福島 フクシマ FUKUSHIMA

津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに

「事故は終わった?復興している?これを見てほしい」 ――浪江町住民

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 散乱する靴。靴たちが救いを求めて這い出してきているように見える。
 浪江中学校の玄関。3年余りこのままだ。 


  不自然な静けさ


 浪江町の柴口正武さんに案内をしていただいた。(写真下 6月上旬)
 柴口さんは中学校の先生。浪江町に自宅がある。現在は、相馬市内で避難生活を送る。


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 浪江駅前のロータリーでまずお話を伺う。

  ――  静かですね。
 柴口さん:ひとけが全くなくて、音がないのがなんか不自然でしょう。
 あっ、いま、野鳥の声がしましたね。震災前だったら、駅前でそんなことはあり得なかった。野鳥の声がするなんて。

 駅前の線量は毎時0.48マイクロシーベルト

 
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 駅の反対側には体育館が(写真上)。2011年4月、開業予定だったという。

 柴口さん:中学校ではね、体育館のオープンを楽しみにしていたんですよ。スポーツ大会とかいろいろできるねって。

 しかし開業を目前に地震、そして原発事故。地震に対しては堅牢で、外壁や窓も壊れていないが、一回も使われないままだ。


  「もう、ここには帰れない・・・」

 
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 柴口さんのご両親が暮らしていた家を見せていただいた。
 駅から南にほどない住宅街の一軒家。今は生い茂る草木に覆われているが、灯篭があり、茶室があり、住んでいた人の思いが偲ばれる庭だった。


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 家の中まで入った。すると・・・


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 地震で飛び出した食器が散らばったまま。
 この辺りは海から4キロ以上離れているが、川が近く、津波がここまで押し寄せる危険があるということで、すぐに避難の指示が出されたという。
 ご両親は直ちに近くの浪江中学校に避難。それから原発事故が起こり、バスでさらに避難。そして3年余りの歳月が・・・。
 畳は腐り、ネズミなどの小動物がかじった跡、そして散らばる糞・・・。

 柴口さん:この状態を見て、母親は、もう、ここには帰れないって、そう言ってました。ショックだったと思います。

 家の前の線量が、1.0マイクロシーベルトを超えていた。

  ――  除染はこれからですよね?
 柴口さん:いや、この一角は、モデル除染ということで早くにやってもらったんですが・・・。


  学校がホットスポット


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 浪江中学校の校庭。車が、草に埋もれている。
 車を置いてバスで避難を余技なくされた人のものだろう。


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 浪江中学校は周辺に比べても線量が高い。
 校庭で3マイクロシーベルト以上。玄関前の側溝は6~9マイクロシーベルト。


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 線量が高いこともあり、散乱した靴の片付けもままならないという。
      
 柴口さん:今日、ご案内したのは、この状態を見てもらいたかったからなんです。「復興している」とか、「事故は終わった」というけど、それが本当なのかを。

 政府は、川内原発を皮切りに原発の再稼働と原子力依存の政策を進めようとしている。しかし、この現実から目を背けたままでは、同じ悲劇を繰り返すことになる。


以上




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  1. 2014/09/30(火) 16:00:00|
  2. 浪江町
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【論考】「100ミリ以下は影響なし」 ―渡邉京大教授の南相馬講演と危険なプロジェクト


「100ミリ以下は影響なし」

  渡邉京大教授の南相馬講演
      
と危険なプロジェクト





 <放射線健康講演会 「今の生活で大丈夫?」>と題して、渡邉正己・京大放射線生物研究センター特任教授の講演が5月28日、南相馬市内で行われた。

 「現状では内部被ばくはほとんど問題にならない」
 「外部被ばくについて、100ミリシーベルト以下の被ばくでは人体への影響は出ない」
 「子どもより大人の影響が大きいとする証拠はない」

 その内容は、上のように、かなり偏った持論を披歴するものだった。これに対して、参加した住民からは、不信や疑問、批判の声が相次いだ。
 さらに、渡邉特任教授は、被ばくを問題にすること自体を問題視し、M・スコット・ペック『平気でうそをつく人たち』【1】を引きながら、次のように述べた。

 「社会に悪が蔓延している」
 「悪の原因は、知的怠惰と病的ナルシシズムにある」
 「日本人の多くは、ヒトが本来、備えている特性を失っている」

 その意味を簡単に説明しておくと、<被ばくを問題にすることは社会悪。そういう社会悪が蔓延している><そういう悪が蔓延している原因は、住民の科学に関する無知(知的怠惰)と専門家の話を受け入れない住民の態度(病的ナルシシズム)にある><被ばくを問題にする人びと(日本人の多く)は、ヒトの特性を失っている>ということだ。これがこじつけでないことは、本論考を読めば納得いただけるだろう。
 それにしてもこれが市の主催する企画なのだ。一体、どういうことだろうか?
 確かに、国の福島復興加速化方針やリスクコミュニケーションの意図がこういうものだというのは間違いない。また、2011年に南相馬市内で指定された特定避難勧奨地点152世帯の解除を、国が、この7月にも行おうとしていることとも大いに連動しているだろう。確かにそうだが、この渡邉特任教授の講演内容の異様さは、それにとどまるものではなそうだ。そう思って調べてみると、大きな動きが分かってきた。
 <低線量被ばくは有害ではない。むしろ健康に有益という報告もある><LNT(直線しきい値なし)仮説【2】には科学的な妥当性はない。ICRP(国際放射線防護員会)の放射線防護基準は厳し過ぎる>という主張を展開する一群の専門家らの流れがある。その専門家らが、福島原発事故に対応して、グループをつくり、大掛かりなプロジェクトを立ち上げて活動をしている。そのグループが作成した活動報告書【3】には、「南相馬市を標的として」という文言があり、彼らが何を行なおうとしているのかが明記されている。渡邉特任教授はそのグループの中心人物である。

 以下、【Ⅰ】で南相馬市行政の表向きの動きを概観し、【Ⅱ】~【Ⅳ】でその背後にある全貌を見ていくことにしたい。

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【1】 『平気でうそをつく人たち ―虚偽と邪悪の心理学』。アメリカの精神科医M・スコット・ペック(~2005年)著、1983年初版。当時、300万部超のベストセラー。その批評については【Ⅳ】参照
【2】 LNT=linear no-threshold 詳しくは【Ⅲ】参照
【3】 【Ⅱ】参照

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(5月28日、南相馬市馬場公会堂。馬場は空間線量が比較的高く、特定避難勧奨地点の指定を受けた世帯も多い)



【Ⅰ】 「放射線健康対策委」
        と南相馬市の取り組み



 まず、南相馬市の表向きの取り組みを見ておこう。

 
 ▼ 「不安軽減のため」

 冒頭で見た渡邉特任教授の講演会は、南相馬市の健康福祉部・健康づくり課が担当している「放射線と健康に関する講演会・地区座談会」という企画の一環。昨年11月から今年4月までで、市内各地区で計12回開催されている。参加人数は10人程度から100人弱。
 その講師は、渡邉正己・京大特任教授、富田悟・東工大放射線総合センター助教、坪倉正治・東京大学医科学研究所研究員(南相馬市立総合病院非常勤医)など。
 これは、南相馬市のウェブサイトでも見ることができるが、事前のスケジュールの広報を限定している点や、結果報告を控えめにしている点などが気になる。そして、講演会の目的が、「市民の放射線の影響による健康への不安軽減と生活習慣の見直しに役立つこと」とされている点には大いに疑問を感じる。 〔下線は引用者、以下同じ〕


  「帰還促進」

 ところで、渡邉特任教授の肩書に「南相馬市放射線健康対策委員会委員長」とある。また、富田助教、坪倉医師も、その委員会の委員となっている。この委員会は何か?市のサイトを見てもよくわからない。そこで行政情報の公開請求をしてみた。
 公開文書によれば、「南相馬市放射線健康対策委員会」は、昨年7~8月に市役所内部で建議され決定されている。
 予算は総務費の健康管理支援事業、事務担当は健康づくり課で、放射線に関する専門家や健康支援に関する専門家等で構成、委員5人以内などとなっている。【1】 
 委員の構成は、委員長に渡邉、さらに委員は上でも見た富田、坪倉に加えて金澤幸夫(南相馬市立総合病院院長)の四氏。〔なお金澤氏は遅れて今年2月に任命〕
 会議は、昨年10月、今年1月、4月、5月に行われている。
 公開文書を見ると、南相馬市放射線健康管理対策委員会の活動が、被ばくと健康被害のリスクに正面から向き合おうというものではなく、「放射線への不安の軽減」という方向にずらされていることがはっきりわかる。そして、次のような言葉が並ぶ。
 「放射線への不安から帰還に(ママ)悩んでいる市民に対し、情報提供等することにより帰還促進に繋げる【2】
 「室内の汚染について・・・相当の高線量の部分であると認められるが、健康に影響を及ぼすレベルにはないとした【3】
 この南相馬市放射線健康管理対策委員会の役割は、文字通り、「不安軽減」「帰還促進」。しかも、それを「相当の高線量」でも「健康影響はないとした」というように、強引ともとれるやり方で進めようとしていることが見えてくる。
 行政の姿勢が、<住民の帰還をもって原子力災害は終わり>という国の政策とほとんど同じであることがわかる。
 しかし、南相馬市行政の側の情報だけでは,まだ全貌は見えて来ない。さらに、渡邉特任教授と日本放射線影響学会の問題に踏み込んで行こう。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【1】「南相馬市放射線健康対策委員会設置要領」
【2】「南相馬市放射線健康対策委員会の役割、予定」(H25.8.21)
【3】「平成26年度第2回南相馬市放射線健康対策委員会議事録」
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(渡邉特任教授の話に疑問が投げかける住民)



【Ⅱ】 「南相馬市を標的として」
      ―日本放射線影響学会



 さて、ここで、「日本放射線影響学会」という学術団体の文書を見てみよう。そこに「南相馬市放射線健康対策委員会」に関することが書かれている。

 「我々のチームは、福島原発事故後も原子力災害対応組織を持たない南相馬市を標的として、市(市長)に各課横断的な原子力災害対策システムを作ることの重要性を提案した。それを受けて、渡邉および富田が南相馬市健康対策委員会委員に就任することとなり、現在、市役所横断的な復興対応組織の整備とそれに伴う知識向上活動の実施を継続提案している」 〔「平成25年度 日本放射線影響学会 福島原発事故対応プログラム活動報告書」【1】 以下「H25年度 活動報告書」〕
 

 福島原発事故に対応して、日本放射線影響学会の中に、「日本放射線影響学会福島原発事故対応グループ」〔以下、グループ〕が立ち上げられた。京都大学・放射線生物研究センター〔以下、放生研〕を拠点に、十数名の全国の大学教員、研究所員【2】が参加している。グループの代表世話人が、渡邉正己・京大放射線生物研究センター特任教授だ。
 グループは、事故発生後の3月18日、「福島原子力発電所の事故に伴う放射線の人体影響に関する質問と解説(Q&A)」サイトを開設している。さらに、2011年9月から、「放射線影響説明Q&A講演会」の活動を開始している。東日本を中心にして、総計96回(2011年度~13年度)。因みに、35回(2011年度)中の26回が福島県内の開催、また、35回(2011年度)中の28回に渡邉特任教授が講師として出向いている。
 この「Q&A講演会」の活動資金のスポンサーは、京都大学・放射線生物研究センター、一般社団法人・国立大学協会、公益財団法「ひと・健康・未来研究財団」【3】、独立行政法人「科学技術振興機構・震災復興支援プラザ」、日本コルマー株式会社など。2011年度には、原子力産業大手の千代田テクノルの名もあった。
 グループは、昨年7月と今年2月の2回、泊りがけで「Q&A講演活動内容検討会議」【4】を行っている。「H25年度活動報告書」は、その議論に踏まえて書かれており、グループの意識や意図がよく現れている。

「・・・意識調査の結果を解析すると『インターネット時代を反映して放射線の健康影響に関する情報が氾濫したことによって、かえって情報の真偽が判断できず、人々の間に不安が根強く蔓延している』ことを感じる。・・・不安の原因は、様々あげられるが、⑴政府および地方自治体が発する情報に納得いく説明がほとんどないこと、⑵科学者の判断が一人一人全く違うこと、⑶そのために全てを信頼できないという一種の社会崩壊状況に陥っていること、などが引き金となっていると思われる。
 そうした中で住民の心をもっとも掴む意見は、「放射線は危険」とする立場にたち、「政府、東電そして科学者を糾弾」する一部の方から発せられたものである。そして、そのような偏った考え方をする一部の人物の講演をきくことがきっかけとなり、多くの人が、福島ばかりか、首都圏、そして日本を離れる行動を起こしていると聞く。まさしく、世紀末を演出する思想集団のようで極めて残念である。・・・こうした事態を引き起こす原因が一部の科学者による内部被ばくの危険性を煽るような情報提供活動、および、責任ある公的組織による正確な情報提供の不足の結果であることは間違いなく残念である。地道にこれらを論理的に理解するための情報提供が、極めて重要である。
また、驚いたことに、こうした極端な行動を選択する人々は、医師、教師、自治体職員といった、こうした事態が生じた時に、意思決定のリーダーとなるべき階層に属する人達であり、我が国の文化程度の低下を象徴していると危惧される」〔「H25年度活動報告書」〕
 

 これが、科学者・専門家と称する者の手で書かれ、れっきとした学術団体の名で出されているというのだから驚かされる。
そして、グループの当面の活動方針として、①「福島県内の地方自治体の担当者に『放射線の健康影響に関する講義』を提供し、原子力災害からの復興活動に必要な『放射線の環境及び健康影響』に関して、住民に説明できる程度の知識を教授する」、②「専門家グループと地方自治体職員のネットワークを構築し、住民から新たに発せられる疑問に専門家と自治体職員が協力して対応する体制を構築する」の二つが示されている。
 この活動方針を実現するため、昨年7月、「南相馬市健康対策委員会への委員の推薦」が決定され、「渡邉および富田が南相馬市健康対策委員会委員に就任」し、南相馬市にたいする働きかけが始まっていることが報告されている。
 それが、「南相馬市を標的として」という冒頭の一節になるわけだ。また、それは、【Ⅰ】で見た南相馬市放射線健康対策委員会設置の裏の動きということになる。
 南相馬市の住民にしてみれば、「東大や京大のエライ先生の話が聴ける」ぐらいの気持ちだが、このような意図の「標的」にされているとすれば穏当ではない。

 しかし、これもまだ、5月28日の講演会の背後にあるものの一部に過ぎない。さらに、次章では、渡邉特任教授の研究内容と<LTN仮説否定>という動向を見てみる。

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【1】「H25年度 活動報告書」は京大・放生研のサイトにある。
http://house.rbc.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2014/04/8d5429125ab9b49578a77843a2b128c6.doc
 【2】「日本放射線影響学会福島原発対応グループ」参加者
宇佐美徳子(高エネルギー加速器研究機構・講師)
柿沼志津子(放射線医学総合研究所・研究リーダー)
小松 賢志(京都大学・放射線生物研究センター・教授) 
島田 義也(放射線医学総合研究所・プロジェクトリーダー)
鈴木 啓司(長崎大学・医歯薬学総合研究科・准教授)
高田  穣(京都大学・放射線生物研究センター・教授)
松田 尚樹(長崎大学・先導生命科学研究支援センター・教授)
松本 英樹(福井大学・高エネルギー医学研究センター・准教授)
松本 義久(東京工業大学・原子炉工学研究所・物質工学部門・准教授)
松本 智裕(京都大学・放射線生物研究センター・教授)
田内  広(茨城大学・理学部・理学科 生物科学コース・教授)
立花  章(茨城大学・理学部・理学科 生物科学コース・教授)
富田  悟(東京工業大学・放射線総合センター・助教)
三谷 啓志(東京大学・大学院新領域創成科学研究科・教授)
渡邉 正己(京都大学・放射線生物研究センター・特任教授)(代表世話人)
【3】公益財団法「ひと・健康・未来研究財団」。「疾病の予防、健康づくり、環境やこころの健康」を研究するとする研究財団。渡邉特任教授はこの財団の副理事長。「H25年度 活動報告書」とほぼ同じ文書が、この財団のサイトにもある。
【4】「Q&A講演活動内容検討会議」の結果報告文書 
http://rbnet.jp/shiryo2/QA2.pdf
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



【Ⅲ】 LNTモデル否定
      と防護基準の緩和




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(渡邉特任教授がパワーポイントで示した説明)


 ▼ 「100ミリ以下は影響ない」

 改めて、渡邉特任教授の5月28日の講演内容の特徴的な部分の検討から入りたい。
 講演の大部分は、「原子とは」「原子力とは」「放射線とは」といった教科書的な解説に費やしたが、以下の点だけは断定的だった。

◇<分からない>ではなく<影響ない> 
・「現存の科学的データの解析によれば、100ミリシーベルト以下の線量の被ばくでは、確定的影響も確率的影響も現れない」
・「100ミリシーベルト以下の線量の被ばくで、子どもが大人より影響が大きいとする証拠はない」
・「結論として、100ミリシーベルト以下の被ばくで人体への影響は出ない。あるとしても無視できる」
・「<100ミリシーベルト以下はわからない>と思っているかもしれないが、そうではない。<影響がない>である。<影響がある>というデータは、この100年間、積み重なっていない」
・「影響はないけど、被ばくは少ない方がいいから、LNT(直接しきい値なし)仮説を取っている」

◇内部被ばくは無視できる
・「1Fから空気中に放射性物質は出ているけど、ほとんど問題ない」
・「汚染水もときどきあるけど、それほど多いことはない」
・「基本的に土壌にあるセシウムが問題だが、泥と結合しているから、植物への移行は少ない。畑で作ったものは、ほとんど大丈夫。ときどき出るけど、それは他の理由による汚染だ」
・「よってみなさんが気を付ける必要があるのは、セシウムが出すガンマ線による外部被ばくだけ」

 注目したいのは、渡邉特任教授が、「100ミリシーベルト以下は影響はない」と言った上で、さらに、「<わからない>ではなく、<影響がない>」「<影響はない>が、LNT仮説を取っている」と念を押して説明している点だ。そして、これが「我が国の放射線防護の考え方」であるとした。
 渡邉特任教授の考え方は、ICRP(国際放射線防護委員会)の放射線防護基準の考え方とは、厳密な意味では違う。ICRPが採用している「直線しきい値なし(LNT)モデル」とは、<100ミリシーベルト以下の低線量でも、がん・白血病などの発生確率は、線量と比例する>とするもの。それに基づいて、ICRPの放射線防護基準が策定されている。もちろん安全サイドから見れば、ICRP基準には様々な問題があることは言うまでもない。
ところが、日本の一群の専門家たちは、ICRP基準の土台となっているLNTモデルを科学的でないと否定し、そうすることでICRP基準の緩和を要求するという動向がある。その一人が渡邉特任教授だ。
渡邉特任教授は、42年間にわたって「放射線による発がんメカニズム研究」に取り組んできたという。その成果に踏まえて、「LNT仮説の再考」「放射線防護概念の再構築」という論陣を張っている。
若干、専門用語もあるが、渡邉特任教授の文章から、LNTモデル否定の言説を見てみよう。


 ▼ 「LNT仮説の再考」「原子力は人類最大の賜物」

◇「低線量放射線への生体反応は生命現象」「リスクを切り出すのは無意味」
「・・・低線量放射線の生体影響研究は、21世紀に発展が期待される極めて重要な研究動向である・・・。低線量の放射線に対する生体の応答反応の仕組みは、生命現象そのもの・・・。・・・低線量放射線を生命に対するリスク要因として切り出すことに大きな意味はないといえます。
 今回纏(まと)められたこのレビューには、電力中央研究所の低線量放射線影響研究グループの最近10年の動向が報告されています。これによって、ある意味で、我が国は、この分野の研究で世界をリードしてきたことをわかっていただけると思います」【1】

◇「低線量放射線の発がんリスクは『閾値なし直線仮説』で評価できない」
「低線量放射線は、酸化ラジカル発生を先進するとともに、様々な生理活性を活性化(いわゆるホルミシス効果や適応応答現象など)するが、高線量放射線を受けバランスが大きく崩れると生命に危険が及ぶようになる。この状態になると救命的な様々な損傷修復機構(DNA損傷修復機構、アポトーシス、細胞周期制御機構など)が活性化される。放射線ストレスの場合、数100mSv程度の線量がその境目ではないだろうか?この予想が正しければ、100mSv以下の放射線量で誘導される酸化ラジカルは、内的ストレスによるラジカルと区別されることなく通常の生体生理活動で処理される。これを『生物学的閾値』と捉えることはできないだろうか?少なくとも低線量放射線の発がんのリスクをDNA標的説に基盤を置く『閾値なし直線仮説』で評価することはできないとするのが妥当ではないか?2】

◇「LNT仮説は再考すべき、防護基準を再構築すべき」

「(「四十二年間の研究の末」という表題で、その結論として)国際放射線防護委員会が採用する『放射線発がんの原因は、DNA損傷である』という大前提の上に成り立っている閾値無し直接仮説(LNT)仮説〔ママ〕によって放射線の発がん危険度を推測することに科学的な妥当性はなくなった。・・・LNT仮説の利用は再考されるべきである。・・・いま望まれることは・・・科学的基盤に立った放射線防護概念を再構築することである」【3】

◇「原子力は人類最大の賜物」
「・・・発がんのメカニズムにDNA損傷を起源としない経路が存在し、それが発がんの圧倒的主経路であるとする新仮説を提案できました。・・・
 ・・・宇宙万物の成り立ちが放射エネルギーであることを考えると“生命が放射線と密接な関わりを持って存在している”ことは間違いありません。・・・
 こうした意味で、私は、“原子力は、人類の科学活動で得られた最大の賜物であるとともにこれからも、人類の夢を広げ、人類に必須なものである”と信じています。・・・
・・・平成26年4月末で(放射線の健康影響に関する講演会活動が)96回を数えますが、その経験を通じて、強く科学者やリーダーの責任を考えるようになりました。科学者しか果たせない役割は、科学者にしか果たせません。しかし、リーダーや科学者である前に一人の人間として行動することの重要性を再認識させられました。・・・
私達、科学者は、原子力と放射線の平和利用は、我々の意思と行動で達成する以外ないことを世に発信せねばなりません」【4】

 簡単に言えば、「DNA損傷を起源としない発がんメカニズム」という新仮説を提唱し、もってLNTモデルは「科学的妥当性はなくなった」としている。そして、100ミリシーベルト以下の低線量被ばくについては、健康への影響がないどころか、「様々な生理活性を活性化する」と有益であるとすら見ていることがわかる。さらに、「原子力は人類最大の賜物、人類に必須」とまで礼賛している。そして、「原子力と放射線の平和利用は、我々の意思と行動で達成する」と決意表明している。
全国の講演活動や南相馬市を「標的」にした活動が、このような考え方と目的のために行われている。とくに「原子力は人類最大の賜物」の一文は、今年の4月、つまり南相馬市放射線健康対策委員会委員長として活動している最中に書かれたものだ。


 ▼ ICRP基準の緩和要求の流れ

 以上のような言説は、渡邉特任教授だけの独特ものではない。『つくられた放射線「安全」論』〔島薗進 2013年2月〕に詳述されているが、それによれば、日本の一部の科学者・専門家らが、1980年代後半あたりから、ICRP基準よりも楽観的な立場、ICRP基準の緩和を要求する方向に傾いて行ったという。それには二つの流れがあるという。
その一つが、LNTモデルを否定するための科学的データを示そうとする動きだ。その動きは、電力中央研究所【5】、放射線医学総合研究所から、全国の研究機関に広がっていった。やがて、日本が、世界の研究動向を先導するような状況になって行ったという。
渡邉特任教授は、電中研・低線量生物影響放射線研究センター(当時)主催の「低線量放射線影響に関する国際シンポジウム」(2002年)【6】で講演、また、上で引用した電中研機関誌の特集「低線量放射線生体影響の評価」で「巻頭言」【1】を執筆するなど、この流れの中心的な研究者であることがわかる。
 今一つの流れは、被ばくに対する健康不安に対応しようという動きだ。被ばくではなく、不安を減らすことに主眼があり、現在、リスクコミュニケーションと称するものだ。これは、1986年のチェルノブイリ原発事故後に、放射線健康影響の国際的評価に関わった重松逸造(元放射線影響研究理事長)や長瀧重信(元放射線影響研究所理事長)らによって主唱されたという。
 このような二つの流れに属する専門家らが、福島原発事故を機に、政府やその周辺で積極的な動き、働きかけを行っていく。そういう中の一人、長崎大学から福島県放射線管理健康リスクアドバイザーに就任した山下俊一は、そのエキセントリックな発言で一躍有名になった。


 ▼ 京大・放生研を中心に専門家らが連携

 次に、【Ⅱ】で見たように「放射線健康影響Q&A講演会」活動の拠点となり、渡邉特任教授が在籍している「京大・放射線生物研究センター」について見てみよう。

 歴代のセンター長を見ると、菅原努、岡田重文、丹羽太貫(おおつら)など、<低線量被ばくは健康影響なし。LNT仮説は間違い>と主唱した研究者が多い。
 放生研を紹介する文章には、「放射線生物学は、原子力発電などの放射線リスク評価の学術的基盤」、「生命はその誕生以来、放射線や種々の環境ストレスに曝されて・・・進化をも遂げてきました」という言葉が並ぶ。
 放生研を中心に全国の大学・研究機関が連携して行う事業が二つ挙げられている。
 そのひとつが、「国際原子力イニシアチブ事業」として、「『被ばくした瞬間から生涯』を見渡す放射線生物・医学の学際教育【7】。被ばく人間を何十年単位で観察し、「放射線による損傷と影響との因果関係」を調査するという。
 この事業への参加機関には、弘前大、福島県立医大、京大、長崎大、東工大の他に、放医研、環境研、電中研、放影研など原子力政策に関わる研究所の名がある。 
 いまひとつは、「放射線安全確保に資するコミュニケーション技術開発と専門家ネットワーク構築」【8】。ここでは、国民の科学に関する知識レベルが低いために正しい情報が伝わっていないとして、「原子力及び放射線に関する基礎的知識を国民に浸透させるための教育システムの充実」を図ることを目指すとしている。そして、リスクコミュニケーション技術を開発することと、リスクコミュニケーションを担う専門家のネットワークの構築を目指すとしている。とくに、その専門家のネットワークを「日本版ICRP」に発展させるなどと称している。
 この事業は、京大・放生研が提案し、茨城大、東工大、福井大、長崎大、東京大、放医研、日本放射線影響学会、公益財団法人 体質研究会、公益財団法人「ひと・健康・未来研究財団」、さらに福島県内の市民団体【9】も連携している。
 【Ⅱ】で見た「放射線健康影響Q&A講演会」や「南相馬市放射線健康対策委員会」での渡邉特任教授らの活動は、つまり、この後者の「原子力及び放射線に関する基礎的知識を国民に浸透させる」事業として行われている。

 ◇住民をモルモットに 
 放生研のサイトを読んでいて強い違和感を感ぜずにはおれない。
 この研究者・専門家らは、福島原発事故に対して、その被害の大きさに責任や危惧を抱くのではなく、自分たちの研究基盤が脅かされるという方向で危機感を抱いている。そして、その原因が、原子力政策の問題としてとらえるのではなく、一般国民の無知のせいだという方向でとらえてしまっている。だから、原子力と放射線の知識を浸透させていくということが実践的な結論になっている。
 さらに怖いのは、彼らが、住民が長期にわたって低線量被ばくの状態に置かれる事態が、自分たちの仮説を証明するチャンスであり、その研究成果でもって国際的な評価を受けたいという欲望が滲んでいることだ。
 被ばくを強いられている住民は、「私らをモルモットにするのか」と繰り返し憤っているが、まさにそういうことだと言わざるを得ない。

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【1】「電中研レビュー第53号 低線量放射線生体影響の評価」(06年3月発行)「巻頭言」
http://www.denken.or.jp/research/review/No53/
【2】「放射線がんの主たる標的はDNAではない可能性が高い ESI‐NEWS Vol.25 No.5 2007」
http://anshin-kagaku.news.coocan.jp/sub071120watanabeESI.html
【3】「四十二年間の研究の末 発がんの主経路は DNA 損傷を起源としないという主張渡邉正己退官記念講演会抄録(平成24年6月23日、京都)」
http://rbnet.jp/shiryo/opinion6.pdf
【4】「御挨拶 平成26年4月 渡邉正己」  
http://rbnet.jp/jnabe.html
【5】(電力会社の合同出資によって運営され、電力会社のニーズに沿った研究開発を推進する研究機関―ウィキペヂア。以下、電中研)
【6】「低線量放射線影響に関する国際シンポジウム 低線量生物影響研究と放射線防護の設定を求めて」 
http://www.iips.co.jp/rah/n&i/n&i_de31.htm
【7】「国際原子力イニシアチブ事業 『被ばくした瞬間から生涯』を見渡す放射線生物・医学の学際教育」
http://house.rbc.kyoto-u.ac.jp/hito8996/
【8】「放射線安全確保に資するコミュニケーション技術開発と専門家ネットワーク構築」
http://house.rbc.kyoto-u.ac.jp/communication/
【9】参加する市民団体は、福島県伊達市諏訪野町内会、セシウムバスターズ郡山、福の鳥プロジェクト、NPO法人 持続可能な社会をつくる元気ネット。元気ネットは福島県外

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(渡邉特任教授の略歴・肩書は本文末に掲載)



【Ⅳ】 渡邉特任教授の原点
        と思想の問題性



 【Ⅲ】で渡邉特任教授の放射線に関する言説を検討してきたが、その言説の背後にある原点、あるいは思想にかかわる問題について見ておこう。
 ひとつは、長崎原爆に関する問題。いまひとつは、渡邉特任教授が講演の中で引用していたM・スコット・ペックに関わる問題だ。


