の国際機関であるIAEAは、原発事故に起因する生活破壊や健康被害を極力小さく見せることに努め、放射能と共存するような住民意識を育てる目的で福島県に常駐している。〔本サイト 「【論考】 IAEAと福島」参照〕
 また、その他の支援で、放射線影響に関するコールセンターを設置し、学校の副読本などの統一的資料を作成し、国民の理解促進を行うという。2011年10月に文科省が『放射線等に関する副読本』を作成しているが、それは、放射線の効用については詳細に記述しているが、その危険性や健康被害についてはほとんど触れていない。被ばくの影響は、ICRP(国際放射線防護委員会)の判断だけが正しいように取り扱っている。ほとんど根拠もなく放射能安心神話を刷り込むような内容だ。
 IAEAとの連携といい、国民の理解促進といい、これらを被災者支援の施策として並べること自体が全くおかしい。


 
(三) 当事者である被災者の意見を無視

 
 子ども・被災者支援法は、被災者の声を反映させるように定めており、住民らが意見を述べる場の設定を求めている。
 にもかかわらず、国・復興庁は、公聴会を開催せず、福島と東京での2回の説明会と2週間のパブリック・コメント(その後10日間延長)だけで意見を聴取したとし、10月15日召集の臨時国会に間に合わせるために閣議決定を急いでいる。

 以上のように、被災地域の住民の訴え、全国の住民の声が、子ども・被災者支援法を成立させたわけだが、国・復興庁の示した基本方針案は、それを否定し全く反対のものにしようとしている。




【Ⅳ】  「危険か安全かではなく不安」という論理



 今回の説明会で、もっとも大きな論争点は、子ども・被災者支援法が、支援対象地域の指定に際して、放射線量を基準とすることを求めているにもかかわらず、基本方針案では、それが示されなかったことだ。
 復興庁の担当者は、その批判への弁明に終始していた。中でも、次のような弁明には注目する必要がある。
 「(ある放射線量が)危険か安全かという話はこの法律には関係ない。安全かどうか分からないから不安になるのであり、その不安に対して適切な施策を取るというのがこの法律の趣旨。その趣旨に則って、特定の数値は定めないで対象地域を定めた。これがもっとも留意した点だ」
 「不安ということについて、どこまで科学的かという指摘もあったが、放射線関係の有識者だけではなく、社会学や心理学の有識者からも意見を聞いて決めた。有識者の意見について、公開しないという前提で率直な意見を聴きたいので公開はしない」



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(弁明に終始する復興庁の金澤企画官・写真左)



1ミリシーベルト基準の忌避


 まず、繰り返しになるが、子ども・被災者支援法には、支援対象地域とは、「その地域における放射線量が政府による避難に係る指示が行われるべき基準を下回っているが一定の基準以上である地域」と明示されている。一定の基準を示すことは法律の要請するところである。
 その上で、放射線に関して数値基準を議論すること自体がそぐわないかのように復興庁の担当者は説明しているが、別のところでは国は数値で基準を示している。
 例えば、文科省は、2011年4 月、福島県内の学校の校庭利用などに関する通知で、幼児、児童、生徒が受ける放射線量の限界を年間20ミリシーベルトとした。親たちの強い反対で押し返された形にはなったが、撤回はしていない。
 また、避難指示区域の再編でも20ミリシーベルトを基準にした。国は、当初の警戒区域、計画的避難区域という避難指示区域の再編を2011年末に決定、▽12年3月から数えて5年以上戻れない帰還困難区域(年間放射線量50ミリシーベルト超)、▽数年での帰還をめざす居住制限区域(同20ミリ超~50ミリ以下)、▽早期の帰還をめざす避難指示解除準備区域(同20ミリ以下)とした。この20ミリシーベルト基準によって、賠償の打ち切りや帰還の促進ということが進められている。
 一方、被災者が求めているのは、事故前から法令で定められてきた追加被ばく線量は年間1ミリシーベルトが限度という基準であり、いわゆるチェルノブイリ法と同レベルの基準と支援だ。チェルノブイリ事故後ベラルーシにおいては、年間1~5ミリシーベルトの被ばくを余儀なくされる地域では、被災者は他の地域への移住を選択することができ、その場合、居住と仕事に関する国の支援が行われた。
 この被災者の求める1ミリシーベルトという基準を、どうしても受け入れたくないというのが、数値基準を示さない国の本音であろう。



支援法の意図と解釈


 ところで、「危険か安全かではなく不安」という論理は、一見、数値で機械的に区切るよりも、「不安」に対して広く支援しようという寛大な措置のように取れる。
 そもそも、子ども・被災者支援法の目的においても、「放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分に解明されていないこと等のため、・・・被災者が、健康上の不安を抱え、生活上の負担を強いられており、その支援の必要性が生じている」「被災者の生活を守り支えるための被災者生活支援等施策を推進し、もって被災者の不安の解消及び安定した生活の実現に寄与する」(法第1条)とある。
 「健康に及ぼす危険について科学的に十分に解明されていない」とあえて書き込むことで、低線量被ばくの健康影響に関する不毛な論争を避け、被災者の「健康上の不安」と「生活上の負担」をとらえて、それに対して実質的に支援を獲得することを意図したものともといえる。少なくとも善意に読めばそういうことだ。
 そういう条文にすることを可能にしたのは、被災者の強い訴えであり、それを支援する全国の運動の力だ。それが全政党を動かし、官僚たちをここまで押し込んだ。しかし、その後の政治は逆方向に流れた。民主党政権の後退があり、昨年12月の自民党の政権復帰があり、官僚たちの態度も元に戻っている。先に見た復興庁参事官の暴言ツイートもそういう中で起こったことだった。そして、こういう官僚たちによって、子ども・被災者支援法の解釈も大きく巻き返されていった。



「不安」の意図のすり替え


 ところで、被災者が原発事故によって受けている被害は「不安」なのか。
 被災者は、事故によって拡散した放射性物質に由来する放射線によって日々被ばくさせられている。その被ばくによる健康被害にはしきい値がない。つまり、ある被ばく線量以下だったら健康被害はないということはなく、ICRP(国際放射線防護委員会)ですら、被ばく線量に応じて影響・被害があるとしている。
 そして、被ばくとは、遺伝子に傷をつける傷害行為。つまり、国および東京電力による被災者に対する加害なのである。
 「危険か安全かではなく不安」とする論理は、被ばくが傷害であり、加害という実体のある行為を、「不安」という心理的な問題にすり替え、国および東京電力の罪を曖昧にし、被災者の支援の要求を軽んじ、切り捨てる方向に働く。
 子ども・被災者支援法の理念が、こうして否定されている。



やはり線量基準がカギ


 では国は、この先も「白黒つけずに」というやり方を続けるつもりなのかというと、そうではないようだ。
 根本復興大臣が、今年3月に次のように述べている。
 「住民が安全・安心に暮らしていくためには、線量基準に対する考え方について客観的な根拠に基づく国民の理解が必要だ。子ども被災者生活支援法における適切な地域指定のあり方を検討するためにも、国際的な科学的知見も踏まえつつ、事故後の個人の実際の被ばく線量等の実態も考慮して議論を進める必要がある。ついては、線量水準に応じて講じるきめ細かな防護措置の具体化について、原子力災害対策本部で議論を行い、年内を目途に一定の見解を示していただくようお願いする。原子力規制委員会が、科学的・技術的な見地からの役割を十分に果たしていただくようお願いする」(2013年3月7日 復興推進会議/5月10日 参院特別委員会でも同趣旨を答弁)
 年内を目途に被ばく線量基準に関する考え方を示すと言っている。「国際的な科学的知見も踏まえつつ」と言っているのは、ICRPの見解以外にない。
 2011年11~12月に6回にわたって行われた「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」(当時の民主党政権下で政府・官僚・有識者が内外の専門家から報告を受けた)の場で、ICRPの主要メンバーが報告を行い、<チェルノブイリの場合、1年目は100ミリシーベルト。5年目でも5ミリシーベルト。だから日本政府は、1ミリシーベルトという要求に屈してはならない>という趣旨で強く釘を刺している。それは、言うまでもなく、日本で1ミリシーベルト基準による支援や避難が行われてしまったら、それが他国に波及し、原子力産業と核兵器開発の推進が困難になるような打撃になると見ているからだ。〔本サイト 「【論考】 IAEAと福島【Ⅳ】」参照〕
 原子力災害対策本部でのその後の議論については見えてこないが、被ばく線量の基準ということが、懸案になっていることは間違いない。この問題は、被災者の支援や被災者同士の分断の解消といった原発事故により生起するあらゆる被害の問題のカギをなすだろう。そして、原発推進政策そのものの是非を問うような重大問題となってくるだろう。  (了)




 


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テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2013/09/18(水) 00:07:16|
  2. 対政府交渉・訴え
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「故郷を返せ」「ただちに原発ゼロを」     福島・意見聴取会


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 8月1日、福島市内で、政府の「エネルギー・環境の選択肢に関する福島県民の意見を聴く会」が開かれた。この間、全国で開催されている意見聴取会のひとつ。
 福島会場では、参加応募が216人、会場には約150人が参加。意見表明希望が95人、そのうちの30人が発言。「無作為抽出で選んだ」という。

 会場の前列に、細野剛志環境相ら政府・官僚らが並ぶ。その後ろに一般参加者。さらにその後ろに報道陣が100人以上。
 発言者は、15人ずつにわけて登壇。発言時間は1人5分だったが、多くの発言が5分を超えた。30人の発言者は、政府・官僚らを前に、自らが体験したことを語り、福島の住民が感じていることを率直にぶつけた。それは、政府の「収束宣言」と大飯原発再稼働を厳しく批判するものとなった。政府が設定した議論の枠組み自体を批判し、30人中28人が「ただちに原発ゼロ」を要求した。残る2人も段階的な廃止を求めた。
 発言者と会場の一般参加者は、一体となって、拍手を送り、共感の声をあげ、政府・官僚に罵声を浴びせた。さながら、福島県民による、“政府を糾弾する会”のようだった。

 30人の発言のうち、以下に3人の発言を掲載する。〔要旨。見出しは筆者〕



              ・      ・      ・      ・      ・



あの山、あの川、あの海…
     故郷を失った悔しさ、わかりますか




松田孝司さん
〔浪江町で専業農家。桑折町の仮設住宅に避難。60歳〕



ikn00302.jpg  私は、原発から8キロ弱の浪江町で、専業農家として暮らしていました。現在は6カ所目の避難先、桑折町の仮設住宅で、浪江町民といっしょに頑張って、踏ん張って、暮らしています。
 うまく私の思いを伝えられるかどうかわかりませんが、今回、発言の機会をいただき、本当にありがとうございます。浪江町民の一人として、桑折仮設住宅の代表として、口下手ですので、書いてきた文章を読ませていただきます。

◇東電に事業者の資格なし

 今回、現実に原発事故が起き、国、政府、東電のお粗末な事故対応を十分に見させてもらいました。(事故調などの報告によれば)国、政府は、津波災害の可能性を知りながら、何の対策もしないで、東京電力の言うなりに任せ、事故が起きてしまいました。
 自然災害に「想定外」はあり得ないと思います。東京電力は、自ら「想定外」と言っていましたが、「事故を想定しなかった」ということは、法律用語では「未必の故意」ですね。
 事業者として失格だと思います。自らの原子炉を制御できず、避難者にたいする対応も満足にできない様を見て、国、政府、東電には、原子力発電所を稼働する資格や能力はないと思います。
 原発は即刻廃炉、これは当然だと思います。もう二度と、私たちのように、故郷を追われて、さまよう避難者を出さないで下さい。
 何で私は、ここ(壇上)にいなきゃいけないのか。私は、口下手でしゃべれないけど、こういう風にしゃべれるようになったのは、東電のせいかもしれませんけど、私たちの気持ちを理解して下さい。
 もし今度、同じような事故が起きたなら、もう、日本列島が終わりだと思います。

◇政治家も官僚もここで生活してみて下さい

 私たち福島では、東京電力の電気を使っていないんです。
 どうしても電気が足りないと言うならば、都会に原子力発電所をつくって、発電して下さい。送電設備もいらないでしょ。周りの自然を壊して、私たちをいじめて、都会の人はぬくぬくと暮らしているって、ちょっとおかしいと思いませんか。
 私は、原発事故から1年5カ月近く経ってますけど、まだ、一歩も前に進んでいません。
 震災前は浪江町でお米を作りながら、東京電力じゃありませんけれども、安全で安心なうまいコメをつくって、全国に送っていました。儲からなかったけど、毎日毎日、汗水流して、農作業に明け暮れていたんです。
 けれども、今度の原発事故で、浪江町では、もう農業はできません。あの山、あの川、あの海、あの土地、あの人たち、魚や山菜、新鮮な野菜など、すべてが味わえた浪江町。先祖代々の土地を守ってきた生き様。
 後世に伝えるべき、過去や未来をすべて失い、先も見えず、町民も、みなバラバラになってしまいました。こんな、故郷を失った悔しさ、わかりますか、あなたたち・・・。
 元に戻して下さい。故郷を返してほしい。われわれ避難者の切なる願いです。
 放射能を議論しても無駄です。「放射能が何ベクレルなら住める」って、住めないじゃないですか。
 官僚や政治家の人にお願いがあります。まさか、自分たちが住めないと思っているところを、避難解除にはしないと思いますので、今回、避難解除準備区域とした場所で、官僚の人たちも、仕事をし、家族といっしょに生活してみて下さい。住んで見せて下さい。
 国会を避難解除準備区域でやって下さい。そうすれば、くだらない、国民不在の論争などしないで、速やかに審議が進むと思います。安全なところで、口先だけのことを言ってないで下さい。

◇われわれを仮設住宅で殺すんですか

 私たちは、国の命令で、避難したんですね。なぜ国は、もっと早く動いてくれないんですか。浪江、双葉、大熊、富岡。「仮の町」構想を言っても、国の動きは遅いです。
 われわれを仮設住宅で殺すんですか。
 私の家は、浪江では78坪なんですよ。仮設は6坪です。私の家の漬物小屋ですよ。何でそこで暮らさなきゃなんないんですか。
 何で今頃、「仮設住宅の改善」なんですか。「何かほしいですか?」なんて、何でいまそんなことを言っているんですか。1年5カ月も経って、何で仮設住宅を改善しなきゃなんないんですか。
 それだったら、復興住宅を早く進めて下さい。
 これを解決して、次に稼働とか、言うべきだと思うんですよ。われわれが浪江とか双葉郡に帰るまでは、国が責任を持ってちゃんと復興住宅に立てて、住まわせるようにするのが先だと思うんですよ。
 もっと早く動いて下さい。よろしくお願いします。




「放射能で亡くなった人いない」発言に
 怒り覚えた




渡辺和則さん
〔富岡町で司法書士。現在、両親はいわき市、妻と子どもは埼玉に避難。38歳〕



ikn00402.jpg 住所は富岡町です。いまも警戒区域に指定されていますので、家に帰ることも、職場にも、故郷に帰ることもできないまま、避難生活を続けています。