 ▼ 長崎原爆と「発がんメカニズム研究」

 渡邉教授は、「放射線発がんメカニズム研究」を志した動機を、長崎原爆の写真だったと語っている。

「私がこの研究分野を選んだ大きな理由は、大学の恩師が授業で見せてくれた被ばく直後の長崎のパノラマ写真が(ママ)切掛けである。その写真には、昭和20年10月中旬に撮影された、今の長崎大学医学部(西山)のあたりから浦上地区を写したものであったが、私の目を奪ったのは、その写真に、煙を上げながら走っている蒸気機関車が写っていることである。私は、目を疑ったが、原爆投下後70年は、放射能の影響で草木はおろかあらゆる生物が生きられない死の世界であろうと予想されたという話とずいぶん違うことに驚くとともに人はなんと逞しいのかと感じた【1】

 原爆投下から2カ月とは、どういう状況だったのだろうか。
 長崎では、原爆の強烈な爆風、熱線、放射線によって、瞬時に、死者7万4千人、重軽傷者7万5千人。しかし、それからさらに地獄が続く。被ばく直後から数か月後にかけて急性期原爆症が現れ、脱毛、出血、白血球減少などで苦しみ悶えながら、死んで行っていく者が続出した。さらに、年を開ける辺りから、原爆後障害として、ケロイド、白血病、諸種のがんなどを発症していった。【2】
 なお、汽車は10月どころか、8月9日の当日から、救援列車として運行されていた。そして、このような状況下でも、懸命の救護活動と生きるためのたたかいが行われていた。
 しかし、渡邉特任教授の感じたという「逞しさ」にはやはり感性としてズレがあると思う。その言葉は、渡邉特任教授が、<原爆による放射線障害は、案外、大したことはなかった>と、その写真から受け取ったと読める。
原子力の導入に大きな役割を果たした中曽根康弘は、「原爆雲を見て、次の時代は原子力の時代になると直感した」と著書【3】の中で得意げに回想している。そして、「長崎原爆の写真」を原点に研究者を志した渡邉特任教授が、今日、「原子力は人類最大の賜物」といい、「100ミリ以下は影響なし」と述べている。奇しくも両者は符合している。


 ▼ スコット・ペック-エリートの精神的荒廃

 ところで、渡邉特任教授は、『平気でうそをつく人たち ―虚偽と邪悪の倫理学』(M・スコット・ペック)を繰り返し読んでいるという。座右の書というところだろうか。放射線や被ばくの問題から離れるように見えるが、実は、この本の中身は、渡邉特任教授の精神世界や住民に対する目線と一致している。少し脇道のようだが、この本の中身を検討しておきたい。
 アメリカの精神科医であったペックは、その著書で、「人間の邪悪性」「邪悪な人間」「集団の悪」を科学的に究明したとしている。文庫版に次のような紹介文がある。
 
 「世の中には平気で人を欺いて陥れる“邪悪な人間”がいる。そして、彼らには罪悪感がない――精神科医でカウンセラーを努める著者が診察室で出会った、虚偽に満ちた邪悪な心をもつ人びとの会話を再現し、その巧妙な自己正当化のための嘘の手口と強烈なナルシシズムを浮き彫りにしていく」【4】

 ということらしいので読んでみると、ペックの言う「邪悪な人間」の邪悪性よりも、この人びとを見るペックの眼差しの方に大いに問題があるということに気づく。
 「邪悪な人間」とは、ペックも認めるように、「ごくありふれた人間」。しかし、そういう人びとをペックは、「労働者」「二流市民」「低中流層出身」というカテゴリーでとらえ、そういう人びとを前にすると、ペックは、「吐き気をもよおす」「同じ部屋にいること自体が不潔」「人間を汚染し破滅させる」という感情を抱くという。そして、その感情は、「健全な人間が邪悪な人間に抱く嫌悪感」なのだと正当化している。しかも、「邪悪性」は、「子供時代の状況」「親の罪」「遺伝的なもの」によっており、また「その人間の一連の選択の総体の結果」だとしている。そして、「邪悪性は精神病理学的障害である」という確信を得たとしている。
 つまり一読するとわかるように、ペックの話の大半は、「邪悪」の研究というよりも、格差社会の矛盾の中で、ペックのようなアメリカのエリート層が、「二流市民」に対して抱く嫌悪感、蔑視、差別感情を活字にして吐き散らしたものというのが妥当だろう。
 それにしても、なんでそこまで嫌悪するのか。ペック曰く、「邪悪な人間」が「自分より高いものに屈服しない」、つまり自分たちエリートに対して「屈服しない」から。

 ◇ソンミ村虐殺事件
 いまひとつ、ペックは、この本の中で「ソンミ村虐殺事件」を「集団の悪」の問題として大きなテーマとしている。
 ソンミ村虐殺事件とは、1968年3月16日、アメリカのべトナム侵略戦争において、ソンミ村を襲った米軍が、非武装・無抵抗の村民504人を残酷なやり方で殺害した事件。ベトナム反戦運動高揚の契機にもなった歴史的な大事件だ。
 ペックは、<なぜこんな事件が起こったのだろうか?>と設問し、原因の究明を試みている。そして、組織の専門化によって個人の良心が希釈化されたからとか、戦場のストレスで、心理的成長が退行したからとか、といろいろ検討している。
 しかし、ペックの検討には大きな欠陥がある。それは、事件が、あたかも兵士の個人的な動機で引き起こされたもの、あるいは、せいぜい部隊の行き過ぎで起こってしまった事件のように見ていることだ。
 米軍は、当時、「サーチ・アンド・デストロイ(索敵・せん滅)作戦」という大規模な平定計画を展開していた。そして、米軍の軍用地図には、ソンミ村が、せん滅対象を意味する赤い丸で囲まれていた。この日のせん滅作戦は、前夜の作戦会議において部隊の指揮官の主張で決定されている。【5】
 つまりどこまでも米軍の組織的で計画的な虐殺だった。このことは、資料や証言からも明らかなことだ。ところが、ペックの記述には、資料や証言に照らして、明らかに事実と違う点が少なくない。なぜペックは、事実と違う状況把握で話を進めるのか?ちょっと調べれば分かることなのになぜそれをしないのか?
 ペックは、「優れた精神的な価値を有する合衆国軍」が、そんな残虐な行為をするはずがないと信じている。もっと言えば、アメリカが、アメリカ人が、そんなことをできるはずがないと思っている。しかし、事件は起こった。そこで、ペックが跳びついたのは次のことだった。
 「(虐殺を行った)部隊は、平均的な市民を代表するものではない」「部隊を一般アメリカ市民の無作為抽出サンプルとして見ることは無理がある」
調査をしたわけでもないと言いながら、ペックはそのように決めつけている。
 そして、「低中流層出身の若者は攻撃的」、「アルコール依存症の農業労働者と疲れきったその妻とのあいだに生れた六人兄弟の長男」、「厄介者やはずれ者」、学校を中退、職を転々、盗みなどと、ストーリーを創作してしまう。そして、そういう人間に武器を与えたら、「無差別殺人を行っても何の不思議もない」「罪の意識も感じていない」などと結論づけている。

 ◇エリートの精神的荒廃
 つまり、<ソンミ村虐殺事件は、一部の厄介者や外れ者の仕業だ>としたいのだ。<ソンミ村虐殺事件を引き越すような連中と、自分たちエリート層とは全く違うんだ。自分たちエリート層は「平和主義的アメリカ市民」だからそんなことはしない>と。そういう強い心理が虚偽のストーリーまで作らせている。
 ベトナム敗戦によって、アメリカ社会が受けた傷の深さを物語っている。正義、自由、繁栄といったアメリカ的な価値が、ベトナムの人びとの抵抗の前に敗れた。その事実に向き合って総括できない。
 この本がアメリカで出版されたのが1983年、一挙に300万部を超えるベストセラーになったという。まさに、この本を読んで溜飲を下げているアメリカの黄昏るエリート層の精神的荒廃、知的頽廃が投影されている。
 
 ◇安全神話崩壊の中で
 さて、翻って渡邉特任教授は、冒頭で見たように、『平気でうそをつく人たち』を引きながら、<被ばくを問題にすることは邪悪>、<悪がはびこるのは、住民の科学に関する無知(知的怠惰)と、専門家の話を受け入れない住民の態度(病的ナルシシズム)に原因がある」とほとんど八つ当たりのようなことを言っている。また、【Ⅱ】で見た「H25年後活動報告書」には「一種の社会崩壊情況」「世紀末を演出する思想集団のよう」などという不穏な言葉が見られた。
 ここで渡邉特任教授が問題にしているのは、原子力神話の崩壊、経済成長と科学技術への信仰の崩壊という状況である。その状況に、彼ら専門家は、自分たちの存立基盤の崩壊を感じている。しかしそのことに向き合って、総括できない。そして住民をなじる方向に話を転嫁して行く。渡邉特任教授らの眼差しは、ベックが、「二流市民」たちを蔑視し嫌悪する眼差しと見事に重なっている。

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【1】「我が国に原子力の安全管理の専門家育成システムを作る必要がある」(ESI‐NEWS VOL.25 No.46 2007)
http://anshin-kagaku.news.coocan.jp/sub080109watanabe.html
【2】「長崎原子爆弾の医学的影響」 長崎大学後障害医療研究所
http://abomb.med.nagasaki-u.ac.jp/abomb/data/panf.pdf
【3】中曽根康弘『政治と人生―中曽根康弘回顧録』1992年
【4】2011年 草思社文庫 裏表紙
【5】「ソンミを振り返る」 クァンガイ省一般博物館 吉川勇一訳
http://www.jca.apc.org/~yyoffice/Son%20My/A%20look%20back%20upon%20Son%20My.htm
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【Ⅴ】 南相馬市が問われている


 渡邉特任教授らの南相馬市で行っている活動の全貌がかなり見えてきたと思う。
 渡邉特任教授らは、「原子力は人類最大の賜物」という信念で、「LNT仮説の否定」「放射線防護基準の緩和」「日本版ICRP」に執念を燃やし、「原子力と放射線の平和利用は、我々の意思と行動で達成する」という決意をもって、「南相馬市を標的として」乗り込んできている。
 しかも、被ばくを危惧する住民や低線量被ばくに警鐘を鳴らす専門家に対して、「邪悪」「知的怠惰」「病的ナルシシズム」「世紀末の思想集団」と悪罵し嫌悪感を露わにしている。こんな姿勢でリスクコミュニケーションなど成り立つはずもない。
 渡邉特任教授が、個人的にこういう主張や信念をもっているというのは、百歩譲って自由だとしよう。しかし、それが、南相馬市放射線健康対策委員会という立場で、南相馬市とその住民を対象にして行われるとするならば、それは話が違うだろう。
 これは、南相馬市の行政当局の姿勢が問われる問題だ。このような目的のために、住民をモルモットに差し出すという話だ。それを承知で、委員会を設置し、この人選を行ったのだとすると看過できない。
 委員会には、桜井市長、江口副市長も出席しているようだ。桜井市長は「脱原発」を旗印に再選されているが、その真贋が問われている。 (了)


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 ◎ 渡邉特任教授の略歴 ・肩書
  • 薬学博士、放射線生物学・がん機構学 放射線による発がん機構の研究
  • 金沢大大学院薬学研究科修了、金沢大薬学部助手、ミシガン大研究員、横浜市大医学部助教授、長崎大薬学部教授、長崎大副学長、京大原子炉実験所教授。現在は京大・放射線生物研究センター特任教授
  • 原子力安全委員会・原子力安全研究部会および環境影響部会委員、ICRP(国際放射線防護委員会)G4・G5合同ワーキンググループ人体および環境影響作業部会委員、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)国内対応委員 
  • 2002年、長崎大に東京電力の寄付講座の開設が一旦決まり、直後、東京電力のトラブル隠しが発覚、講座開設が断念に追い込まれた事件があった。そのとき渡邉氏は同大副学長。当時のことを渡邉氏は次のように述懐している。「・・・大学教授でさえも、多くが放射線や原子力に偏見を持ち、極めてヒステリックに行動するということであった。私は、放射線の生体影響の研究を続けてきたが、長崎大学で副学長を務めた時期に、教授会の席で複数の教授から公然と『渡邉がやっている放射線生物学は悪の科学である』と非難されたことである。最後は『核爆弾擁護者である』とまで言われた。勿論、彼らの真の目的は、科学的論争ではなく、他に目的があったことは明々白々である・・・」 〔「我が国に原子力の安全管理の専門家育成システムを作る必要がある」(ESI‐NEWS VOL.25 No.46 2007) http://anshin-kagaku.news.coocan.jp/sub080109watanabe.html









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テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2014/07/03(木) 20:57:36|
  2. 南相馬市
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「できれば、東京に持って行ってもらいたい」  ―中間貯蔵施設・住民説明会


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 中間貯蔵施設設置の問題について、国による住民説明会が、5月31日から6月15日まで16回の予定で開催されている。
 中間貯蔵施設とは、福島県内の除染で出た汚染土、汚染の高い焼却灰などを保管する施設。国は、双葉町・大熊町にまたがる東京電力福島第一原発周辺に設置したいとしている。また、30年以内に、県外に最終処分場をつくり、そこに搬出することを法律に明記すると、国は説明している。
 説明会の第一回、5月31日のいわき市・勿来(なこそ)会場、および第三回、6月1日の南相馬市・原町会場を取材した。
 勿来会場には約700名、原町会場には約180名が参加。勿来の会場は、第一回ということに加え、近傍に双葉町民が多数避難している仮設住宅があることもあり、会場はほぼ満杯の状態だった。
 説明会全体の時間は2時間、最初に国の側が約40分説明を行い、その後、住民がマイクをもって発言、質疑が行われた。


 ため込んだ思い吐き出す

 勿来会場の住民側の発言者は8名、原町会場では9名。単純に賛成・反対で割り切れるものではないが、中間貯蔵施設設置に賛成寄りの発言が4名、反対寄りの発言が13名という比率であった。
 反対意見の住民からは、次のような言葉が吐き出された。

 「できれば、東京に持って行ってもらいたい」
 「双葉郡の人間だけで、この災難を背負うのはおかしい。電力消費地の住民と災難を分かち合うべき」
 「みんながいらないものは、私たちもいらない」
 「同じ国民として、人権を認められてないんじゃないか」
 「全国の自治体で応分に受け入れるべき」

 原子力は国策として推し進められてきたものだ。そして、国民の大多数がそれを承認し、その恩恵を享受してきた。
 にもかかわらず、原発事故の被害は、特定の人びとに集中されている。さらに今、その災害の後始末が、またぞろ双葉町・大熊町の人びとに押し付けられようとしている。
 犠牲だけが特定の人びとに繰り返し集中される構造―そういう犠牲の構造を、住民らは告発している。
 その告発は、国に対してだけ向けられているのではない。
 「汚染物はやはり一番汚染しているところに持って行くべき。汚染を福島から出すべきではない」という意見がある。合理的にいえば、その通りだと言うしかない。しかし、どうだろうか。そういう結論を出す前に、住民らが告発にしている問題に向き合ってみる必要があるのではないか。
 特定の人びとへの犠牲の集中、そしてそれを結局、容認してしまう大多数―この構造が原子力政策を成り立たせてきた。そういう問題から、私たちは誰も自由ではなかった。
 こうしてみると、「東京へ持って行ってもらいたい」という住民の訴えは、厳しい言葉遣いだが、そこには、原子力政策を成り立たせてきた根幹にかかわる告発があり、国民全体に対する問題提起があるのではないか。私は、そう受けとめた。

 以下、勿来会場と原町会場の全発言(17名)の要旨を掲載する。〔見出しは筆者〕
 なお、国の説明や見解については、各種の報道や国・県・町などのサイトなどで見ることができるので、ここでは割愛した。



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――5月31日 午前10時~12時 いわき市・勿来市民会館・大ホール――
                                 

                                              

 できるなら東京に
 持って行ってほしい
   
双葉町・男性

 放射線の影響で、現在でも米を作れない、売れない、そういう状態が続いてますよね。そこにこういう施設ができれば、風評被害が高まって、農業ができなくなると思うんです。そういうことをどう考えるのか。
 私は、こういうもの(中間貯蔵施設)ができるのは反対です。できるならば東京に持って行ってもらいたい(会場拍手)。
 それから、土地を売って金が入っても、それに税金がかけられる。飴玉なめさせられて、後で形に取られるのと同じ。今日の説明では税について一切触れていないんです。東電からの賠償でも、私らは、いつか双葉に帰るときの「復興費」にと、貯めているわけです。それを世代が変わったときに贈与税で取られるようでは、双葉の復興なんかできないですよ。
 もっとわれわれの気持ちを考えて進めていただきたいです。



 形あるものをなくすとは
   とんでもないこと
   大熊町・男性

 ◇あらかじめ結論が決まっている
 
 まず、説明会の開催の方法に問題があると思います。
みなさん(壇上の政府官僚)は、16回もやると思っているでしょうけど、私たちから見れば、16回しかやらないのかと。だって、「一山なんぼ」で説明会をやってるようなもんですよね。やることが逆なんですよ。
 形あるものが、なくなるわけですよ。(中間貯蔵施設の)候補地になっている方にとっては。形あるものをなくすということは、とんでもないことをしてるんですよ。それなのに、一回2時間で16回、合計で高々32時間ですか。
 大熊町と双葉町の町民のところを一軒一軒回って、いま出ているような声をまずは聞くということが、なぜできないんですか?その不思議さ。
 それがなぜできないのかというと、もう結論が決まっていて、それに合わせてやっているからでしょう。やり方が間違っていますよ。
 形あるものをなくして、それを形のないもので賠償するという話でしょう。それに無理がある。

 ◇町が分断
  私のところは、原発から5キロぐらい。候補地にはならない。候補地になる所、ならない所、それから戻れるかなという所。さらに線量が高くても候補地じゃない所。それらをまとめてやろうなんていうのが、私から言えば不届き千万。答えなんて出ないですよ。
 候補地も、そうでないところも、どちらも大熊町。みんな町民ですよ。で、大熊町全体で戻ろうとしたとき、(中間貯蔵施設のところは戻れないわけで)それをどうやって説明して理解してもらうんですか?できないことをやっているなと思います。
 ◇責任から逃げるな
 管理運営の方法を、何で最後まで国が責任を持ってやらないのですか。まだ始ってもいないのに、わけもわかんない組織(「日本環境安全事業株式会社」)に責任を任せますというのは、よくある原子力政策の話と同じじゃないですか。
 雛壇にいる人たち(政府官僚)は、全員30年後まで責任を持たないとダメなんですよ。だって、私たちは、もしくはその子孫は、30年後も、ここにずっといるわけですよ。



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 なぜ大臣が来ない   大熊町・男性

 第一回の説明会だというのに、なぜ責任者たる(石原伸晃)大臣がいないのか。住民が説明を受ける場がはじめて設定されたというのに。首長や知事さんは直接説明を受けているけど、当事者であるわれわれ住民の説明会になぜ来れないのか?
 それから、一方的な情報が流されることに非常に不安を感じます。情報が操作されて、われわれに届いています。原子力の情報がわれわれのところに届くときも、これまでそういうことがありました。住民の方からも監視できるように、第三者的な機関をつくっていただきたい。不安です。




電力消費地の住民と
 災難を分かち合うべき  
大熊町・男性

 パンフレットに「30年以内に福島県外で最終処分」とあります。この文言では実現はほど遠いと思います。
 福島県は、47都道府県のひとつの県。他県の反対を受ければ、微塵もなく飛ばされてしまいます。他県の人たちは、みな反対します。だから、「福島県外で最終処分」というのは、間違った書き方だと思います。
 ではどうすればいいのか。
 この災難を双葉郡の人間だけで背負うという考えが、間違っていると思います。
東京電力の電力を利用した地域、企業、住民たちと、この災難を分かち合うという考え方で行かなければ、最終処分場は実現しません。
 ですから、福島県外で最終処分するのではなく、東京電力の電気を利用した地域で最終処分をするという考え方です。これなら、日本国民の7、8割が賛成してくれるはずです。「福島県以外」では、それに賛成する人は福島県や双葉郡の人たちだけです。
 ◇市場価格では納得しない
 土地の買い上げの方法について、市場価格と説明されていますが、市場価格では実現不可能だと思います。例えば八ッ場ダムの補償の10倍でも出ない限り、土地を手放さないと思います。今の市場価格では八ッ場ダムの10分の1以下ですから、地権者は納得いきません。



 町全体を買い上げて   大熊町・男性

 今は福島県の汚染土だけという話だけど、全国の廃棄物を集めたら、この倍以上になるのではないかと思っているんです。
 私どもは、国道6号線から西半分(6号線の東側が中間貯蔵施設の候補地)の方に住んでいます。道路一本で隔てて補償額が全然違うということになってしまいます。そうではなくて、大熊町と双葉町については、基本的に全部買い上げた方がいいのではと思います。私どもとしては西半分も買い上げてもらいたい。

 ◇住める状態ではない
 どの程度、放射線量が下がるか、帰宅できるのか、ということなんです。
 私の家の裏山は20~30マイクロシーベルト。これを2、3回除染しても、とても住めるような状況にはならないわけです。家の庭も7~8マイクロシーベルト。これが半分になるのがいつのことか。
 低線量被ばくということがあります。先だって井戸川前町長が鼻血の問題を発言して、双葉町はすぐさま反発していましたが、私は、低線量被ばくというのは実際にあると思うんですよ。鼻血が止まんなかったという子どもが私の回りにもいます。低線量被ばくについてどう対処するのかということを聞きたい。
 なおかつ大熊町全体のプログラムをどういう風にするのか。大熊町の東半分が中間貯蔵施設で帰られないとすると、その人たちは一体どこに住むのか。さらに、西半分の人たちはどうなるのか。そういう全体像を示してほしい。




 ふるさとが
 なくなっちゃうんですよ。
      分かりますか?
    大熊町・男性

 はじめての説明会ということですが、中間貯蔵施設はもうできる、つくりたいんでしょ?つくることは決定していて、青写真とか諸々のことはできあがっている。ということはつくるんでしょ?
 みなさん(壇上の政府官僚)ね、生まれ育ったふるさとが、なくなっちゃうんですよ。前に座っているみなさん、真剣に考えて下さいね。
 予定地とされているところは、NHKで朝やっているけど、里山、きれいな川が流れて、鳥がさえずり、野山に花が咲き乱れている。そういった四季折々のね、すごくこう穏やかな地域なんですよ。国の進めてきた原子力の災害で、今はこういった状態になってしまってますけど。
 いま国が前に進めて下さっていることには信頼を寄せているところなんですが、ふるさとがなくなってしまうということは、私たちがいま住んでいるというだけではないんですよ。ふるさとを当てにしがら、地方に行って働いている方、いるでしょ。そういった方が心のよりどころにして、盆正月に帰ってきて、みんなと和やかに過ごす。そういった場所がなくなっちゃうんですよ。そういったことをみなさん、真剣に考えていらっしゃいますか?
 ◇お金で解決するしかない
 説明会も大事ですけど、後は膝を交えた説明をしていただいて、じゃあ何をしてほしいんだと。結局はね、お金で解決するしかないと思うんです。正直な話。
 そうしたら、国の施設を造るわけでしょ。原発災害で土地の価値が下がりましたとかという話もあるかもしれないけど、その土地は、あくまでも個人個人の所有物です。そんなありきたりの評価額で済むような話ではございません。プラスアルファとかを出さないと、前に進まない問題だと私は思います。


 
 私たちにとっては
     本当に迷惑
    双葉町・女性

 はっきり申し上げまして、私たちにとっては迷惑なんですよ(会場拍手)。頭を下げられてもね。
 私たちが、どうして避難生活をしているのか、みなさん(壇上の政府官僚)、ご存知ですか?その上に、ふるさとがなくなるなんて。
 この間も次から次へと問題(収束作業めぐるトラブル)が起こって、やっと終わりかなあと思っていたら、中間貯蔵施設の問題が出て来ましたよ。
 それから、廃炉の問題なんか、私みたいなもんには、ぜんぜん分からないことばかりだけど、使用済燃料だとか、核のゴミだとか。これ、いつになったら解決して下さるんですか?
 交付金という話も出ていましたけど、交付金で、全国にバラバラになってしまった町民をまとめることできますか?ひとつの町としてやっていけなくなってしまったと思います。
 東京電力が来たときも、交付金が出ましたよ。でも、それで、最後はこの状態ですよ。
 ですから、私たちにとって本当に迷惑なんですよ。

 ◇戻れないなら戻れないと言え
  私たちの声を聞いていただければ嬉しいですけど、それも無駄だと思って来ました。
  半減期で(セシウム137が)半分になるにも30年だから、住めるようになるまで100年はかかりますよ。私たちはもう生きてないですよ。東京電力さんは、私たちが戻れる前提で賠償されていますけれど、私たちは、生きていないですよ。だから私は、骨になっても、もうあそこに帰ることはないと申しました。
 東電さんは、戻れるとか戻れないとかと中途半端な言葉で言わないで、戻れないならもどれないと、はっきりしていただかないといけないと思います。


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 みんながいらない物は
    私たちもいらない
    双葉町・男性

 私たちの部落は、東電(原発)から3キロという間近にあります。
 何十年、東京電力や保安院と、いろいろ話をさせていただきました。「津波対策をして下さい」と、それから「避難路をお願いします」と。何度もお話しをしてきました。
 でも、何もやってくれませんでした。そうして、この3月11日の地震津波にあったわけです。私は、3月11日の地震津波のとき、原町の病院に入院しておりまして、病院の6階から津波を見ていて、「これは東電(原発)がだめだ」って思いました。何十年って話し合ってきましたが、解決がつかなくて、こういった事故が起きているわけです。
 今日も立派な文言が一杯書いてありますが、同じことを聞かされているんです。

 ◇追い出された挙句、中間貯蔵施設かい
  先ほど来、みなさん(発言した住民)からお話があり、「いる」「いらない」と、いろいろな意見がありました。
 けれども、私たちは、帰りたくても帰れないんですよ。私らは避難者じゃなくて、追い出されたんですよ(拍手)。そういう状態で3年余りも放っておかれて、今度は中間貯蔵施設の話ですか?
 中間貯蔵施設ができたら、双葉も大熊も、町が分断されるんですよ。あなたたち(壇上の政府官僚)、自分がいま住んでいる町がこういうことになったらどうなるのか、考えたことがありますか?簡単に文字で書いてしゃべっているだけじゃないですか?私から見ると。
 こんなんでいいんですか?原子力を推進してきたのは、官僚さん、あなた方でしょ。「私はやってない」って言ったって、あなた方の先輩たちが進めてきたわけですよ。そういう中でこういった惨事が起きてしまった。それなのに、「私はやってない」って、みなさん、なんか、逃げることばかり考えていませんか?
 ◇どうしてもというなら知事のところへ
 みんながいらないものは、私たちもいらないんですよって言いたいですよ。
 どうしても福島県にって言うんだったら、失礼ですが、福島県知事、知事は、自分のふるさとにいっぱい道路つくったりしてましたよね。原発立地交付金をたっぷりもらって(会場拍手)。あっちにつくってみて下さいよ。そして、私たちが一日でも早く帰れるようにしていただきたいと思います。
 みなさんの考えを必死に受け止めていただいて、で、「みんながいらないものは私たちもいらない」です。

 
〔以上、勿来会場 8名〕



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――6月1日10時~12時 南相馬市・原町生涯学習センター・集会室――



 同じ国民として
 人権を認められてない   
双葉町・男性

 「浸出水は放射性物質を除去後、河川に放流」(政府配布資料)とあります。
 原発でも建屋に入る前の地下水をくみ上げて放出するのは許容されていますけど、その施設の中から出てくる水についは、放射性物質を完全に除去する技術がまだ開発されていないと思います。そういう中で、浸出水を河川に放出したら、われわれのふるさとは、ずっと汚染され続けることになるという不安があります。
 ◇住民投票はやならないのか
 (政府配布資料)で「受入是非の判断」と言っていますが、この受け入れの是非というのは誰が最終的に決めるんでしょうか?どういう方法で一人ひとりの意志を確認するんでしょうか?
 普通ならば、地区の代表である町議によって話が進められるというのが大半だと思いますが、この受け入れ問題は、一人ひとりの人生に関わる問題です。同じ世帯の中でも、父親と子ども、孫の意見が全く食い違う問題です。そういったものをどういうような形で、汲み上げるのか?町長ひとりの決断なのか、町議会の決断なのか、あるいは住民投票のように一人ひとりの意志を表明する場を設けるのでしょうか?
 ◇こんな短期間で
 一般に全国でゴミ処理施設をつくるとき、来年1月から建設を始めたいなんて、たった6カ月で着工できるというようなことがあるんでしょうか?
 全国の他の地域では、住民たちに対して、こんな短い期間でやるってことを想定すらしないのに、双葉では説明会からたった6カ月で着工という計画になっています。これは、われわれを他の一般国民とは違って、軽視しているんではないのか、基本的人権を認められてないんじゃないのか、そういう風にとらえられてもおかしくないという話なんですよ。
説明会後の取材で:結局、50年前、原発を持ってきたときと同じやり方。あのときは東京電力だったけど、今度は国が前に出て同じことをやっている。だから今、反対しないといけないと思うんです)


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 あまりの仕打ち
  ではないですか
   双葉町・男性
 
 まず、(石原伸晃)大臣の顔が見えないんですが、どうしたんですか?どういう理由でこの大事な席にこられないんですか?こういう大事な会合に大臣本人が来て、われわれ双葉町民の声を直に聞いていただきたいですよ。こういうことをやっているから、復興も遅れているんじゃないですか?
 震災と原発事故で、避難場所を9カ所も10か所も点々とし、家族はバラバラ、隣近所の人もどこにいるかわからない。こういう状況にあるんですよ、私らね。
 それなのに、私らの精神状態を全く考えず、ここに中間貯蔵施設をつくるという。これはあまりの仕打ちではないですか。双葉町民は、ああ、こうやって原発のためにチリヂリバラバラになったんだって、暖かい手を差し伸べるという姿勢がぜんぜんないじゃないですか。
 ◇ご先祖の労苦
 私は六代目です。一代目のご先祖様がこの地にわらじを脱いで早250年。ご先祖様が、来たときは、田圃も畑も宅地も何もない荒地ですよ。そこに鍬を入れて、昼も夜も寝ないで働いて、ものすごい苦労をして、築き上げた財産ですよ。それをそう簡単に手放すわけにはいかないですよ。絶対に手放すことはできません。
 双葉町は、3・11の前は、緑がきれい、水がきれい、空気がきれい、すばらしいところだったんですよ。その双葉町を忘れることはできません。必ず双葉町に戻れるよう、待っているんですよ。まあ3年や5年では戻れないでしょう。30年も50年もかかるでしょう。当然、もう息子や孫の代になっています。
 そういう風にきれいになって住める状態になったときに、中間貯蔵施設つくられていたらどうなりますか?絶対に中間貯蔵施設は反対です。いいですか、反対しますよ、どこまでも。

 ◇今すぐ最終処分場を探せ
 「30年以内に県外の最終処分場に持っていく」と言っているんですが、30年後は、私らの息子や孫の代ですね。そんなことやれないですよ。われわれの世代ができないのに、息子や孫の代にできるということはないでしょう。
 つまり、双葉町に中間貯蔵施設ができたら、これが最終処分場になってしまうんですよ。みんなこれを心配しているんです。
 「30年以内に県外へ」って言うんだったら、30年後じゃなくて今すぐ最終処分場をつくりなさいよ。
 だいたい中間貯蔵施設と最終処分場の両方をつくるなんて、経費が膨大です。私がお金にちなんだ話をする必要もありませんけど。最初から、最終処分場をひとつつくればいいんですよ。そのようにお願いいたします。



 なぜ大熊・双葉
    に持ってくる
    大熊町・女性

 中間貯蔵施設に運ばれてくるものは、泥につかまってどうのこうのっていうお話しをされましたよね(「汚染土のセシウムは土壌と結合しているので水に溶け出しにくい」という環境省の説明)、それならば、双葉・大熊町に持ってくる必要がないんじゃないですか?
 福島県の各市町村の中で処分できるのではないですか?なんで大熊町と双葉町に持ってくる必要があるのですか?

 
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 ムシロ旗を掲げてでも    大熊町・男性

 私の住んでいる生活圏は、中間貯蔵施設予定のへそです。どうにもならないところです。
 予定地の地図を見て、ガックリ来ました。
 私で四代目です。一代目は北海道で警察官を拝命、殺人犯を逮捕した際に殉職しました。
 その家族が北海道から大熊町の地に来て、殉職して命に代えたお金で、土地を得て四代にわたって農業生産に従事してきました。先祖が命に代えて得た土地を、簡単に手放せません。
 金が欲しいわけではありません。金は要らないから、元のふるさと、それを返してほしいです。中間貯蔵施設、はっきりいって迷惑です。

 ◇次の世代には
 そこで生まれ育って、遊んで、盆踊りもやって、楽しんで・・・。帰りたいですよ、ほんとに。悔しいです。
 30年後、どうなっているか、分かりますよね。たぶん私が一番先にカルシウムになっていると思います。でも、次の世代には、やはりこの汚名は残したくない。基本的には、私は、この中間貯蔵施設に反対します。
 先祖が命に代えて残した財産ですよ。国がやるというんだったら、私は、命に代えても、ムシロ旗を上げても、たたかうつもりでいます。
 ただ、今後いろんな条件が出てくると思います。その内容によっては、多少理解する考えも持ちます。そういうことを考えながら、ケンカしていただきたいと思います。
今は、反対・賛成よりも、やっぱりこのふるさとを残したいという考えです。
 


 騙されてる
  気がしてならない
     双葉町・男性

  最終処分場が決まんないうちに、中間貯蔵施設をつくることは法律で決まっていると。
  いま先輩方が、土地に対する思いを語りましたが、今度、最終処分場でもそういうことが起きるはずですよね。双葉町、福島で、これだけいろんな問題が山積みになって、なかなか進まない。これが県外に本当にできるのかということですよ。
 仕様がないから受け入れるしかないって思ってますけど、最終処分場が決まらないのに、どうして、30年以内に県外に処分するって、ちっとも理解できないですよ。その辺の説明をお願いしたい。騙されるような気がしてなりません。
 (「最終処分について技術や場所について答えられる状況にない」という環境省の回答に対して)それってちょっと矛盾してるんじゃないの。それが決まんない限り、ある程度、ほぼこういう予測なんだけど、というのが何も出ないということは、「できない」ということになるじゃないかと思うんだけど。

 ◇国は諦めるのを待っているのか
 大熊の復興というけど、何年後に復興を考えているのか、その辺がわかんない。自分たちの時代には復興はできない。子ども、孫の時代か。その孫たちが、中間貯蔵施設があって、風評被害的なものが残っているところに帰ってくるだろうか。子ども、孫が戻ってくるということはほぼ考えられない。
 中間貯蔵施設をつくって、大熊・双葉の復興って、どんな構想が立ちますか?復興と言うが、実感がない。
 子ども、孫、みんな、何の計画も立たない。ただ他に移って仕事をしているだけ。バラバラになって、そのままダラダラと生活していくだけ。それに対して何にも言ってやれない。
 自分たちも、このままもう気力がなくなって、諦めるというような。それを(国は)なんか待っているような。(復興について、国は)やっている、やっているっていってるけど、目標も何もなくて、何の目安もなくて、どうにもなんない。結局、自分たちの(人生の計画を)何も決められない。もう矛盾だらけだ。あとは何となく、疲れて、諦めていく。そんな今の状態です。もう少しなんか考えてもらわないと、もう少し答えを出してもらわないと。 納得いかない。




 最終処分は
  必要ないのでは
    大熊町・女性

 除染で出たセシウム137の半減期が30年。こういう物質を中間貯蔵施設に集めると。素人考えですが、最終処分って必要ないんじゃないですか?そういうお話がどうして出て来ないのかを教えて下さい。


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(双葉町の中間貯蔵施設予定地付近。後ろは第一原発の排気塔)



 最終処分場と
    同時並行で
    双葉町・男性

 中間貯蔵施設の場所は、3年ぐらいで決まっちゃったんですよね。だったら、最終処分場だって、国が本気になって取りかかれば、5、6年で見つけられるんじゃないかと思うんですよ。とにかくわれわれは今一番、心配しているのは、法律で30年たったら県外に移転すると言っても、30年たったら、どうなるか分からないですよね。われわれ高齢者は、もう死んでますから。
 それから、30年は置きたいというけども、その間に、減量問題とか、科学的な問題で、数値がずっと低くなっていますよね。そうしたら、20年、15年で最終処分場に運ばれるかわかんないですよ。だから、中間貯蔵施設のお話ばかりするんじゃなくて、最終処分場を同時並行で決めてもらう。国の管理の土地がありますよね、そういうのを検討しながら、最終処分場を決定してもらいたい。そうすればわれわれ非常に安心します。



事業者のフォローを   双葉町・男性
 
 ひとつは、事業者に対するフォローがほとんどないんですね。生活再建とかはあるんですが。そういうものをあわせて考えていただきたいです。
 二つ目は、国有化で心配しているのは、土地を担保に金融機関さんの方と取引させていただいているわけで、それが国有化で抹消されてしまうと、金融機関との取引ができなくなる可能性もあるわけです。
 三つ目は、なかなかこういう場で意見をいうのも大変です。そういう場合、冊子にあるお問い合わせ窓口に電話して自分の意見なり質問なりを提起してよいものなのかということです。



「全国で応分に」
   と明記すべき
    双葉町・男性

 中間貯蔵施設について賛成か反対かと言われれば、当然、反対です。避難者が、さらに辛い思いをするようなそういう施設を絶対につくってほしくないというのが本音です。
 できれば、環境省には、双葉町の環境を元に戻すような、そういう施策を今すぐにもやってほしいと思っています。
 ◇誰も信じてない30年での持ち出し
 で、もし仮につくるとなる場合、一番やっぱり心配するのが、30年以内に本当に持ち出せるのかというところです。恐らくここにいる人のほとんどが、恐らく前に座っている方(政府官僚)も、たぶん30年以内に持ち出させるなんて恐らく思っていないんじゃないかと思います。誰だっていやですからね、自分のところで受け入れるなんて。
 で、是非お願いしたいのは法律を作る条文の中に、「もし仮に、決まらなかったら、東京都で受け入れる」とか、「全国の自治体が応分に受け入れる」とか、そういうことを入れてほしい、是非そうして下さい。あるいは選挙区ごとに必ず一か所、最終処分場を作るとか。それぐらいやらないと、絶対に30年後に持ち出すということは不可能と思います。

 ◇核廃棄物の処分場の危険も
 なおかつ私が心配するのは、30年たったら、恐らくここにいる人の、私も含め、大部分の人が、亡くなっているかもしれないし、反対もできないくらいになっているかもしれない。人が住まない土地になっていて、反対する人がいない。で日本国内に核廃棄物が一杯あります。そうすると、もしかしたら、日本国内の核廃棄物の最終処分場になる可能性だってあると思います。福島県が、核廃棄物の最終処分場になる。そんな可能性もあると私は思います。
 ですから、30年以内に必ず持ち出せるように、具体的な地名を法律に入れて下さい。東京であるとか、すべての自治体であるとか。もちろんすべての自治体といっても、福島県とか、長崎とか、広島とか、原発のない沖縄とか、そういうところは、除いて考えてもいいと思います。

 ◇全原発の廃炉を条件に
 それから、町長がきているようなので、もしこれを受け入れるときには、私なんか一番感じるのは、こんなにつらい思いをさせられて、こういう思いをもう絶対に他の日本人にはしてほしくないし、できれば、世界中の人に、こんなふるさとを失うような思いをしてほしくないと思いますので、もし仮に中間貯蔵施設を受け入れるときには、交換条件として、すべての原発の廃炉、即廃炉そういうことを国に求めるというか、条件を出す、それくらいのことはしてほしいと思っています。

〔以上、原町会場 9名〕        (了)






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  1. 2014/06/10(火) 17:00:00|
  2. 中間貯蔵施設
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浪江町・帰還困難区域の桜



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 津島の桜がちょうど見ごろを迎えていた。〔写真上〕
 4月28日、「放射能測定センター・南相馬」が行っている空間線量測定に参加、浪江町の帰還困難区域に入った。
 2011年の事故以来、南相馬市の原町区、鹿島区、区域再編後の小高区などにおいて年2回の測定が行われ、その都度、住民らがボランティアで参加してきた。
 今回は、帰還困難区域に指定されている浪江町の西部の測定も行われた。帰還困難区域とは、「5年間を経過してもなお、年間積算線量が20ミリシーベルトを下回らないおそれのある、現時点で年間積算線量が50ミリシーベルト超の地域」。浪江町の場合、面積で8割が帰還困難区域に該当する。
 測定の方法は、地域全体を500メートルのメッシュに区分して網羅し、その一区分ごとに一地点を選んで、地上1センチと1メートルのデータをとり、それを集計して地図上に反映するというもの。作成された汚染地図は、住民に広く配布され、地域全体の汚染状況や線量の変化を対象化することに貢献してきた。




 赤い舌



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 原町を出発して6号線を南下、浪江町に入り114号(富岡街道)を西へ。帰還困難区域の室原に入る手前に検問所があり、通行証を提示。



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 私の班が担当したのは、請戸川に沿って国道114号線を、室原~川房~昼曽根~赤宇木~津島と西に向かうコース上の測定点。
 下図は、文科省が航空機モニタリングで作成した放射性物質の分布状況。第一原発から「赤い舌」が伸びている。2011年3月15日、福島第一原発から大量に漏出した放射性物質が、北西方向に吹く風に乗って、請戸川の谷筋に沿って流れ、この一帯を舐めつくし、山にぶつかる辺りで雪とともに降り注いだ。さらに山を越えて飯舘村から伊達市、福島市まで流れていった。こうしてこの一帯を高濃度の汚染地帯にした。
 私の班が担当した測定地点は、3年後の赤い舌を辿るものだった。

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 昼曽根22マイクロシーベルト



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 何地点か測定をしながら、大柿ダムの北西端の川房にある大柿簡易郵便局のモニタリングポスト〔写真上〕に着いた。
 ここは、114号から南に葛尾村方面に行く道との分岐になっている。簡易郵便局の他、中山商店などがあって、人びとが休憩に立ち寄るところだったという。
 モニタリングポストの表示は毎時9.649マイクログレイ、手持ちの線量計は毎時12.46マイクロシーベルト。グレイとシーベルトと単位が違うが、1グレイ=1シーベルトとみなすというのが国の指針なので、やはり低く表示されている。



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 ここまでの集計でも〔写真上〕、西に進むほど測定値が高くなっていく。室原に入ったところでは3マイクロシーベルト台だったが、大柿簡易郵便局では12マイクロシーベルトに上がっている。


 
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 東北電力の昼曽根(ひるそね)発電所〔写真上〕。100年前につくられた出力500キロワットの水力発電所。しかし、原発事故に伴って、現在は稼働を停止している。
 戦前、国家統制で統合される以前、福島県には数多くの発電事業会社があった。そのひとつである磐城水電株式会社(小高町)が、大正時代につくったのが昼曽根発電所。磐城水電は、小高町など周辺5カ町村に給電していた。
 発電所前の橋のたもとで測ると、地上1メートルで22.26マイクロシーベルト〔写真下〕。 測る位置を少し変えると下がったが、やはり極めて高い。

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 発電所から少し進むと、倒れたままの看板があり、「田中建設」の名前が。〔写真下〕
 田中建設といえば、原発と密接な関わり持つ双葉町の建設会社。同社の創業者で社長だった故・田中清太郎は、1963年から約20年にわたって双葉町の町長を勤めている。その間、福島第一原発の誘致などに大きな役割を果たしたと、東京電力から評価を受け、同社には、東電関連会社から、毎年多額の工事が発注されてきた。

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 この日の最高値26マイクロシーベルト



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 昼曽根にある落差5メートルの滝「一反渕(いったんぶち)」。〔写真上〕
 原発事故以前、請戸川には、ヤマメやイワナの放流が行われていた。本当なら解禁の時期だ。



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 道路脇にフレコンバックの山が。〔写真上〕
 広大な山林の中、線量も高い地域で、除染が点々と行われていた。



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 幾重にも連なる大きなベルトコンベヤーが目に入る。 〔写真上〕
 2011年4月上旬、放射性物質で汚染された砕石がここから搬出され、二本松市のマンション建設などに使われた。そのことが2012年1月になって公になり、大きな問題となった。まだ記憶に新しいが、これがその採石場だ。
 この場所は、福島第一原発から北西に約26キロ。20キロ圏外なので、2011年4月上旬の時点では避難区域ではなかった。計画的避難区域に指定されたのは4月22日。
 もっとも、政府は、事故直後から、20キロ圏の外にあるこの辺りで、高い線量が観測されていることを把握していた。が、そのことを住民にも、業者にも知らせなかった。また、同じ時期、隣接する飯舘村では、山下俊一長崎大教授らが入り、住民に「放射能の心配はいらない。国の言うことに従って下さい」と説いていた。
 汚染砕石問題もそういう中で起こったことだった。



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 114号を一旦南に逸れて林道を進んだところにある民家。〔写真上〕
 桜や水仙の花が健気に咲いていた。3年以上の月日で荒れているが、住んでいた人が、花を大切にしていたことを偲ばせる庭だった。
 ここで、この日の測定の最高値を記録した。地上1センチで26.27マイクロシーベルト。〔写真下〕
 この場所に1年間いると、単純計算で200ミリシーベルトを超える被ばくになる。
 これが3年後の実態。線量が十分に下がるまでには100年単位の時間が必要だ。

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 伏せられた地名



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 再び114号に戻って西へ。ここは、大字赤宇木(あこうぎ)字塩浸(しおびて)。難読の地名で知られる。
 写真上の石井商店のところを右折して山に入れば、手七郎(てしちろう、てっちろう)を経て飯舘村長泥(ながどろ)に下る。また、そのまま富岡街道を進めば津島の町を経て、川俣町、福島市に至る。
 塩浸という地名は、九州に3か所ほどあるが、いずれも「しおひたし」と読み、関連はないようだ。浪江の塩浸は塩の道だったことに由来しているという。かつて浪江の浜では製塩が行われ、その塩がこの街道を通って中通り方面に運ばれていた。そして、この塩浸で、塩と食料品の交換が行われていたという。 ここが浜通りと中通りをつなぐ交通・交易の要衝だったことが窺える。
 しかし、原発事故以降、この地名は別の意味を持たされた。
 原発事故直後、文科省は、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の試算で、浪江町の赤宇木や津島の方向に大量の放射性物質が飛散することを予測していた。そして、その予測に基づいて、15日には現場に入って測定を行い、赤宇木の手七郎や塩浸などで毎時255~330マイクロシーベルトという数値を観測していた。その後も継続的に極めて高い線量を観測、大量の放射性物質が流れてきていることを把握していた。にもかかわらず、文科省は、それがどこなのか、その後1カ月の間、伏せていた。



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 津島に入る手前に、南津島の方に南下する道があり、この先に日本テレビの人気番組「ザ!鉄腕!DASH!!」のDASH村があった。里山の豊かさと美しさ、住民との交流などの映像が思い出される。DASH村は、福島第一原発から25キロの地点で、現在は帰還困難区域となり、無残な姿になっているという。



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 津島の町の中に入る。街道筋らしく、道が適度に曲がっている。それに沿って、津島中学校、津島小学校、松本屋旅館、コクブン商店などが並ぶ。小さな町だが、人びとが行き交い、賑わいがあったことを感じさせる街並みだ。そして、満開の桜・・・。
 下の写真は津島中学校。震災の翌日から、浪江町の浜の方の住民がぞくぞくと避難、人口約1400人の津島に、約8千人が避難してきたという。そして、小学校や中学校の体育館、公民館などに逗留した。
 そこに、高濃度の放射性物質が降り注いだ。そのことを上述のように文科省は早い段階で把握していたが、町役場にも、住民にも知らせなかった。そのために、わざわざ津島方面に避難してきてきた住民が、ここで無用な被ばくを強いられることになった。

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 二度の棄民


 
 「国策によって二度も棄民された」。浪江町の女性がそう語っていたことが思い出される。
 一度目は、敗戦で国に捨てられ、中国から命からがら引き揚げてきたこと。そして二度目は、戦後の労苦を経て余生を楽しもうとしていたとき、原発事故によって放射能に追われ、再び逃げ惑ったこと。
 「国策によって捨てられる」。その言葉が重い。

 ところで、浪江町は、今年3月、「復興まちづくり計画」を策定した。2017年3月を目途に、比較的線量の低い国道6号線と役場の周辺を中心に、5千人の帰還と移住を見込んで、「復興」を進めるとしている。
 しかし、収束作業は、依然として汚染水問題に振り回されている。さらに浜通りや双葉郡の今後はどうしていくのか。上で見てきたように高線量が長期にわたって続く地域はいったいどうなるのか。こういう問題に対して、国も、町も、真剣に向き合っているとはいえない。見通しもビジョンもないのが実情だ。そういう中で、「戻れ、戻れ」という掛け声だけが聞こえる。
 三度目の棄民になりはしないだろうか。 (了)








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  1. 2014/05/23(金) 14:40:00|
  2. 浪江町
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「20ミリ基準で解除」は原発の中と同じだよ  ――帰還目指す住民も汚染の実態に警鐘



kwt001.jpg   (南相馬市小高区川房の除染現場。周辺の空間線量率は0.7~1.20μSv  14年4月)




 国は、「年間積算の空間線量が20ミリシーベルト以下」を基準に、避難区域の解除を進めている。4月1日、田村市都路(みやこじ)地区が、20キロ圏内の旧警戒区域では最初の解除となった。南相馬市は2年後の解除を決めている。
 しかし、このような避難解除の進め方に、疑問を抱いている住民は少なくない。その一人である木幡寛治さん(仮名)にお話を聞いた。
 
 木幡さんは、30数年来、福島第一原発を中心に原発作業員として働いてきた。しかし、原発事故によって木幡さんの自宅も避難区域とされ、現在は、仮設住宅で暮らしながら、除染作業などに従事している。
 木幡さんは、原発内の作業に長年携わってきた知識と経験から、「日常生活で20ミリシーベルトというのは到底了解できるものではない。まさに原発の中の放射線管理区域で暮らすということなんだから」と厳しく見ている。とくに、木幡さんは、空間線量以上に汚染の実態と内部被ばくのリスクについて警鐘を鳴らす。だから、空間線量だけを見せて、汚染の実態について知らせないという国のやり方に対して、「国による犯罪」だと批判する。
 その一方で、木幡さん自身は、自宅へ「戻る」ことを選択し、「戻る」人びとと共に地域再生に取り組むことを模索している。しかし、「その前に『戻らない』人たちの選択を守っていく必要が絶対にある」と訴える。また、「戻る」にあたっても、汚染の実態を正確に調査し開示して、住民が主体となって、内部被ばくを防護する対策を徹底する必要があるという考え方だ。
 そして、国が、事故を何ひとつ反省せず、原発の再稼働と増設に突き進むことに対して、「国がそういう態度なら、国民の側から転換をつくり出していく必要がある」という思いを持っている。



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(住宅の除染。大型の掃除機で汚染を吸引している)



外部放射線以上に汚染が問題


――4月1日に田村市都路地区の避難指示が解除になり、小高や浪江もそういう方向で進んでいます。

木幡:いつまでたっても復興事業ができないとか、このままだとコミュニティーが崩壊してしまうとか、国に限らず、市町村も、遮二無二解除しようとしているよね。で、放射線に対する防御よりも、復興を優先して行くような雰囲気がどんどん強まっているし、そういう圧力が高まっているね。
 これ以上、除染しても無理だと思うし、そういうところに戻って住むか住まないかは個人の判断によるしかないんだけど、もし、年間20ミリシーベルト近く被ばくをする可能性があるようなところで生活するというなら、それはまさに原発作業員と同じなんだから。だから、そうするんだったら、そういう管理をきちっとやれよという話なんだよね。

――木幡さんは30年以上、主に福島第一原発で作業員をやって来られましたね。その経験や知識からすると、20ミリシーベルト基準での解除には問題があると。

木幡:そうね、相当に問題があるんじゃないかな。
 原発で働いてきたから、職業被ばくとして、年間20ミリシーベルト〔※〕ということについては、まあ了解しているよ。でも、日常生活で20ミリシーベルトというのは到底了解できるものではない。
〔※法定の限度は「実効線量で5年間に100ミリシーベルトを超えず、かつ、1年間に50ミリシーベルトを超えない」。それに準じて、東京電力や協力企業では、概ね年間20ミリシーベルトを管理基準にしてきた〕
 放射線管理区域というのが法律で定められている。その基準は、外部放射線で言えば、3カ月で1.3ミリシーベルトを超えるところ。そういうところでは、被ばく管理や汚染管理をきちんとしなさいよと決められている。
 例えば、放射線管理区域の中で作業をするときには、APD(警報付ポケット線量計)とか、ガラスバッチ(個人積算線量計)をつけて外部被ばくの線量を管理している。それから、作業を終えて管理区域から出るときは、汚染を服や体にくっつけたまま持ち出してしまわないように、スクリーニングチェック(表面汚染検査で汚染者を選別する)を受けなければならないんだ。表面の汚染密度で基準を作っている。そこで引っかかると、落ちるまで洗わされるとか、服なんか取り上げられるとか、そういう風にやっていたんだよ。
 それから、3カ月に1回はホールボディーカウンターの検査、それに6カ月に1回の電離健康診断が義務づけられているんだ。で、そういう検査でもし基準以上の数値が出たりしたら、放射線管理区域の中での作業ができなくなるんだよ。    
 20ミリシーベルトというのはそういう世界なんだから、そういう管理がなされないといけないという話なんだよね。

――外部放射線にだけに目が行ってしまいますが、放射線管理区域では、外部放射線に対する管理とともに、汚染濃度で内部被ばくに対する管理が行われていたのですね。

木幡:その通り。原発労働の経験からすると、外部被ばくだけを見ていたらだめだと思うんだ。土壌や空気中のダストの汚染濃度を見ないと。
震災前の原発では、外部被ばくに対する管理では、年間20ミリシーベルトを超えないように管理しているし、実際にはそれよりさらに低く抑えるようにしていた。
 しかし、それ以上に、内部被ばくに対する管理が厳しかったと思うよ。外部被ばくの防護管理だけであれば、線量測定と時間管理だけで十分なんだけど、汚染管理やスクリーニングとかホールボディーカウンターというのは、内部被ばくに対する防護としてやっていたわけだからね。
 だから、法律で決められている放射線管理区域の条件も、三つの基準があるんだよ。
 ひとつは、外部放射線で、実効線量が3カ月で1.3ミリシーベルト。もうひとつは、空気中の放射性物質の濃度。三つ目が、体や物の表面の放射性物質の密度。 【表1】
 二つ目の空気中のダストの場合は、基準が核種によって違っていて、たとえばセシウム137だったら、1立方センチ当たり3×10-3ベクレルが空気中の濃度限度で、その1/10が管理基準といった具合。で、これがマスクオーダーだった思うんだよね。それ以上のダストが予想される場合は全面マスクをしないといけない。
 大事なのは、三つの指標があって、決して外部放射線だけではなかったということなんだ。

【表1】 管理区域の設定基準
 
以下の基準を超えるおそれのある場所について管理区域に設定すると電離則などの法律〔※〕で定められている。
〔※放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行規則、人事院規則一〇一五、電離放射線障害防止規則、経産省告示第百八十七号など〕

① 外部放射線に係る線量については、実効線量が3月あたり1.3mSv
② 空気中の放射性物質の濃度については、3月についての平均濃度が空気中濃度限度の10分の1
③ 放射性物質によって汚染される物の表面の放射性物質の密度については、表面汚染密度(α線を放出するもの:4Bq/cm、α線を放出しないもの:40Bq/cm)の10分の1
④ 外部放射線による外部被ばくと空気中の放射性物質の吸入による内部被ばくが複合するおそれのある場合は、線量と放射能濃度のそれぞれの基準値に対する比の和が1


 ――そうすると、国の20ミリシーベルト基準の問題点は、単に、外部被ばくの数値として高いかどうかではなく、内部被ばくのリスクを軽視している点にあると。

木幡:そういうことだね。原子力規制委員会が昨年11月に「帰還に向けた安全・安心対策に関する基本的考え方(線量水準に応じた防護措置の具体化のために)」という見解を出しているけど、それを見ても、最初から最後まで線量に対する防護措置だけを扱っているんだよ。
 でも、20ミリシーベルト以下であれ一定の空間線量があるということは、そこにそれだけの放射性物質が存在して汚染しているということでしょ。で、外部被ばくは、空間線量率で予測できるけど、内部被ばくは主に汚染濃度に影響されるわけだからね。そういう汚染がある所で生活するということは、それを取り込むリスクがあるわけだ。それが一番危険なのに、そのことをほとんど無視しているという点だよね。


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(農地の除染。表土をバックホーで剥いでいる)


 
シーベルトで管理する狙い


 ――そうすると、国は、汚染を密度・濃度でとらえるということを、意図的にネグレクトしているということでしょうか?