◇どれほどの人が亡くなったか

 私が、今回ここで意見表明をしたいと思ったきっかけは、先月、(名古屋の聴取会での)「福島原発事故の放射能の影響で亡くなった人は一人もいない」という発言をメディアで聞いて、怒りを覚えたからです。
 私も、原発事故の避難者ですから、避難者の状況は、よく分かっているつもりです。どれほど多くの人が、避難中に亡くなったか、避難直後になくなったか、いまもばたばたと倒れて亡くなっているか。本当に、「あんなに元気な人が・・・」「あんなに笑顔だった人が・・・」という信じられないぐらい多くの人が亡くなったり、病に倒れたりしている情報を聞かされています。本当に悲しい思いを日々しています。
 借り上げ住宅や仮設住宅で、そして、一時帰宅の際に、将来を悲観して、自ら命を絶つ人が跡を絶ちません。本来であれば失われなくてよかった命、もっともっと長く生きられた命が、失われているということを、まず、申し上げたいと思います。
 無理もないと思います。原発避難者は、ある日突然、何の説明もなく避難させられ、故郷を追われ、「明日にでもすぐに帰れるだろう」と思って避難したんですね。ところが、いまだに故郷にも家にも帰れず、家族バラバラのまま生活している。いつ帰れるかもわからない状況で過ごしています。
 そういった状況の声が全然、届いていないというのが、本当に、日々、思うところでございます。

◇誰もが気づかされたはず

 原発事故があって、(誰もが)「大変なことが起こってしまった」と思ったはずなんですね。
 私も、避難所を転々として、関東の妹の小さなアパートに家族で避難して、肩を寄せ合いながら、テレビを見ていて、「大変なことが起こってしまった。もう、帰れないんじゃないか」と、もう、自分の人生をすべて否定されたような、そんな思いを抱きましたし、両親も泣いていました。
 そして、「日本が終わってしまうんじゃないか」と思った方も多いと思います。また、これによって、「ここから、大きく日本は変わっていくだろう」「歴史の転換期になるんだろう」と、誰もが思ったはずなんですね。気づかされたはずなんです。
 ところが、どうでしょうか。何事もなかったように、結論ありきで、すべてが進められているような気がします。原発避難者にたいしても、風化をさせられるような形で、進められています。ガレキの処理も、決まっていないし、核燃料の処理の仕方も決まっていない。そして、原子炉建屋の内部の状況さえ、いまだ正確にわからない状況であるにもかかわらず、結論ありきで、原発の再稼働がなされて、また、区域の再編がされています。
 今回のエネルギー政策の聴取会についても、そういった「原発をなくせば、経済的にひっ迫してしまう」というような結論ありきで、進められているように感じました。
 原発事故の賠償の費用であるとか、除染の費用を考えれば、はるかに経済的負担を強いるのは原発推進の方だと思います。
 そして、核のゴミを10万年もの長い未来に残してしまう。われわれの孫の孫のその先まで、人類があるかどうかもわからない時代まで、核のゴミを残してしまうという現実がありますし、一度、事故が起こってしまえば、福島原発事故を見ればわかるように、原状回復は、全くできない。福島全体を見てもらえば分かるように、みなさん、健康被害に怯え、家族もバラバラにされて、軋轢も生じています。「一度、事故が起こってしまえば、現状回復は不可能だ」ということをお分かりだと思います。
 であるならば、「原発ゼロ」から議論を始めるべきではないでしょうか。そこから始めて、「そこに向かって何ができるか」「どういった方策があるか」ということを議論すべきではないでしょうか。これは世界中が注目している選択だと思いますし、歴史が注目している選択だと思います。
 代替エネルギーの問題とか、雇用の問題とか、いくつもハードルはあると思いますけれども、われわれ日本人の科学・技術・英知を結集して、そこに向かっていけば、必ず成し遂げられると、信じています。
 今日は、私は、原発避難者の一人として、そして、福島県人の一人として、そして、人類の歴史のほんの一部として発言させていただいたつもりです。



原発事故の体験者として
 「原発ゼロ」以外選択肢ない

               


野木さん
〔福島市・渡利地区在住。大学生の子どもが2人。
 ※お名前の漢字は発言によるので不正確




ikn00502.jpg 福島市の渡利に住んでいます。渡利は花見山などで有名な自然の美しい地域です。しかし、この地域が放射線量の高い地域として、有名にされてしまったことに強い憤りと悔しさを感じています。

◇取り返しのつかない事態

 私の選択は、「ゼロシナリオ」としました。しかし、今回示された「ゼロシナリオ」を支持していしているわけではありません。私の意見は、「原発ゼロを直ちに決断すべきだ」という意見です。
 原発事故を体験しているものとして、原発ゼロ以外の選択肢はあり得ないのです。理由は様々ありますが、最大の理由は、原発事故が取り返しのつかない事態をもたらしているからです。原発と命は共存できません。
 私は、二人の大学生を育てています。子どもたちは多くは語りませんが、「生まれ育った福島に、このまま住んでいいのか」「福島で結婚をし、子育てをして行っていいのか」、そういう深いところで悩んでいます。喜ぶべき人生の節目において、未来を担う若者たちに、こうした不安や苦しみを抱かせてしまっている。こういう政治や社会でよいのかということが、正面から問われていると思っています。
 私の周りにも、子どもさんの寝顔を見ながら、「本当に福島で育ててよいのか」と、涙を流すお父さん、お母さんがたくさんいらっしゃいます。子どもを守るためとして自主避難をし、離れ離れに暮らす家族も限界を迎えています。
 先日、仮設住宅に行きました。「すぐに避難しなければならなかったので、救える命も救えなかった」と自分を責め立てる方。避難先で夫をなくされ、「原発事故さえなければ、もっと長生きしていたはず」と涙ぐむ方。荒地を開墾し、苦労して子どもを育て、ようやく楽ができると思ったら、そのすべてを一瞬でなくされてしまった無念さ語る方など、たくさんの方に出会いました。
 私は、こうした話を聞くたびに、「原発事故は、人間が人間らしく生きることを否定するもの。一人ひとりの当たり前の生活、そして人生を破壊してしまうもの」だと強く感じています。人間の尊厳、人間らしく生きるということは、どんな理由があっても侵してはならないし、最優先で守られなければならないのではないでしょうか。
 こうした県民の思いや苦しみを背景に、福島県は「原子力に依存しない脱原発の県土づくり」を進める福島県復興計画を決定します。また、福島県議会が、福島原発10基すべての廃炉を求める決議を、全会一致で採択しています。「脱原発、原発ゼロ」は、福島県民の総意となっています。そして、この方向は単に、福島県の将来というだけではなく、原発事故による数々の犠牲の上に、福島県民が全国に発信をした、日本の進むべき道といってもいいのではないかと思っています。
 今日は、細野大臣も見えています。福島県民の総意は明らかでなんです。この福島県民の意思を、是非、重く受け止めていただいて、原発ゼロの決断を直ちに進めていただきたいと強く求めるものです。

◇福島県民を傷つけている

 私たちには、いま、希望が必要です。安心して子どもを産み育て、安心して暮らし、安心して働ける、そんな当たり前の生活を一日も早く取り戻すための希望です。
 その最低限の前提は、現在の福島原発事故を、本当の意味で、収束させること、そして、原発をなくし、事故の不安から解放することだと思っています。
 昨年12月の「福島原発事故は終わった」という野田首相の「事故収束宣言」、今年6月の「福島と同じような地震津波が襲っても、安全は確保される」と断言した野田首相の大飯原発再稼働発言。また、先の意見聴取会での「福島原発事故で亡くなった人は一人もいなかった」などの発言のひとつひとつが、私たち福島県民を深く傷つけています。希望を萎えさせています。
 それは、福島県民の実感や思いと全くかけ離れているからです。
 福島原発事故の原因を、人災と認め、安全神話と根本から決別し、「原発ゼロ」の決断を行うことを重ねて求めて、意見表明にしたいと思います。



            ・      ・      ・      ・      ・



フクシマの現実の中から



 福島県民は、「自分は口下手」と思っている人が多い。この日の発言者たちも、そういう自嘲しながら、政府のやり方に鋭く論駁し、事故を深く総括し、それを超えて日本が進むべき方向を語っていた。
 それは、フクシマという現場に生き、向き合う以外ないことがそうさせているのだろう。
 30人の意見表明の中で主張されていた特徴的な論点を以下に列挙してみた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

▽事故が起きて、無関心できた人も、運動にかかわってき人も、自らのあり方を反省している。ところが 政府・東電は「想定外」と。もっとも反省すべき人が反省していない。事故の責任を誰も取っていない。なのに、どうして再稼働なのか。
▽収束宣言も再稼働もありえない。福島の犠牲の上の安全ではないか。福島県民は国民ではないのか。
再稼働は、福島県民を傷つけている。福島に対して失礼だ。再稼働よりも、毎日、苦しんでいる国民への対応が最優先ではないのか。
再稼働の際、首相は「国民の生活を守るために」と言ったが、では、福島県民は、国民ではないというのか。棄民と言わざるを得ない。
▽7月の名古屋の聴取会で、中部電力社員が、「放射能で亡くなった人はいない」と発言した。怒りを覚える。福島県民を傷つけている。
▽原発の廃棄物処理は行き詰まっている。なし崩しに稼働するのは許せない。核廃棄物をこれ以上、増やしてはならない。再稼働は間違いだ。
▽作業員は日々、被ばくしている。これ以上、原発を稼働させることはさらに被ばくする作業員を増やすということだ。
原発は、事故が起こらなくたって、稼働しているだけで、作業員は被ばくしている。被ばくなしに成り立たないエネルギーなんてあり得るのか。
▽政府の示した「ゼロ」「15%」「20~25%」というシナリオを議論するという設定自体がおかしい。検証もしていないのに選択をしてしまうのか。
意見を言う機会があるのはいいが、「福島の意見も聞いた」というアリバイづくりにされるだけではないか。意見を言わせておいて、あとはどうするのか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


細野環境相を取り囲む



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〔黙って座っている官僚たちに「顔をみせろ、名を名乗れ」とヤジ。しぶしぶ向きを変えて一礼〕


 政府・官僚たちは、ある者は下を向き、ある者は顔を強張らせ、4時間半をただただ我慢している様子だった。
30人の意見表明後に発言に立った細野環境相は、「福島の皆さんの気持ちを受け止め、福島を再生エネルギーの拠点に・・・」と発言。これには会場から間髪を入れず、「違うだろう。話をそらすな」。
「原発を直ちにやめるべき」と切実に訴えたこの日の大多数の意見を踏みにじる発言に、参加者は声を荒げて批判。会場から退場しようとする細野環境相や官僚たちを取り囲み、激しく迫った。 〔写真下〕


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 この場は、あくまでも政府の設定したもの。そういう場ではあるが、被災した福島県民の思いや憤りが、政府にたいして突きつけられた。しかし、政府の側は、これを受け止めることも、抑え込むこともできない。
 同日、福島・東京・金沢の各地検が、東電幹部・政府関係者に対する告訴・告発を受理した。毎週金曜日、首相官邸を数万の人びとが包囲する行動、大飯現地での阻止行動をはじめ、民衆の側の力が、少しずつだが、政府・東電を追い詰めている。  (了)






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  1. 2012/08/03(金) 22:36:12|
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「生涯100ミリ」基準を追及  対政府交渉

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 8月25日、参院議員会館(東京都千代田区)で、放射能汚染問題をめぐる対政府交渉が行われた。主催は、子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク、福島老朽原発を考える会(フクロウの会)など6団体(※)。
 7月19日に福島市内で開催された交渉に続いて、今回で3回目。前回は、「避難の権利」を求めて、政府・原子力災害現地対策本部を相手にした交渉。今回は、前半で、食品安全委員会がすすめる食品の暫定規制値の改定をめぐる問題、後半では、特定避難勧奨地点の指定をめぐる問題などを中心に交渉が行われた。
 前半の交渉相手は、厚生労働省および食品安全委員会、後半は、政府・原子力災害対策本部、原子力安全委員会、文部科学省。
 交渉は、10時に始まり、13時過ぎまで行われ、約120人が参加した。
 以下、交渉で、明らかになった問題点を整理して報告する。




■「生涯100ミリ」は重大な基準変更


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(重大な基準変更を、事も無げに答弁する食品安全委員会の官僚)

 前半は、厚生労働省と食品安全委員会を相手に、食品の放射能汚染にたいする規制値改定をめぐる交渉。
 食品の放射能汚染にたいする現行の暫定規制値は、年間で最大17ミリシーベルトの被ばくを許容するもの。きわめて高い数値で、その見直しが求められている。
 7月26日、食品安全委員会は、「食品中に含まれる放射性物質の食品健康影響評価(案)」を策定し、その見直しの方向を示した。
 ところで、この「評価(案)」では、自然放射線や医療被ばく以外の被ばくについて、外部被ばくと内部被ばくを合わせて、「生涯で100ミリシーベルト」という新たな基準を導入してきた。
 従来、食品の暫定規制値でも、また公衆がうける被ばく限度=1ミリシーベルトでも、年を単位として規制する数値を出してきた。ところが今回、「生涯」という単位を持ち出した。これはどういうことなのか。
 この問題について問いただした。


◇年1ミリの規制限度の撤廃ねらう


 「評価(案)の言う生涯とは何年か?」。まずこの問いから始まった。
 ところが、食品安全に委員会の答えは、「何年とは決まっていない」。
 だとすれば、「生涯」などという曖昧な単位で、リスクを評価することなどできるはずがない。
 さらに、「生涯100ミリシーベルト」という基準について、次のような重大な問題があるという指摘がなされた。
 例えば、最初の1~2年で50ミリシーベルトを浴びてしまい、その後に、「生涯」で累積線量が100ミリシーベルトに収まったという場合だ。1~2年で50ミリシーベルトの被ばくというのは、深刻な健康被害が懸念される数値だ。しかし、「生涯100ミリ」基準では、基準以下で問題なしとなってしまう。
 この指摘にたいして、食品安全委員会の答えは、「生涯100ミリシーベルトであれば問題はない」という見解。
 つまり、「生涯100ミリ」という基準は、原発事故直後に多くの住民が高い被ばくを受け、現在も汚染地域に住まわされているという現状を追認するために、年1ミリシーベルトという現在の公衆の被ばく限度を取り払ってしまうということなのだ。そして、高い被ばくという現状に合わせた新基準で「安全・安心」を宣伝する狙いがあるのだ。
 重大な狙いが、交渉の中で明らかになった。


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(追及に立つ男性)


◇100ミリをしきい値に


 さらに、「評価(案)」は、「100ミリシーベルト未満については、現在の知見では健康影響の言及は困難」であるという言い方で、実際には、100ミリシーベルト以下の健康被害への影響がでないかのような扱いをしている。
 ところで、ICRPおよび日本政府が採用している放射線防護にかんする基本概念においても、「直線しきい値なし」モデルを採用している。「直線しきい値なし」モデルとは、「しきい値以下の被ばくでは健康に影響はない」とする見解を斥け、どんなに低線量の被ばくでも、被ばく線量とがん・白血病などの発生確率との間には比例関係があるという考え方。
 ところが、食品安全委員会は、「直線しきい値なし」モデルは「採用していない」と明言した。
 「生涯100ミリ」とは、放射線防護にかんする基本概念まで変更してしまう暴挙だ。そして、事実上、100ミリシーベルトを「しきい値」にしよういとしているのだ。