木幡:私としては、そう思わざるをえないね。
 実際、管理基準を変えているんだよね。あまり知られていないけど。
 まず、震災前の管理がどうだったかということを、少し前に作ったものだけど、表にしてみたんだ。(「放射線管理区域内の区分と管理例」 【表2】)もちろんこういう規定があるという意味ではなく、自分の経験と記憶の範囲でしかないけど。



【表2】 「放射線管理区域内の区分と管理例」(木幡氏の経験に基づく整理)

管理区域の区分
A区域
B1区域
B2区域
C区域
D区域
表面汚染 
Bq/cm
汚染なし
~0.4
0.4~4
4~40
40~
作業服
一般服
一般服
/防護服
一般服
/防護服(赤服)
防護服(赤服)
防護服(赤服)+アノラック、タイベック
手袋
なし/手袋
B軍手
B軍手+ゴム手
綿手+ゴム手1枚以上
綿手+ゴム手2枚以上
呼吸保護具
なし
なし
半面マスク
半面/全面マスク
全面マスク
C区域からB区域に出るところにチェンジングプレイスがあり、専用下着以外を着替える


 3・11以前から原発に関わってきた人は、こういうものだと思って、そういう基準でやってきたわけ。
 ところが、原発がドーンとなって、汚染が噴出したら、基準もガーンと変わってしまうというね。それも一時的な緊急措置ならまだしも、汚染にかんする基準は元に戻っていないわけだから。
 放射線管理区域から出るときの表面汚染の基準、スクリーニングの基準だね、それは、もともとアルファ線核種以外では1平方センチ当たり4ベクレル以下、カウントで約1300cpmだった。ところが、3・11以降、緊急時ということで40ベクレル、1万3千カウントにして、さらにすぐに10万カウントに引き上げた。で、その年の9月に40ベクレルには戻したけど、それがいまも続いている。3・11以前の基準の10倍。これは意図的でしょう。要するに、もう4ベクレルで管理しようとしても、もうそこら中が汚染だらけで、対応できないということでしょう。
 そういう意味で、汚染密度とか濃度ということにはできるだけ触れないで、外部放射線のシーベルトでくくっていると、これは管理しやすい。住民もシーベルトしか測んないから、本当の汚染が高いのか低いのかは分かんない状態なんだよ。
 もちろん、中心にいてコントロールしている人は分かっているでしょう。放射線管理区域の基準がどうだったかとか、汚染と内部被ばくの問題とか。でも、そういうことには触れないで、20ミリシーベルトという線量で切って解除ということにしている。これは、国による犯罪に近い行為なんだよ。

――なるほどそういう手口だったのですね。

木幡:ただね、国の方には、こういう言い訳があるんじゃないかと思うんだ。つまり、外部被ばくにしても、汚染を内部に取り込んだときの被ばくにしても、結局、シーベルトで統一しているんだからいっしょだと。外部被ばくで1ミリシーベルトを浴びようと、内部被ばくで1ミリシーベルト浴びようと影響は同じだというわけ。ICRP(国際放射線防護委員会)などの考え方なんだけど、外部被ばくでも、内部被ばくや局所的な被ばくでも、体の単位体積での平均的な影響で計算してしまう。
 でも、これは、私は違うと思うよ。例えば、細い針で皮膚を突いたときと、太い筒で突いたときとでは、痛さ、ダメージは違うでしょ、同じ力で押しても。だから、ECRR(欧州放射線リスク委員会)2010勧告では、内部被ばくは、外部被ばくに対して100倍から1000倍ぐらいリスクが高いと指摘しているよね。
 だから、原子力規制委員会の見解は、内部被ばくのリスクを非常に軽視したものだと思うよ。


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(住宅の除染。コンクリート壁の汚染をブラッシで落としている)


 
不安とリスコミ


――ところで、復興加速化方針では、被ばくと健康リスクに関して、住民の不安を取り除くためのリスクコミュニケーションということを言っています。

木幡:そこのところが、一番、頭に来ているんだ。たしかに健康への影響は、すぐに出てくる場合もあるかも知れないけども、すぐには出て来ない方が多い。少なくとも、健康への影響は、「わからないことが多い」というのが正しい知見でしょう。
 だけど、国の加速化方針は、放射線の健康影響は実際にはないと決めてかかっているよね。で、住民の抱いている「不安」には科学的な根拠はないと。それでも「不安」だというから、そういう人にはリスクコミュニケーションで「不安」を取り除いてあげましょうと。
 外部被ばくの数字だけを見せておいて、「大丈夫ですよ」「戻れますよ」というやり方はほんとにおかしいよ。これだけの放射能汚染があるよということを情報としてきちんと開示するべきでしょう。それからだよ、戻るかどうかは。もちろんそれをちゃんと理解した上で戻るという選択はあると思うけど。
 だけど、そのためには、ちゃんとした環境データをつくらないと。放射能は測ればわかるんだから。誰でも計測器があれば測れるんだから。

――国は、今後は個人の線量を把握すると言っていますが。

木幡:個人線量計つけるかどうかじゃないよ。帰還する住民に個人線量計を持たせるとか、それが被ばく対策で帰還促進策だと言っているけど。ガラスバッチを各家庭に配って、3カ月単位で送り返すと。ガラスバッチで積算線量を測るには便利だけど、その最少単位が0.1ミリシーベルトなんだ。だから0.1ミリシーベルト以下は被ばくゼロになってしまうんだ。
 そんなんじゃなくて、身体汚染とか内部への取り込みとか、汚染拡大なんかを防止することに力を注ぐべきだよ。


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(一軒の除染で大量の除染除去物が出る)



除染の目標は「除染前よりは下げる」


――ところで、木幡さんは除染作業員としてモデル除染からかかわっていますね。また、被災者としてご自宅が除染の対象になっているわけですが。

木幡:うーん、除染ね。除染は必要は必要だよね。住宅の除染はどうしても必要だよね。
 ただ、やってもダメなところはダメだし、こんなやり方ではやらない方がいいんじゃないかというのもあるよね。屋根はもうやんなくてもいいと思うんだよ。最初の頃は、たしかに、一階より二階の方が線量が高いといったことがあって、やっぱり屋根から来ているということだったけど、今は、もう雨で汚染が流れてしまっているからね。
 あと苔が生えているような屋根とかは、苔を取ればいい。錆びたトタン屋根とか、そういうのはもう張り替えるしかない。雨樋もあるよね。雨樋なんか取り換えればいい。
だけど、今の除染マニュアルでは、取り換えないね。壊れているものがあってもそれをそのままの状態におくんだ。非常に硬直している。
 それから壁でも、拭き取りによって効果がある材質のものだったら、拭き取りをやればいいだろう。それから洗浄でもいいと思うんだよ。

――洗浄は水の回収の問題があるのでは?

木幡:私も、最初の頃は、洗浄したら、水を回収はどうするんだかと言っていたんだけど、下がコンクリートだったら側溝に堰を作って回収する。それから、土のところでは、流れた水は土に染み込むけど、後で表土を5センチはぎ取る作業をやるから、結局、回収できるんだ。放射性物質は表土にとどまっていているからね。
 
――そうすると除染の現場で感じている問題は?

木幡:一番の問題は、拭き取りのできない材質のものだな。最悪なのはブロック塀。ワイヤーブラッシでブラッシングしているんだよね。これが最悪。たしかにブロックは多孔質で、放射性物質が付着していてなかなか取れない。だから、ワイヤーブラッシでやったら、ああキレイになったというのはあるかも知れないけど、で、それはどこに行ったのって?飛び散っちゃうんだから。

――それは作業している人にとって非常に危険ですね。

木幡:そう、それを一番心配しているんだよ。
それから、線量が高い場所での除草作業でもそうなんだ。ベーラーと言って、コンバインみたいな機械を運転しながら草を刈っていくわけ。そうすると粉塵がすごい。思わずもう風上に逃げたよ。タイベックを着て、マスクをして、あとタオルを覆ったりしてやってるんだけど。
 しかも除染作業員は、原発作業員よりも、検査の回数とか少ないんだ。ホールボディーカウンターだって、最初に除染作業に入る前と辞めた後に1回ずつ受けるだけ。例えば、除染作業員を2年やっていたら、その間は受けられない。除染電離則(除染業務における放射線障害を防止する法律)というのはそういうひどい法律なんだよ。

――ところで除染の作業には、数値的な目標や基準はないのですか?

木幡:厳密な意味での基準はないね。
 最初のモデル除染(2011年11月から12年3月)のときは、一応、きつい基準でやってたよ。ゼネコンがそれぞれ独自に目標を掲げて、空間線量率で毎時0.23マイクロシーベルトとか、表面汚染密度で1平方センチ当たり1000カウントとか。
 でも、環境省がこの間、言ってきたのは、「長期的な目標として追加被ばく線量が年間1ミリシーベルト以下」、「2011年8月末と比べて物理的減衰等を含めて約50パーセント減少」〔『除染関係Q&A』環境省〕という目標だよね。
 でも、「長期的な」と言っている通り、1ミリシーベルトはあくまでも先の先ということでしょう。それから50%減少というけど、「物理的減衰等を含め」というところがミソ。セシウム134の半減期が2年だから、その効果で線量も下がってきているわけ。それから雨や風で流されていったりして下がることもあるし。だから、この3年についていえば、除染をしなくても線量はかなり下がっているんだよね。でもこれから先は、半減期が30年のセシウム137が支配的になるから、なかなか下がらないだろうね。
 ともかく、こういうことだから、環境省の目標は目標じゃないよ。

――そうすると現場ではどうしているのですか?

木幡:まずは、やってみないとわからないということだな。
 とくに、田畑や家の周囲の山林はとにかくやっているだけという感じ。実際、どうしようもないよね。

――除染して、住宅とその周囲は0.23マイクロシーベルト以下になったけど、住宅から10メートルも山の方に行ったらもう1マイクロシーベルトを超えているというような話がありますが。

木幡:山林や田畑はもうそれ以上、下げることはできないでしょう。スポット的に除染して下げることは可能かも知れないけど、全体では無理だと思う。

――宅地については?

木幡:宅地については、空間線量で見て、除染前よりも線量が高いときに再除染をしているな。除染でかえって汚染を拡散させて、除染後の線量を上げてしまうことだってあるんだよ。
 とにかく現場では、「除染前よりは下げる」ということでやるしかないんだな。「数字が下がっていることを見せる」というためにやっているという感じだな。何マイクロ以下といった数値目標はないね。
 結局、先ほどスクリーニングレベルでも言ったけど、1万3千カウントから下げてないんだから。作業者のスクリーニングで、1万カウントの汚染が出たらエライことで、よっぽど特殊なことをやらないとそういうのは出ないんだから。つまり、1万3千カウント、40ベクレルというスクリーニングレベルを基にしたら、そもそも除染なんてする必要もないということになるよね。除染も形だけでいいとなる理由もここにあると思うんだよ。
     
――ところで、この間、環境省と福島、郡山、相馬、伊達の各市長が会合をもって(4月14日)、除染をめぐる勉強会を初めて、「追加被ばく量年間1ミリシーベルト」という除染の一応の目標を見直し、緩めようという方向で動いていますが。

木幡:結局、除染がうまく行かなくて、それが復興の妨げになっているからって、目標そのものを変えてしまおうというやり方だよね。
 外部放射線で、追加被ばくが1ミリシーベルトという点については、意見に一定の幅があるところだと思うけど、狙いが、「戻れ、戻れ」というところにあるのが問題だよね。
 それから、いま話してきたことだけど、外部放射線だけとらえて、いいとか悪いとかという議論に引き込んで、結局、汚染と内部被ばくのリスクという問題から目を逸らさせていることが一番の問題だわな。


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(仮置場に除染除去物が次々と搬入される)

     

インフラ工事で汚染拡大


――ところで、除染とは違いますが、インフラ復旧工事が、汚染拡散を防止する措置もなく進められています。巨大ダンプがひっきりなしに走ってますね。

木幡:これもね、根本には国が1平方センチ当たり40ベクレルからスクリーニングレベルを下げない以上はどうしようもないんだ。
 いま帰還困難区域の中を走って来たって、スクリーニングも受けないでそのまま出て来ちゃんだから。一応、受けてくださいとはいっているんだけど、個人の判断になっちゃう。だから、浪江のところのスクリーニング会場の人も暇そうにしているでしょ。
 国のやり方として、あれは無責任極まりないよ。警戒区域にしているときは、必ずやっていたんだよ。状況は変わってないんだから、本当はそういう管理をしないといけない。汚染が出たらどうするのか、公共の除染場もつくらないといけない。ただ、1平方センチあたり40ベクレルの汚染なんて、基準が緩すぎてほとんど出ることはない。だから形だけになっちゃう。
 そういう緩い基準で住民が慣れてしまうのを待っているようなもんだよね。だから汚染は拡散しっぱなしだ。

――そういう状態をどう見ていますか?

木幡:チェルノブイリの場合、食品の汚染が大きな問題になっているよね。汚染していると分かっているけど、貧しいから野生のキノコを食うしかないとか、野イチゴを食べるとか。そういうことで相当長いこと内部被ばくが続いている。日本では、現在のところでは、いろいろな取り組みもあって、一応、食品に関しては、そういう状況にはないだろうと思うけど。
 しかし、空気中のダストはわかんないよ。逆にチェルノブイリよりもひどいかもしれない。「除染だ、インフラだ」っていじって、余計に粉塵が舞い上がっちゃっている。そういう感じがするぐらい杜撰だよね。これが後々どういう影響がでるかが心配だよ。



「戻らない」選択と「戻る」選択


――お話を伺っていると、空間線量だけを見て、戻るかどうかの議論や判断が行われていることに問題があると。つまり、汚染の実態ということを見ると、厳然と健康被害のリスクがあるというご指摘ですね。

木幡:そういうことだな。外部放射線だけでは、いいとも悪いともいえないところだと思うんだよ。ただ、そこで生活するという選択をする場合、やはり内部被ばくが問題になるわけでしょ。 そのリスクはあるんだから。
 だから、「戻りたい」という人たちの話の前に、そんな線量ではとても「戻れない」という人、とくに若い人、子育て世代、こういう人たちの選択があると思う。そういう選択の人たちを守っていく必要が絶対にあると思う。
 そういう人たちに対して、「じゃあ、帰んなくていいよ。その代り補償は打ち切るからね」なんていうやり方は絶対にしたらいけないよ。で、早く帰還する人には賠償を上乗せするなんて言ってるけど、そんなことをするんじゃなくて、むしろ賠償は、帰って来れない人がこれから生計を立てていくために使うべきでしょう。
 その上で、私自身は、戻ろうと思っているんだけどね。

――では翻って、「戻る」という住民にとっては、何が必要だと考えていますか?

木幡:木村真三さんの本(『「放射能汚染地図」の今』)を読むと、志田名(しだみょう:いわき市北部のホットスポット 本サイトの記事参照)の除染の話が出てくる。住民が出してくる意見にはかなり鋭いものがあって、そういう意見を取り入れながら進めたということがよくわかる。住民はその土地のことを良く知っているわけだからね。こういうやり方がやっぱり正しいんだと思うよ。
 もっとも、小高や浪江では、なかなかこうはいかないだろうね。志田名は小さい集落だからまとまれたかも知れないけど、やっぱり広いと簡単じゃない。
 それから、志田名の場合、そこに生活していたからできたんだと思う。小高や浪江は、避難しちゃってバラバラになっている。だから、いろいろ呼びかけても、それっきりになっちゃって、なかなか立ち上がって来ないわけね。
 だから、私としては、とりあえず、いま国でやっている除染は除染として一通り終わらせる。その後、帰還する人たちで、空間線量ももちろんだけど、土壌、空気中ダスト、水、食品、植物、動物などの環境モニタリングを詳細にやる必要があるでしょう。で、それに踏まえて、生活の中で、どうやったら内部被ばくを低減できるかという取り組みを具体的に詰めて行うことが必要だと思う。あるいはまた電離検診も義務付ける必要があるよね。それから、住民が調べた結果、まだ除染が必要だと判断すれば再除染を要請するとか。そういったことを町づくりというか町の再建の一環として、はじめていくということかなと考えている。それを住民の手でやっていくことが大切なんじゃないかと思う。

――住民が主体になる必要があると。

木幡:そう、だから、国には、避難解除をするならするんでいいけど、解除して終わりじゃなくて、それからやることがいろいろいっぱいあるだろって言っているんだよ。
 でも、今の政府のやり方は、除染のやり方でも解除の決め方でもそうだけど、住民の様子を見ながら、結局、自分たちの方に責任が来ないようにという動きをしているよね。自分たちが責任をとって率先してやろうとはまずしない。
 住民への説明会なんかでも、環境省の本体の人間なんて見たことがない。どっかのコンサルタント会社に雇われた地元の人間が出てくる感じ。


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(小高の桜)



いま変わらなくて、いつ変わる


――木幡さんは、2011年3月11日にまさに福島第一原発にいたわけですが、今日のお話しから、やはり3・11を経て、考え方に大きな転換があったといっていいでしょうか。その点を最後に聞かせて下さい。

木幡:そう、建屋の中にはいなかったけど、構内にね。30年以上、福島原発をメインにやってきたから。3・11以降もしばらく収束作業に入っていたし。
 長く原発に関わってきただけに、全電源停止で水素爆発を起こすのを見て、痛切に反省をさせられた。自分自身、いかに、現代の科学技術文明にどっぷりと浸りきっていたんだって。津波の凄まじさとか、原発メルトダウンとか、科学技術文明に頼りすぎてきたことへの、自然の側からのしっぺ返しのような気がしたんだ。
 だから、これまでの日本人のライフスタイルの総点検とか、日本の進路の総点検ということを、一人ひとりが考えなければならないと思うんだ。そういう意味で、日本人のあり方とか、日本の社会のあり方そのものが重なって問題になっていると思うんだよね。
 そんなことを、高木仁三郎を読んだりして考えたね。
 
――ところが、政府の方では、原発の再稼働と増設を打ち出した『エネルギー基本計画』を閣議決定しました(4月11日)。また、修正過程では原発事故への「深い反省」が一旦削除されました。

木幡:もう、怒り心頭だよね。国は、これまでの考え方を何も変えていない。何も反省していない。そして事故や被害はもう忘却の彼方にだよね。
 まあ、この流れはこの間、ずっと見えていたことだから今さら驚かないけど。
 結局、国がそういう態度なら、国民の側から転換をつくり出していかないとね。どうしたら転換していけるか、そこが問われていると思うよ。
 そういう問題意識を持っている人がいま結構多くなっていると思うよ。新聞の投稿なんかでも、「明治維新でも変わらなかった。終戦でも変わらなかった。いま変わらなくていつ変わるんだ」って。本当にそういうことだと思うんだ。

(了)







テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2014/04/25(金) 21:00:00|
  2. 20ミリ基準
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無策が続く汚染水対策 ― 東電任せで再稼働へ前のめり 【3月4日 政府交渉】

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(原子力規制庁及び資源エネルギー庁の職員)



 100トンの汚染水漏えい事故が2月19日に発生した。この事態をうけて、「汚染水と原発再稼働に関する政府交渉」が、3月4日午後、参院議員会館で行われた。 〔主催:グリーン・アクションなど9市民団体※〕
 市民側の参加は主催の市民団体など約60名。政府側は資源エネルギー庁1名、原子力規制庁4名の計5名。主な交渉事項は、汚染水問題への国の対応について及び原子力規制委員会の原発再稼働審査について。ここは汚染水問題について取り上げたい。



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(交渉に立つ市民団体の代表)


 昨年8月19日には、約300トンの汚染水が漏えいするという衝撃的な事故が発生。国際原子力事象評価でレベル3に相当する事態だった。にもかかわらず、安倍首相は、「状況はコントロールされている」(昨年9月7日IOC総会)と取り繕い、また「国が前面に出る」(昨年9月17日 福島第一原発視察)と見得を切った。
 しかしその後も、汚染水の漏えい事故は繰り返された。また、汚染水漏えいを監視する観測孔では、昨年10月以降、放射能濃度が大きく跳ね上がり、高い値が続いた。継続的な漏えいを窺わせる事態だ。そして、再び、今年2月19日には、1リットルあたり2億4千万ベクレルという超高濃度の放射性物質を含む汚染水100トンが溢れ出すという深刻な事故が起きた。
 今回の政府交渉の主要な相手は、このような事態に対して、文字通り「前面に立つ」べき位置にあるはずの原子力規制委員会・原子力規制庁(規制委は環境省の外局、規制庁は規制委の事務局)であった。災害から3年を迎えた3月11日には、規制委の田中委員長が、「われわれの第一の使命は、福島第一原発の廃止措置を速やかに進めること」「福島第一原発でトラブルが起きるたびに、被災者の心に重い雲がかかることを認識しなければならない」と、規制庁職員を前に訓示している。
 しかし、今回の交渉で明らかになったことは、規制委・規制庁が、事態の調査をはじめ、原因解明の努力を全くしておらず、ただ東京電力の報告を追認するだけという態度に終始していることだった。また、汚染水問題で深刻な事態が続いているにもかかわらず、汚染水対策検討ワーキンググループ(規制委の下で開催されている対策会議)が、昨年10月から3カ月にわたって開催されていなかったことが、市民団体の側から厳しく指摘された。しかも、その一方で、原発の再稼働審査にかかわる議論には膨大な時間が費やされているという。
 まさに、安倍首相の発言とも田中委員長の訓示とも裏腹に、汚染水問題について、全くの無策であり、東京電力任せで、ひたすら原発の再稼働に前のめりになっている国の姿勢が浮き彫りになった。

 以下、汚染水問題を巡る政府との交渉の概要を報告する。

 〔※政府交渉主催団体:グリーン・アクション、FoE Japan、おおい原発止めよう裁判の会、美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会、原子力規制を監視する市民の会、福島老朽原発を考える会、グリーンピース・ジャパン、ノーニュークス・アジアフォーラムジャパン、No Nukes Asia Actions〕


規制庁「我々は第三者的立場。
   調査は事業者がやること」




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(海水中の放射能濃度が上がっている第一原発南側の放水口)


【福島第一原発で、2月19日夜、H6エリアタンクから100トンの汚染水が漏えいする事故が起きた。1リッター当たり2億4千万ベクレルのストロンチウム90などを含む超高濃度の汚染水だ。量としても、昨年8月の300トンに継ぐ多さ。交渉は、まず、この問題について原子力規制委員会の対応を質すところから始まった】

―市民団体:2月19日の100トンの汚染水漏えいについて、その原因、体制上の問題、抜本的な対策を明かにしてください。

―規制庁(1F室・今井氏):2月19日のH6エリアタンクからの漏えいの原因ですが、現在のところ、水位計の警報に適切に対処しなかったなどの事実はございますけど、その他の事実関係については、東京電力の方で調査をしており、今後、われわれ(原子力規制委員会)の方に汚染水対策検討ワーキンググループ(以下、汚染水WG)というのがございまして、そちらの方で事実関係を確認してまいりたいと考えております。

―市民団体:東京電力で調査したものを、汚染水WGで確認するという答えだと思うんですけど、規制庁自身が調査されるつもりはないのですか。

―規制庁:われわれは、規制あるいは第三者的立場で評価することはございますけれども、実際の地下水の測定とか、汚染水の濃度の測定といったものは、一義的には事業者(東京電力)がやるべきだと考えております。そのやり方が、妥当であるかというところをわれわれが評価、確認していくということです。

―市民団体:では、汚染水漏えいの原因について、東電がやる調査を、規制委としてはただ確認するだけということなんですか。
 
―規制庁:原因究明は、事業者の側でまずやっていただくべきと考えております。その中で疑義があれば、われわれも調査を深めることはございます。汚染水WGの中でも、東京電力が出してきたものをきちんと確認していきたいと考えております。

―市民団体:それでは東京電力任せじゃないですか。

―規制庁:東京電力任せという意味では、われわれもきちんと事実を確認するということが、われわれの責務だと感じていますので・・・。




市民「観測孔で濃度が4千倍に。
   漏れ続けているのでは?」



【H4エリアタンク近傍の観測孔(E‐1)から採取されている地下水の放射能濃度が、昨年10月17日に急上昇し、その後高いレベルが1カ月以上継続していたことが、東京電力が公開しているデータの分析からわかった。〔下図〕タンクから大量かつ継続的に汚染水が漏れ続けていることも疑われる。
また、2号機東側の護岸付近の観測孔(No.1-16)でも、昨年9月以降、放射能濃度が急上昇している。もっとも高い値では1リットル当たり300万ベクレルに達する。この汚染水1リットルで、日本の全原発が放出している液体放射能の13年分に相当するという。そして、観測地点からして海への流出が疑われる】


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(10月17日に一気に数値が跳ね上がるのがわかる/東京電力のデータを元に「美浜の会」が作成。出典は「美浜の会」のHP)


―市民団体:H4エリアタンクのそばのE‐1という観測孔で、それまで100ベクレル/リットル以下だった値が、10月17日になって突如40万ベクレル/リットルに、つまり4千倍に跳ね上がっています。それを観測孔でキャッチしたわけですよね。
 これはどこからか漏れているという以外に考えられないんじゃないですか。

―規制庁:漏れてきている、もしくは、漏れて来て土壌に吸着したもの、あるいは土壌中に含まれていたものが観測孔に入ったものという考え方もできると思います。

―市民団体:何で一挙に4千倍にもなるのか。徐々に土の中から出てくるとしたらどうして、一挙に4千倍になるのですか。

―規制庁:例えば、台風等で雨水が増えたということがございますので、それによって放射性物質が運ばれたといったことも考えられます。確定的にこれだという原因がつかめている状況ではございません。

―市民団体:高い濃度の状態が1カ月以上続いています。これはずっと漏れ続けているとしか考えられないのですが、その点でどうですか。

―規制庁:タンクから漏れているか、あるいは土壌中に含まれているものが順次しみだしているか、放射性物質がどうやって流れてそこで観測されているのかということは、推測の話になってしまうので、こういうことですとご説明することはできないです。


全く検討もしていない


―市民団体:E‐1観測孔をわざわざ作ってそこで観測しているわけでしょう。急増して持続しているという件について、汚染水WGでは検討されましたか。

―規制庁:そこの値について検討したというより、観測孔全体のデータは、何度か紹介があったかと思います。

―市民団体:それはずっとほったらかしになっているわけですね。何の対策もとっていないですよね。

―規制庁:はい、そうですね。今後、汚染水WG等で引き続き検討していきたいと考えています。

―市民団体:では、海に行っていないという保証はありますか?

―規制庁:海に行っていないかどうかは、海の方のモニタリングでもって確認しています。放射性物質が、地下水の中で具体的に流れているかということまでは、把握できていません。

―市民団体:海に行っていないという保証はないということではないですか。海の値も上がっているじゃないですか。〔下表〕
 なぜ汚染水WGできちんと議題に乗せないのですか。E‐1観測孔の問題を議題に乗せて下さい。乗せられないならなぜなのかを言ってください。

―規制庁:ご要望は承ります。


【福島第一原発付近の海水中の全ベータ放射能濃度〔※〕】
1F5・6号機放水口北側1F南放水口付近
2013/09/23       ND      ND
    /10/14       ND      ND
    /12/30       12      13
2014/01/06       17      10
 今年に入ってから海水中の全ベータ放射能の濃度が上昇している。(単位ベクレル/リットル) 
〔※全ベータ放射能濃度とは、核種を特定しない簡易な測定方法によるベータ線核種の濃度。福島原発事故で問題になっているベータ線核種の代表例は、ストロンチウム90やトリチウムなど。ただし測定方法の関係で、全ベータという場合、トリチウムは含まれず、別表記される〕





市民「汚染水対策は疎か。
 再稼働審査ばかりやっている」




―市民団体:H4エリアタンク付近の観測値が上がるのが昨年10月17日、護岸付近の観測値が昨年11月以降ずっと上がり続けている状態。でも汚染水WGは10月24日以降、1月まで3カ月も開かれてなかったですよね。〔下表〕
 規制委員会が状況把握もしていないし、議論もしていないというのはやっぱり問題があるのではないですか。11月12日の汚染水WGはどうして延期にしたのですか。


【汚染水WGの会議開催状況】
第 9回2013/10/24開催
第10回    /11/12    延期
第10回2014/01/24開催
第11回    /02/24開催
第12回    /03/05開催

 


―規制庁:11月12日を延期にしたのは、更田(ふけた)委員が体調を崩しまして・・・。

―市民団体:体調を崩して3カ月も伸ばすのはおかしくないですか。

―規制庁:あの~、えーと、何か具体的な理由があって延期したというわけではございません。その日、延期したのは更田委員が体調を崩したのが理由ですけど、他の検討会とかもございましたので、その中で日程調整をした結果です。

―市民団体:再稼働審査を優先して、汚染水問題を飛ばしたということですか。

―規制庁:われわれの方は、そのようには感じておりませんけれども。


0304sks004.jpg 更田豊志原子力規制委員会委員。更田委員は、規制基準・適合性審査と事故収束・汚染水対策を兼任し、再稼働の審査の方で精力的に動いているため、汚染水対策は疎かになっている。なお、更田委員は、昨年8月の汚染水対策WGで、2011年4月の汚染水流出を、「規制委ではマーライオンと呼んでいる」と発言した。マーライオンとはシンガポールにある像で、口からは水を吐いている。汚染水問題の深刻さを見据えない発言として批判を浴びた。更田委員の前職は日本原子力研究開発機構。




―市民団体:更田さんが体調を崩してWGを一回、延期したというならまだ分かるのですが、結局、3カ月も開かれない。で、更田さんがずっと病気かというそうじゃない。再稼働審査の方は回数も重ねていますね。
 汚染水対策と再稼働審査とを、規制委員会の中ではどういう配分になっているのですか。こちらで調べたところ、去年7月に原子力発電の新規制基準が出て以降、汚染水も含くむ福島事故の全問題に費やした時間が67時間。それに対して、新基準の適合審査については451時間。いかに再稼働ばっかりをやっているか。
 汚染水対策に時間が全然とれていないじゃないですか。再稼働の適合審査を止めて、汚染水対策に力を注ぐべきではないのですか。

―規制庁:持ち帰って検討させていただきます。


【規制委での討議時間の比較】

汚染水問題も含む福島原発の全問題に費やした時間 67時間
新基準の適合審査に費やした時間 451時間
(市民団体調べ)




市民「最終的に流すのか?」
規制庁「流すかどうかは
                   事業者が判断」




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【ALPS(多核種除去設備)はトラブル続きでまともに稼働していないが、ALPSが正常に稼働したとしても、ストロンチウムを法定限度以下にまで処理することは難しい。さらにトリチウムは全く除去できないなど、4核種が除去できない。
 経産省に設置されたトリチウム・タスクフォースという会議で、トリチウムなど除去できない核種を含む汚染水を最終的に海に放出するための検討が行われている】

―市民団体:ALPSの処理水を、薄めて海洋に放出するということを認めるのでしょうか。大量の放射性物質を海に流すことは許されないのではないですか。

―規制庁:われわれとしては、東京電力の取り組みに対して、規制基準がきちんと遵守されているかを確認していく立場ですので、海洋放出を許すとか許さないとか、実施するかしないかについては、一義的には事業者の判断かと考えています。

―エネ庁(事故対策収束対応室・柴田氏):トリチウムの問題については、高濃度のものを薄くする技術もあれば、安定的に貯蔵する方法もあると思います。米国では蒸発をさせたという事例もあるし、多くの原子力発電所でやっているように希釈して海に流すという方法も、方法論の一つとしてはあると思っています。コストや期間もかかるし、人や環境や食品への影響もあると思っています。で、いろんな方法論について専門家の知見を借りながら比較した上で、最後はみなさんに納得いただく形で、処理の方法を決めていきたいと考えています。

―市民団体:薄めて出せばいいという話ですが、既に絶対量として相当の量が海洋に出ているわけですよね。濃度が基準以下になればいいというのは、福島原発事故に関してはもう当てはまらないと思うんです。放射性物質の総量で抑えるという考え方をしないといけないと思うんですが。
 
―規制庁:タスクフォースの方でまだ何も決まっていないので、放出を前提に、われわれがお話をすることはできないということです。放出するとしたら、きちんとした規制基準の中で放出するということになるということです。