■コミュニティと家族の破壊


後半は、原子力災害対策本部、原子力安全委員会、文科省との交渉。


◇伊達市霊山からの訴え


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(伊達市霊山から参加した男性)

 特定避難勧奨地点に指定されている伊達市霊山からこの日の交渉に参加している男性が訴えた。
 特定避難勧奨地点とは、計画的避難区域や警戒区域の外で、原発事故後1年間の積算放射線量が20ミリシーベルトを超えると推定された地点。地域ではなく個別世帯を指定するのが特徴。伊達市や南相馬市などで指定が出ている。
 伊達市霊山の男性は、特定避難勧奨地点の指定によって、身近で起こっている問題を、静かな口調で、しかし厳しい思いを込めて話した。
 同じ敷地の中に、親の世帯と子の世帯が住んでいる家族がいる。その家族は、親の世帯が特定避難勧奨地点に指定され、子の世帯が指定されなかった。その指定の可否を分けたのは、たった0・1マイクロシーベルトの違い。その違いのために、親子が分断されるという事態になっている。
 さらに、このことを行政に問い合わせても、国と市の間でたらい回しにされ、誰も責任を取ろうとしない。
 男性は、世帯ごとの指定が、コミュニティーの破壊はおろか、家族をも破壊していると弾劾、区域ごとの指定にするように求めた。
 これにたいして、対策本部は、「実態を把握していない。持ち帰る検討する」と答えるだけだった。


◇福島市の大波・渡利


 さらに、福島市の大波地区、渡利地区の問題について問いただした。
 大波、渡利は、福島市の住宅地。6月下旬の市当局による計測で、3マイクロシーベルト/時を超える線量が出ている。
 地元紙の報道では、同地区を特定避難勧奨地点に指定する検討に入ったとあったが、結局、何も進んでいない。住民らが、繰り返し地元のでの説明会の開催を求めてきたが、未だ何も行われていない。 
 これについて、対策本部は、「検討中」とくり返すだけだった。
 住民の側からは、「いつまでも平行線をたどっている場合ではない。実質的な進展をしなければならない。住民は、線量の高いところにずっと放置され、被ばくし続けているのだ」と強い口調の弾劾がなされた。

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(官僚答弁をくり返しながら、終了時間を気にする原子力災害対策本部の官僚)




■高い検出限界の健康調査


 福島県が県民の健康管理調査を行っている。ところが、ホールボディーカウンターおよび尿検査の検出限界値が、13ベクレル、0・2ミリシーベルトと非常に高い。検出限界とは、物質の分析で、その物質を検出できる最小の量のこと。
 「チェルノブイリでは、尿中のセシウムが6ベクレル/L程度で、膀胱がんの前段の膀胱炎が過剰に生じている」と東大アイソトープ総合センター児玉教授が研究結果を発表している。これを見れば、13ベクレルという検出限界が高すぎることは明らか。.
 この問題について問いただした。
 これにたいする対策本部の答弁は、「ホールボディーカウンターおよび尿検査は、内部被ばくで1ミリシーベルト以上かどうかを見るもの。個人が何ミリシーベルトの被ばくを受けたのかを調査したものではない。検出限界以下であれば、『県民の安心のため』という調査の目的は果たせる」と述べた。
 つまり、県民健康管理調査の目的が、被ばくの実態を明らかにして、影響を最小限に抑えるというところにあるのではなく、被ばくの実態を隠蔽した上で、県民を「安心しなさい」と慰撫するところにあるということを、明け透けに語っているのだ。

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(会場からくり返し怒りの声があがった)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の対政府交渉を通して、食品の暫定規制値の改定、特定避難勧奨地点の指定や緊急時避難準備区域の解除などをめぐる、政府の側の大きな動きが見えてきた。 
 住民を放射能汚染地域に放置しながら、「安心しなさい」と強弁するような政府のやり方にたいし、追及を強めていかなければならない。




■49,775筆の署名提出


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(49,775筆の署名が山積み)

 対政府交渉に先立ち、「福島の子どもたちを守るための緊急署名」49,775筆が提出された。この署名は、放射線量が高い地域からの避難、県民の内部被ばく検査の実施、法令1ミリの遵守とそのための食品規制値の見直しを求めて、原子力災害対策本部長、福島県知事、文部科学大臣、厚生労働大臣宛てに出されたもの。


※6団体: 子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク、福島老朽原発を考える会(フクロウの会)、国際環境NGO FoE Japan、美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会、グリーン・アクション、国際環境NGOグリーンピース・ジャパン

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  1. 2011/08/31(水) 15:13:37|
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「避難の権利」を要求  福島県民が対政府交渉

 7月19日、福島市内で、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」など、6市民団体が主催し、放射能汚染地域からの「避難の権利」を求めて、政府原子力災害本部および現地対策本部との交渉をおこなった。
 午後1時から1時間の事前集会のあと、交渉は約2時間半に及び、福島県民130人が参加した。
 現地対策本部の職員は、木で鼻をくくったような態度と驚くべき暴言を繰り返し、会場は終始、ヤジと怒号に包まれていた。福島県民は、深刻な実状と切実な要求を突きつけて、ねばり強く訴えた。


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避難の権利


 事前集会では、今回の交渉の趣旨や、福島市渡利平ヶ森地区の汚染の事態が説明された。

 まず、交渉の趣旨は、以下のように説明された。〔要旨〕
       ・    ・    ・
 これまで、文科省、厚生労働省、原子力安全委員会などを相手に、子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク、福島老朽原発を考える会など6団体が、20ミリシーベルト基準の撤回を求めて交渉を重ねてきた。5月23日には100人近い福島県民とそれを支援する人びと約700人が文科省を包囲する行動がおこなわれた。その力で、5月27日、「(学校内について)1ミリシーベルトを目指す」ということを文科省に約束させた。
 しかし学校内の1ミリシーベルトではもはや子どもたちを守れない。
 実際、福島市や市民団体の調査で、避難区域外にも放射能汚染が広がっている実態が明らかにされた。そでに子どもの被ばく量は1ミリシーベルトの数倍に達している。
 福島市内でも、早急に避難・疎開などによる被ばく量の低減を、行政が主導しておこなうべきだ。
 避難したくても避難できない人がたくさんいる。避難を阻んでいる大きな理由のひとつが、「自主」避難の難しさや限界にある。
 住民の「避難の権利」、すなわち、自らの被ばくのリスクを知る権利や、自主避難した場合に補償等が埋められる権利を確立させる必要がある。
 このような「避難の権利」の確立を要求して、先月6月30日に、東京の参院議員会館において、原子力災害対策本部との交渉を行った。しかし、この場では多くの課題が積み残しになった。 やはり福島県民が多数参加した場で直接訴えて交渉を行う必要があると考え、今日、福島県内で、政府との交渉をおこなう場を設定した。
     ・    ・    ・
 以上のように、今日の交渉の趣旨が説明された。



福島市・渡利・平ヶ森地区の汚染

 続いて、避難の権利を要求するにあたって、福島市・渡利・平ヶ森地区の放射能汚染の実状について、説明がおなわれた。
 渡利・平ヶ森地区は、福島駅から東に約1キロ、阿武隈川をわたると渡利。小・中・高などもある住宅地。その南の山際にあるのが平ヶ森地区。
 同地区の放射能汚染の実状と、それを反映していない文科省の測定ということが数字を持って明らかにされた。
・    ・     ・

□ 空間線量 3・83マイクロシーベルト/時

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 文科省の測定は、福島県の測定ポイントを用いて行った。それによれば、空間線量が1・2マイクロシーベルト/時。〔写真の上 d12〕
 しかし、福島市の測定(6/17、20実施)では、平ヶ森地区付近で、3・20~3・83マイクロシーベルト/時という数値が出ている。〔写真の下 ①~⑤〕
 年間20ミリシーベルトを超える高濃度の汚染が、点ではなく、面的に広がっていることがわかる。

□ 土壌汚染 931キロベクレル/平方メートル 

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 さらに、土壌汚染は、文科省の測定(6/29実施)では、大波地区において、セシウム134+137が、740キロベクレル/平方メートル。
 住民が、山内教授(神戸大)に依頼して行った測定(6/26実施)で、渡利地区および大波地区において、約326~931キロベクレル/平方メートル。

 これは、チェルノブイリにおける避難基準に照らせば、555キロベクレル/平方メートル~が避難義務ゾーン、185~555キロベクレル/平方メートルが避難権利ゾーンであり、この地区は避難権利から避難義務ゾーンに該当する。
・    ・     ・
 以上の事実に基づいて、平ヶ森地区周辺は、ただちに避難地域に指定することを要求しようということが確認された。





政府・現地対策本部の態度にヤジと怒号


 14時頃、政府・原子力災害現地対策本部の職員が入場してきた。総勢6人。名前と肩書きを自己紹介したのち、すぐに交渉に入った。
 
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手前から、政府現地対策本部・医療班(放医研)山田、同・放射線班(文科省)鎌倉、同・住民支援・班室長 佐藤、同・総括班 原、原子力安全委員会・現地組織事務局 生駒、政府現地対策本部・住民支援班・補佐 真保の各氏


 県民の側は、事前に質問事項を提出しており、今日は、項目毎にその回答を受け取ることになっていた。ところが、政府現地対策本部の職員は、質問事項に応えなかった。のみならず、問いつめられると開き直り、驚くべき暴言を何度も吐いた。以下、現地対策本部とのやりとりの全体ではなく、とくに問題の多い部分のみ再現した。



□ 「私たち現地対策本部は実施部隊なので・・・」

  県民の側は、事前に11項目の質問事項を提出し、それに的確に応えるように求めていた。そして、「質問の答えを端的に」と司会が促す。
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 ところが、佐藤室長は、「国としては・・・。福島県は・・・。・・・鋭意検討・・・」と、とりとめのない説明を延々と続けた。
 途中、しびれを切らせて、「質問に応えろ」との声がとぶ。
 司会からも、「質問事項に的確に応えられる人をと要請したはず」と、問われると―

 佐藤室長 
「そういう要請があったのは承知しているが、政策的な意志決定を行うのは現地本部ではなく、原子力災害対策本部。私たち現地対策本部は実施部隊」

 この態度に、冒頭から一気に怒りが高まった。
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□ 「牛肉は問題ない」!?

「給食の材料について、詳細なモニタリングを実施しないのか」との質問には―

 鎌倉・放射線班 
「飼料が管理なされていれば、牛肉の流通には問題ない」

 ―これには会場からおもわず「え~」の声。
 今まさに、飼料が管理なされていないために、牛肉の汚染が全国に広がっているのに、こういう答弁を平然と行う。
 「端的にモニタリングをやるのか、やらないのか」と詰め寄れると―
 
 鎌倉・放射線班 
「私どもは現地対策本部なので・・・」

 ―ヤジ・怒号にかき消されて聞き取れない。



□ たらい回し

「子どもの内部被ばくを含む、トータルな被ばく管理を実施してほしい」という要求には―

 鎌倉・放線班
 「モニタリングを実施するのは県。データを整理しているのは県。県の方に聞いてほしい」

 ―おかしい。県は、「国が方針を出さないとできない」といっている。
 県は、「国が」といい、国は「県が」という。あるいは、政府は「現地が」といい、現地は「政府が」という。こういう絵に描いたようなたらい回で、責任を曖昧にし、県民を怒りの矛先をはぐらかし、要求を踏みにじる。これが、役人のやり方だ。



□ 牛は全頭で、なぜ子どもはやらないの?

 佐藤幸子さんが、子どもたちの尿を、ボトルに入れて、佐藤室長の前に置いた。
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写真下、佐藤室長の右の白い包みが手渡された尿
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 佐藤幸子さんは、6月30日の交渉の場で「尿を集めて持っていきますから、県民の被ばく管理をどこが行うか決めてほしい」と申し入れていた。
 今日は、その申し入れ通り、尿を取って持ってきたのだ。
 これにたいして、佐藤室長は―

 佐藤室長
 「約束することは私の立場から、できません。私は、その責任を担う立場ではありませんから」

 ―県民の側がなおも切実に訴える。
「尿を提出したのは嫌がらせではない。10人の子どもを検査したら、10人ともセシウムがでてしまった。自分の子どもの尿を検査してほしいという声がたくさんある。親が子を思う気持ち、それがこの尿だ。お願いします」と。
 さらに、県民から、「牛にたいしては全頭検査も、尿の検査もやるというのに、子どもについてはやらないと。どういうことか?!」―
 
 原・総括班
 「私どもは、原子力の緊急時の対策をやっているので、健康調査を扱うところはない。県の方に言って下さい。これはたらい回しではなく、役割分担」

 ―こういうのをたらい回しというのだ。


□ 「線量は高くない」?!

 「福島市が実施した渡利の測定で、高い汚染地域が面的に広がっていることが明らかになったが、これについて、どう検討したのか」という質問には―

 佐藤室長
「『線量が高い地域が面的に広がっている』とは認識していない。一律に避難を指示したり、産業活動に規制をかけたり、という状況にはないと考えている。住民のみなさんにたいする注意喚起は必要と思っている」

 ―「え~」という声が。
 そして、これにたいして、福島老朽原発を考える会の坂上さんが、事前集会で示された図表とデータを示して反論。「こういうデータがある。答えを出せ。説明会を開け」と迫る。
 これにたいして、現地本部側は、あくまも、「今後、検討する」で逃げようとする。



□ 「権利あるかどうかわからない」!!

 業を煮やして、子どもたちを放射能から守る福島ネットワークの中手代表が、極めて前提的な質問をする。
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 「福島県民には、他の国民と同じように、無用な被ばくを避けて生活する権利はあるでしょう?福島県民だけ、他の国民以上の被ばくをして生活しなかればならないとは考えていないでしょ?どうですか?」
 これにたいして―

 佐藤室長
 「政府としてできる限り被ばくを少なくするというとり組みはしている」
さらに
「権利があろかどうかはわからない」

 ―「はぁ~」。これには、会場が激しくヤジ・失笑・怒号。
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□ 「内部被ばくは考慮した上で・・・」

 「避難区域の設定に当たって、内部被ばくは考慮していないのか」という質問にたいして―

 鎌倉・放射線班
 「内部被ばくも考慮した上で、外部被ばく線量で評価する」と。

 ―それは、要するに、内部被ばくは量的に少ないから、考慮しないということだ。
  ヤジ・怒号・・・。



□ 「避難するのは勝手」!!