―市民団体:IAEAが来日して「汚染水をコントロールして出すのは普通だ」ということを言っていましたけど、今、問題になっている汚染水に含まれる放射性物質の量が桁違い。例えば2002年に全原発が出した液体放射能の量は23万ベクレルですけど、いまタンクから出ている汚染水1リットルの中に、それよりはるかにたくさんの放射性物質が入っているわけです。だからそれをいくら薄めたとしても、海に出すというのは大変な量になるわけですよ。そんなことは絶対にやらないでいただきたい。

―規制庁:私の方から、放射性物質の対策について、ああするこうするという立場ではございません。規制当局としては、事業者に対して、基準に照らして妥当であるかどうかを判断していく立場です。やる、やらないを規制当局が決めるものではないわけです。 
 それから、現在の規制は、総量規制ではなくて、濃度規制になっております。




市民「漏えい阻止のプランを」
エネ庁「プランは出ています」




―市民団体:「国を挙げて」といっているんだから、規制庁、エネ庁で、これ以上、汚染水を出さないというプランを出して下さい。
 
―エネ庁:昨年8月に300トンの漏えいがあって以降、検討を重ねて、何か事象が起こってから対策を打つというのではなく、事前にリスクを想定して対応していくという意味での予防的・重層的な対策ということを昨年12月にまとめました。
 まさにこの対策を実行に移そうとしている矢先に2月19日の事象が起こったわけですが、だから、今後、この予防的・重層的な対策を着実に実施して行くことがわれわれの答えだと思っています。プランはもう出ています。

―市民団体:でも観測孔の濃度上昇の原因もわからないのに、「プランは出来ています」と言ってもね。「その矢先でした」というんじゃなくて、具体的な対策を出すべきしょう。汚染水をこれ以上出さないというプランを。

―市民団体:国は、ときどき会議を開いて、東京電力に「見回りをもっとやれ」とか、高飛車に注文を付けているだけという風に見えるんです。
 本当に、「国が前面に立って」というのであれば、本気で現地に乗り込んで、とにかく漏らさない対策をやるということではないのですか。しっかりと対応していただきたい。


     ・       ・       ・


危機的な無策


 政府交渉のレポートは以上だが、最後に、エネ庁職員が「プランは出ています」と胸を張るところのプランについて少し検討してみよう。
 政府は、昨年12月に「福島第一原発における予防的・重層的な汚染水処理対策」をまとめた。政府は、これまで、緊急対策(染水の汲み上げや山側での地下水くみ上げなど)や抜本対策(海側遮水壁、凍土方式による陸側遮水壁、より効率の高い浄化設備など)を示してきたが、さらに対策を追加した。その「予防的・重層的」という意味は、エネ庁職員の説明によれば、「何か事象が起こってから対策を打つというのではなく、事前にリスクを想定して対応していくという意味」だという。
 しかし、その中身を見ると、「タンク堰のかさ上げ・二重化」、「溶接型タンクの設置の加速と信頼性の向上」など。これが「予防的・重層的」と触れ込むほどのものだろうか。最初からやっておくべき最低限の対策ではないか。また「建屋の止水」というのもあるが、これはどうか。そもそもどこがどう壊れて、溶融した燃料がどこにあるかもわからず、近づくこともできない状態。そういう状態で建屋の止水は空論だろう。そもそもそれができる状態なら、汚染水問題は発生していない。
 こうして見ると、「緊急対策、抜本対策、予防的・重層的対策」と並べて、何かを手を打っているフリをしているが、実態は、場当たり的な対応と希望的な空論が併存する全くの無策だということがわかる。
 なんらの危機打開策もないまま、毎日400トンの汚染水が増え続け、2日半でタンク1基が満杯になるという自転車操業。そして汚染水の漏えいと海洋への流出が続く。作業員の被ばく量もどんどん増えていく。
 国のこの無策の延長には、もっと深刻な事態が待ちうけていると言わざるを得ない。


以上



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テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2014/03/20(木) 12:51:45|
  2. 収束作業/原発労働者
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【論考】被災から3年 「福島の復興」とは? ―南相馬市長選と住民の選択


scs001.jpg(小高駅から望む駅通り。南相馬市小高区)



 地震、津波、そして原子力災害の直撃を受けた南相馬市。今なお災害は継続し、問題は山積みだ。その南相馬市で、災害から3年を前にして市長選が行われた。
 1月19日の投票の結果、現職の桜井勝延氏が、前市長の渡辺一成(いっせい)氏、前市議会議長の横山元栄(もとえ)氏を破って再選された。

 当 17,123  桜井 勝延 58 
   1,985  渡辺 一成 70
    5,367  横山 元栄 65

(当日有権者数5万3943人 投票率62.82%)


scs002.jpg



▼「復興の加速」の争点化


 主要メディアは、この結果について、「脱原発候補が再選」「市政継続を市民が選択」と報じた。しかし、この選挙は、それほど単純な構図ではなかった。被災地の現状の複雑さというだけではない。
 国の側から「復興の加速」という大きな力が働いていた。
 そして、そういう力の下で、「復興の遅れ」「復興の加速」という問題が市長選の争点とされた。
 選挙戦における論戦の構図は端的に描けば次のようなものだった。ともに自民党系である横山、渡辺の両氏が、「復旧・復興の遅れ」は「桜井市政の責任」であるとし、「復興の加速」のために「トップの交代」と「中央とのパイプの回復」が必要だと訴えた。それに対して、現職の桜井氏が、「復旧・復興の遅れ」は「国・東電の責任」とし、「国・東電とたたかう」と応戦した。
 国の言う「復興の加速」とは何か。「復興」も「加速」もそれ自身、誰しもが望んでいる事柄だ。が、国が「復興の加速」と言うとき、それは、<被災者の切り捨てと復興の名を借りた開発政策>という意味になる。
 国の「復興の加速」に対して住民はどうするのか――。南相馬市長選では、住民の選択は別れた。選挙自体は終わっているが、その攻防の決着はついていない。住民の間の論議も決着していない。
 そこで、選挙戦を振り返りながら、国の政策の内容や、この選挙の争点、住民の選択を検証し、課題と展望について考えてみたい。
 なお、できるだけ地元住民の論議に沿うものにするため、選挙の子細な議論にも言及している。福島の外の読者には分かりにくい面もあるかもしれないが、主要メディアが報じないリアルな被災地の姿でもある。長文になるが、ぜひ読んでいただきたい。

〔構成〕

【Ⅰ】 「復旧復興の遅れ」の現状
【Ⅱ】 帰還促進の徹底――国の加速化方針
【Ⅲ】 被災者切り捨てと開発依存――選挙戦に即して
   〔1〕 除染と産業政策に傾斜――渡辺氏の「加速」
   〔2〕 公共事業と企業誘致――誰のため復興か?
   〔3〕 「中央とのパイプ」――金による支配
   〔4〕 桜井氏は「脱原発」か?
【Ⅳ】 別れた住民の選択
【Ⅴ】 「除染して復興」方針の見直しを
【Ⅵ】 中央依存・開発依存を超えて――新しい方向の模索




         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




【Ⅰ】「復旧復興の遅れ」の現状




scs005.jpg 
(津波被害の大きかった小高区村上/2013年12月)



▼避難1万5千人 仮設・借上げ1万1千人 震災関連死437人


 南相馬市(震災前人口 約7万2千人)では、震災から3年を迎える現在も、約1万5千人が市外に避難を継続し、また約7千人が市外・県外に転出している。
 現在の市内居住者は約4万7千人だが、そのうち約5千人が仮設住宅、約6千人が借上げ住宅などに居住している。
 なお、南相馬市では、震災・津波による流失・全壊の家屋が1227戸。原子力災害によって避難区域とされた住民が約1万3千人。津波などによる直接死が525人、震災関連死が437人〔昨年11月末時点〕。
 震災関連死は県内では群を抜いて多い。原因は一概には言えないが、先行きが見ない不安と仮設住宅などでのストレスがあり、そういう中での精神的肉体的な疲労と既往症の悪化などが関わっている。
 復興住宅は県の事業として350戸建設中だが、入居できるのは2015年末と2年近く先だ。
 以上の簡単な数字を見ただけでも、震災とくに原子力災害が依然として継続している状況がわかる。


 
▼小高など避難区域の復旧


 原発から20キロ圏内にかかった小高などの避難区域からは、約1万3千人が強制的に避難している。
 市は、国の意向に沿う形で、昨年末に、「2016年4月の避難解除」を決めた。
早期帰還を望む住民は、この決定を好意的に受け止めているが、実際は簡単ではない。
 電気・水道はほぼ復旧したが、道路は遅れている。津波で壊れた道路の復旧率は昨年末時点で5.7%、地震で壊れた道路の復旧率は25%。事業所の再開を届け出たのは、区域内約400事業所のうち、今年1月中旬で49件。市では、商店などの再開が進むように補助金制度を作るという。また今年4月から市立小高病院で一部外来の再開をする。しかし、後述するように除染が大幅に遅れている。また、倒壊家屋の解体、がれきの撤去と処理、集団移転の問題など、課題は多い。

◇「戻らない」31% 
 一方、20ミリシーベルト基準による避難解除に納得していない住民は少なくない。また、賠償がしっかり行われないまま解除になって賠償が打ち切られるのではという不安がある。さらに、地震・津波被害のなかった住宅の多くが、避難で長期不在だったため、カビ、ネズミ、イノシシなどによって激しく傷み、もはや住める状態にないという問題も深刻だ。
 そして、やはり被ばくと健康被害への危惧は大きい。住民の意向調査〔昨年8~9月 市・復興庁による〕では、「戻る」24.1%、「戻らない」31.1%と、「戻らない」の方が多いという結果が出ている。また、「戻らない」理由の最多は、「放射能への不安」42.8%だった。とくに若い人ほど、「戻らない」の割合が高く、また、「放射能への不安」の割合も高い。



▼除染の遅れ


 20キロ圏内の除染は国・環境省の直轄事業、その外の除染は市が行なっている。いずれも当初の計画から大幅に遅れている。
 国が、2012年4月に策定した除染計画では、除染の実施期間は2014年3月末までとされ、小高区の場合、概ね2012年度に同区中央部、2013年度に同区東部と西部で実施する予定だった。しかし、業者が決まったのが昨年6月、実際に除染が始まったのは、公共施設が昨年8月、住宅については昨年11月という遅さ。予定より1年以上遅れている。
 市の方は、2011年11月に策定した除染計画で、2013年度中に完了予定だったが、こちらも作業は大幅に遅れ、昨年1月に計画を変更し、目標を2015年3月に延長。しかし、昨年末時点での進捗は約11%。市は目標を2017年3月に再度延長した。
 この遅れを象徴とする事態として、国においては、2012年度の決算で、除染費用の67.9%、(被災地全体の復興費でも35.2%)が未執行となった。また、市でも、2012年度の決算で、除染や住宅再建などで使い残しが発生し、6割が執行できなった。
 遅れの原因について、国も市も、仮置き場設置や除染の同意取得に時間がかかっているからとしている。国の場合、仮置き場、除染のいずれも同意取得が3割にとどまっている。市の方は、仮置き場の予定が21カ所、そのうち搬入しているのは10カ所で、6カ所は地元の同意を得られていない。
 なお、「復旧・復興に最も必要なものは?」という問いに、38%の住民が「除染」と答えている〔1月19日、NHKによる出口調査〕。と同時に、「成果の上がらない除染に金を使うよりも、その金を、移住して生活再建をする人の支援に使った方がずっと有効ではないか」という声も少なくない。


scs007.jpg 
(除染作業中の市立小高病院)



▼賠償の遅れと格差、打ち切り


 避難区域の住宅・宅地の賠償の手続きは一応進められているが、田畑や山林の財物賠償は、いまだ基準すら示されず、開始の目途も立っていない。
 避難を強いられた住民は、生活再建の資金を、補償ではなく賠償に頼らざるを得ない仕組みになっており、賠償の遅れが生活再建の遅れに直結している。しかも、住宅・宅地の賠償額が、移住先で新しい住宅を取得できる額にならないなどの例が多い。賠償自体が、「戻らない」選択をできるだけさせない仕組みになっていると言わざるを得ない。

◇賠償で格差
 さらに、南相馬市の独特の事情も加わる。南相馬市は、国の避難指示により、原発から20キロ圏内、20~30キロ圏内、30キロ圏外に分断され、警戒区域、緊急時避難準備区域、計画的避難区域、特定避難勧奨地点の全部が設定された。
 住民は、同じように危険にさらされ、被ばくし、避難したのに、国の線引きによって、賠償などで格差が生じ、住民の間に軋轢や分断が引き起こされてしまっている。
 市は、国と東京電力に是正を求めているが動きはない。

◇帰還と賠償
 さらに、後述するように、昨年末の政府「復興加速化方針」や原賠審「中間指針第4追補」では、帰還困難区域の移住については賠償で支援するが、それ以外の避難区域については、帰還する住民には支援するが、帰還しないで移住する住民には支援しないという方向を打ち出している。

◇賠償の打ち切り
 賠償の打ち切りが始まっている。
 ひとつは、就労不能に伴う損害賠償が今年2月で打ち切りとなる。避難区域設定によって職を失った住民、勤め先が休業・廃業になった住民などが対象。企業が依然として事業再開できない状況、また働きたくても年齢や職種などの条件で新しい職場が簡単に見つからない状況がある中で、賠償打ち切りは、被災者をさらに追い詰めるものになっている。〔※〕
 〔※「賠償があるから働こうとしない」という言葉が被災者の間でも言われているが、実態を見る必要がある。求人倍率は後述のように高いが、実態は小売業・サービス業などのパート・アルバイトと建設・除染など。長期に安定して働ける職業は少ない。時給も上昇はしているが、そもそも福島県の最低賃金が675円とその低さの方が問題だろう〕 
 いまひとつは、避難区域設定などで被害を受けた企業に賠償が行われているが、原町区が該当する旧緊急時避難準備区域で休業中の事業所への賠償を来年2月で打ち切るなど、賠償の縮小・打ち切りが打ち出されている。賠償の打ち切りによって、経営が立ち行かなくなる企業は一気に増えることも予想される。




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(小高区から避難した住民が多く暮らす原町牛越応急仮設住宅)

▼急激な人口減少


 さらに、南相馬市の人口の急激な減少が様々な影響を及ぼしている。
 2011年3月時点の人口が7万2千人だったが、今年1月現在、4万7千人。避難や転出、死亡で約2万5千人が減少。
 とくに子どもと子育て世代の減少が顕著だ。0~14歳の人口が震災前に比べて22.3%減、20~34歳では24.7%減。65歳以上が占める割合である高齢化率は29.3%、2011年3月時点より3.4%上昇。市内居住者に限れば、高齢化率は33.1%だ。
 人口減少の影響は、直接は商圏の縮小や人手不足となっている。さらに市の将来の存続の危機にもなっている。



▼経済・産業の衰退


◇農業と製造業への打撃
 南相馬市の基幹産業は、農業と製造業。それが大きな被害を受けている。
 農業は、作付け制限・自粛が続いている。稲作は、一部の試験栽培を除いてやっていない。
 製造業を含めた事業所は、災害前に比べて約3割の減少。それに伴って従業員数も約3割の減少。
 地域経済は著しく衰退している。

◇商圏の縮小
 南相馬市は、災害以前、相双地域(相馬と双葉の両地域)の人口約14万人を商圏としていた。しかし、双葉郡のほとんどや飯舘村が避難区域とされ住民はいない。そして、その相双地域の北端に位置する南相馬市も人口減少に陥っている。

◇売り上げ減と人手不足
商圏の縮小によって生じている問題は、売り上げ減と人手不足だ。売上の減少について、原町の事業所の実態調査〔昨年9月調査 原町商工会議所〕の結果は以下のようだ。【*1】
・卸売業、小売業、サービス業で2012年、13年と回復傾向にあるが、10年9月の6~8割程度
・建設業では、飛び抜けて伸びが大きい1社を除くと、昨年より売り上げは減少
・製造業では、今年も昨年とほとんど変化がなく、10年9月の8割弱

 
 大半の企業が売り上げを回復できていない。
 また、人手不足の深刻だ。相双地域の昨年11月時点の有効求人倍率は2.69倍で県内最高。
 企業が事業を再開し、募集をかけても一向に決まらないなど、事業展開に支障を来している。若い世代が避難しており、介護や医療といった職場が極端な人手不足に陥っている。

 ここまで「復旧・復興の遅れ」の現状・実態を見て来た。
 復興という以前の復旧すらいまだ遠く、被災者の生活再建が進展していない。時間がたつにつれ、深刻さが増している現状が見えてくる。
 そこで次に、国がこの現状に対してどうしようとしているのか。そして、市長選での「復興の加速」という訴えの内容はどうなのかを見てみたい。

 

scs009.jpg
(人通りは少ないが交通量はある。原町駅付近)




【Ⅱ】帰還促進の徹底
    ――国の加速化方針




 安倍政権になって以降、与党の自民党・公明党による3回の提言、および原子力規制委員会、原子力損害賠償紛争審査会などの方針などが出され、それらを受けて、政府が、「原子力災害からの福島の復興・再生を一層加速させるため、政府としての大きな方向性を示す」として、「福島復興加速化方針」を昨年12月に閣議決定した。
 「福島復興加速化方針」の要点を列挙すれば以下のようになる。

① 20ミリシーベルト基準で避難を解除し、帰還を促進する
② 帰還困難区域については移住費用を支援。帰還困難区域以外は「戻る」選択には賠償追加で支援。帰還困難区域以外で「戻らない」選択には支援しない。〔※〕
③ 除染一辺倒から、除染・インフラ整備・汚染水対策・廃炉を「大きな公共事業」とし、税金を投入する。
④ 健康不安対策は、個人線量計とリスクコミュニケーション。健康被害はないというのが前提
⑤ 帰還促進で賠償を抑制。さらに追加除染費、中間貯蔵施設建設費に税金を投入する。
⑥ 自治体に新たな交付金。帰還促
進が目的

〔※年末の原賠審指針は、帰還困難区域以外でも「戻らない」選択が合理的と認められる者について一定の支援策を示した〕



▼20ミリシーベルトで帰還促進


 「福島復興加速化方針」の報道では、「全員帰還からの方針転換」「住民の判断の尊重」とされたが、内容を読むと全く違う。方針の主眼は、<東電の救済><原発の再稼働>、そして、そのための<20ミリシーベルト基準での帰還促進>である。
 しかし、それは、住民の意志に全く反している。79%という住民の大多数が「放射線への不安を感じている」と答えている〔1月19日、市長選でのNHK出口調査〕。また、小高区など避難区域の住民の31.1%が「戻らない」と答え、その理由の最多が、「放射能への不安」42.8%だった〔昨年8~9月 市・復興庁による住民意向調査〕。
 また、あえていえば、国が依拠するところの「国際的合意」でさえ、低線量被ばくによる健康影響を否定はしていない。
 にもかかわらず、なぜ20ミリシーベルト基準での帰還促進なのか。



▼東電救済・原発再稼働のため


 その理由も、「福島復興加速化方針」から読み取ることができる。
端的に言えば、まず、<東京電力の救済>だろう。東京電力が、賠償費用や除染費用で音を挙げている。東京電力に資金を出している銀行や大株主も救済を要求する。だから、賠償を抑制し、除染や収束・廃炉に税金を投入することで、東京電力の負担を軽減しようというのだ。
 また、<原発の再稼働>もある。賠償が膨れ上がったり、避難住民が膨大になるのは、原発再稼働の足かせなのだ。だから、原発事故の被害規模をできるだけ小さく抑え込み<復興している>としたいのだ。アベノミクス、国土強靭化、東京オリンピックといった経済成長戦略に舵を切りたい、だから<福島の原子力災害問題への関わりは早く終わりにしたい>という意図も滲む。
 そして、自治体も、本来は住民に近い立場にあるはずだが、<住民が戻らないことは税収減>、<国の意向に従わないと自治体が成り立たない>と考え、国の帰還促進政策に追随する。
 つまり、住民の命や健康や生活よりも、東電や銀行、原発や経済の利害の方を優先して、<20ミリシーベルト基準での帰還促進>が方針化されていると見る方が妥当だろう。1ミリにするか、5ミリなのか、20ミリなのかは、いわば金勘定の問題なのだ。「福島復興加速化方針」は、その言葉の上では「福島の復興・再生のため」とあるが、その中身は真逆、経済成長戦略のための「命と健康の切り捨て」の方針と言っていい。



▼「加速」というキーワード


 震災から1カ月の2011年4月、当時の民主党政権の下で、政府・復興構想会議が、「未来に向けら創造的復興を目指していく」と提言した。「創造的復興」とは、財界の要請を受けた言葉であり、経済成長戦略に沿った復興という含意である。
 が、自民党政権にしてみれば、民主党政権のやり方では不徹底だった。そこから、経済成長戦略への徹底を転換的にはっきりさせるという意図で「加速」とうち出したのだ。
中央の経済団体である経済同友会は、やはり「加速」を強調し、復興交付金の使い道を、企業誘致や農地集約化など産業分野の方に移せという意見書をまとめている。〔2013年10月7日 意見書〕
 こうした流れに沿って、福島県は、「投資促進・雇用創出を図る」として、「ふくしま産業復興投資促進特区」を進めている。
 そして、以下で見るように、南相馬市長選で主に横山、渡辺両氏が掲げた政策も、この流れに沿うものだ。




【Ⅲ】被災者切り捨てと開発依存
    ――選挙戦に即して





scs003.jpg
(原町青年会議所主催の公開討論会に臨む候補者。
            左から、桜井、横山、渡辺の三氏)


〔1〕除染と産業政策に傾斜
      ――渡辺氏の「加速」



 「行政の対応が鈍く、復興は遅々として進まない」「南相馬市を建て直し、復興を加速させる」「復旧復興を加速し、人口減少を食い止める」。渡辺氏は出馬表明に当たってこのように桜井市政を批判し、「復興の加速」を訴えた。その政策はどういう中身だろうか。政策としてまとまりのある渡辺氏の政策について以下の〔1〕~〔3〕で、また桜井氏については〔4〕で検討したい。

 渡辺氏の主な政策はおおむね次のようだ。


★〔渡辺氏の主な政策〕
   ・除染のスピードアップ
  ・農業生産法人設立や企業誘致などの産業政策
  ・医療・教育・子育て支援の充実
  ・復興の起爆剤としての火力発電所誘致
  ・メインスローガンとして「復旧・復興を加速し、人口減少を止める」
  ・中央との
パイプの回復


▼厳しい問題に具体性なし


 渡辺氏の政策には、小高区などから避難している住民の問題、仮設住宅で苦しんでいる現実、被ばくと健康被害を危惧する実態など、一番、厳しい問題に関して具体性がない。関心が薄く、政策の重心をそこには置いていないことが見て取れる。
 賠償問題について若干発言があるが、国が打ち切りに踏み出していることには触れずに、「中央とのパイプの回復」ができれば賠償問題も前に進むかのような言いぶりが目立つ。



▼除染ですべての問題が解決か


 渡辺氏は、「復興の遅れ」の原因は「除染の遅れ」だとして、「除染のスピードアップ」がすべてを解決するというところに話を収れんさせてしまっている。
 そもそも、除染には限界がある。「移染」でしかない。広大な山林が手つかず。目標1ミリシーベルトには程遠い。最終処分場をどうするかを誤魔化しながら、仮置き場や中間貯蔵施設への同意を迫る。こういう矛盾に目をつぶって、除染が進めばすべての問題が解決するかのように言う。これはおかしい。
 汚染の実態があり、住民の意向や選択がある。多数の住民が「放射線への不安」を訴え、あるいは帰還を希望していない事実がある。そうであるにもかかわらず、「除染して帰還」という方向でしか問題を立てていない。



▼国の方針と合致


 渡辺氏は、「復旧・復興を加速し、人口減少を止める」をメインスローガンにすえている。その「復興」の主要な内容は産業政策になっている。そして、「復興の起爆剤」が火力発電所の誘致だとしている。
 つまり、渡辺氏が「復旧・復興の遅れ」で問題にしているのは、<産業政策が展開できていない>なのだ。
 この意識は、国の加速化方針や財界の求める加速化と全く合致している。



〔2〕公共事業と企業誘致
    ――誰のための復興か?



 そこで次に、渡辺氏の政策の中心である産業政策に立ち入って検討したい。【*2】
 
★〔渡辺氏の主要な産業政策〕
  
  ・交通インフラの整備 
  ・企業と連携し農業生産法人の設立と規模拡大への支援
  ・自動車関連企業、成長産業である医療機器やロボット産業の誘致
  ・商店街の集約再編で商業ゾーンの形成
  ・復興の起爆剤としての火力発電所の誘致



▼復旧・復興に結びつかない企業誘致


 渡辺氏の掲げる政策は、被災地に限らず、地方の発展のためとして掲げられる、よく見るスローガンと変わりない。そして多くの人が、こういう政策に「成長」や「発展」のイメージを持っているのも事実だろう。しかし、本当にそうなのか。少し詳しく検討してみたい。 
 自動車関連企業、成長産業である医療機器やロボット産業とは、グローバル経済に対応し、規模が大きく、成長を追求する産業だ。それらの企業は、言うまでもなく、東京に本社を置くグローバル企業、あるいは海外に拠点を置く多国籍企業だ。そして収益の最大化を目的にしている。地域で生み出した利益の大半は本社のある東京や海外に移転し、企業内に留保される。地域にはほんの一部しか循環しない。
 雇用という点でも同じだ。たしかに一定の雇用は生まれるだろう。しかし、進出してきた企業は、一部の技術者や管理者を除いて、大半が人件費は安くいつでも首を切れる非正規雇用で占められる。
 また、進出してきた企業は、グローバル競争対応で、様々な優遇措置や規制緩和を要求してくる。賃金、税制、解雇、環境などで特区的な制度だ。既に復興特区制度が始まっているが、経済同友会は意見書で、特区での優遇措置が不十分として、適用要件の緩和や税制優遇の延長などを要求している。〔2013年10月7日 意見書〕
 これらは、地方が繰り返し経験してきたことだ。とりわけ、「構造改革」は、グローバル企業の本社機能が集中した大都市中心部の隆盛の対極で、地方の農林漁業、製造業、商業の疲弊と衰退を招いた。それを、再び繰り返すのか。グローバル企業や多国籍企業を誘致しても、それは、地域の持続的発展に結びつかないし、被災地の持続的な復旧・復興に結びつくことにはならない。



▼企業誘致のためにインフラ整備


 交通インフラの整備とは、企業誘致を当て込んで、道路などの基盤整備を行うということだ。しかし、住民の生活再建が依然として進んでいないのに、企業誘致のための道路建設に復興資金を使うことに住民が納得するだろうか。
 また、その公共事業を受注するのが被災地外のゼネコンであれば、被災地の企業に回るお金は限られ、被災地の企業の復興は進まない。しかも、公共事業は一回限りの投資で、持続性はない。



▼離農を奇貨に企業型農業


 企業と連携し農業生産法人を設立し、規模の拡大を支援するという。
 曰く、「南相馬市では7割の農業者が離農を考えているので、TPPを見据えて『攻めの農政』を展開する」という。
 隣りの宮城県では、農業への新規参入を積極的に進めている。野村ホールディングス、サイゼリア、カゴメ、IBM、GEなど、外食産業ばかりか農業に無縁と思われるグローバル企業が、農業生産法人を設立し、植物工場などを始めている。
 これも、企業誘致のところで見た通り、外国や東京に本社を置く企業が、地域の契約農家を組織し、生産物の加工工場をつくり、それらを販売する店舗を設置するということをやったとしても、その利益は、ことごとく東京や外国の本社に流出し、地域には一部しか循環しない。
 「農業の六次産業化」も、それを担う主体が誰なのかによって180度違ってくる。グローバル企業が主体なら、地域は疲弊するだけだ。
 「攻めの農政」とは、農産物輸入で痛めつけられ、津波と塩害と放射能でやられ、希望を失っている農民を支えるのではなく、グローバル競争に対応して、農業の主体を農民から企業に移すということだ。誰のための復興か、誰のための農業かが、明らかに転倒している。


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(東北電力原町火力発電所。ここも津波で大きな被害を受けた)



▼地域に貢献しない火力発電所


 相馬地方に2つの火力発電所があり、浜通り全体に火発と原発が並んでてきたが、それがもたらす経済効果は限定的だった。
 建設期間中に就労などに一定の効果はあった。しかし、完成後の雇用規模や市町村の財政規模が急速に縮小した。そのため、立地自治体は、交付金や補助金を当て込むしかなく、さらに原発の立地を求めるという悪循環に陥って行った。
 火発も原発も、東京・首都圏への集中・集積やグローバル企業の収益には貢献するが、地域への分配はわずか。住民が受け取る所得は非常に小さい。電力会社の本社は、東京電力は東京に、東北電力は仙台にあり、その所得はこの地域の外に出て行く。むしろ長期的には地域の衰退を促進するものでしかない。
 これは、脱原発ということで、再生可能エネルギーを導入したとしても問題は同じだ。被災地外の企業が発電設備を運営すればその利益は地域には残らない。

◇火発が人口減少対策か
 ところで、渡辺氏は、火力発電所誘致などの一連の産業政策をもって、人口減少対策の目玉としている。
 先程も言ったように、火発も原発もずっとあったが、人口減少もずっと続いてきた。火発も原発もどんな大規模な事業も一時的にはどうあれ、趨勢としては人口減少を食い止めることはできなかった。それどころか、今や、東京も含め、日本全体が人口減少時代に突入している。
 人口増加と経済成長が全く疑う余地のない前提だった高度成長期の政策を描いても、それは、今日には通用しないだろう。むしろそういう前提に立たない発想が求められているのではないか。この点は【Ⅵ】で再論したい。



▼復興の名を借りた開発主義


 こうして見ると、渡辺氏が描く復興とは、誰のための復興なのかという疑問を抱かざるを得ない。
 「復興」という言葉は使われているが、現に被災した住民の復旧・復興は主眼ではない。あるいは、住民の多くが依然として立ち直れていない状況のうちに、災害を奇貨として公共事業や企業誘致といった開発政策を推し進めてしまおうとしているようだ。これは、復興の名を借りた悪しき開発主義と言わざるを得ない。  



〔3〕「中央とのパイプ」――金による支配


 渡辺氏は、「市政が、国・県・双葉郡と連携していないで孤立してしまっている」「これでは住民の声を届けることもできない」と桜井市政を批判している。
たしかに横山、渡辺両氏とも自民党、中央の政権も自民党。対する桜井氏は、民主党に近い非自民。こうした中で、「中央とのパイプの回復」は横山、渡辺両氏の政策の中心をなしていた。



▼政府の意図的なネグレクトも


 区域再編や除染や賠償の問題などを巡って住民の批判や要求があり、それに突き動かされて桜井市政は政府との交渉をしている。が、上で見て来たように、政府の方向は、<福島の原子力災害問題への関わりは早く終わりにしたい>というのが基本だ。政府にとってみれば、<住民の批判や要求をいちいち取り上げるな>と桜井市政のやり方に苛立っていることは想像に難くない。実際、官僚たちが「また桜井かよ」「あいつはクレーマーだな」と罵っていたという話が聞こえている。そういう官僚たちが、意図的に問題をネグレクトし膠着させているとさえ見ることができる。
 ただ、これに対する住民の受けとめは様々だ。「『たたかう、たたかう』というけど、こっちはそれで迷惑してんだよ。『たたかう』から、もらえるものももらえないんだよ」という声も聞かれる。
 そういう声を受ける形で、横山、渡辺両氏は、与党議員や中央官僚と連携すれば問題は解決するとアピールした。



▼膨大な利権の流れるパイプ


 もっとも、「中央とのパイプ」を強調するのは、復興交付金や補助金が念頭にあるからだろう。復興交付金は、2015年までに19兆円が予定されている。南相馬市への配分額は2013年末段階で518億円。防災集団移転、災害公営住宅、圃場整備、道路整備など。
 この復興交付金を受けるには、県や市町村が事業計画をつくり、復興庁に申請するわけだが、それを審査し優先順位をつけて可否を決めるのは中央官僚だ。
もともと中央は、交付金や補助金で地方自治体を支配する構造を作ってきた。法律上は対等のはずだが、実質は全くの主従関係だ。生活道路、公民館、医療施設と何をするにしても、補助金による支配を受けてきた。
 地方自治体の側は、補助金の獲得にために、首長を先頭に手土産を携えて陳情に明け暮れ、地元選出の国会議員も「口利き」で地元にお金を引っ張って来ようとする。結局、地方自治体は、本当に必要かどうかを考えることをやめて、中央官僚の言いなりでハコモノを乱造し、挙句に財政破たん状態に追い込まれていった。
 これが、「中央とのパイプ」の実像だろう。「中央とのパイプ」とは、金による支配だ。そして、そこに群がって利益を得る者がいる一方で、本当に必要なところには届かない仕組みになっているのだ。
 安倍政権は、経済対策の柱の一つとして、国土強靭化を掲げ、膨大な予算を道路や堤防などの大規模な公共事業につぎ込んでいる。例えば、宮城県などで、住民が反対にしているにもかかわらず、復興の名の下に、巨大堤防の建設が進められている。復興の名を借りた開発主義の典型だ。
 渡辺氏らが訴える「中央とのパイプの回復」というのは結局、復興の名を借りて、巨大開発を南相馬市にも引っ張ってきたいという意味にしか見えない。渡辺氏は、もともと市長時代、ハコモノ行政を推進し、身内に利益を還流した上に、市の財政を危機に陥れたという批判を受けている。
 「復興の加速」というがその本当の姿は、この辺にあるのではないだろうか。



〔4〕 桜井氏は「脱原発」か?


 一応、桜井氏についても、簡単に問題点を挙げておきたい。



▼「脱原発」だが「脱被ばく」ではない


 桜井氏は、「原発ゼロ、新エネルギーの開発」を掲げている。その点で、横山、渡辺両氏との違いはわかりやすい。横山氏は「脱原発は簡単じゃない。性急な脱原発には態度保留」といい、渡辺氏は「脱原発は当然だが難しい。火力誘致が脱原発政策」としている。 
 この点で、桜井氏にいろいろ批判があるが、「脱原発だから投票した」という声は多々あった。
 しかし、「被ばく」という問題になると、「脱原発」を掲げる桜井氏においても無頓着だ。
実際、桜井市政は、20ミリシーベルト基準の避難解除を受けて入れているし、子どもを含む住民の帰還を促している。「脱原発の推進で若年層の帰還を促す」という桜井氏の当選後の会見発言を聞いて、「『脱原発』と唱えると被ばくしないとでも思っているのだろうか」という揶揄する声も出ていた。
 もう一つ見逃せないのは、IAEAと連携する「福島県環境創造センター」を推進していることだ。環境創造センターは、三春町と南相馬市に設置が計画されている県の機関だが、原子力推進機関であるIAEAと連携して「安全安心」を発信し、原子力の推進に貢献する施設なのだ。
 こういう点で、桜井氏の掲げる「脱原発」に懐疑的な住民も少なくない。



▼住民を主体にしない行政手法


 
 もっとも、「中央とのパイプ」にすがる横山、渡辺両氏の政治スタイルに比べると、「現場はこうなんだ」と訴えて「中央とたたかう」という桜井氏はむしろ真っ当だとも言える。
また、現職故にいやでも現場に向き合っているという点で、その是非はともかく、具体的な対応を打ち出しているのは事実だ。また選挙運動中、仮設住宅を精力的に回っていたのは桜井氏だった。
 一方、「人の話を聞かない」「勘違いをしている」「市長になってから変わった」という声をよく耳にする。
 例えば、こういう例がある。再生可能エネルギーを推進することに住民も異論はない。しかし、その事業計画を市当局が住民に何の相談もなく作ってしまって、建設段階になって、予定地の住民の説得に当たるというやり方をしている。つまり住民を主体にしていない。
 「たたかう」という場合もやはり同じ問題がある。市長がその権限と立場で国と交渉するのは当然としても、やはり要求の主体は住民のはずだ。しかし、桜井市長が住民とともに悩んだり考えたりしている姿は見えない。



▼対抗ビジョンが見えない


 また、住民がいろいろな取り組みをやり、市長や行政に提案して力になろうとしてきたが、「人の話を聞かない」と離れていく住民も少なくない。
住民がいま求めているものの一つはビジョンだ。渡辺氏にビジョンはあるが、その中身が露骨な開発主義だった。しかし、桜井氏の話を聞いても、国の加速化方針や渡辺氏の開発主義と一線を画すビジョンが見えて来ない。ここに住民は戸惑いといら立ちを感じている。




【Ⅳ】 別れた住民の選択



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(南相馬市役所)


 こうして見ると、改めて、今回の市長選が重要な攻防であったとわかる。国の側、そして、横山、渡辺両氏らには、<福島の原子力災害問題はもう終わりにして、開発政策に舵を切りたい>という意志がはっきりとあって、それを進める上で邪魔になっていた桜井市長を落とそうとして動いていた。すくなくとも、客観的にはそういう構図だった。
 では、そういう中で、住民はどういう選択をしたのだろうか。
 単純な結果では、冒頭のとおり、横山氏5千票、渡辺氏1万1千票に対して、桜井氏が1万7千票と大差で勝った形になっている。しかし、これをもって「市政継続を市民が選択」とするのは実態とかい離している。
「復興の加速」「中央とのパイプ」と主張した二氏の票を合わせると1万6千票。もし自民党系の両候補が一本化していたら逆の結果になっていた公算が大きい。この状況に注目すべきだろう。



▼それぞれを支持する住民の声


 筆者が取材した範囲で、それぞれの側に投票した住民の声を列挙してみる。
 
◇横山、渡辺の両氏に投じた住民の声
・「桜井市長は『たたかう、たたかう』ばかりで迷惑してんだ。何にも前に進みやしない」
・「民主党でもう懲りたんだ。桜井さんもいっしょ。官僚が言うこと聞かないし、混乱するだけ」
・「お金が回ってこなければここは生きて行けないんだ。中央とのパイプを修復してほしいよ。都会の人にはわかんないと思うけど」
・「30年40年先の話はしていられない。いま被災地がまだ注目されている間に、取れるものを取らないと」
・「桜井さんには政策能力がない。一成さん(渡辺氏)の方が上。彼に期待するよ」
・「若者や子どもがいなくなるよ。町がなくなるよ。市政を変えないと」
・「(選挙結果に対して)仮設なんかで、桜井さんにすがろうという層が結構いるんだな。いや驚いたよ」
 
◇桜井氏に投じた住民の声
・「一成さんでは昔に戻るだけしょう。ハコモノに戻るの?火力なんて、まるでゾンビだよ」
・「桜井さんに問題は多々あるけど、一成さんに戻すわけにはいかないよ」
・「一成さん、横山さんは結局、批判ばっかりで。自分たちは何をしてたのよ」
・「桜井、横山、渡辺・・・。なんか全部、古いよね。他にいないからしかないけど」
・「脱原発を言っているのは誰?桜井さんしかいないじゃない」
・「命や健康を大切にする人に入れたいね」
・「仮設に回ってきてくれた。うれしかったよ」
・「(選挙結果に対して)3・11以降は、一成さんの考えは通用しないね」

 公共事業や企業誘致などの開発依存の復興、そのための「中央とのパイプ」――これをどう見るか。このことを巡って選択が分かれていると言える。
 横山、渡辺両氏に投じた層は、それを肯定し求めている。積極的か必要悪かのニュアンスはあるが、それ以外に選択はないだろうと見ている。だからそういう方向性が見えない桜井氏に反発している。
 桜井氏に投じた層は、そういう方向への回帰に批判的だ。また「脱原発」や「命と健康」という問題で選択している。ただ、桜井氏の政策に展望を見出して支持しているとは言えない面がある。



▼開発政策への期待

 

 横山、渡辺両氏を支持した層についてもう少し見てみよう。

◇「中央とのパイプ」 
 横山、渡辺の両氏を支持した住民の多くは、桜井氏への批判票。そこで言われているのはやはり「中央とのパイプ」だ。「中央とのパイプ」が、金による支配だということを認めた上で、さしあたりそうする以外にどういう選択があるのかという追い詰められた地方の現実、被災地の現実がある。
 なお、昨年7月参院選時の住民の声だが、これを見ると被災地の複雑な心境の一端がわかる。
 「国に棄民されるんじゃないかという不安。だから自民党に入れる。それは、『棄てないで』というアピールでもあるんだ」「アベノミクスがいいのかどうかわかないよ。再稼働も賛成しないよ。でもね、中央との関係はしっかりしていないと」

◇被災地の中での分断
 さらに「中央とのパイプの回復」という動きと、被災地の住民の中での分断とは、実は表裏一体でもあった。
 多くの住民が避難や仮設住宅での生活をしている南相馬市でも、外見上は、ほとんど通常の生活や経済活動が行われている。そして、仮設住宅の現実や被ばくへの不安という問題を、同じ町の中にいても、「忘れる」「見ない」「蓋をする」という空気がある。
 例えば、上で挙げたように、「仮設住宅なんかで、桜井さんにすがろうという層が結構いるんだな。いや驚いたよ」という言葉。ここには、同じ被災者なのに切り捨てるような冷たい響きがある。あるいは「仮設の人は・・・」「賠償をもらっている人は・・・」という話は少なからず耳にする。また、「放射能とかそういう話が、復興の妨げになっているんだ」という言葉には脅しを含んでいる。
 こういう中で、住民は、「言いたいことは山ほど。でも言ってもつらいだけだから言わない」、「健康のことは心配だけど、そういうことを言うと人間関係が壊れるからね」という具合に、沈黙を強いられていく。
 政府の「福島復興加速化方針」という大きな力が被災地に働いている。その下で、痛みに蓋をして開発政策に展望を見出そうとする住民がいる――。しかしこれしか選択はないのか。




【Ⅴ】「除染で復興」の見直しを



 ここからは、以上の検討に踏まえて、国の加速化方針や中央依存・開発依存の復興政策に対して、それとは違うビジョンの可能性を検討してみたい。



▼住民の除染要求に込められた思いは


 国の「除染して帰還」「除染して復興」という方針の遂行が大前提として物事がすべて進んでいるが果たしてそれでいいのだろうか。ここを問い直すべきだ。
 まず、「除染してほしい」という声の背後には、仮設住宅での生活はもう限界だという切実な現実がある。応急仮設住宅という通り、俄かづくりで2年も3年も住むところではない。だからとにかく仮設住宅を出て自分の家に戻りたい。それが、「除染してほしい」という訴えになっている。つまり、安定した住宅が必要なのであって、除染がすべてではないのだ。
 さらに、「人の家や庭や地域を放射能まみれにしておいて、何で加害者が掃除に来ないのか。震災の前の状態に戻すのが当然の義務ではないか」。これは、取り返しの使いない破壊と喪失がもたらされている現実の告発であり、その原因者に対する厳しい突きつけだ。単に除染を求めているのではない。
 「元に戻せ」――しかしもはや元に戻せない現実。だからこそ、この突きつけに対して、国と東京電力は真剣に向き合い、深刻に反省し、責任を明確にする必要があるのだ。
ところが、国も東電もこの突きつけに向き合うことはなかった。「除染すれば元に戻る」という嘘をついて責任を逃れようとした。つまり、「除染して帰還」「除染して復興」という方針には、加害責任を曖昧にしていく意図が孕まれていた。
 しかし除染の効果が限定的であることははっきりしてきている。今、「除染して復興」という方針そのものを見直すべきだ。そして、「元に戻せ」という突きつけに向き合うところからやり直すべきだ。



▼被害者を被害者として認めさせる


 賠償の際の東京電力の態度がそうであるように、応対は慇懃で、頭を下げる角度は見事だが、実務的には加害者の側のペースですべて進めている。そして「気に入らないならADR(原子力損害賠償紛争解決センター)へどうぞ」となる。
 結局、加害者が被害者に謝罪し、損害を賠償するという関係になっていない。被害者が、加害者である東京電力に賠償をお願いし、それを加害者である東京電力が算定し判断する。あるいは、東京電力は国によって救済され、銀行や株主は保護される。が、被害者は、すべてを奪われ、生活再建もできていないのに、もう終わりと打ち切られる。
 どうしてこういう関係なのか。汚染を引き起こした加害者が、加害責任を問われていない。それどころか、彼ら自身、加害者だという自覚が全くない。「放射性物質は無主物(持ち主がいないという意の法律用語)」〔※〕だという答弁書が示す通りだ。この出発点での誤った関係を正さない限り、被害者が被害者として認められるというスタートに立てない。だから、その被害にたいする正当な賠償を受けることができない構造になってしまっているのだ。
 〔※ゴルフ場主が東電に汚染の除去を求め仮処分申し立てに対して、東電側弁護士の提出した答弁書の文言〕



▼十分な移住支援を


 多くの住民が、現に被ばくをしながら、そして健康被害への危惧を抱きながら、生活と生業があるが故にここで居住を続けている。そういう住民に対して、国が本来やるべきことは「除染して復興」の掛け声や「安全・安心」のリスクコミュニケーションなどではないだろう。本来やるべきは次のことではないか。
① 追加被ばく線量1ミリシーベルトを超える汚染地域が広がっている事実を確認する。その地域にいることは一定のリスクをともなうということを、国は十分に告知・説明する義務がある。
② その説明を理解した上でなおかつそこに帰還を希望する住民には、あらゆる防護策や健康対策、生活支援策を保障した上で、帰還をしてもらう。
③ 移住を求める住民には、移住先での居住、生業、教育、コミュニティなどすべてを完全に保障して移住を支援する。町外コミュニティの建設は、移住支援と不可分で重要な位置を持つ。また、移住した住民には、帰還の権利も保障される。
④ 費用は、東京電力が出し、国が出すのは当然だろう。十分に出す能力はあると思われるが、もし足りないとすれば、国民に広く支援基金への拠出をお願いする。そのためなら多くの国民が協力するだろう。
 少なくともこれが基本線ではないだろうか。
 これを国がやろうとしないなら、地域自身、住民自身でやるということではないだろうか。




【Ⅵ】中央依存・開発依存超えて
   ――新しい方向の模索




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(本陣山に訪れた春/2013年4月)


 阪神淡路大震災(1995年)のとき、「復旧なのか、復興なのか」という議論があった。そして当時の兵庫県知事は「創造的復興」という言葉をうち出した。その言葉が3・11の後の政府・構想復興会議の中で再び使われた。
 災害によって被害を受けた住民は塗炭の苦みを強いられる。が、国や資本は、災害をある面で平時にできないことがやれるチャンス、破壊による投資機会の創出と見ている。
 平時から<更地にして再開発をやりたい>と狙っていたところに、災害によって破壊が起こった。住民が打撃から立ち直れないでいる間に、為政者は再開発計画を打ち出してどんどん進めてしまう。それが、阪神淡路大震災で行なわれたことだった。
 「せっかくだから元に戻す『復旧』ではなく、新しい町を『創造』するような『復興』がいいのではないか」というようなことがよく言われる。聞こえはいいが、実際の中身は、公共事業と大企業への依存、大量生産・大量消費と経済成長の追求でしかない。高度成長以来、ずっと繰り返してきた旧態依然たる政策だ。どこも「創造的」ではない。
 とりわけ、福島が受けた原子力災害とは何だったのか。それは、中央や公共事業や大企業に依存したら、何かしらの恩恵が地方にもあるのではないかという幻想の行き着いた果てだった。それを再び繰り返すのだろうか。そうではなく、その犠牲と教訓から、破産した政策を総括し、社会や経済や政治のあり方を根本的に見直すということではないだろうか。

◇根本的な見直し
 その見直しのカギとなるのではないかと考えられる点を3つほど述べてみたい。「地域の再生」と「共同の再生」、「人口減少時代のライフスタイル」だ。依拠した本を先に述べておこう。
 藻谷浩介とNHK広島取材班の『里山資本主義』【*3】では、「里山資本主義」という造語をもって、「マネー資本主義」からの転換が現実に可能であり、それどころか、中国山地ではそういう挑戦が実際に行われているという事実を描いている。
 また、山崎亮の『コミュニティデザインの時代』【*4】では、中山間離島地域で、人口減少を不幸と嘆くのではなく、むしろ先進地域として創造的で豊かに暮らしている実践を紹介している。
 さらに、岡田知弘の『震災からの地域再生』【*2】では、阪神淡路大震災の教訓に踏まえ、「創造的復興」論を批判しながら、地域の重要性と住民の主体性、そして、お金が地域で循環する経済の仕組みの再生を提起する。
 そして、水野和夫と萱野稔人の『超マクロ展望 世界経済の真実』【*5】では、人口増加と経済成長というのは人類史的にはむしろ特異な現象で、これからは人口停滞と低成長という定常の姿に戻るという文明史的な視点を提起している。
 これらは、夢物語や願望ではない。また単なる町興しの指南でもない。時代の大きな流れの中で、次の時代の姿をつかみ出そうという英知と実践だからこそ説得力がある。 
 
 


▼地域の再生


 被災地の外から大企業を誘致しても、公共事業を持ってきても、それが、南相馬市の本当の意味の復旧・復興にはならないと。ではどうすればいいのか。
 地域という視点に戻るべきではないか。地域とは住民の生活領域、農村で言えば集落のレベル、市街地でいえば小学校の校区の範囲。もともと、ずっと人間の経済活動はそういう地域の範囲で営まれてきた。
 ところが、近代以降、資本が主体になりその経済活動の領域を急速に拡大、住民の生活領域を超え、国の範囲も超え、今やグローバルに展開している。しかし、住民の生活は依然として地域にある。
 被災からの復旧・復興とは、地域の産業と住民の暮らしを本当に支えてきたものは何だったのかをとらえ直す必要がある。地域には、それぞれの自然や地理や歴史があり、それに根差した伝統や文化が存在している。それを今こそ復権する必要があるのではないだろうか。
 中央依存を脱して、外からの資本参入を規制・管理し、地域で生み出された利益が再び地域の中で再投資され循環する経済の仕組みに作り変える。
 こういうと、「自動車はどうなる。家電はどうする。大昔の生活に戻るのか」という突っ込みが必ずあるだろう。その通り、地域で全部を賄うことはできない。だから、自動車産業も家電産業も必要だ。地域循環経済は差し当たりサブシステムでしかないだろう。
 が、そういう大量生産・大量消費を目的とする産業がメインシステムである時代をできるだけ早く超えて、地域循環経済こそがメインシステムとなる時代を手繰り寄せようということだ。もし「せっかくだから創造的なものを」という場合、その「創造的なもの」とは、こういうところにあるではないだろうか。



▼協同の再生


 地域を再生し、外からの参入を規制し、地域内で利益が循環する経済の仕組みをつくるためには、地域の住民が主体になる必要がある。
 それは、「地域のことは地域で決める」「住民自身が計画し、実行する」ということだ。
 ところで、国や行政も、言葉の上では、「コミュニティの維持」とか、「住民参加」といったことを言う。しかし、災害前のコミュニティに戻るだけでは問題の解決にはならないのではないだろうか。あるいは、「住民参加」を謳い文句にしていても、実際には、議論・決定・遂行の過程から住民は排除されている。住民は、結果の追認に参加するだけ、あるいは、結果に文句をつけるだけの「お客様」にされている。
 近代以降、国家の支配が社会の隅々に及んでいくわけだが、そうなる以前、農村集落で生活する人びとは、農作業や土木作業、冠婚葬祭などにおいて、「協同」という形で作業を行っていた。そこでは、「地域のことは地域で決める」「住民自身が計画し、実行する」ということが実践されていた。
 しかし、国家の支配とその肥大化が進むにつれ、協同は次第に解体され、行政に吸収され、代行されていく。そして、住民の側においても、次第に協同の体験は失われ、国・行政の「お客様」に馴らされてきた。
 ところが、3・11の被災の中で、命の危機に直面するとともに国・行政の支配が一時的に崩壊したとき、救出や救援、避難所の活動、ガレキ撤去、放射能測定や自主的な除染など、止むに止まれぬ事情から、協同が復活した。これは重要な経験だった。
しかし、それは、時間の経過とともに、その大部分は再び行政に吸収されている。そして住民は、自らの思いや憤りを市長や行政に苛立ってぶつける以外に、そのやり場を失って行った。
 南相馬市で直面している問題を考えたとき、どんな切れ者やアイディアマンや剛腕が首長になっても、それでは打開できないだろう。行政が行政である限り、限界がある。
行政が担う領域をできるだけ縮小し、「地域のことは地域で決める」「住民自身が計画し、実行する」領域を拡大し、住民による協同を大規模に復活させていく必要がある。こういう方向にこそ新たな可能性と展望があるのではないかと思う。



▼人口減少は不幸か?


 南相馬市が急速な人口減少の過程にあるのは事実だ。町がなくなるのではないかという危惧を抱く住民も少なくない。が、そもそもこの人口減少とはどういう問題なのか。人口減少の直接の契機は、たしかに震災とくに原子力災害だ。しかし、そもそも、災害があってもなくても、大局的趨勢的に進行していた問題だった。それが、災害を契機に一気に加速した。そういうとらえ方が重要ではないか。
 近代以降の日本、とくに戦後の日本においては、人口は増えるものだし、経済は成長するのが当たり前だと信じられてきた。が、長い人類史を見たとき、人口増加時代というのはむしろ特異な現象だった。人口が停滞し、経済も低成長というのがむしろ定常の姿だった。そして今、世界全体が人口減少の趨勢にあり、低成長時代に入っている。これは、特異な状態から定常の状態に戻りつつあるということだ。その中でも人口減少のトップを走っているのが日本だ。
 つまり、これは、あれこれの政策の次元ではなく、文明論の次元であり、近代文明が終焉を迎え、次に向かう過渡に入っていると把握すべき事柄ではないか。
 そもそも人口が少ないことが問題なのか、高齢者が増えることが不幸なのか。そういう感じ方こそが、近代的な思考の限界ではないだろうか。
 もちろん、医療や介護など、深刻な問題が目白押しだ。しかし、南相馬市は、日本全体が直面し、早晩、世界全体が直面する問題に時代の最先端で直面しているということができる。だから、南相馬市で、人口減少時代の新しいライフスタイルや経済・社会・行政システムあり方を模索する必要がある。それはどこを探しても先行例はない。むしろ南相馬市から、新しい時代の姿を世界に発信するチャンスになるかも知れない。
 もはや二度とあり得ない人口増加や経済成長の幻想を追いかけて、再度の破産に突き進むようなことをするべきでない。これまでの延長や繰り返しではない、新しい方向の模索をはじめるべきだ。



▼「文明朽ちて里山あり」


 このような話は、「2年後、5年後はどうなる」といったスパンの話ではもちろんない。世代を超えた話だ。しかし、今から取り掛かるべき話でもある。
 原町をどうするか。あるいは、小高をどう再建するか。いま行政の進めている議論に大きなビジョンを期待するのは難しい。実は渡辺氏は一面、上のような問題意識も書いているのだが、しかし実際、選挙で掲げた政策は全く旧態依然たるものだった。新しい発想と方向で始める必要がある。中央依存、大企業依存をどう脱却していくか。地域の再生、協同の再生をどう実現していくのか。人口減少時代のライフスタイルはどうなるのか。そういう議論を住民が主体になって始める必要があるだろう。
 また、町外コミュニティというテーマも依然、検討するべきだろう。帰還一辺倒で全く俎上に上っていないが、現実には万単位の住民が避難している。町外コミュニティも、ディベロッパーやゼネコンに委ねたら高度成長期のニュータウンになってしまう。が、住民が主体となって、議論し計画し実行する中で作られるならば、新しい方向を模索する拠点にもなり得るのではないだろうか。

◇線量が十分に下がるまで
 こうして見ると、「時間がない。若者がいなくなる。除染を急げ」とか、「放射線は大丈夫。戻れ、戻れ」と、狭く短い見通しと旧態依然たる発想で、復旧や復興を考えるべきではないだろう。放射線線量が十分に低くなるまで、子どもや子育て世代を被ばくからできるだけ遠ざけるべきだろう。そのためにも、町外コミュニティの構想を検討すべきだ。また移住する住民に十分な支援を行うべきだ。そして、新しい世代が中心となる頃に、豊かな社会が実現するように、今からはじめるべきではないだろうか。
 最後に、選挙結果について議論する中で、住民が語った言葉を紹介してこの論考を閉めたい。

 「僕は、高度成長の時代、どこにも行かず、ずっとここにいた。何にも恩恵なんてなかったよ。ただ、たんたんと畑を耕したり、コメを作ったり。でも3・11でこういうことになってしまってね。
 でも、『国破れて山河あり』というけど、『文明朽ちて里山あり』じゃないかな。この里山に可能性があると思うんだ。放射能の問題は50年、100年かかるけど、だからこそ、こういうことを機に、ゆっくりと方向を転換していく。そういう決断をいま始める必要があると思うんだ」

 市長選の過程で交わされた論戦や住民同士の議論は、厳しい現実の中から、被災地全体いや日本全体の将来にかかわる大きな問題を提起している。それは、まだ混とんとしているが、大きな可能性を持っていると感じる。



★参照文献

【*1】 『政経東北』2014年2月号
【*2】 『震災からの地域再生』岡田知弘 新日本出版社 2012年5月
【*3】 『里山資本主義』藻谷浩介 NHK広島取材班 角川ONEテーマ21 2013年7月
【*4】 『コミュニティデザインの時代』山崎亮 中公新書 2012年9月
【*5】 『超マクロ展望 世界経済の真実』 水野和夫 萱野稔人 集英社新書 2010年12月
 
 




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誰かがやらなければ。で、誰がやるんだい?   ――収束作業の現場からⅢ



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 汚染水漏えい、4号機プール燃料取り出しと厳しい問題が続く東京電力福島第一原発の収束作業。今回は、1~3号機の作業に従事する斉藤貴史さん(仮名)にお話を聞いた。
 斉藤さんは、もともと全国の建設現場を渡り歩き、事故後の福島第一原発の現場に入っている。
 私たちの周辺で、いま現在、放射線や被ばくを問題にする場合、その単位は、毎時何マイクロシーベルトというレベルだろう。が、斉藤さんが携わる現場は、時間当たりミリシーベルトという桁の違う世界だ。そういう現場に身を置く斉藤さんの言葉は重い。そして被ばくによる犠牲者がいるという衝撃的な話も。
 さらに、高線量の現場が、露骨な格差社会になっている実態が語られる。一方で、線量計の警告音に怯え、健康被害の不安を抱えながら、現場に向かう作業員たち。他方で、安全なところから指示を出し、次々と交代して行くゼネコンの社員たち。そのあり様はあまりに対照的だ。賃金や待遇にとどまらず、被ばくの問題にまで格差が表れている。
 斉藤さんの話は、現場作業の実態から、文明の限界に関する問題にまで及ぶ。しかし、やはり、次の問いが重い。「原発に反対とか賛成とかはいいけど、どっちにしろ、誰かが収束作業をやらなかったら、またドーンと行くんだよ。誰がやるんだい?」と。私たち一人ひとりに、お前はどうするのかということが突きつけられている。  (インタビューは11月中、いわき市内)

 


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 宇宙服の人たちは



【ようやく斉藤さんから話を聞く機会を得たが、約束の場所に来てくれるかどうか不安だった。姿が見えたときはホッとした。が、それもつかの間、席に着くなり、取材に対する不信感を露わにして、まくしたてた。】

斉藤:私らから、何を訊きたいんだい?マスコミとか、専門家とか、政治家とか、そういう人たちはね、自分ら、線量のあるところにはまず行こうとしないで、外から、どうたらこうたらって言っているけど、チャンチャラおかしいよ。自分ら、安全なところにいて、「汚染水が漏れてるぞ」とか、「これ、ダメじゃないか」とか。
 ダメだって言うなら、お前、一回でもいいから、50ミリシーベルトでも100ミリシーベルトでも浴びに来てみろと。それから言いなさいよと。私ら、言いたくなるよ。

【全く返す言葉がない。さらに現場の衝撃的な話が続いた。】

斉藤:だけどね、私らよりも、もっとすさまじい作業やっている人たちがいたんだよ。
 爆発からまだ程ない時期、もう、宇宙服みたいなのを着て行く人たちがいたんだ。酸素ボンベを持って、鉛の服を着て、その上にベストを着て。
 何をしているのかなんて、そりゃ分かんないよ。私らはそういう作業はやってないから。5~6人で、ダッダッダッて中に入っていくんだ。この人たち、何してんだろうって見てた。
 結局、そういう人らが、メルトダウンした辺りに行って、何かの作業をしてたんだろう。事態はどんどん悪化して行く状況だったから、誰かがそこに行ってやらないといけない作業があったんだと思うよ。
 でも、その人ら、半分以上は亡くなっていると思う。まあ、名目は、心筋梗塞とか、何だとか、とにかく、被ばくで死んだとはなってないと思うけど。
 聞いた話では、だいたい2週間の作業で、1日に80万円から100万円ぐらい、2週間で1千万円以上。それを家族に渡して、自分はその仕事に飛び込んで行くと。その人なりの事情もあったんだろうね。
 みんな、一切口外しないという念書を書かされているんだ。それが国なのか東電なのか、私ら、分からないよ。誰も、口をつぐんで詳しいことは言わないから。

 だから、みなさん、外で空論みたいなことを言っているけど、原子炉がメルトダウンして、どうしようもないときに、誰かがやらないと収まらなかった。そこに飛び込んで行った人たちがいたから、今の状態が保たれているんだよ。
 そう思うと、この人らに、心の中で、こう毎日、手を合わせてるね。あなた方がいてやってくれたから、われわれは今の作業ができてるんですよって。




 APDが鳴る恐怖



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【不信を露わにしつつも、斉藤さんは、少しずつ現場の様子を話してくれた】

――どういう作業をされてきたのですか?