 避難を選択した県民から、権利の確立を求める訴えが行われ〔後段に掲載〕、コメントを求められると―

 佐藤室長
 「避難されるのは、自己の判断に基づいて避難されて結構だが、国としては、安全な地域については、あくまでも、自身の判断によるものであると考える」

 ―なんと、「避難したい人は勝手にしたら。しかし国は関知しない」と大暴言。会場が、悲鳴と怒号でもう壊れそうだ。
 「撤回しろ」
 「ソ連だって5ミリシーベルトで避難させたぞ」
 「私たちは、安全な所から勝手に出ていく人なのか」
 「撤回しないなら、もう一度、言ってみろ」
  ・   ・   ・   ・   ・
 交渉に臨んだ福島県民は、みな怒り、悔しがり、涙を流す人もたくさんいた。しかし、忍耐の限度ギリギリのところで、どんなことをしてでも「避難の権利」をかちとるぞと必死だった。交渉はまだ続く。
 


選択的避難とサテライト疎開を提案


 交渉の途中で、中手代表が、この間の県民同士の議論を通して明確にしてきた、選択的避難とサテライト疎開について、以下のような提案を行った。〔発言要旨〕
・      ・      ・
 現行の避難は、一律に避難をもとめる強制で、地域共同体を壊してしまうといった、難点を持っている。だから広げにくいし、国としても決断しにくい。結果として被ばくを増やしている。
 そこで提案だが、「選択的避難政策」を新たに設けて下さい。そして、「選択的避難区域」を設定してほしい。
 これは、全員一律強制の避難ではなくて、自己選択で避難できる。希望者に被ばくを避ける選択肢を与えてほしい。
 とくに「サテライト疎開」では、地域の共同体をもう一度、復元できる道を確保できる。永住的にどこかに行ってしまうのではない。
◇選択的避難政策の3原則
 ひとつは、自己選択を尊重してほしい。そのためには、正しい情報開示が前提だ。
 ふたつ目は、避難前と同程度の生活保障をしてほしい。避難したら段ボールで囲われた生活というイメージしかなかったら、誰も選ばない。選ぶというのは同等条件ということだ。
 みっつ目は、アイデンティティの保護。「避難しかったら、アパートでも借りて好きに逃げたら」というのではダメだ。地域の共同体を復元できる道筋、避難先でもちゃんと福島人として生きられるような知恵が必要だ。具体的には、避難者が、避難地でコミュニティーを形成することだ。
◇「そこにある福島」
 具体的には「サテライト疎開」ということを提案している。
 これは、避難しても「そこにある福島」、「疎開地にも福島があるんだ」という意味だ。 除染が進んで帰れるようになるまで、疎開地で福島県人として暮らす。住民票は福島においたまま。だから住民流出にはならない。基本的な行政サービスもいまいる市町村から受ける。住民税も福島の市町村に納める。
 例えば、子どもは、学校を核にしたサテライト疎開がある。
◇いますぐできる 
 これは、事実上、すでに行われている。広島県からは、いまでも充分に活用できるような提案がきている。国が、さあやろうという号令をかけてくれれば、スタートできる。いますぐにできる。
 こういう提案をしている。こういうお父さん、お母さんからの要望がたくさん出ている。


避難を選択した親たちの訴え


 避難を選択した親たちが、その苦しみと憤りを涙ながらに語り、不誠実な態度を取る現地対策本部の職員に迫った。そして子どもの気持ちを代弁する女性が発言した。〔以下、要旨〕


□ 北海道で福島をつくる  伊達市月舘町から来た教員

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 伊達市月舘町から来ました。回りを全部、あなた方(政府)が、指定した(計画的避難)地域に囲まれています。
 そこで高校の教員をやっていました。生徒たちに(放射能について)注意を呼びかけたら、「不安を与えるな」と発言を禁じられました。なので退職します。北海道に行きます。
 すでに妻と子どもは札幌にいます。妻は、北海道で、もう一度、福島を作ろうとしています。避難した人たちのネットワークを作ろうとしています。北海道は助けてくれます。 国と福島県が助けてくれたらもっと簡単にできます。緊急時なんだから、避難したい人は避難していい。当たり前のことを当たり前に認めて下さい。

□ 私たちはもう一揆状態  郡山の60代の父親 

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 郡山に住んでいます。60代だけど、3歳と6歳の父親です。
 私の妻は先週の木曜日の朝、5時半に出発して、車で岡山まで行きました。9時半に着きました。16時間。父親として心配で不安でした。福島県を出た途端に電話が来て、3歳の子が鼻血が出てどうしたらいいかと。万が一死んだら葬式はやらない。
 私たちはもう一揆状態。私たちはもうあなたたちのような政府はいりません。もう選択もないような状態に私たちは置かれている。
 私は、子どもを守りたい。何を差し置いても。それでハーメルン・プロジェクトというのを郡山で立ち上げました。
 ひとりで家族がいないとき、非常に腹が立って、何でこんな目に合わなければいけないんだという思いがこみ上げてくる。
 私だけじゃない。私の回りの30代の人は、10万円のローンがあるんだけど、子どもの命には帰られないと、家を真っ新にして、沖縄まで行きました。
 とても辛い選択です。
 もし私たちに求められる政府であるならば、(国による避難の支援を)ただちにやって下さい。遅くとも8月までです。もしそれでもやらなかったら、どういうことが起きるか、警告しておきます。
 
□ 不安で不安で本当に辛い   福島市の2児の母親

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 子どもは9歳の息子と1歳2カ月の娘がいます。私は普通の生活したいだけなんです。ふるさとを捨てたいなんてひとつもおもっていないんですよ。ただ、いまこういう状況だから、不安で不安でしようがなくて、その中で子育てするのが本当につらいんです。
 心配だったら家の中に置けばいいと思うでしょうが、子どもの成長過程の中で、太陽を浴びたり、虫を捕ったり、花を摘んだりすることが、どれだけ重要なことかおわかりですか。それが子どもに普通にさせられないんです。本当につらくてたまりません。それをさせたいから、避難を考えています。
 ただ、住宅ローンがあります。10万円のローンを払っています。昨日、夫に言われました。「避難を考えているんだったら、おれは、子どもたちを避難させるための金を稼がなければならないから、おまえたちだけで行ってくれ。おれはここに残って、働くしかないだろう」と。
 そして、住宅ローンのことはどうするっていったら、「おれが死んだら保険金が入るからそれでなんとかなるから」と。私の夫は私と子どもを守るために死を覚悟しているんですよ。あなたたちにそれがわかりますか。
 もううちの家族はバラバラです。同居の妹も、私といっしょに避難しようと言ったけど、悩んで悩んで、やっぱりいっしょにいけないって言うんです。結婚したい人がいるけど、その人が福島にいます。その人を残して福島の土地を離れる。その勇気が持てないんです。でも元気な赤ちゃんを産みたいと思って、一旦は避難を決めたんです。でもそれをいま躊躇しているんです。そういった若い人たちの気持ちを考えたことがありますか。
 高校生や大学生だって同じです。経済的な余裕がない。自分で避難しようとしても経済的に無理。親が避難を決断しなかったら、我慢してこの土地でくらしていくしかない。
 そういう福島に残る人たちの気持ちを考えて下さい。
 「確率的な影響だから心配ない」っていうけど、100人参加のロシアンルーレットに自分の息子・娘を参加させたいと思いますか。そんな心のない人たちに、私の気持ちを話しても通じないと思うんですけど。
 もう4カ月もほっとかれて、もう精神的にクタクタです。どうかご理解下さい。
 私たちは、福島を捨てる気持ちなど、1ミリもありません。ただ、いまこの土地を離れて、子どもたちの安全を確保し、残っていただける方たちのために除染をし、そして、この福島に戻って、また新たな福島県民一丸となって、福島をさせたいと思っています。
どうかお力をおかし下さい。
 国が一言、「学校を閉鎖して子どもたちを安全な場所に避難させる」と言ってくれれば、それが子どもたちのためになるのです。私たちの背中を押すことになります。子どもたちは、学校がやっているから学校にいくんです。先生方は、苦しい思いをしながらも、子どたちが来るから学校に行って、仕事をするんでいるんです。お父さんもお母さんも、会社がやっているから行くんです。
 「避難したい人はに避難したらいい」なんてそんなことが簡単にできるような状況ではないんです。
  