斉藤:主にガレキの撤去作業だね。ガレキって言ったって、もう毎時500ミリシーベルトとか、2000ミリシーベルトというヤツだからね。
 1号機の辺りなんかも、今は、カバーをつけたんで、線量も結構落ちてるけど、最初は、まあ、高かったね。 で、爆発してるからもうガレキだらけ。それを全部、私らが行って処理して、鉄板を三枚ぐらい重ねて敷いたりしてきたんだ。
 海岸側なんか、まあ、すごいよ。「墓場」って言われているところがあるんだけど、潰れたタンクとか、重機とか、クレーン車がひっくり返って、もう、みんなそのまんま、触るに触れない。そういうのを目の前にしながら、作業をやってきたんだ。
 タービン建屋のところなんかも、今は線量も下がってるけど、やっぱり一番最初は、ガレキだらけで、線量もものすごく高い。そこにタイヤを敷き詰めて、その上に鉄板を敷いていったんだよ。
 今は、たまにお偉いさんが視察に来たりしているけど、その鉄板というのは、われわれの犠牲で敷かれたもんだからね。

――線量の高い場所の作業は遠隔操作ではないのですか?

斉藤:やっぱり人が行かないとダメだね。無人重機なんかも使うけど、結局は人なんだよ。
 例えば、ガラコン(コンテナ)にガラを入れて、それをクレーンで釣ってくるんだけど、そのガラコンをクレーンから外すのは人なんだ。そのガラがすごい線量なんだ。
 鉄板を敷いて行く作業だって、クレーンで釣り上げた鉄板を降ろすとき、チェーンとかワイヤーを外すのに、やっぱり誰かが行かといけないわけさ。

――ロボットの開発も進められているとされていますが。 

斉藤:いやあ、ロボットだって、入れないところは入れないんだよ。建屋の中の様子を調べるのでも、ロボットに行かせるんけど、階段やらなんやらがグチャグチャで、入っていけない。
 それから、あんまり線量の高いところだと、ロボットでも故障しちゃう。半導体かなんかがやられちゃって。で、ロボットは帰ってこないんだ。とにかくロボットでさえ壊れる線量ってどういうことだい。
 で、ロボットがとにかく入って行けて、中の様子が少しわかっても、例えば、何かがゆらゆら見えてるんだけど、それが湯気なのか煙なのかというのは、ロボットでは判別がつかないんだ。結局、最後は人が行って目視確認してこないことにはどうしようもない。今だって、湯気も煙も、あっちこっちから出てるからね。
 これから、3号機建屋の上を除染ということでこそぐ作業をやる。それに、自走式の機械を入れるっていうんだけど、たぶん使い物にならないね。だって、大きなガレキは除いたけど、デコボコで、鉄筋があっちこっちに出てるんだよ。鉄筋だって、直径が30ミリぐらいある太いヤツ。そういうのに引っかかって、機械なんか前に進めないよ。結局、人間が行って、そういう鉄筋とかを一個一個叩いて行かなければ、機械なんて走れないんだ。

――その作業はかなりの被ばくがありますね。

斉藤:そうね。もう、ちょっと行っただけで、APD(警報付きポケット線量計)が、ピッピッピッピッ…って鳴るんだよ。そういうところに行って作業をするわけさ。その恐怖感、わかるかな。もう、パニックになるのもいるんだから。
 作業をしようとして、燃料プールのそばに行くとか、クレーンから外しに行こうとするんだけど、もう近づいただけでAPDが鳴っちゃう。予定した仕事なんか全然できないで、すぐに戻ってくることになっちゃう。それで次の人が行って、またすぐに戻ってくるという具合だよ。
 でも、APDが鳴るからって行かないと、いつまでもどうしようもないから行くんだけど、作業は予定よりどんどん伸びて行くね。工程表通りには全然行かないよ。
 で、工程表通りに行かせようとすると、APDがアウトになっちゃう。アウトというのは、APDが、2ミリシーベルトとか3ミリシーベルトの設定を超えちゃうと、もう、ピィーって鳴りっぱなしになっちゃう。そうすると、この人は始末書だから。始末書を書かされるんだ。

――始末書とは、どういうことですか?

斉藤:「そこまで浴びてはいけないのに、お前は浴びた」ということだな。何でだと。浴びた人の責任にされてしまうんだよ。ゼネコンさんとしては、浴びないように計画して指示を出しているんだから、浴びたヤツが悪いという理屈になるんだね。
 だったら、そんなに浴びるような仕事なんか、やめさせろよって、言いたくなるよ。そういう矛盾ばっかりなんだよ、現場は。
 で、それじゃあ、APDが鳴らないように急いでやろうとすると、今度はつまずいたりして、そうしたらこれまた始末書だからね。現場では走るなって、一般の工事現場のルールと同じようなことを言うんだよ。
 でもね、線量の高いところにいたら、誰しも、早く線量の低いところに行こうとして、タッタッタッて足早になるのが人情じゃないか。それを「何でルールを守らないのか」って怒る。だったら、あんたが自分で線量の高いところに行って、ゆっくり歩いてみろって。

――そうするとその作業計画そのものに、無理があると。

斉藤:まあ、ゼネコンさんとしては、無理がないようにしているつもりなんだろうけど。でも、実際に現場に行ったら、こっちで線量を測ったときは、低いから大丈夫ってことで作業を始めても、すぐ近くに、すごく高いところがあった、なんてことがよくある。
 一般の工事現場なら、工程表があって、今日はここまで作業をして、という風に計画している。で、このままでは納期に間に合わないとなったら、徹夜作業だってやるよね。
 だけど、ここの作業の場合、工程表は一応、上の方で作ってはいるけど、実際に現場の作業では、APDが鳴ったから、今日はここまでで上がるとするしかないんだ。間に合わないから、線量を浴びてでもやってこいなんて話にはならないわけさ。
 そうすると、工程表では1カ月だった作業が、優に2カ月、3カ月ってかかっちゃうことだってある。そうすると2年の目標も10年にだって伸びてしまう。
 線量が高いという大問題があるから、工程表通りには行かない。それが収束作業の難しさなんだよ。だから、工程表が早まるなんてことはまずない。計画の前倒し、なんて言ってるけど、あれは現場の実情を全く知らない人たちの絵空事だね。

――熟練の作業員がいなくなると言われていますが。

斉藤:限度いっぱい浴びて現場を離れなければならない人がどんどん出てるよ。で、役に立たないのが、いつまでも現場に残ってる。いい加減で、仕事したくないやつはデレデレ長くいるな。逆に、役に立つ人は、パッパ、パッパと仕事をするから、線量も食らっちゃって、はい、じゃあ、もう終わりとなってしまうケースが多い。
 だから、なんかおかしいんだよ。そういう矛盾だらけの中に身を置いて仕事をしている。
 まあだけど、そうは言っても、職人は、みんな、結構、まじめに一所懸命、やる人が多いんだよ。
 ただね、入れ墨をしょってる人が、最近、増えてるね。半分までは行かないだけど、結構いる。若いのもいれば、歳のもね。

――政府・東電の「中長期的ロードマップ」によれば、2015年に3号機燃料プールの燃料取り出し、17年に1、2号機燃料プールの燃料取り出しとしていますが。

斉藤:そんなものは机上の話だから。まあ3号機のオペフロ(オペレーションフロア=原子炉建屋上部、燃料プール付近)の作業は何とかやれてる。1号機はいったん被せてあった建屋カバーをまた外すことになってる。でも、その先はどうかな。4号機の場合と違って、3号機も1号機も燃料プール辺りの線量は高いからね。
 2号機なんかは、建屋はあんまり壊れていないんだけど、内部なんかもう計り知れない。線量なんか万単位だからね。(格納容器付近で毎時約7万ミリシーベルト)。完全に致死量でしょ。100年経っても手が付けられないんじゃないかな。どうするもこうするも、どうにもならないでしょう。
 7年後にオリンピックだというけど、その辺りまではごまかしごまかしでやっていくんじゃないかな。でも、その後、どうするのか。オリンピックでいい格好しちゃってその後が大変になるじゃないだろうか。
 

★福島第一原発・1~4号機の概況
 
1号機2号機3号機4号機
作業進捗・2011年10月建屋カバー設置
・燃料取出し準備のため再びカバー解体を計画
・2017年度下半期にプール内燃料取り出し開始予定
・建屋損傷小さくカバーなし
・2017年度下半期にプール内燃料取出し開始予定
・建屋カバー進行中
・オペフロのガレキ撤去がほぼ終了。除染・遮蔽で線量低減を図り、プール内ガレキ撤去へ
・2015年上半期にプール内燃料取出し開始予定
・プール内燃料取り出し作業用の建屋設置済み
・2013年11月からプール内燃料取出し作業を開始
建屋内線量・毎時23mSv ~
   1万1100mSv
・毎時5mSv~
   7万2900mSv
・毎時10mSv~4780mSv・毎時0.1mSv
    ~0.6mSv
プール内温度・約16℃・約13℃・約13℃・約21℃
プール内燃料・使用済292本 
・新燃料100本
・内70本が損傷
・使用済587本
・新燃料28本
・内3本が損傷
・使用済514本
・新燃料52本
・内4本が損傷
・使用済1331本
・新燃料204本
・内3本が損傷
炉心・メルトダウン
・約25℃
・メルトダウン
・約34℃
・メルトダウン
・約30℃
・定検中で燃料なし
格納容器・破損
・窒素注入

・破損

・破損
――
圧力容器・破損
・注水冷却
・窒素注入
・破損
・注水冷却
・窒素注入
・破損
・注水冷却
・窒素注入
――
汚染水・1万3900トン・2万1000トン・2万3300トン・1万8100トン
※線量はこれまでの計測値
※温度は11月中旬
※5、6号機プールにも、合計1934本の燃料が貯蔵





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 2カ月で交代するゼネコン社員



【高線量の現場で悪戦苦闘している話が続いた後、そういう現場に行かないで指示だけをする人たちがいるという話に及んだ】

――ゼネコンの人たちの話が出ましたが。

斉藤:私らの立場から言わせてもらうと、ゼネコンさんたちは本当にどうしようもないのばっかりだよ。だってゼネコンの人たちは、2カ月で交代するんだから。
 現場に来たって、「ここはどこですか?」から始まるんだから。どこに何があって、こうなっていて、ということを覚えるのに、だいたい1カ月半ぐらいかかるわな。覚えたと思ったら、もうあと2週間しかない。2週間で何ができるの。しかもその間に雨が3、4日でも降れば、もうほとんどないわけ。
 やっと現場を覚えたかなと思ったら、「長い間、お世話になりました」って、まだ、2カ月かそこいらでしょって。それでも色紙には、「みんなで共に頑張って、福島の復興のために・・・」とか。だったらお前が一命を投げ打ってここで頑張ればいいじゃないか。そんなきれいごとだけ書き残して、すぐにいなくなってしまうね。

――ゼネコンの人たちはなぜ2カ月で交代なのですか?

斉藤:そりゃ、自分たちは線量を浴びたくないからでしょ。一応、会社の決まりらしいんだけど、要するに、彼らは、線量を浴びないで帰ることしか考えてないんだよ。そうじゃないヤツなんて、皆無だね。
 でも、東電なんかもっとひどいよ。事故直後に頑張った人らは別だけど、今は、東電の人は現場に出ることはほとんどないから。線量の高いところに行くのは私ら。私らを遠くから見守っているのが東電の仕事。私らが、彼らの身代わりで行ってるわけ。だから、おかしいんだよ。
 はっきり言って、大学出の知識のある人は現場には絶対に行かないね。本当は、そういう人が現場に行ってやってくれれば、もっと早く解決するかもしれないのに。だけど、そういう人は一歩引いて、外から指示しかしない。それじゃあ現場なんか見えないよ。それでは一向に収束なんかしないよ。
 これね、日本の人間の育て方、教育が間違っているんじゃないの。「自分たちは、偉いんです。だから、自分たちは、安全なところで指示をします」って。どこが偉いのか。これっておかしいんじゃないの。

――そうするとゼネコンの人たちの仕事は?

斉藤:彼らは、口は達者だけど、仕事はできない人が多い。現場の人からちょろっと聞いたことを、さもさも自分で考えたことの様に、朝礼なんかで語ったりするのは得意だけど。
 自分もいっしょに作業をするっていう姿勢だけでも見せれば、またものの見え方も違ってくるんだろうけど、一切、しようとしない。現場に来ても、検査とかチェックとか言って、その辺をちょろっと見て、すぐに免震重要棟の中に戻ってしまうね。
 そのくせ、私らが、現場判断で、これはこうやった方がいいと思ってやったりしたことには、「それは予定外作業だ。何でやったんだ」って怒るんだ。
 そうかと思えば、この作業はこうしましょうって決まっていたのに、後から後から、あれもやってこれもやってって言って来るわけ。あんたら、私らに予定外作業をするなって言っているくせに、予定外作業をどんどん押し付けてるじゃないのって。全く支離滅裂だね。




 私らモルモットか



――被ばく量はどれくらいでしょうか?

斉藤:だいたい、1年半ぐらいで、70から80ミリシーベルトかな。そうするともうしばらく線量のある現場には出られない。〔※〕どっか別の仕事に行かないといけない。だから、なるべく長く仕事ができるように、線量の高い作業に行ったら、次はそうじゃない作業に、という具合に交代交代で回しながらやっている。みんな、生活がかかってるからね。
 果たして、そういうやり方がいいのかどうかはわかないけど、今のところは、私ら、それで納得してやっていくしかないんだよね。
 ただ、放射線っていうのは、浴びないでいいんだったら、浴びないに越したことはないと思うよ。原子をいじって、エネルギーを取りだそうとするわけでしょ。その弊害なんだから。私はそう考えている。
〔※電離則では、1年で50ミリシーベルト、かつ5年で100ミリシーベルトが上限とされている。それを超えると5年間は管理区域内で仕事ができなくなる。〕

――電離検診は?

斉藤:月に一回ね。これなんか、納得できないものがあるね。
 私ら、毎月、病院に行って、自分の体のデータを、東電にしろ、国にしろ、提供しているわけさ。なのに、彼ら、それに対して何の回答も返信もない。おかしいんじゃないの。現場ではみんなそう思ってるよ。
 データだけとって、彼らだけは知っていて、本人には教えないなんて、それだったら、モルモットといっしょじゃない。「ああ、ちょっとこの人、病んできたな。もうすぐガンが発生するんじゃないか」とか。20年ぐらい先に、「放射線を浴びると、こうなるんですね」という研究成果を発表するために、データ取りをしているだけだよ。その実験材料にされているんだから、たまったもんじゃないよ。


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 原発をやめる覚悟



【斉藤さんは、収束作業の最前線にいながら、原発の是非、日本の未来、文明の限界といった問題について考えていた。いや原発事故という現代文明のもたらした災害に向き合っているからこそ、考えざるを得ないということかも知れない。】

斉藤:原発はもうやめた方がいいと思うよ。
 ただ、やめた場合、日本は経済的に落ち込むよね。他の国との競争にも負けるでしょう。
 一度、文明の味を覚えた者が、それを捨てる覚悟をできるのか。どっかに行くにも新幹線に乗らないで、鈍行で行けるだろうか。誰も行かないじゃないの。新幹線どころかリニアだと。どうしてそんなものがいるんだろうね。国民が、みんな、隣りがテレビを持っているからウチもテレビ、ピアノがあるからウチもピアノってやってきたわけでしょ。
 私は、人間が、何か踏み込んではならないところまで踏み込んでいるような気がしてならない。遺伝子操作とか、原子力とか。車に例えれば、ブレーキの要領がわからないのに、スピードが出るからってビュンビュン走っている感じ。もうこの地球が、人間の文明を支え切れなくなっている。何かがおかしいとしか思えない。

◇別の意味の豊かさ

 もっと別の意味の豊かさとか幸福といったものに、目を向けて行くべきだと思うんだ。里山で、現金は少ないけれども、こんなにいい自然と、田圃や畑がある生活。そういうところに、文化の豊かさとか、心の豊かさとかがあるんじゃないか。でも、日本人は、本来、持っていたそういう豊かさを壊しながら、経済的な豊かさを求めて、原発もつくってきたわけでしょう。
 そういう文明を捨てられないというなら、やっぱり原発なりなんなりが必要だという話になるよね。日本という国はどういう選択をするのか。その辺をもっと真剣に議論していかないといけないじゃないの。

◇具体的には難しい

 たしかに、今回の事故をきっかけに、そういう文明はちょっともうおかしいんじゃないかと、感じている人も出て来てるよね。でも、そういう人たちが出て来ても、他方で、やっぱりやめられない人たちがいて、やめられないという人の方が裕福で力があるから、そこで人間同士のいさかいとか、いじめだとか、国同士の対立とかが起こるんじゃないか。
 私ら、現場で、ガレキをひとつひとつ処理するような作業をしながら、でも、本当にこれからどうなるのかってことを考えてしまう。そうすると本当に頭痛がするような気持ちなんだ。

◇賛成でも反対でも収束作業は必要
 
 とはいえ、原発に賛成だとか反対だとかというのは、好きなだけやってくれたらいい。だけど、どっちにしろ、壊れてしまった原発を何とか止めないといけないわけでしょ。収束作業はとにかくやり続けるしかない。やらなければまたドーンと行きかねないんだから。そこのところを、まず、考えてもらいたいんだな。
 だから、原発に賛成だという人には、「じゃあこの収束作業のこの状態はどうなんですか、この先の見えない現実を見ても賛成なんですか」と訊きたいね。
 逆に、原発に反対だという人には、「じゃあ、反対、反対って言ってるけど、この収束作業を進めるために、誰かが飛び込んで行って、犠牲にならないと仕方がないじゃないですか」と。もし今、私らが作業をやめてしまって、誰も何もしないで放っておいたら、また放射能をまき散らすようなことが起こるわけなんだから。だから、誰かがやらないと。で、誰がやればいいんだい?収束作業の本当に詰めた話になると、そういう問題になるんだよ。
 だから、賛成だとか反対だとか、収束作業がどうだとかこうだとか外から言ってるんじゃなくて、一度、ここに来なさいよと。それができないにしても、せめて、私らのような人間が、ピーってAPDが鳴る音に怯えながら、作業をしているんだということを頭のどっかに置いて、いろいろ考えてほしんと思うんだ。
 私ら、自分たちが今やっていることに、どういう意味があるかなんてことは、今は分からない。ただ、いつか死ぬときになって、自分らが多少でもいろんなことをしたお蔭で、少しは収束に向かったのかなあと思えれば、まあ、それでいいんじゃないのかなという気持ちなんだ。(了)





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テーマ:「原発」は本当に必要なのか - ジャンル:政治・経済

  1. 2014/01/23(木) 17:30:57|
  2. 収束作業/原発労働者
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汚染水より深刻  使用済み核燃料の取り出し ――収束作業の現場からⅡ



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 東京電力福島第一原発事故の収束作業の現場で働く草野光男さん(仮名 50代 いわき市)からお話を聞いた。草野さんは、事故以前から福島第一原発をはじめ全国の原発で長らく働いてきた。
 草野さんは、汚染水問題などに関する国や東電の公式発表と、現場で作業する者の意識のかい離を指摘する。とくに4号機プールで11月中旬から始まる使用済み核燃料の取り出し作業について、その危険性を訴え、「クレーン操作に日本の運命がかかっている」と話す。また、避難住民が多く暮らすいわき市で、地域の中で生じている軋轢について、「かつての戦争のときと同じだ」と憂う。
 (インタビューは、9月中旬、いわき市内)



 
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オリンピック騒ぎに暗澹たる気持ち



――まず、安倍首相が国際オリンピック委員会で、「状況はコントロールされている」「汚染水は完全にブロックされている」と発言した件から伺います。

草野:私の周りでは、その話は話題にもなってないですね。多少でも現場でやっている人間なら、あんなの大嘘だってわかっていますから。

――7年後のオリンピック開催については。とくに福島で原発に直接かかわっている立場からすると。

草野:個人的には、嬉しいことは何もないですね。全然、関係のないことだから。オリンピックで日当があがるわけでもないですし。むしろ日当は下がる一方ですから。
 国としては、全体が、オリンピックにシフトしていきますね。だから、福島はなかったものにしたいと思っているでしょう。放射能汚染はないし、もう福島も終わったということにして、後は、住民を帰してしまえば、それで終わりということでしょう。オリンピックが7年後、その前に全部帰すことが目標ですね。そうしたら、安全宣言ができるわけだし、その先、健康被害とか出てくるかも知れないけれど、そういうことは全部隠蔽ということになるのでしょう。

――オリンピックへの集中で、東北三県で作業員の不足も心配されます。

草野:東京に持っていかないと困るわけでしょう。そっちの期限の方が決まっているわけだから。だから、「構ってられないんだよ、東北なんかに。あとは、おまえらで勝手にやれよ」という感じでしょうね。
 オリンピックの騒ぎを見ていると、暗澹たる気持ちになりますね。この国というのは。

 
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コントロールされているのは情報



――では、1F〔東電福島第一原発〕の状況について伺います。

草野:1Fの危なさは、作業員には、何のアナウンスもされてないですね。だから、一見平穏無事。
 作業現場までバスに乗って行くんですが、そのバスの中に、1号機から4号機までそれぞれどういう状況かということを書いたものが貼ってあります。そこには、「全部大丈夫です」、「4号機のプールは、コンクリートで固めているから、倒れる心配はありません」とありますね。

――それはある種の安全神話ということでしょうか?

草野:そう、その通りですね。「コントロールされている」と安倍首相が言いましたが、それは、情報がコントロールされている、という意味だったんですね。


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――汚染水の情報もコントロールされていましたね。

草野:私の見方だけど、東京電力の方は、政府に泣きを入れていたと思うんです。「情報を抑えるのも、汚染水を抑えるのも、これ以上無理」と。でも、政府は「ちょっと待て。選挙控えているんだ。選挙終わったら何とかすっから」と。
 まあ、本当は最初から漏れているんですけどね。だってコンクリートなんかガタガタに亀裂が入っているわけですから。
 だけど、今いちばんの優先事項は、オリンピックのため、アベノミックスのために、安全神話で情報をコントロールすることなんです。人間の命なんか、どうでもいいという考え方があるとしか思えません。

 


今がチャンスとゼネコンが主役



――いま草野さんはどういう作業を?

草野:私の仕事は、地震や津波でやられた機器を点検し修理することです。大きな定期定検は、正常に稼働しているのを止めてやるものですが、それではなく、個々のモノの点検を常時やっています。事故後もそれは変わりません。全面マスク着用だけど、線量はそんなに高くありません。でも除染してないので、埃で内部被ばくするから、全面マスク着用になっています。

――汚染水対策や建屋内の作業などは?

草野:私たちは、その辺には、全然、関わっていません。はっきり言って、今、主役はゼネコンなんです。事故後は。
 私たちみたいに、事故前から作業に入っていて、ある程度原子力の知識のある人間はあまり入れたくないようなんです。それでなのか、重要な部署には行っていません。
 そういうわけで、ゼネコンがほとんどやっている状況です。1Fのところにビルができて、そこにゼネコンさんの看板がデカデカとあります。「がんばってます」みたいな感じでね。
 
――原発が稼働していたときは、ゼネコンは関係ないですね。

草野:稼働していたときは、ゼネコンは関係ないです。事故が起こって、ゼネコンにとっては、今がチャンスなんですね。
 だから、今、立場的には、ゼネコンの方が上です。私たちは、ゼネコンの回りで余っている細々とした仕事をもらっているという感じです。もともと原子力に関わってきた者は、蚊帳の外に置かれていますね。
全国の原発に入っていてノウハウを持っているアトックス〔原発保守管理が専門の会社。本社・東京〕なんかも、入退管理とか、そういう小っちゃい仕事しか任せられていません。やっていることは雑用です。アトックスは、自前のホールボディカウンターも持ってるくらい、いろいろ技術力はあります。だから活躍していると思われるけど、でも雑用です。今なんか、仕事なくて下請けにまで仕事が回らない状態ですよ。
 前に私がいた会社の人たちも、全国の原発の仕事に回っています。浜岡に行ったり、柏崎に行ったりです。

――どういうことでしょうか?

草野:ひとつは、今言ったように、原発のことをわかっている人間は入れたくないという感じがかなりあります。
 それから、昔からの原発関係の会社に比べて、ゼネコンの方が請負の単価が安いという事情はあるでしょうね。
 ゼネコンにとってはおいしい仕事です。降りて来た金を黙って自分たちのところで回せばいいわけだから。要するに公共事業ですから。名前は収束作業だとか言っていますが、単なる公共事業だと思っているんですよ、彼らは。
 以前に大成や鹿島の下で仕事したことがあるから、あの人たちのやり方はわかります。スーパーゼネコンなんて名前は格好いいけど、ただのどんぶり勘定の会社です。田舎のその辺の会社と変わりません。
 それから、もうひとつ言えば、当初で、みんな線量を使い切っているんで、現場に入れないということも大きいと思います。
 私の会社でも、班長クラスは、線量が制限いっぱいいっぱい〔※〕なんで、誰も線量の高い現場に入れないんです。だから他の仕事をするしかないんです。

〔※電離則では、年間50ミリシーベルト以下かつ5年間で100ミリシーベルト以下。また、東電の管理基準で年間20ミリシーベルト以下だが、下請け会社の基準はそれに準じてまちまち〕
  
――それはいずれにせよ収束作業の現場として、かなり深刻なことでは?

草野:そう、かなり深刻ですね。一般の建設現場で働くような人たちが、会社としても、作業員としても、入ってきて、とりあえずやっているということですからね。


 

東電はただの管理会社



――ゼネコンが主役ということですが、そうすると、東京電力は何を?記者発表をしているのはいつも東京電力ですが。

草野:もともと東京電力には何の技術もありません。東京電力はただの管理会社なんです。書類を見てハンコを押すだけ。だから、管理監督なら、誰でもできます。東京電力の服さえ着ていれば。これまで現場を何とか支えてきたのは、各メーカーの技術屋さんと現場の下請けでなんです。
 今、こういう状況になって、東京電力に何を訊いたって、「いや、あー、うーん」という感じですよ。もともと現場を知らないわけだから、何の発想も出てきません。そういう人たちに、「なんとかしろ」と言ってもどだい無理なんです。
 結局、作業の質は、現場の人間が、どこまで真剣に仕事をやるかにかかっているわけです。

 
東電の態度は「復旧」


 ――事故の前と後で、東京電力の態度に変化はありますか?

草野:何も変わっていませんね。事故が起きたという点だけが違うだけで、後は全くいっしょです。
 強いて言えば、事故直後の3~4カ月ぐらいでしょうか。東電さんがちょっとペコペコしていたのは。でも、そういうのは、すぐに「収束」して、もうとっくに元の横柄な態度に「復旧」しています。
 
――みんながそうですか?

草野:電力さんでも、心ある人はいますよ。でも、そういう人はみんな変な場所に回されてしまいます。私も知っている東京電力の担当者の人も、作業員にも良くしてくれたし、一所懸命だったし。でも今は雑用をやっています。




線量を食うと倦怠感



――給料や待遇はどうですか?

草野:一日で1万1千円です。うちはまだいい方で、もっと下の方になると、5次、6次とか、7次、8次とかもいるから、そうすると5~6千円ですね。

――それはもう福島の最低賃金ですね。危険手当とかは?

草野:周りで知ってる限り、もらってないですね。収束宣言〔2011年12月〕の前から危険手当という名目はなかったです。

――全面マスクという現場に行く場合でも?