□ 「僕は大人になれますか」  身につまされる子どもの気持ちを紹介

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 子どもたちがいま何を考えているかご存じですか。
 私のところによせられている声です。
 「僕は大人になれますか」
 「早くサッカーの練習がしたいです」
 「外で遊べるようになるのはいつですか」
 「私は普通の赤ちゃんを産めますか」
 子どもたちがそういうことを言っているんです。大人だけではないんです。子どもたちも心を痛めているのです。そして体は蝕まれているんです。それにたいして早急に人間として対策をして下さい。
 お願いします。

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  1. 2011/07/23(土) 13:13:58|
  2. 対政府交渉・訴え
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福島県民が文科省を追及 20ミリシーベルト基準の撤回を

福島から東京へ


5月23日8時すぎ、福島駅と郡山駅から、大型バスが出発した。2台で約70人。文科省が4月19日に通知した「毎時3・8マイクロシーベルト=年間20ミリシーベルト」基準を撤回させるために、福島の父母らが文科省に乗り込むのだ。文科省への要請行動は今回が3回目。1回目は4月21日に1人でおこなわれ、2回目は5月1日、10人が参加。今回は参加者が一気に増えた。〔主催は、「子どもを放射能から守る福島ネットワーク」〕


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約4時間の行程。バスに、30代のお母さんが数人。子どもたち4人も参加。自然食品の喫茶店を営む女性。中学生の親で勤務医の男性。家族を松本に避難させている男性。避難所で活動している70代男性など。バスの中では、みな少し興奮気味にしゃべっていた。同じ思いの仲間といるからだろう。今日の行動にたいする思いもあるだろう。
車中、ネットワーク代表・中手聖一さんの携帯電話が頻繁に鳴る。取材の申し込みだ。この行動が、大きくなりそうな予感。
首都高速に入る。高層ビル群と車の多さに一同しばし見入る。そこへ、「『福島県民、ただいま被ばく中』なんてゼッケンに書いて歩いたらどうだ」と年輩の男性。
40代の男性は、「大臣や官僚を前にしたら、怒りで何かしてしまいそう」。回りもほとんど同意した。




文科省に乗り込む


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12時半頃、霞ヶ関に到着。文科省の正面玄関で、首都圏などの仲間と合流。福島県民を中心に文科省内に入る。ところが、通されたのは、部屋ではなく屋根のない中庭テラス。雨模様なのに、コンクリートの上に座らされる。これが、文科省の態度だ。「ひどい」。一同、怒り。
座り込む福島県民の回りを、首都圏からの参加者が囲む形になって、午後1時半頃から交渉が始まった。




逃げた高木大臣


応対にでてきたのは、渡辺・文科省科学技術・学術政策局次長。この場で決裁できる高木文部大臣や政務三役の出席を事前に要請していたのに。
「大臣を出せ」と詰め寄る。渡辺次長は「どこにいるかわからない」と、ふざけた態度。門前払いという意味だ。冒頭から、怒りが高じて激しい言葉が飛び交う。
子どもを連れて福島市からきたお母さんが、要請文を読み上げる。「私たちの苦悩と悲しみがどれほどのものか、大臣はお分かりでしょうか。私たちの我慢も、もう限界です」。読み進むにつれ、不安や思いがこみ上げ、涙が溢れて言葉が詰まる。途中から中手代表に交代した。この要請文は、福島県民の気持ちだ。



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「みんなをまもってください。わたしと、わたしのおともだちをまもってください。おねがいします。」



怒号と涙


4月19日、文科省は、福島県にたいして、「(学校について)毎時3・8マイクロシーベルト=年間20ミリシーベルト」という基準を通知した。この「20ミリシーベルトまでは安全」という基準を、県や自治体、教育委員会、校長が現場に強制。子どもたちは、高い線量の校庭で活動を強いられている。「子どもを守れ」と、この基準に反対する親や教師が、孤立させられる事態まで起こっている。まるで戦前のようだ。
「この通知をただちに撤回し、あらゆる被ばく低減策を、国の責任で取れ」。これが要請の核心だ。
この要請にたいして、渡辺次長は、「年間20ミリシーベルトは基準ではない」と発言。「それなら通知を撤回し、新たな通知をだせ」と迫ると、「モニタリングの結果を踏まえ、夏休み後に見直す」と答弁。いま刻一刻と子どもに被ばく量が積算されているのに、まったく意に介していない。
みな悔しさで目に涙をためながら、怒りの視線で次長をにらんでいる。



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その後、次長は、「1ミリシーベルトを目指すのが、文科省の方針」とも発言。しかし「だったら文書で自治体に通知しろ」という要求には応えない。
そう言ったかと思えば、「100ミリシーベルトまで問題ない」などと、ICRP(国際放射線防護委員会)でも認めていない最悪の基準を口走る始末。
さらに、放射線量の具体的な低減策について、1回目の要請からすでに1カ月が経っているのに、「これから調査して…」などと言う。何もやっていないことが判明。いっせいに怒りの声が上がる。


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700人が2時間


当初、交渉は1時間ということだったが、言を左右にするだけの次長にたいして、福島県民が怒りの訴えと追及で頑張り、制限時間をこえて、2時間にわたってやり合った。700人ぐらいの人びとが、この場を包囲、騒然たる雰囲気になっていた。最後の方では、文科省が若手職員を配置、力づくでうち切ろうとしていた。


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山本太郎さんも、最初から最後まで行動に参加、ときに声をあげていた。「お仕事は大丈夫ですか」ときくと、「とにかくやらないといけないことだから」と。
タレントということで先入観をもっていたが、この人はごくまじめな人だと感じた。



午後3時半頃、《文科省での検討と回答を、立ち会った議員を通して報告する》ことを確認し、この日の行動を終えた。



これが官僚か


「《主権在民》で官僚は《公僕》のはず。でも全然違った。今日、来てよくわかった。それが一番の収穫だ」。須賀川市から来た男性が吐き捨てるように言う。参加者はみな、異口同音に「これが官僚か」「こんなにヒドイとは」と、驚きと憤りの混じった表情で語り合った。
「日本で一・二を争うがまん強さ」と自認する福島県民が、いま、我慢するのではなく、あちこちで集まりを開き、自分の意見を述べ、活発に議論している。仕事や子育てに忙しく、昨日まで政治に全く関心がなかったという人が、今日は官僚を追及している。
「3・11」は、日本の支配体制が、とてつもない虚構と偽計の上に成り立っていたことを暴き出した。襲いかかる命の危険を前にして、政府や行政、あらゆる既存の組織が、まったく助けてくれないということが突きだされた。人民自らが力を合わせて行動に立ちあがる以外に、命を守る術はない。そういうことがいやおうなしに自覚させられた。



文科省 20ミリ基準を断念


4日後の27日、文科省は「今年度、年間1ミリシーベルト以下を目指す」として、子どもにたいする「年20ミリシーベルト基準」を事実上、棚上げする文書を、福島県に通知した。基準の撤回にまでは至っていないし、課題もあるが、福島県民の運動の力でかちとった重要な前進である。


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  1. 2011/06/07(火) 19:27:53|
  2. 対政府交渉・訴え
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