草野:関係ないですね。だから、他の仕事をした方がいいんじゃないかと私も考えましたよ。除染にいっちゃおうかなあとか。そっちで1万5千円もらえるなら。全面マスクして、1万1千円はやってられないなと思いますよ。
 でも、なんで除染に行かなかったかというと、除染では、放射線管理が杜撰ですからね。そうすると、ゆくゆくすごい損をしてしまいます。たとえ1万5千円だとしても、相当の内部被ばくをしているわけだから、除染をやった人はそのうちバタバタ行きますよ。
 サージカルマスクをしても、あんなものでは効果は知れてますね。だいたい暑くてマスクなんかしていらないですし。
 結局、除染の現場は、管理されていないから証拠が残らないわけです。私の場合、病気とかなんかあったときのために、証拠を残しておこうと思って、原発に残っているようなものですから。

――ホールボディカウンターの数値は?

草野:毎月、ホールボディカウンターを受けていますが、マックスでだいたい6,000cpm〔※〕です。事故前だったら、6,000なんて大変な騒ぎですね。事故前は800cpmぐらいでした。
 でも、今、6,000という数字が出ているからと言って、何にも問題にはなりません。東電さんがやっているのは、「自分らは、ちゃんとやっていますよ」といういわばパフォーマンスです。作業員の健康を守るため、ではなくてね。企業を守るため、ただそれだけでしょう。現場作業員は使い捨てですから。

 〔※〕〔cpm=カウント・パー・ミニット 1分あたりの放射線計測回数〕

――ご自身の健康状態については?

草野:個人的な感想ですけど、ある程度、線量を浴びた日は、つらい。だるいし、倦怠感が出ます。
 それから、この間、内臓をやられています。医者は酒だと言いますがね。因果関係を証明はできないですから。


労災は自己責任


――被ばくの問題以外に、現場作業での労災は?

草野:そんなもの、昔から、現場でケガをしても、「自分の家でやったことにしてくれ」ということです。労災なんかまず出てこないですよ。よっぽど救急車を呼んだとかということにでもならない限り。

――中小の事故は無数にあるが、全部、隠ぺいと。

草野:隠ぺいというより、出ちゃうと大変なので、会社なり、本人なりが、自分から、「家で転んだ」という風に被ってしまうんです。自己規制、自己責任ということですね。
 労災になると、労基〔労働基準監督署〕が入るでしょう。1週間とか1カ月とか現場が止まってしまいますね。そうなると迷惑がかかるから、「家で転んだ」ということに自分でするんです。ひどい話ですけど。




収束作業はまだ始まっていないような状況



――収束作業の全体の状況を伺います。汚染水対策というのは、前に進むというより、後退を強いられているような事態では?

草野:そうですね、いわば負け戦です。
 
――そうすると、現場は必死という感じですか?

草野:いや、それが、現場は意外と必死ではないんです。まともに考えるともう目も当てられないですから、日々をたんたんと過ごすしかないわけです。

――溶融した核燃料の取り出し開始を前倒しにするという工程表の発表〔今年6月〕もありましたが。

草野:あれは工程表ではなくて、全くの希望ですから。工程表と呼べる代物ではありません。
 収束作業は、実質的には、まだ、始まってないという状況でしょう。
 燃料が溶けたり、再臨界したりしないように、冷やすしかないわけです。それ以外は何もできない状態です。だから、周りを片づけたり、環境を整える作業をしているしかないのです。 
 ところが、そうしていたら、汚染水が管理できなくなって、水で冷やすというやり方自体が、限界にきていしまったわけです。
 それから、溶けた核燃料を取り出すという話ですが、それ自体、ほとんど無理ではないでしょうか。鉛で固めてしまう方がまだいいのではないかと私は思っています。
 
――展望を描けるような状態ではないと。

草野:厳しいですね。深刻に考えていたら、やっていけないんで、与えられた仕事をこなすしかないですが。

――作業員の被ばくが問題です。

草野:そう、例えば、タンク一個をばらすのに一週間かかっていますね。急いでも。組み立てるときよりはるかに時間がかかっています。それはものすごく汚染しているからです。作業そのものが難しいのではなく、線量の問題があるわけです。
 他所から見ている人は、「汚染水、許せない」「早くやれ」と言いますが、実際にやっているのは、東電ではなくて、作業員なのです。
 それが原発というものです。昔から。格好いいのは中操〔※〕だけです。よく資料映像などで、原発はこんなにハイテクでクリーンなんだと、中操の様子を見せたりしますが。でも、あの裏に行ったら、配線一本一本、配管の一つひとつを一所懸命つないでいる作業員がいるのです。もう、究極のアナログ、肉体労働ですよ、原発は。

〔※中央操作室 原発を運転する中心部。中央制御室とも〕




4号機のクレーン操作に日本の運命が



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――4号機のプールにある使用済み核燃料の取り出しを11月中旬から開始するとしていますが。

〔4号機プールには使用済み核燃料1331体と未使用の核燃料202体が保管されている。そこに広島型原爆で約1万4000発分の放射性物質(セシウム137換算)が含まれているという。東京電力は、2014年末まで作業は続くとしている。その後、2015年9月頃から、隣りの3号機プールの使用済み核燃料の取り出しを目指すとしている〕

草野:これは、リスクのある作業です。汚染水のレベルではないですよ。汚染水はまだ流れているだけですから。それ自身がすぐに何かを起こすわけではない。海に溜まっていくだけです。それはそれでのちのち深刻な問題なのですが。
 だけど4号機プールの使用済み核燃料は、そもそも事故のとき、アメリカをはじめ、全世界が震撼していた問題です。福島だけじゃなくて東京が飛ぶかもしれないと本気で危惧されたものです。
 だから、失敗が許されないのです。
 
――汚染水タンクの問題が明るみに出るまでは、やはり安全神話があって、そういう基本的なレベルでの破綻や失敗はないだろうと思われていましたが。

草野:4号機の作業で、タンクのときと同じレベルの人為的なミスや技術上の問題が起こったとき、汚染水のように「漏れてました」という具合では済まされませんね。起こることは、そういう比ではないですから。
 水の中でキャスク〔特殊な容器〕に入れて、密閉して釣り出すというのですが、果たしてうまく行くでしょうか。プールはガレキで埋まっているし、燃料集合体だって壊れているかもしれません。
 水の中にあるうちは、まだいいのです。遮蔽効果があるからですね。釣り上げて、外に出したときが危険です。例えば、この間のようにクレーンが倒れたりするわけですよ〔※〕。そういうことが起こって核燃料が露出してしまったら。もう、近くにいる人間は即死するぐらいの線量です。一気に命の危険にさらされます。

〔※9月5日に発生。3号機のクレーンのアームが中央付近から折れ曲がった事故〕

――さらに地震や津波の再来や竜巻の襲来ということも考えられますね。

草野:そう。地震や何かで、冷却システムが故障したり、プールにヒビが入って水がなくなるということだって、可能性としてはあります。もし、水がなくなったら、核燃料がむき出しになって、温度がどんどん上がり、大量の放射性物質がまき散らされてしまいます。
 そうなったら、作業員も、もう現場から退避せざるを得なくなります。あるいは決死隊になってしまいます。それが、チェルノブイリで起こったことでしょう。東京まで避難になります。

――使用済み核燃料の取り出し作業が1~4号機全部で10年ぐらい続くとしていますが。

草野:気の遠くなる作業です。その間、一回の失敗もないなんて、この間起こっていることを見ていたら、難しいでしょう。また、10年の間、地震も津波も竜巻もないという保証もありません。


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(事故後の4号機プール内の画像)


――作業員の確保の問題もあります。

草野:そうですね。個人的には、これだけのクレーン作業を扱える技術者が集まるだろうかと思っています。
 遠隔操作はできないでしょう。この間のプールのガレキ撤去作業で、1日の被ばくが2ミリシーベルトとかいっていますね。すごい被ばくです。線量の高いところに、クレーンで行かなければなりません。作業時間が限られます。そうすると、ものすごい人数がかかるわけです。しかも技術がないといけません。
 だから、作業員の確保というところで、限界にぶつかるかも知れないと私は思っています。

――深刻な危機と隣り合わせで進むわけですね。

草野:そうですよ。だから、オリンピックだとかと言って、浮かれている場合ではないわけです。4号機で、釣り上げて一本ダメにしたら、もうそれで終わりになってしまう。クレーンの操作に、日本の運命がかかっている。そう言っても過言ではありません。その間に地震が来ないことを神に祈るしかないのです。非科学的ですけど。
 でも、皆さん、祈りませんね。アベノミックスで景気がよくなるかどうかなんてことしか話題にしていないですね。

――何が必要でしょうか?

草野:不発弾を処理するとき、半径何メートルって住民を避難させてからやるでしょう。せめて、子どもを避難させるとか。そこから行けば、すべての答えが出ると思うんですが。でも、そんなことは誰も言わないですね。
 とにかく、子どもはいったん逃げてほしいです。私は、最後までいるつもりです。どのくらいまで見届けられるかというのはありますけど。




被災地で見える住民の分断



――ところで、いわき市にいると、いろいろな問題が見えてくると思いますが。

草野:そうですね、まず、国民をバラバラにする政策ですね。

――具体的にはどういうことですか?

草野:例えば、東電の賠償をもらっている人ともらっていない人との差がすごいです。
 避難区域で、東電関係の会社をやってた社長さんなんか、売上げの何十%がもらえて、さらにあれやこれやですごい額になっていると言います。そういう人たちは、被害を受けても余裕綽々です。でも、他方で、何にも知らないお年寄りなどは、賠償の請求の仕方もわからないという状態です。農家の人たちだって、途方に暮れている状態です。でも、外から見たら、全部、同じように賠償をもらっていると見られています。
 いわきでは、たしかに新車が増えているし、道も混みますね。2万4千人ぐらいでしょうか、避難してきている人は。ゴミの分別の仕方とかわかんなくて、そういう事細かなことから、いわき市民との間で軋轢が生まれています。

――しかし、本当に文句を言わなければならない相手はそこではないと。

草野:そうなんです。そういう風にしたのは誰なんだということが問題なのですが、それをみんな忘れているわけです。
 身内で争っている場合ではないでしょう。どうしてこうなってんだ。こういう状況にさせたのは誰なのか。そういう東電を野放しにしている国ってなんなのって。そこを見失っているように思います。
 
――参院選では福島でも多くの人が自民党に投票しました。

草野:個人的な見方だけど、未だに、面倒を見てもらっているという感覚があるのではないでしょうか。被害者なんだけど、賠償なり、復興なりで、面倒を見てもらっているという感覚です。もともと自民党が原発をやってきたことは分かっているはずなのに、目先のことしか見えていないんです。

――政治の次元ではなく、もう少し根本的なところで変化が必要だということですね。

草野:簡単には変わらないでしょうね。変われるなら、こんなに原発は出来てなかったでしょうから。原発を持って来れば豊かになるとか、若い人が戻るとか言ってきましたが、結局この様です。なのに、未だに、原発がダメなら次は何をもってくるかといった発想になってしまう。再生可能エネルギーを持ってきたとしても、その発想のままでは変わらないんです。そういう発想をしているうちは、田舎はダメでしょうね。儲けを持っていくのは結局、ゼネコンや大企業であり都会なのですから。

――建設過程で一時的に景気がよくなるだけですね。

草野:そう、終わったら何もありません。
 原発ができたときも、お蔭で出稼ぎがなくなったと言っていました。たしかに仕事があるときはいいけれども、仕事がないときは、結局、みんな全国の原発を回っているのです。私も、1年のうち半分も家にいませんでした。定検、定検で回っていますから。これは、形を変えた出稼ぎではないのでしょうかね。

――原発問題を考えるとき、都会と地方という問題に目を向ける必要があるということですね。

草野:都会の人は、原発がいいとか悪いとかということを、一刀両断できますね。単に電力を消費している側ですから。しがらみもないでしょう。だから反対するのも簡単です。
 でも福島など原発のある地域ではそうは行かないのです。その感覚というのはなかなか説明しても分かってもらえないのですが、そこが一番の問題なのです。
 家族や親戚の中に、東電の社員はいるはし、下請けの社員もいる。高校で成績いいのは東電で、悪い奴は下請けで。じいちゃん、ばあちゃんも、畑や漁のないときは原発に働きに行く。そういう具合ですから。
 本当に恐ろしいですね。原発による丸抱えです。田舎の弱みに付け込んでいるという感じですね。
 

あの時代といっしょ


――「復興に向かっているんだから、健康被害だとか、東電の責任とか、国の責任とか、そういうことは言うな」という空気もありますね。

草野:私の友だちが、子どもいるから心配で、ある施設に行って、「放射性物質の検査はどうなっているんですか」って聞いたら、その施設の検査が十分でなかったらしいのです。そこで、その人が、フェイスブックにそのことを書いたのですが、そうしたら、「そんなこと言ってんじゃねえ」と、メッセージが送られて来て、脅されたという話がありました。
 いじめの構造と一緒で、声の大きい連中の仲間に混ざらないと、自分に被害が及ぶという恐怖感があります。だから、とりあえず強い方に混ざっておくということになります。それがいやだったら、もう何も言わないでおくしかありません。疑問や危機感をもっている人にものを言わせない力が働いていると思います。
 あの時代といっしょですよ。かつて戦争のとき、戦争反対と言えなかったでしょう。終わってから、「自分は、反対だった」と言った人はそれなりにいましたが、それでは遅かったわけです。
 いまそれと同じ状況じゃないですかね。本当に恐ろしい。ああ、この構造って変わってないなと思います。 (了)




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  1. 2013/11/11(月) 17:28:09|
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国と村長にものを言う議員を    ルポ 飯舘村議選


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 9月22日、飯舘村議会選挙の投票が行われた。定数10人に対して、11人が立候補(現職8人、新人3人)、22日夜、新たな議員が決まった。〔開票結果は下表〕
 原発事故によって全村が避難を余儀なくされている中で、村議選としては今回が初めて。村民が各地に分散しているために投票率の低下も心配されたが、4年前の90.09%に対して、今回は73.03%と、前回より下がったものの、大方の予想を上回った。
 「除染して帰村」という、国の意向に沿った路線を強引に進める菅野典雄村長のやり方を、村民は「村長の暴走」と感じている。さらに、そういう村長にものをいえなくなっている村議会にたいして、「そんな村議会ならいらない」という声もあがっていた。しかしまた、地縁血縁で固められた村社会の中で、政治の変化をつくり出すことも容易ではない。
 そういう中で行われた今回の村議選では、村議会の中で孤軍奮闘してきた佐藤八郎氏(61 共産・現職)が前回より得票を伸ばし、2位という高位当選を果たした。さらに、渡辺計氏(わたなべはかる 55 無所属・新人)が、「村民をこれ以上被ばくさせない」「年間1ミリシーベルトになるまで補償・賠償の継続を」「帰村したい人、できない人、それぞれの選択の尊重を」などと訴えて当選した。

 渡辺さんの選挙運動を取材した。


飯舘村議選開票結果
(定数10 カッコ内の数字は当選回数)
670  高野 孝一 61 無新(1)
447  佐藤 八郎 61 共現(6)
412  飯樋善二郎 69 無現(2)
334  松下 義喜 61 無現(2)
316  伊東  利 66 無現(3)
309  菅野 新一 71 無新(1)
279  佐藤 長平 62 無現(7)
267  大谷 友孝 62 無現(6)
261  渡辺  計 55 無新(1)
248  北原  経 59 無現(2)
243  志賀  毅 66 無現
(当日有権者数は5262人 投票率は73.03%)




【Ⅱ】  仮設住宅で訴える



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(松川第一仮設住宅 福島市内)


 全村避難の中での選挙運動は、困難を極めた。
 飯舘村の村民の総数が約6700人、そのうち県内避難者は約6200人、県外避難者が約500人。県内避難者のうち、仮設住宅が約1200人、借上住宅が約3800人。
 しかも、村民がどこに避難しているかは、村役場しか分からない仕組みになっている。たとえば、富岡町は、各地に避難している町民同士がつながるために、町民の連絡先を本人の了承のもとに掲載した「町民電話帳」を発行している。しかし、飯舘村役場は、個人情報保護を理由にそれをつくっていない。
 そういうわけで、渡辺氏の選挙活動は、仮設住宅を回ることが中心になった。
 ところが、仮設住宅を回ってみると、場所によっては、チラシ配りや演説を禁止したり制限するといった締め付けが行われた。これには、「それはおかしいよ」「異常だね」と疑問の声も上がっていた。

 
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 渡辺さんは、仮設住宅の村民を前に、次のように訴えた。

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 いまの村政は国の方ばかり向いていて、村民の方を向いていません。そういうところに疑問を感じました。村議会も、村長さんにものを言えない議員が多いのではないでしょうか。国や村長にものが言える議員が必要だという思いで、立候補に至りました。

◇復興住宅の早期建設

 私は、皆様が、今後、安全・安心・安定して生活ができる環境づくりを目指したいと思います。
 そのために、まず第一に、復興住宅の建設です。
 2年以上、この狭い仮設にいるストレス。そして先の見えない生活。そこから脱却していただきたい。そのために、一戸建ての復興住宅、お孫さんと暮らせる二世帯住宅を国に求めてまいります。

◇原子力損害の完全賠償

 二番目は、補償・賠償の完全化です。
 今の皆様がもらっている補償は、避難のための補償です。でも、村に帰った、復興住宅に入った、家を買ったとして、その先の生活の補償は何もないんです。
 今回の事故は、東京電力と国の責任です。私たちには何の責任もないのです。
 村長は「2年後に帰村宣言をする」と言っていますが、そうしたらその1年以内に補償・賠償は止まります。飯舘に帰っても、首を絞められるような生活をするしかありません。
 向こう10年、20年、年間1ミリシーベルトに戻るまで補償・賠償の継続を求めてまいります。

◇一人ひとりの選択の尊重

 三番目は、選択の自由です。
 帰られる方もいるし、帰りたくても帰れない方もいます。若い人たちの中には、もう飯舘に戻れないからと、別に家を求めた人もいます。
 それは、移住の自由であって、人権なんです。それぞれを認めていかなければなりません。先ほどの補償と同じように、それぞれの選択が尊重され、それぞれの選択で生活ができるように、環境をつくらなければならないと思っております。

◇納得のいく除染を

 四つ目は除染です。
 現在、除染は遅々として進んでおりません。環境省の人は、「小宮、大倉の人は同意率が高かった」というので、7割ぐらいでもいったのかと思って訊いたら35%。それで国は高いと言っているんです。(村長の地元の)佐須でも3割しか同意していないんです。
 なぜかといえば、国の除染のやり方にみんな不満を持っているからです。国は仮置場ができないから除染が進まないと言っていますが、そんなことではないんです。
 家の周り20メーターの除染だけでは、われわれは生活できないんです。森林、河川、溜池などの除染について、国は何一つ言っていません。
 国は最終目標1ミリシーベルトと言っていますが、1ミリシーベルトになるまで何十年かかるのか、そしてどういう工程でいくのか、何も発表しておりません。そのために皆様が今後の生活の目途が立たないでいると思います。1ミリシーベルトまでの年数、工程をはっきりさせるように国に求めてまいります。

◇子どもの育成資金

 第五に、子どもたちの育成資金です。
 現在、村では、村の学校に通っている人には1万円、村外の学校に通っている人には5千円。そういう差をつけております。でも、みんな子どもたちは飯舘に住所を置いたままなんです。そんな差別をしちゃいけません。
 今後、何年かかるかわかりませんが、子どもたち、孫たちが、飯舘に戻るまで、育成をきっちりしてまいりたいと思います。ここがじいちゃん、ばあちゃんが生まれたところなんだと思って、帰って来れるような環境づくりをしたいと思います。
 私は、国や村長に対してものを言う議員になります。そして、皆様の声をよく聞き、それを村政に届けたいと思います。よろしくお願いいたします。


        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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 渡辺計さんの演説を聞くために、仮設住宅の住民が集まった。
 その中の一人の女性(60代)が、村民の置かれている状況や心境を次のように語ってくれた。
  「よくマスコミが来て、『今の希望は何ですか』なんて無神経なことを訊いてくるけど。希望なんかあるわけないよ。いろいろモノとかイベントとか、持ってきてくれる人もいるけど、それも違うの。
 せめて仮設住宅では死にたくないんだよ。仮設なんかでは死にたくない。これが今のみんなの気持ち。元の自宅じゃなくていい。飯舘じゃなくてもいい。復興住宅でいい。そこから棺を出してもらいたい。希望はそれだけ」
 「『戻れ、戻れ』ばっかりの村長のやり方もおかしいと思うけど、村議の人は、いままで2年間何をやっていたんだといいたい。今頃になっていろいろ言っているけど。村長に右へ倣えをする議員ならいらないよ」


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 この日、すでに投票は始まっていた。
 村民が各地に分散しているために、期日前投票が、3カ所の仮設住宅、さらに福島市内と南相馬市内などで各一日ずつ設定された。ただ仮設住宅での投票時間が午前10時から午後4時までと不便そうだ。
 また、県外に避難している村民には、避難先での不在者投票が行われた。
 そして、22日の投票は、村役場の飯野出張所と福島市内の2カ所で行われ、午後6時に投票箱が閉められた。
 



【Ⅱ】  選挙事務所は仮設の一室



 22日の夜、伊達東仮設住宅(伊達市内)の一室に、村民が集まっていた。選挙活動をいっしょに担った支持者やご家族など。渡辺さんの一家が避難している部屋が、選挙事務所になっていた。


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 7時半から開票が始まった。開票の現場に立ち会っている人から電話を待つが、なかなかかかって来ない。だんだん言葉数が少なくなる。
 8時15分にようやくツイッターで第一報が入り、11人の候補全員が100票と。さらに8時半の第二報でも全員が200票。横並びの激戦の様相に緊迫した。9時過ぎに「ただ今精査中」と連絡。
 そして、しばらくのちに、「当選した」


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 よかった、やったー、あめでとう、ありがとう・・・。
 張りつめた空気が一気にはじけたようだった。
 ほとんど同時に渡辺さんの携帯電話が次々となり、勝利の報告とお礼に追われた。


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 事務所もなければ本部もない。ほとんどお金をかけていない。選挙のプロは誰一人いない。ただ、いまの村政を何とかしたいと思って行動を起こした人たちが、渡辺さんを押し立てて村政に新しい風を起こした。




【Ⅲ】  地殻変動は始まっている

 

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(飯舘村で行われている農地の除染)


 3・11から2年半、「除染して帰村」という幻想は大きく崩れ始めている。ただ、そういう中でも、村長を中心とした村政のあり方はいまだ崩れていない。そういう中で今回の村議選を迎えた。


「反核の旗手にならない」


 除染の同意率の低さに、村民の不信と批判が込められている。飯舘村の除染の進捗は宅地で3%、農地で1%(2013年7月末時点、環境省)と、当初の計画から大幅に遅れている。遅れの理由は仮置場が決まらないことだけではない。いまの除染のやり方にたいする村民の不信だ。
 この間の除染で明らかになっているように、除染しても、生活できるような空間線量にまで到底下がらない。それなのに、村長は年間5ミリシーベルトで帰ると公言している。そして帰らない人、帰りたくない人にたいして、補償を打ち切ってでも、戻そうとしている。村民はこの村長のやり方を「村長の暴走」と言っている。
 村長は何をそんな焦るのか。その根本にある考えは何か。
 飯舘村が高濃度の放射能に襲われたことがわかり、村民の被ばくを少しでも避けるために直ちに避難を含めた措置を取る必要があった2011年4月、村長は、わざわざ首相官邸まで出向いて「提案書」を届けている。そこにはこう書かれていた。
 「本村はこの事故のみをきっかけとして『反核の旗手』になるつもりはない」「放射能汚染被災地の範となって、復旧・復興を果たすことこそが、・・・日本の最大の利益・・・、もって世界の範となるものと考える」
 被ばくさせられている村民にとって到底飲み込めない言葉だ。さらにその言葉の意図を、後に出版された村長の著書で次のように解説している。
 「とにかく、村民が村を出てしまえば、この飯舘村はなくなってしまうのだから。・・・村を潰さないでできることは何か。・・・提言書を出すことに決めたのである」
 「『食えない理想』ではなく、『政府と折り合いをつける現実的な可能性であり、村民への実利』なのである。その気持ちを誤解せずに、くみ取っていただきたいと願う」
 「政府を悩ませる脱原発問題では煩わせないことを約束する」から、「放射能から蘇らせるモデルケースとして」「他の自治体に先駆けて集中的な投資先にしてもらいたい」と。
     〔『美しい村に放射能が降った』菅野典雄飯舘村長著 2011年8月刊〕
 この村長の判断に対して、村民の間には、「村長は、飯舘村を自分の作品だと勘違いしている」「村長が守ろうとしているのは『自分の作品としての村』であって、村民ではない」という批判がある。
 逆に、村長の判断は、福島原発事故によって窮地に陥っている国や原子力産業にとってまさに救いの神であり、事故の被害を過小に評価し、事故などなかったように原子力政策を推進しようとしている側にとって、泣いて喜ぶような話だ。そして今進められている「除染して帰村」という路線も、こういう村長の考え方の延長にあるものだった。


簡単ではない村の政治


 では村民の不信を買って、村長は孤立しているのかというと、そう単純ではない。
 村長は、村の権力を握っており、それをフルに活用している。
 たとえば村の中でポストがあると、村長の息のかかった人に声がかかる。仮設住宅の自治会長とか、何かの管理人とか。そういう形で、回りを固めている。逆に村長から離反すると、排除という仕打ちを受けることになる。そういう話が村民から聞かれた。
 さらに村議会も、「村長の暴走」に対してものを言えなくなってきた。
 村議は、行政区や村内の団体の役職などをやったあと、そこから推薦を受けて議員になるのが習わし。いわば議員は名誉職。大半の村議は政治活動らしい活動をしていない。今回の選挙でも、名刺配りをはじめたのがようやく2か月前だという。
 そういう具合だから、3・11以前から議員は働いていないという声があったが、被ばくと避難という事態の中で、村議会は本当に何の役にも立っていないと、村民は見ている。
 そのために、「村長の暴走」に対して、村議会がチェック機能を全く果たせなかった。今回の選挙に出馬せず引退した村議の一人が、引退の理由として、「村長の独走を止められなかったから」と反省の弁を述べているという。事態の深刻さを物語っている。

 
国とぶつかり、村長とぶつかり


 「国や村長にものを言えない議員なんていらない」「おかしいと分かっているのにそれに対して行動しない。そこがこの村の良くないところなんだ。俺はそれを変えようと思ったんだ」
 渡辺さんは、賠償を巡って、除染や仮置場を巡って、国や村長のやり方を繰り返し批判し、復興庁や環境省と直接掛け合い、何とか村民の意向を通そうと奔走してきた。本来なら村議がやってしかるべきことだろう。しかし村議たちは動かなった。渡辺さんの行動力は、周囲の人が目を見張るものだった。
 そうやって国とぶつかり、村長とぶつかる中で、自分が議員になる必要があると決意を固めていった。そして、村政を変えたいと思っている人たちが、渡辺さんを押し立てて行こうとなっていった。
 上述のように、村議は、通例、行政区や団体の役職やって、そこからの推薦で出るもの。そういうものが一切ないのに、選挙に出るというのはかなりの冒険だ。またそういう人を応援することは、勝てばいいが、もしも負けたら、その後、どんな仕返しを受けるかもわからないというリスクを伴う。さらに、誰かは誰かの縁戚という形で、村民同士が地縁血縁でつながっている中で、正論を掲げて押し渡ることは少なからぬ軋轢を生むだろう。
 実際、「出馬を決めたら、早速、村長や議長、教育長から圧力がかかったよ」と渡辺さんは教えてくれた。また、一旦は引退を決めていた村議が、渡辺さんも通りそうだということになったら、わざわざ再出馬してきたという。


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(飯舘村の朝ぼらけ。夜明け頃の気温は10度を切る日もある)


同情でなく自分の問題として


 2011年3月以来のこういう経緯の中で、今回の村議選はあった。
 この選挙運動を支えた一人で、渡辺さんと同じ小宮地区の伊藤延由さんが、次のように総括している。
 「たしかに、もっと若い人たちが何人も出ればよかったが、でも、そうならなかった。村社会の枠組みを超えて反対するのは簡単ではない。でも地殻変動は始まってますよ。村の体制を支えてきた人びと、菅野村長とともに村をつくってきた人たちが、村長から離れている。地縁血縁ということの難しさで、思ったより票は伸びなかったけど、風は吹いた。浮動票なんか1票もないような田舎の選挙で、村政にものを申して、新人が通ったわけだから」
 飯舘村で起こっていること、この村議選を巡って動いたことを、どこにでもある田舎の話として片付けてはならないと思った。
 伊藤さんが次のように続けた。
 「もしここで飯舘村の問題がきちんと解決できなかったら、次に原発事故が起こったとき、いやほとんど確実に起こりますよ、そうしたとき、今のような原発推進路線だと、飯舘村に押しつけられたやり方や基準が、日本中のすべてに、あるいは世界のどこにでも押しつけられていくんですよ。20ミリシーベルト以下になったら帰れとか。
 他所に行って、飯舘村のお話をする機会があると、よく『どういう支援をしたらいいですか』って訊かれるんですが、私は、支援だとかという話ではないんですよと言うんです。この飯舘村の状況は、事故が起これば、日本中どこでも起こりうることなんです。そうなったときのことを考えて、飯舘村の実情を自分の問題としてとらえてほしい。20ミリシーベルト以下になったら帰らされる。それで本当にいいのかってことを、自分の問題としてとらえてほしいということをいつも言うんです」
 同情などいらない。明日は我が身なんですよ。そう思ったときあなたは何ができるか考えてほしい。そういう問題提起がされていると思った。
 原発事故の前、飯舘村は、経済成長一辺倒の社会のあり方にたいして、それとは違う価値観を静かに実践してきた。その飯舘村が、いま、放射能と原子力政策、あるいは国とその支配、都市による農村の収奪といった問題に対して、日本全体がどう向き合うべきかを、村民たちが直面している苦闘を通して、われわれに問うているように感じた。 (了)






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  1. 2013/09/25(水) 17:00:00|
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